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悲劇の商人(後編)



 宿に戻って、ガイが異変にいち早く気づいた。メトが着替えているのを見て刺客に襲われたのだとすぐに理解した。おそらくメトが一人で外出している間、ずっと心配していたのだろう。


「メトちゃん、怪我はないか?」


「大丈夫。たぶん刺客が押し寄せてくるから、すぐに移動するよ」


「ゆっくり休む暇もないか。ルタテトラさんから貰った物資には余裕がある。問題はないだろうが……」


 三人は宿を出た。一泊する前に部屋を出るとあって、宿の主人は不審そうだったが、ガイがうまく誤魔化してくれた。馬小屋に向かい、ちょうどそのとき馬にエサをやっていた宿の従業員に礼を言い、騎乗した。市場や一部の区画では馬での通行が禁じられているので、迂回しながら港町の出口を目指した。


 しかしメトはすぐに気付いた。遠くの場所で通行人の動きに乱れが生じている。先ほどまでは存在しなかった通行の淀みは、街の各所で検問が行われていることを意味していた。


 不用意に街の出口を目指せば、王国兵に捕捉され、何か理由をつけて拘束、最悪その場で戦闘になりかねない。港街ゲイドは街を覆う外壁はなく、街から出る道はそれこそ無数にあったが、要所の建築物の屋上には監視塔の役目を果たす設備があり、こっそり街から出ることは難しい。


 検問のある道を避け、機を見計らって一気に強行突破するしかないのか。メトは思案したが、そもそもこの街の構造には詳しくない。適切な退路を選べるかどうか自信がなかった。博士の能力にも限界があるだろう。


「おい、そこの」


 馬で歩いていると王国兵の一団がメトたちを見つけた。メトは一瞬躊躇したが、馬を一気に走らせた。道を埋めていた人々が悲鳴と共にわっと脇に避ける。心の中で謝りながらも、メトたちは人気のないほうへと馬を進めた。王国兵たちが笛を鳴らして周囲に異変を報せる。


「まずいな、メトちゃん、どうする」


「今、考えてる」


 道を何度か曲がった後、メトは馬を止めた。ゼロがすぐ隣で止まり、ガイがかなり行き過ぎる。そして慌てて戻ってくる。


「どうした? 行かないのか?」


「……先で待ち伏せされている気がする。根拠はないけど……。このまま先を急いでもいずれ捕まる」


「だが、すぐに追ってくるぞ。迎え撃つのか?」


「まさか。さすがに数が違い過ぎる。どこかに隠れるしかない」


「どこに……。建物の中に逃げ込んでも、いずれは見つかるだろうし」


「……分からない。捕まるしかないのか……」


 メトが必死に考えを巡らせているとき、博士が鳴動した。メトはその柄に触れる。


「博士?」


《ふん。こんなところで捕まるなんてつまらん。逃走経路を図示する》


「博士はこの街の構造を知ってるの?」


《知らん。だが人の流れは感知できる。王国兵が検問を敷いているが、お前が馬で走り回ったおかげで兵士の配置に乱れが生じた。急いで移動すれば綻びを突けるだろう》


「分かった。信じるよ」


 メトは二人を先導して移動を再開した。角を曲がるたびに王国兵と遭遇するのではないかと心配で仕方がなかったが、そうはならなかった。博士の指示した経路でぐんぐん街の外れへと向かうことができた。


 しかし途中で博士が悪態をついた。


《――ここまでだな。ここからは強行突破するしかない》


「まだ街から出るには結構距離があるけど」


《どうせ街から出る際に派手に目立つことになる。街から出ても追手との勝負になるだろう。ならばここから派手に立ち回っても大差はない》


「人を殺すことになるかもしれない。王国兵のほとんどは、自分たちが何を追いかけ回しているのか、理解していないはずだよ」


《私の知ったことではないな》


 聖都に着く前からこんな騒ぎになっているというのは問題だった。いざ聖都に入ったら、どれだけ多くの敵から逃げ回らなくてはならないのか、分からない。博士には頼れない。人間の命を軽視するこの男の代わりに、メト自身が考えなくてはならない。何か良い方法はあるのか……。こっそり潜入する方法が。


 メトには一つ思い当たることがあった。これは賭けだった。しかし賭ける価値はあると思えた。博士に呼びかける。


「さっきの露店通り……。そこまで安全に行きたいんだけど」


《何をするつもりだ》


「成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。やってみないと分からないけど考えがある」


《少し戻ることになるが……。露店通りに着いた後は知らんぞ。それでもいいか?》


「うん。図示して」


 メトたちは露店通りに向かった。刺客と遭遇した場所であり、敵の監視の目は当然あるはずだったが、うまく掻い潜ることができた。急な方向転換を繰り返して、馬たちが苛立ち始めている。ガイが何度も置いて行かれそうになったがなんとかついてきていた。


「何をするっていうんだ、メトちゃん!?」


「匿ってくれる人を探す」


「は!? 知り合いがいるのか?」


「いない。けど、一か八かだ」


 三人は露店通りに入った。王国兵の姿は少なかったが、メトたちを追跡している以上、すぐに増えてくるはずだ。メトは馬から下りた。ガイとゼロもそれに倣った。馬を近くの柱に繋いで進む。


