ジヴィラムの貴女(中編)
フドからジヴィラムまでの道は整備されており、馬車で移動することが可能となっている。夕刻に差しかかり影が長くなった。夜間走ると馬が脚を挫くかもしれないので野宿をすることになった。馬車にはそれに備えて幾つかの装備があって、即席の天幕を二つ張り、その中で夜を明かすことができた。
メトは天幕の外で、馬の近くに座り込んで周囲を見張っていた。ジヴィラムまではすぐに着く。大した距離ではない。だが明らかにルタテトラは命を狙われている。いったいどこから敵がやってくるのか全く油断できなかった。相手は一人なのか、組織なのか。ルタテトラは説明を拒んでいる。きっと無理矢理にでも敵の正体を聞き出したほうがいいのだろう。
「メトちゃん」
ガイが天幕から出て、こちらに歩いてきた。メトは周囲に張り巡らせていた注意を、一瞬緩める。
「ガイ。どうしたの」
「始めるなら早いほうがいいだろうと思って……。博士の変形方法を教える」
「あー……、そっか。そういえばやらないとね」
「気が進まないかい?」
「ううん、そんなことない。でも、今まで戦闘のとき、武器の変形は博士に任せきりだったから、ちょっと戸惑ってるだけ。たぶん、今後もやってくれそうな気はするんだけど」
「博士のことを信用してはならない。きみを利用することしか考えていない。直接博士と話してみて、俺は確信したよ。本人もそう言っていたしな」
「うん。信用はしてないよ。最初から……。でも、自分の体を一瞬でも預けることを了承するなんて、油断してたのかな」
「いや、あのときはきっとそれ以外に選択肢がなかったんだろう。でもメトちゃんはお人好しだからな」
ガイは早速博士の変形方法を教えてくれた。それは驚くほど簡単な手段だった。すなわち、既定の魔法を低出力で博士にぶつけるだけ。あらかじめ博士は迅速に変形する為に、簡単な魔法をきっかけに変形が完了するように設定を構築していた。複数の魔法を組み合わせれば、それを反映した複雑な形状に変化する。大きさを制御する魔法、細かい形状を制御する魔法、魔法の命令同士を接続する魔法など、突き詰めると難解だったが、そこまでは追々習得すればいい。
メトは試しに博士を直刀から短槍に変化させ、それから直刀に戻した。何の問題もなくやれる。
「上手いじゃないか。ただし、メトちゃん、魔法を連発して自らの魂が魔力に汚染されないようにな。一日数回程度なら問題ないが、より頻繁に使うのなら、魂を守る方法をより洗練させていく必要がある。魔法使いなら誰でも習得する技術だが」
「それも教えてもらおうかな」
「これは地道な鍛錬が必要だ。毎日繰り返しこなす必要がある。とはいえ、やればやるほど精度は上がる。魔法を問題なく扱えるメトちゃんなら、すぐにモノにできるだろう」
ガイの指導に、メトは素直に従った。ガイは論理的な指導を行ったので、そこに感情が入り込むことはなかった。過剰に褒められることも、厳しくされることもなく、メトは淡々と鍛錬を行った。
しかしそうしている中でも、メトは周囲の警戒を怠ってはいなかった。闇夜に蠢く影を察知したとき、メトは何の予備動作もなく立ち上がった。ガイは一瞬きょとんとしたが、メトの険しい顔を見てすぐにルタテトラのいる天幕に目を向けた。今のところ異常はない。
「どうした? メトちゃん」
「敵の気配がする」
「一人か? それとも複数?」
「いや。人間じゃない」
「え……。つまりルタテトラさんの件とは無関係ってことか? この辺、魔物が出没するなんて情報はなかったが」
「断定はできないけど……。戦うよ」
メトは抜刀した。ガイは就寝しているルタテトラと御者を起こしに行った。メトは光球の魔法を天高く打ち上げて照明を得た。道から外れた小藪の中に、肩部や腰部の骨が剥き出しの、狼のような魔物が複数現れた。涎を垂らしながら腐臭を漂わせている。
