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立ち上がれガイ(中編)



 魔物退治ギルド“精霊の槍”は小規模な団体だった。フドには騎士隊と呼ばれる軍隊が常駐しているから、魔物退治の仕事はさほど多くないのかもしれない。ガイがその小さな詰所に現れると、その場の男たちは一瞬唖然とした後、拍手喝采が巻き起こった。


「“魔遣りの火”のガイさんだな!? 仲間を解放してくれてありがとうよ! 鉱山で無理矢理働かされてた奴らが戻ってきたんだ!」


 グゥラの所業は近隣の街の人間にとって脅威だったに違いない。とはいえ想定よりも歓迎されていることにガイは困ってしまったが、これなら協力を取り付けられるかもしれないと思い、これを好機だと捉えた。いつもならメトの功績を自分が奪ってしまっていることに後ろめたさを感じていたが、今回だけは堂々としてやる。どんなことをしてでも魔物の肉を調達するという決意があった。


「この近辺に出没している魔物の情報が欲しいんだが……。一つ譲ってくれないか」


 ガイは入り口に突っ立ったまま話した。“精霊の槍”の構成員は顔を見合わせた。


「死にかけてたって聞いてたが、もう仕事する気なのかい? もう少しゆっくりしていけばいいのに」


「フドの人々に救出された恩を返したい。俺には魔物退治しかできないから……」


「ほう! やはり一流の魔物退治屋は考えが違うな! しかし、恩があるのはこっちのほうだ。原因不明の行方不明事件が多発してたこの街にあって、あんたのしてくれたことは千金に値するんだよ。それに、魔物の情報も何も、最近見かけないし。俺たちも暇してるところなんだよ」


 ガイは落胆した。魔物がいない? しかし鉱山地帯には魔物が徘徊していたと聞いた。今からグゥラの支配地まで戻るか? ガイの今の足だと何日かかるか分からない。三日以内に魔物の肉を調達し、メトの食事を確保しなければ、彼女の命が危ないというのに。


 ギルドの構成員の一人が、小声で、


「魔物の情報なら一件あるじゃないか。ボラスの泉で――」


「ばっ、馬鹿野郎。あれは――」


 こそこそ話をしているが、ガイの聴力は人一倍良かった。獣人だからだろうか。自分でもいまいちわからないが、とにかくガイは話をしている人間のところまで歩き、顔を近づけた。


「今、なんと?」


「あ、ああ……。ガイさん、気にしないでくれ。あんたには関係ない話だ」


「魔物の情報があるなら是非教えてくれ。この通りだ」


 ガイが頭を下げると、ギルド内に微妙な空気が漂った。言うべきか否か、彼らは逡巡しているようだった。


 やがてギルド長と思われる老齢の男が咳払いし、ガイの前に立った。


「ガイ殿。貴殿の実力を疑うわけではないが、この件に関しては首を突っ込んではならない。魔物の情報を掴んだらすぐに使いを出して伝えるゆえ、今はしっかり療養なされよ。見たところ、傷は癒えていないようだ」


「お気遣い感謝するが、俺も魔物退治屋。暴勇を持ち合わせてはいない。無理だと思ったら自分で退く判断くらいはつく」


「何をそう焦っておられる? 何か理由でも?」


 ガイは小さく首を振った。


「……何も理由はない。躰がなまって仕方ない、とだけ」


 ギルド長は何か自問しているようで、何度か頷くと、重々しく口を開いた。


「……ほんの数日前の話だが、ボラスの泉という場所で大型の魔物が確認された。我がギルドでも討伐を試みたが、武器がその皮膚を貫くことさえできず、全く歯が立たなかった。その魔物は、我々の攻撃や魔法に全く反応せず、周辺の樹木を豪快に噛み砕き、惰眠を貪るのみ。ただちに危険性はないと判断され、今は見張りをつけて注視している段階だ。ガイ殿のような実力者ならば、あるいは魔物にダメージが通るかもしれないが、そうなるとかえって状況が悪くなる可能性がある」