 ぼろぼろの天幕を畳もうとしている、先ほどメトと話した女商人と目が合った。メトが現れたことに少し呆れた様子だった。


「……なに? まだ何か用?」


「刺客にあなたを巻き込んでしまったかと思い、心配してたんだ。無事だったみたいだね」


 女は唇を尖らせた。


「無事なわけないでしょ。目ぇつけられたわよ。ったく、こっちは聖都のいけ好かないオヤジにさんざん媚び売ってやっと商品を仕入れたのに、約束してた顧客は剥がされるし、立ち退きを命じられるし、ろくでもないわ」


「……ついでだし、女商人さんに匿ってもらえないかな」


 女商人の目がつり上がった。


「は!? あんた、私に死ねって言ってるの? これから私は聖都まで商品を返しに行くんだよ。逆らったら殺される」


「それはちょうど良かった。私たち、聖都に行きたいんだ」


「……あのねえ、何を勘違いしてるのか知らないけど、私とあんたは無関係。さっさとどこかへ行きなよ」


「どうやって聖都へ行くの? 荷物は少ないようだけれど、万が一賊に狙われるといけない。女の一人旅ってわけでもないでしょう?」


 メトを睨みつけた女商人は、しかしメトの圧に気づき、表情を硬くした。そしてゼロとガイのほうを見やった。


「……メト、それにガイだね。私を脅すの? はっきり言って、無駄だよ。仮に私があんたたちを匿ったとしても、荷物は徹底的に検査される。聖都に辿り着く前に連中に見つかるし、私も今度は許されない。縛り首なら御の字、拷問されていやーな死に方をするのが普通、最悪は私の家族もろとも惨殺だ。分かるだろう?」


「……あなたは私がメトだと知っていた。それでも助言してくれた。どうして?」


「どうしても何も……」


「私が何者なのか、本当はよく知っているからじゃないの? 違う?」


 女商人は一瞬無表情になった。そして頭をがむしゃらに掻く。


「――なんだってのよ、もう! どいつもこいつも私を脅しやがって!」


「お、落ち着いて」


「どうせ約束を反故にしても分かりっこないって! そう思ったのに! 結局こうなるんだ! 厄日ってこういうことなのかなあ!? あいつのせいでフォーケイナの棺を売りさばくのが遅れるし! 取引量を減らされたと思ったら、またメトとかいう変なのが絡んでくるし!」


「い、いったい何の話をしているの?」


「知ってて言ったんじゃないの? 私ね、メト、あんたに協力するように脅されてたのよ。あんたがこの街に辿り着く数日前にね」


「え? だ、誰にそんなこと……」


「ジョット。あの男はそう名乗っていたわ」


「じ……」


 メトは絶句した。思わぬ男の名前に思考が停止した。博士が改造を施した五人の子ども、メト、フォーケイナ、ゼロ、ディシア、そしてジョット。戦闘能力に関してはメトやディシア以上。人格が崩壊し、まともに会話さえできなかったはずの少年の名前が、こんなところで聞けるとは。


「いったい、どういうこと……」


「知り合いなんでしょう? 詳しく手筈まで指示してきたのよ。あんたが助けを求めてきたら、ゲイドから逃がせるようにって」


「えっ……」


「でもね、おかしいのよ。メトはお前のことを知らないだろう、だからお前のほうから話しかけて欲しい。そんなことを言ったの」


「え? どういう意味、それ?」


「知らないわよ。で、メト、本当にあんたが何も知らずに私に話しかけてきたから、こっちは心臓バックバク。正直どうしたらいいものか、悩んだ。しらばっくれ続けたら、あんたはどこかへ行ってくれるんじゃないかって思ったの」


「なるほどね……。分からないことは多いけど、この際どうでもいいか。で、女商人さん、協力してくれるの、どうなの?」


「マナよ。私の名前は」


 マナは舌打ちして畳みかけの天幕を踏んづけた。


「ぼうっと見てないで手伝って! 露店通りの近くに車を用意してある。ジョットの指示通りに用意したものよ。あんなんであんたたちを無事に連れ出すことができるか疑問だけど、言われた通りやらないとどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないからやってやるわ。文句ないわよね」


「ない、ない。恩に着る」


 メトたちは店じまいの手伝いをした。それはあっという間に済み、それぞれ荷物を持って車へ移動した。ルタテトラから貰った馬とはここでお別れだった。


「ねえ博士。ジョットがここに来て、私を助ける為に色々と手を回してたって……。本当だと思う?」


《このまま無事に聖都まで行くことができたなら、本当だろうな》


「私には全くワケが分からないんだけど……」


《可能性があるとすれば……。ジョットには未来が見えるのだろう》


「未来が!? あいつ、そんな能力があるの?」


《私は知らん。しかし、そんな能力を仮定でもしない限り、ジョットの振る舞いは説明がつかない。それに、未来が見えたとして、メトを助けようとしている動機は分からないがな」