「博士……。まだ聞いてなかったけど、私の戦いに協力してくれるの?」
《お前が望むならそうしてやってもいい。お前は私を使うことに嫌悪感や恐怖はないのか?》
「元々私は博士を殺す為に戦ってる。私を怪物にしたのは博士だ。それに抗う為の戦いでもある」
《何が言いたい》
「私は博士から逃げないよ。博士が物言わぬ武器になっちゃったら、張り合いがない。博士の断末魔を聞くそのときまで、私はけして挫けない」
《ふん。ならば口うるさい育ての親を演じるかな」
直刀が曲刀に変じた。メトの意思ではない。メトはゆっくりと魔物に近づいた。魔物はしかしメトが眼中になかった。ルタテトラのいる天幕のほうばかり気にしている。
完全にルタテトラだけを狙っている。メトは素早く御者に向かって言った。
「御者さん、魔物の襲撃だ! 悪いけど先にジヴィラムに向かって逃げて! 馬を一頭残してもらえると助かる!」
御者は悲鳴を上げて馬車の御者台に乗った。そして言われた通り馬を一頭その場に残して、走り去った。魔物は彼を追うことはなかった。関係のない人間を巻き込んでしまい申し訳ないと思う。襲われることは想定内だったのだから、本来なら御者なんて雇うべきではなかったのだが、ついルタテトラにとって楽な移動方法を選んでしまった。護衛なんて慣れていないのだから仕方ないと思う一方、誰かを死なせてしまったら元も子もないじゃないかと猛省した。
天幕からルタテトラが出てきた。髪型が乱れに乱れている。本人はそれを気にしている様子だったが、外の魔物の群れを見てどうでもよくなったようだ。きゃーきゃーと悲鳴を上げて、何か言われる前から残された馬に飛び乗る。
「ガイ、一緒に乗ってあげて。ジヴィラムに向かって走って」
「メトちゃんはどうするつもりだ」
「この足で走る。夜だからあまり速度を出さないで。道はしっかりしているけれど、起伏があると転んじゃう。魔物がどれくらいいるか分からないからそれも注意」
「……もしかして、この魔物たち、ドゥラ街道で出会ったように――」
「うん。もしかすると命令を受けているかもね。ルタテトラお嬢様を殺せ、って」
ガイがルタテトラの後ろに乗り、手綱を握った。そして走り出す。メトはそれに追走した。魔物たちが一斉に追いかけてくる。照明の及ばない闇の領域が一斉にうごめき、全体が追いかけてくるような錯覚を覚えた。小型の狼の魔物が、馬に向かって飛び掛かってくるが、メトが長剣を突き刺して投げ捨てた。大した魔物ではないが数が多い。メトは馬の速度に合わせて走りながら、凶悪な魔物の毒牙からルタテトラを守り続けた。
ルタテトラは目をつぶってガタガタ震えていた。ガイが自らの体全体で彼女を覆い隠して守るような体勢になっている。手綱を握って馬を制しているので、たまたまそういう形になっただけのようだが、ルタテトラにとっては心強いだろう。メトは息を切らすことなく声を発した。
「ルタテトラさん! あなたのことはガイ師匠が守る! ジヴィラムまで気をしっかり! 馬から振り落とされないようにして!」
ルタテトラは小刻みに震えた。いや、もしかすると頷いたのかもしれない。メトは一瞬その場に踏みとどまって、追いかけてきた魔物を立て続けに五体、一気に片付けた。そして全力で走り、馬に追いつく。それを三度繰り返した。
魔物の数が減らない。ガイが度々光球魔法を前方に投げて、視界を得ている。馬が疲れ始め、速度を下げざるを得なかった。メトは少しずつ魔物の数が減っているのを感じていた。敵も無限にいるわけではない。