「なるほど。下手に俺に手を出して欲しくないというわけか。事情は分かった」


「それでもボラスの泉に向かう気かね?」


「……いや。フドの市民を危険に晒す可能性があるとなれば、手を出すことはできないな。ここは退くことにするよ」


 ギルド長は微笑んだ。


「分別のある御方で良かった。せっかく来たことだし、奥でゆっくり茶でも……」


 しかしそのとき、ギルドの入り口の扉が荒々しく開き、ガイの横を男がすり抜け、ギルド長の足元に倒れ込んだ。男は汗で全身が濡れ、息も絶え絶えだった。


「どうした!?」


「ボラスの泉の魔物が動きました……。み、見張り二名が殺され、騎士隊の報告ではフドに向かっていると……」


 なんという巡り合わせか。ちょうどその魔物について話しているときに状況が動くとは。一同がほぼ一斉に立ち上がり、支度を始めた。ギルドの入り口で状況を見守っていたルシドが、ガイに近づく。


「ガイ様。私も行って参ります」


「ああ」


 ルシドは足早にギルドを出て行った。ガイは近くにあった椅子に腰かけた。向こうからやってきてくれるとは、好都合だ。それほど巨大な魔物ならば、討伐した後、ちょっと肉を拝借しても問題ないだろう。フドの戦力全てで当たれば、どれだけ強力な魔物でも倒せないはずがない。逆に言えば、それで倒せない魔物など、ガイどころかメトでも討伐は困難だろう。


《おい》


 博士が呼びかけてくる。ガイは懐の小刀の柄を握り込んだ。


(なんだ)


《フォーケイナの棺を覚えているか》


(ああ。フォーケイナさんの肉片のことだろう。摂取した魔物に力を与えるとか言ってたな)


《……まあ、今はその理解で良い。状況から察するに、ボラスの泉の魔物とやらはフォーケイナの棺を摂取した可能性が高い》


(どうしてそう思う?)


《突然街の近くに大型の魔物が出現したという違和感。曲がりなりにも魔物討伐ギルドを名乗る連中が傷一つ付けられないという耐久性。そしてフドは、フォーケイナの棺を売りさばいているという行商人が通ったとされている場所だ。それに》


(それに?)


《メトはお前に話していなかったが、フォーケイナの棺にはまだ秘密がある。私も研究途中で彼を手放してしまったわけだが……。あれには、魔物を使役する力が秘められている》


(魔物の使役……)


《ドゥラ街道での魔物の挙動が少しおかしかったことを覚えているか? 最初に出会った馬型の魔物だ。あれはお前らを無視して、商人だけを狙っていた》


(ああ……。そんなこともあったな)


《おそらくあの魔物は特定の人物や団体だけを狙い撃ちするように仕向けられていたのだろう。フォーケイナの棺に特殊な仕込みをすることによってな。今回のボラスの泉の魔物も、何者かに操られていると考えていい》


(確かに、奇妙な魔物だ。お前の言う通りかもしれない。しかし一つ分からない点があるな)


《なんだ?》


(どうしてお前が俺にそんなことを説明するのか、だ。お前は俺に協力したいのか?)


《ふん。簡単だ。お前が私を携えて無策に突っ込めば、お前もろとも私まで死にかねないからだ》


(お前はどうするべきだと考えているんだ?)


《フドの戦力は相当なものだ。傍観していればいずれ戦いは終わるだろう》


 ガイはふっ、と笑った。


(なんだ。そんなことか。俺はそんな無謀な男じゃないんでね、そんなに危険な魔物相手なら、言われずとも、フドの人たちに任せるつもりだったよ)


《それならいいがな。お前には無鉄砲な部分がある。ときに、メト以上に》


 ガイは舌打ちして会話をやめた。こんな奴に何が分かるというのだろうか。ガイがのんびりしている間に、ギルド内は熱気に包まれていた。情報を収集して魔物討伐の算段をつけている。魔物がどのような進行をするのかを予測し、部隊を展開、戦闘の被害が出ないように配慮する。魔物が街に到達してから迎撃したのでは、市民や施設に被害が出る。開けた場所で待ち受けて、確実に仕留めなければならない。


 どこで魔物を待ち受けるか、フドの騎士隊と共同戦線を組むこと、それからいざというときに市民を避難できるように段取りを組むことなどが決まり、早くも出撃することとなった。ガイもついていくと言うと、ギルド長は困った顔で、