「あいつ、いつもフォーケイナをいじめてたよね。ディシアとはよくケンカしてた。改造が進んでいくと、まともに会話することもできなくなった。あいつが理性的な行動をする姿が想像できないんだけど」


《精神錯乱は薬の副作用によるものだ。今はかなり抑えられている可能性が高い。それに、未来が見えたと仮定して、メトを助けることが直接の目的ではない可能性もあるな》


「それはどういうこと? 何か別の目的があるってこと?」


《ジョットがお前を助ける理由がないのなら、そのように考えるしかないだろう。もしかするとメトのことが好きだとか、そういう俗な理由かもしれんが、その線はないだろうな」


「あー……、たぶん、それだけは絶対にないね。そもそもそんなに接点ないし」


 マナが用意した車というのは、魔法動力車だった。大きな黒塗りの車体に、窓が一切ない構造で、運転手は車外の運転席に座ることになる。メトたちは自分たちの荷物と、マナの荷物をまとめて中に運び入れ、自らも乗り込んだ。


 運転席に座ったマナが、小さな覗き窓を開いて、車内でうずくまるメトたちを確認する。


「じゃあ、出発するよー。聖都までまっすぐ」


「ちょっと待って。このまま行っても検問で荷物を調べられるでしょ。何か策はあるの?」


「ないよ。ジョットからはこれ以上指示を貰ってないし」


「じ、じゃあ、調べられたらどうするの」


「知らない。そっちで何とかして」


 覗き窓が閉じる。車が走り出した。魔法動力は非常に静かで、車輪が回転し地面の上を滑る音だけが聞こえてくる。車内は真っ暗で、ガイが小さな光魔法を発動した。


「……メトちゃん、考えはあるか?」


「ない。危機を脱したと言えるのかな、これは……」


「博士を変形して、壁になってもらうというのはどうだ? 俺たちは端っこまで移動して、何もないように装う」


「うーん、それなら床になってもらったほうがいいかもしれない」


「俺たちが寝そべって、その上に床を作るとなると、乗り込むときかなり不自然にならないか? 床下を調べられる可能性が高い気がする」


「天井……。いや、やっぱり壁か? 車の中に余剰の空間とかないかな? 車内を調べてみよう」


「よし、きた」


 メトとガイは手分けして車内を手当たり次第に調べた。座席の下に人が一人隠れる空間があったが、三人分となるとかなり厳しい。ああでもないこうでもないと話し合い、博士を変形させてそれぞれを完璧に隠す形状を模索した。結論としては、座席の下にメトとゼロ、車の最後尾の僅かな隙間にガイが潜り込み、それぞれを変形した博士で覆い隠す案でまとまった。うまくいくかどうかはやってみないと分からない。


 案がまとまった直後、車が停まった。早速王国兵の検問にかかったらしい。メトたちは急いで準備をした。


 博士の変形をやり直すこと三度、なんとか全員隠した直後、車の扉が開いて、王国兵が中を覗き込んできた。一人だけ乗り込んできて、探り始める。


「暗いな。照明はないのか?」


 それに対してマナが不機嫌そうな声で、


「貨物用なので照明とかは付けてないんですよ」


「貨物用にしては、荷が少ないのではないか?」


「これから聖都に帰るんです。荷が少ないのは当然でしょう?」


「聖都から港まで何を運ぶというんだ? 普通、逆だろう。そもそも魔法動力車をただの輸送に使う商人など見たことがないぞ」


「それはモノを知らないだけでしょうに。商取引の記録ならありますが、見ますか? 運んでいた荷物は主に書籍ですよ。聖都の神学関係の書籍を写本工房で製本した後、海外に向けて売るんです」


「本……。確かにそれなら聖都から輸出しているが……」


 王国兵は座席の下が気になるようだった。壁となった博士をゴンゴンと叩く。


「……この下に空間があるようだが?」


「機械に興味があるんですか? 別に見せてもいいですが、魔法動力を車輪に伝える為の機構があるだけですよ。精密な部分なので検分するってんなら慎重にお願いします。正規の工具を使って慎重に。万が一のことが起こると私では修理できないもんでね。少なくとも私は中を一度も見たことがないですが」


「おい」


 また別の王国兵が呼びかける。


「もういいだろ。ちゃっちゃか検問を済ませないと渋滞が酷い」


「……ああ」


 車は再び走り出した。そして無事にゲイドから脱出を果たせたようだ。メトたちはふうと息を吐いて安堵した。ゼロですら少し気の緩んだ顔になった気がする。


 覗き窓が開いて、運転席からマナの顔が見えた。


「いったいどうやったの?」


「気合いだよ」


 メトは苦笑しながら答えた。マナは納得していない顔だったが、まあいいやと運転に専念した。魔法動力車は整備された道を進んでいった。途中で王国兵に何度か呼び止められ、簡単に中を調べられたが、同じ手でやり過ごした。聖都に近づくと中を調べられることはなくなり、メト一行とマナの四人は無事に聖都へと入ることができた。





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