馬の脚が乱れた。危険を感じたガイが咄嗟に馬を止めた。また走り出そうとしたがメトが手を上げてそれを制した。ガイは意向を察し、周囲に光球魔法をばらまいた。周辺が一気に明るくなる。残る魔物は10体にも満たないようだった。
メトは一気に駆けだした。魔物はルタテトラのほうへ単調に向かってきている。それさえ分かっていれば、ルタテトラに魔物を近づける前に殲滅が可能だった。
最後の魔物を殺しきったとき、メトは深く息を吐いた。危険は去ったように見えた。しかし油断はできない。まだルタテトラは震えていた。ガイが彼女の肩を優しく叩いた。
メトは魔物の死骸を道から排除しながらも、何か異様な雰囲気を感じ取っていた。博士の意見を求めようと、柄を強く握る。
「博士」
《……まだ私に頼るつもりか?》
「昼間、部屋の中にいる暗殺者を教えてくれた。私に協力するつもりはあるんでしょ?」
《敵に気づくのが遅れれば、メトがあの女をかばい、殺される可能性があったからな》
「まだ私の体を狙ってるの?」
《願わくば、な。しかし絶望的だろう》
「じゃあ、どうして……」
《お前が思っているより、この姿は退屈なんだ。やることがない。食事も、睡眠も、生殖行為も必要ない体だ。つまり暇潰しだ」
その言葉を信じるわけではないが、利用できるなら利用したい。
「……暇潰しに嘘をつくことはある?」
《それもいいだろうが、私が嘘ばかりつくようになれば、メトは私の意見を参考にしなくなるだろう。話し相手を失う可能性が高い》
「……ガイが話してくれるかもしれないよ?」
《あの男は気に食わん。馬が合わない》
「ガイは善人だからね。そりゃそうだろうね」
メトは闇に目をこらした。何かがいる気がする。しかし自信はない。
《……メト。そこに誰かいるが、人間だぞ。殺すつもりはないんだろう?》
「もちろん」
《殺すつもりがないのならまともに相手すべきではない。容易く無力化できるほど甘い相手ではなさそうだ》
闇の中から、一人の男がすっと姿を現した。黒装束に身を包み、顔は紺色の仮面で隠している。手には短刀――既にその刃は血に染まっている。誰の血だ、と一瞬思ったが、その血は瘴気をまとっている。魔物の血だ、と気づいた。
「なぜルタテトラさんを狙う」
メトは問いかけた。刺客は無反応だった。先ほどの魔物たちとは違い、ルタテトラだけではなく、メトとガイにも注意を払っている。当然と言えば当然だが、対話できる相手だという証拠だった。
「……魔物にフォーケイナの棺を食べさせ、命令を下したな。ルタテトラさんを殺せと。いったいどこから入手した」
刺客が僅かにみじろぎした。そしてメトのほうに顔を向ける。
「……我々がなぜジヴィラム=ルタテトラを狙うか……? 本人から聞けばいいでしょう。それとも彼女が話したがらないのですか?」
「え、あ、うん」
慇懃な話し方に驚きつつも、メトは頷いた。刺客は軽く肩を震わせた。
「フォーケイナの棺を知っているあたり、あなたは幾らか事情に詳しいようだ。我々が彼女の命を欲している理由は、まさにそれですよ」
「いったい……、どんな関係が」
「残念ですが、お教えする理由がありません。ただし、私は今、あなたを殺すべきか迷っています。無関係の人間ならば見逃せと命令を受けていますが、あなたは微妙だ。少しお話してもいいかもしれません」
「時間稼ぎがてら?」
メトは少し離れた位置に光球魔法を投げた。するとそこには魔物の増援が数匹、ゆっくりと忍び寄っているところだった。
刺客は首をぐりぐりと回した。
「ええ。あなたはどこでフォーケイナの棺を知ったんです?」
「親友だよ」
「はい?」
「フォーケイナは私の親友だ。今も彼の肉を削ぎ、延々と丸薬を造り出していると思うと、反吐が出る」
刺客は仮面の奥で息を呑んだ。
「と、すると……。貴方は例の研究所の……」