「正直心強い。だが無理はなさらぬように」


「邪魔はしないさ。ただ、どんな魔物か興味があってね」


 ギルドを出た。街は魔物がこちらに向かっていると知り、ちょっとした騒ぎになっていた。しかしそれほど極端に怯えている人はいない。騎士隊とギルドが一丸となって迎撃するのだからよほどのことがない限り大丈夫、と皆考えているようだった。


 騎士隊の屯所が近くにあったのでそちらに足を向けた。武装した馬が整然と並んでおり、それだけで威圧感があった。騎乗した兵士が何騎か屯所から出て行った。それと同じ数だけ屯所に入ってくる兵士がいる。報告と指示が入り乱れ、屯所は緊張状態にあった。


 馬を借りて出ようかと思っていたが、さすがに部外者であるガイが闖入してそんなことをお願いできる雰囲気ではなかった。屯所から離れようと背を向けたとき、馬上の人となったルシドが現れた。


「ガイ様。よろしければ乗っていかれますか」


「ルシド。いいのかい」


「ええ。その穏やかな表情――戦闘に参加される気はなさそうですし」


 大した洞察力だ。ガイは感心しつつも頷いた。ルシドの後ろに乗せてもらい、馬の並足で戦地まで向かった。


 幾つかの丘を越え、他の騎士やギルドメンバーと合流した。そんな中でもガイは体の痛みと闘っていた。これでは戦闘行為はかなり難しい。魔法を練るのも一苦労だ。博士が協力してくれるとは全く思わないから、もし戦闘になった場合はガイが形状の変化を魔法で命令することで行わなければならない。恐らく瞬間的に形状を変化させることはできないし、ガイには戦士の心得がないので、かなり限定的な使い方になるだろう。


 自分が戦う羽目にならなければいいのだが。ガイは戦地に近づくにつれて高まる緊張感で、若干の吐き気と胸の痛みを覚えた。万全ではないが、必ず魔物の肉を持ち帰らなければ。たぶん生肉ではなく焼いたほうがいいだろう。どこで焼くべきか。匂いは大丈夫だろうか。そんなことを考えていた。


 やがて魔物の姿が見えた。小高い丘を越えた先にそれはいた。草原に立つそれは世界の異物だった。巨大な七本の角を生やした、鹿。一言でそれを言い表せばそうなるが、もちろん普通の鹿ではなかった。前足が異様に発達して、地面に突き立てている。黒のまだら模様の皮膚の表面には魔術の紋様のようなものが書かれ、ゆっくりと明滅を繰り返している。尾は太く長く、絶え間なく動いて自らの鼻先を掠めている。尾の攻撃だけでも人を殺せそうな威力があった。近くにあった大きな岩を尾を叩きつけただけで粉々に砕いている。ぎょろぎょろと動く赤い目は不気味でありながら人の目を引き付ける魔性の魅力があり、それに魅入られた戦士が不用意に魔物に近づき同僚から注意される場面が散見された。


 ガイは馬から下りて、博士に触れた。


(フォーケイナの棺を取り込んでいるかも、という話だったが……。見てわかるものなのか?)


《……私の見込み違いだった。あの魔物はフォーケイナの棺とは無関係だ》


(それなら普通に討伐可能だな)


 ガイはほっとして言った。しかし博士は、


《いや。もっと厄介なものを取り込んでいる。今すぐこの場から離れろ》


(は? どういうことだ)


《あの魔物の中に魔物より厄介な女が眠っている。ガンヴィでレッドから話を聞いていないか? 砂蟲の体内で眠っていたという女》


(ああ……、メトちゃんが戻ってくるのを待つ間、レッドさんから聞いたが……。正直よく分かっていない)


《なら説明してやる。あの魔物の、恐らく頭部の中に、ディシアという女が眠っている。魔物の体内を寝床にするという変わった女だ》


(……もしかして、お前が改造した子どもか?)