そこまで知っているのか。メトは驚くと共に、この刺客の正体について見当がついた。ならば容赦する必要は全くないだろう。踏ん切りがついた。
「博士。殺すつもりで戦う」
《やれるのか?》
「どうせ死なない。この人もフォーケイナの棺で強化済みなんでしょ」
《ふっ。いつ気づくかと思ったぞ》
メトは一気に踏み込んだ。刺客は超人的な反応で後ろに飛び退くと、短刀に炎をまとわせた。強力な付加魔法。その炎の刃にかすっただけで、常人ならば半身が焼き切れるだろう。メトは警戒しつつも、大胆に近づいて行った。刺客は体勢を低くして機を窺った。
二人はほぼ同時に相手の懐に踏み込んだ。メトの右手が刺客の担当を持つ手を掴み、極める。軟体生物のように関節を外した刺客は体を入れ替え、短刀を宙に放り投げた。そのまま別の手でそれを掴むと、逆手でメトの脳天に向かって振り下ろしてきた。
受けても良かったが、また火傷は勘弁したかった。相手の腹を蹴って距離を取り、曲刀を構えるフリをする。刺客の気が一瞬緩んだ。瞬間、曲刀は長槍に変わっていた。いつの間にか眼前に槍の穂先を見た刺客はさすがに仰天し、回避が遅れた。肩に一撃、続けて足に槍の一撃を食らい、刺客は地面に転がった。
完璧に戦いを制したメトだったが、魔物がルタテトラに迫っていることに注意が向いていた。刺客はしばらくじっとしていたが、やがて平然と立ち上がった。フォーケイナの棺を食らったことによる、超再生能力。ガンヴィのレッドにもそれがあったが、刺客もちょっとした傷くらいならすぐに癒えるようだった。
しかし体力は消耗するはずだ。傷を修復するのには相当な力を使う。これを何度か続けていけばやがて動けなくなるはず。メトの考えはそうだった。刺客もメトの狙いには感づいていたに違いない。
「なるほど……。研究所の五人の子供――ナナシとはあなたのことですね?」
「今はメトって名乗ってるけどね。良かったね、私がジョットやディシアじゃなくて。あの二人ならあなたを容赦なく殺してたよ」
「……ここであなたに出会えて良かった。これは偶然なのか必然なのか……。あなたへの対処は今後、上の人間が考えるでしょう。しかし、ルタテトラだけはこの場で殺す」
刺客が短刀をルタテトラのほうへ投げた。しかしメトは抜け目なく反応した。持っていた博士を短刀に変えて、刺客の武器にぶつけて軌道を変える。炎をまとった短刀は草むらに落ち、周辺の植物を燃やした。
刺客は丸腰になったメトに突進した。その手には新たな短刀が握られている。しかし身体能力でメトに勝てる者は滅多にいない。フォーケイナの棺で強化された刺客が相手でも、メトにとってみれば彼の動きは止まって見えた。
余裕を持って待ち構え、短刀の動きを目で追う。突き出された短刀の柄を掴み、強引に武器を奪った。そして背中に短刀を突き刺す。刺客は血を吐き、メトは一瞬罪悪感に襲われた。
メトは刺客を抱き込むように拘束した。刺客はしばらく声を発せられなかったが、やがてフフフと笑った。
「強い……! 私も腕には自信があったのですが、全くかないませんね」
「大人しく引き下がってくれないかな。じゃないと木に括りつけることになるけど、いい?」
「……任務の失敗は……!」
刺客が大きく口を開けた。メトは噛みつきでもしてくるのかと一瞬怯んだが、博士が叫んだ。
《離れろ! 自爆するつもりだ!》
メトは舌打ちして、掴んでいた刺客の肩をとっかかりにして遠くへ投げた。空中で閃光を放った刺客の躰は、一瞬遅れて爆発四散した。メトは咄嗟に地面に伏せていたが、それでも衝撃は凄まじく、ルタテトラとガイを乗せた馬はひっくり返り、残っていた魔物もごろごろと地面を転がった。
一番早く立ち上がったのはメトだった。残っていた魔物に素早く近づき駆除した。
息が上がっていた。体力の底が見えたからではない。目の前で人が死んだことで動揺した。脂汗を拭いながら、メトは周囲を確認した。
馬は無事のようだった。すぐに立ち上がり、どこかへ走り去ろうとするのを、ガイがなんとか制していた。ルタテトラは全身土だらけになりながらも気丈に立ち上がり、それから魔物の死体に目を背けるようにして、視線を落とした。
「ルタテトラさん。あなた、とんでもない奴らに命を狙われてるね」
ルタテトラは不安げに振り向いた。メトは彼女の服についた埃を払おうとしたが、水気を含んだ土だったので、汚れが余計広がっただけだった。
「あ、ごめん、わざとじゃ――」
「メト様。ジヴィラムに到着したら、わたくしの話をお聞きになってくださいますか?」
「え? あ、もちろん」
「……どうか残りの帰路もよろしくお願いいたしますわ」
ルタテトラは一礼した。メトは頷いた。ガイとルタテトラを馬に乗せて、ゆっくりと夜の道を進んだ。
夜明け。一行は淡々と進んだ。馬上のルタテトラは弱音を全く吐かなかったし、ガイもこれまでにないほど注意深く周囲を警戒していた。徒歩で二人に続くメトは神経を尖らせつつも、二人の様子に頼もしさを感じていた。そして昼過ぎにジヴィラムに到着した。堅固な防壁が特徴的な都市であり、それを見たルタテトラはほっとしたように息を吐いた。
ジヴィラムに入る際に大門を潜り抜けなければならなかったが、本来旅人は身なりを確認されるのを、ルタテトラが顔を見せたことで検査が免除された。衛兵はルタテトラが泥まみれであることに大層驚き、メトとガイを睨みつけたが、彼女は一喝した。
「彼らはわたくしの命の恩人です! そんな目で見ることはわたくしが許しません!」
メトとガイは苦笑した。ルタテトラはジヴィラムに入ると、都市の中央に聳えている巨大な屋敷をまっすぐ目指した。そこが彼女の居住地らしい。
「別に疑ってたわけじゃないけど、本当にここのお嬢様なんだね。聖公家とか言ってたっけ」
メトの言葉に、ルタテトラは頷いた。
「ええ。……先刻漏れ聞こえましたが、メト様、あなたはフォーケイナの棺と関わりのある方なんですわね」
「まあね」
「ならば、お話しなければならないことがあります。たまたま護衛を頼んだ方と、こんな関わりがあるなんて、これは天啓かもしれませんもの」
「うん」
話を聞かせてもらえるなら何でもいい。メトとガイはルタテトラの館に招待され、着替えついでに体を徹底的に洗浄された。応接間に通されたときには二人とも珍妙な貴族服を着せられ、互いの姿が可笑しく見えて笑い合った。
応接間で待つルタテトラは神妙な面持ちだった。そして彼女の横に立つ長身の女性の姿に、メトは狼狽した。
「あっ……、えっ……」
星をちりばめたかのように輝く銀髪。人形かと見紛うほどの美貌と無表情。漂う妖しい香り。メトはその女性のことを知っていた。
「ゼロ……!? え……」
研究所で生き残った五人の子供の内の一人、ゼロがそこにいた。博士は沈黙していた。ガイは事情を掴めず、メトとゼロの顔を交互に見つめて、結局何も言えずにその場に立ち尽くしていた。
ゼロ……。フォーケイナと一緒に売られた少女。ある日突然研究所から姿を消したので心配していた。博士の非人道的な実験の末、人間が持つ能力を抽出することができるようになったと聞いた。フォーケイナがその抽出された能力を得て、肉片を切り取れば、その肉片を食らった者は抽出された能力を得ることができる。
つまり、フォーケイナとゼロの二人がいれば、人類はどんな能力も自由に会得することができるようになる。フォーケイナたちを買った者からすれば、ゼロはこの上なく重要な道具のはずだ。なぜここにいるのか。メトは再会の喜びより、戦慄に近い緊張感を抱いていた。