《よく分かったな。その通りだ。彼女は私を殺す動機を百個は持っている》


(別に、お前が死ぬ分には構わないが……。いったいこれから何が起こるんだ)


《あの魔物を討伐したとして、中からディシアが出てくる。好んで人殺しをするわけではないだろうが、気が立っていれば何が起こるか分からん。今すぐ逃げろ。下手をすればフドごと滅ぼされかねない》


(確かに、ディシアがお前を見つけた途端、気分を害する可能性はあるな。離れたほうがいいのかもしれない……)


 ガイは平原を駆けるルシドを探した。彼は騎士隊を散開させ、本格的に開戦する準備を進めていた。魔物はゆっくりと前進を続けているが、フドの防衛部隊を見つけてからはやや進行速度が鈍っているようだった。


「ルシド、俺は一旦ここから離れて様子を見ている」


 ルシドは振り返って頷いた。


「分かりました。お気を付けて」


 今のガイにとっては戦場から離れるだけでも相当に辛い運動になった。どれだけ歩いても、巨大な魔物から離れられた気がしない。汗をかきながらゆっくりと歩き続ける。


 何度か振り返った。鹿の魔物は目をぎょろぎょろ動かしている。あまりに絶えず動かしているので、逆に何も見えていないのではないか。試しに自分で同じように眼球を動かしてみると、すぐに眩暈がした。


 ふと、立ち止まって魔物の目を注視した。その瞬間、魔物の目が動きを止めた。


 目が合った。魔物は少し離れた位置にいるガイを見ている。


 否、ガイではない。


 見ているのは博士だ。懐に忍ばせた小刀を見ている。


 魔物の眼球が破裂した。


 大量の体液と共に何かが飛び出した。それは目にも留まらぬ速さで戦場を横断した。


 もちろん目指すはガイと博士。ルシドが馬上で天を仰ぎ、そしてガイのほうへ疾風のように移動する物体を目で追った。


 だがすぐにルシドはガイのほうではなく魔物に目を戻すことになる。突然鹿の魔物が雄たけびを上げて激しく地面を踏み鳴らした。そして布陣していた騎士や戦士たちへ攻撃を開始した。


 ガイは尻餅をついた――魔物の眼球が破裂して二秒後には、それはガイの目の前にいた。全裸の少女が不敵な笑みを浮かべて立っている。長い黒髪、しなやかな肢体、そして黒い翼の全てが、魔物の体液で濡れていた。ガイは呆然と少女を見上げていた。圧倒的な存在感に震えていた。メトとは全く違う威圧感に、まともな会話をすることさえ困難だと一瞬で悟った。


「もう二度と会わない可能性もあると思ってたが、行き先は一緒だったんかなあ、なあおい、博士!」


 ディシアは牙を剥き出しにして笑った。ガイはよろけながらも立ち上がり、後退した。そんなガイを見てディシアはふふふと笑う。


「あたしの目がおかしくなったのかなあ、おいおい、メトはどこ行ったよ。愛しの妹をどこにやった? 殺したのか? ああん?」


「か、彼女は今、ここにはいない。ディシアとかいったな、俺はきみと争うつもりはない。博士との因縁があることは承知しているが、今は勘弁してくれないか」


「ああ? お前誰だよ」


「ガイだ。メトの友人だよ」


「ふうん……。嘘じゃなさそうだな。あたしは嘘を見抜くのが抜群に上手いんだ。なぜだか分かるか?」


「さ、さあ……」


「勘が良いんだよ! あたしの勘によれば、ガイ、お前は優しい男だな? 今後ともメトのことをよろしく。眠りながら考えていたんだが、やっぱり同じ研究所の仲間同士、仲良くするべきだよな? 共通の敵もいることだし」


 ディシアがゆっくりと近づいてくる。小刀となっている博士が激しく鳴動した。もしかすると恐怖しているのかもしれない。こんな非道な男でも、自分の死には怯えるのだ。その事実が不思議とガイを落ち着かせた。それまで不安定だった姿勢が定まり、しっかりと地に足を着けて立つことができた。


「ディシア……、博士を殺すつもりか?」


「ああ。メトが博士を使いこなすと厄介そうだが、今はよく分からん獣人が持ってる。そいつはいかつい顔をしているが戦士の能力に欠けているみたいだ。あたしは見れば分かる。とてもじゃないが戦力になりそうにない男」


「ご明察だ。だが、今は待って欲しい。メトは今、病床に就いている。彼女の食料を俺が調達しないといけないんだ。魔物の肉を持って帰らないと、彼女が餓死してしまう」


「ほう。それはそれは。ちゃんと届けてやりな。しかし博士は関係ないだろ? お前も博士を庇うのか?」


「……正直、こんな奴、死んでも俺は構わないと思っている。だが、メトちゃんが生かすと決めた奴だ。俺にこの男を処断する権利も資格もない」


「ふむ。メトは当事者だが、このあたしも当事者だ。博士をぶっ殺す権利も資格もあると思うんだが?」


「きみの言う通りだ。だから俺はお願いすることしかできない。博士の処断はメトちゃんに任せたいと思っているが、それは俺のワガママでしかない」


 ディシアは少しの間黙った。遠くでフドの戦力が鹿の魔物と交戦する音が聞こえてくる。しかしもちろんガイは目の前のディシアに全神経を向けていた。一瞬たりとも気が抜けない。


 やがてディシアは頷いた。


「……理想の復讐劇。あたしが追い求めるのはそれだ。分かるか、ギイ?」


「……俺はガイだ。復讐劇というのは……」


「メトが博士を所有している状態で完膚なきまで打ちのめす。それを目標にあたしは力を蓄え、戦術を練っていたところだ。しがない獣人が博士の所有者となっているのなら、それを狙うのが最も簡単だが、しかし消化不良なんてものじゃねえ。分かるか?」


 正直よく分からなかったが、同意したほうがいいのかなと思った。


「分かるよ。その気持ちよーくわかる」


「おっ。話の分かる男だな。だからこの場は見逃す。正直言うと、研究所から解き放たれて、目標らしい目標が見つからねえんだ。博士をぶっ殺すのは数少ない目標の一つだから大事にしたい。ちゃんとそれ、メトに返しておけよ」


 博士を指差してディシアは言った。ガイはほっとしながら頷いた。


「ところで」


 ディシアが振り返った。


「フドの戦士諸君にあの魔物が殺せるとは思えねえな。あたしが色々と力を貸してやったせいだが」


「え?」


 魔物が雄たけびを上げて、騎士隊の包囲を突破するのが見えた。巨大な魔物には武器の類も魔法も効果が薄いようだった。地響きが凄まじい。躰の内部から揺すり上げられているような感覚に陥った。


「いいこと思いついたぜ、ガイ、あの魔物を殺してみろ」


「は?」


「あたしの大親友であり、妹であり、宿敵である、メトの仲間なんだろ? あれくらい殺せねえと、メトは任せられねえなあ。博士、お前もそう思うだろ?」


 博士は何も言わなかった。ガイは遠くの魔物とディシアを交互に見比べた。


「俺に……。あれを?」


「一つ助言するなら、あの魔物の脳味噌はずたぼろだ。あたしが美味しくいただいた。単純な陽動が効果てきめんかもな」


 ディシアはより大きな翼を生やして、ふわりと宙に浮かんだ。空中であぐらをかく。ガイは博士を強く握った。もし魔物と戦わずに逃げたら、ディシアがどう行動に出るか分からない。やるしかないのか。


 いや、ディシアは関係ない。フドの戦力があの魔物を倒せないというのなら、ガイがやらなければならない。魔物の肉がメトには必要なのだ。ガイがゆっくりと歩み出したのを見て、ディシアは手を叩いて喜んだ。


《勝算はあるのか?》


 博士が言った。ガイは首を振った。


(あると思うのか?)


《もうこうなっては仕方ない。私も協力する。だが、お前の躰は戦闘に耐えられないだろう。仮に魔物に勝利しても死ぬかもしれない》


(ああ……。じゃあ、こうしよう。博士はあの魔物を殺す手段を、俺は自分が生き残る手段を考える)


《ふっ。つまり私はいちいちお前の安全なんか考慮せずともいいというわけか。いいだろう》


 ガイは歯を食いしばって走り始めた。今だけは極度の緊張と恐怖で痛みが薄れていた。魔物を遠巻きにしていた騎士隊の間から歓声が起こる。ガイの参戦を歓迎しているようだった。そんな中、ルシドだけが不安そうにガイに視線を向けていた。





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