【短編版】イケオジ王弟殿下との白い結婚〜君を愛するつもりはないと言われましたが、なぜか旦那様は過保護に溺愛してきます〜
イケオジ好きに贈る短編です。
連載版開始しました。(https://ncode.syosetu.com/n4839ie/)
「君を愛するつもりはない。これは、白い結婚なのだから」
王太子殿下から、婚約破棄の前に告げられた言葉。
まさかほとんど同じ内容で、その叔父である王弟殿下に結婚初日に言われるとは思ってもおらず、私は遠い目をしてしまった。
しかし、二十以上年上の旦那様は、あくまで真剣な表情で悪気すらなさそうだ。
この時点で、完全にあきらめモードになってしまった私は、いまだかつてないほど美しく装った豪華すぎる白いドレス姿のまま「かしこまりました」と、ニッコリ微笑んだ。
「その代わり、この屋敷内では好きにして構わないし、必要な物も何でも言えばいい。この私に手に入らないものなどないのだから」
確かに、目の前におられるジェラルド・ラーベル王弟殿下に、手に入らないものなどないに違いない。
王太子の婚約者でありながら、疎まれていた私は全てを手に入れられるような生活をしていなかった。
考えようによっては、夢のような生活なのかもしれない。
ラーベル公爵家の図書室は、その蔵書量と質で有名だ。きっと一生かかっても読み終えることはできないに違いない。
「……図書室の鍵を。これから先、用事があるとき以外、図書室に籠もり、あなたの目に触れるつもりはありませんので、ご安心ください」
安心するだろう。そう予想して告げた言葉に、予想外にもジェラルド様の眉間のしわが深くなる。
「……ちょっと待て」
「……先ほど、屋敷内では好きにして良いと仰いましたよね?」
誠実な人だと思っていたのに、少し前の言葉すら覆すのだろうか。
白い目で見てしまった私に、なぜか明らかにジェラルド様は困ったような表情になった。
「……言った。確かに言ったが、まさか自由にしていいからと、一日中図書室に籠もるつもりか?」
「何か問題でも?」
もちろん籠もる気満々である。
密かに幼い頃から素敵だと憧れていた王弟ジェラルド様に、白い結婚宣言をされてしまったのだ。
これはもう、ご迷惑をかけず、お飾りの妻として引きこもるほかあるまい。
「ご迷惑はお掛けしません」
ドレスの裾をつまんで、完璧な礼を披露した私に、ジェラルド様がかぶりを振る。
「……はぁ。幼い頃から、厳しい王太子妃教育にほんの少しの不満すら言わず、全て完璧にこなしてきた君のことだ。そう言うからには、実行に移すに違いない。図書室の鍵を与えたならば、本当に一日中出てこないだろう」
「そのほうが良いのでは?」
意味がわからずに首をかしげた私を前に、ジェラルド様の眉間のしわがますます深くなる。
しかし、そんな表情すら渋くてカッコいいのだ。ずるい。
「図書室は、貴重な書物の保全のために日が入りにくい作りになっているのだぞ!」
「私などには、貴重な書物を触れさせたくないと?」
「何を言っているんだ。君のためなら、王国中の書物を全て集めてみせる! それよりも、日に当たって外の空気を吸わなければ、体を壊してしまうだろう!?」
「え?」
予想外の台詞に、思わずパチパチ瞬きし続けてしまったのは言うまでもない。
いや、予想外などではない。先ほどの台詞が衝撃過ぎたせいで忘れそうになっていたが、大好きな王弟殿下は、いつだって私の健康を心配して、声をかけてくれていたのだ。
白い結婚で、私のことを愛さないからといって、妻になった女性をないがしろにするような人ではない。
知ってはいた。知ってはいたけれど、結婚したのだから、もしかしたら妻として愛してもらえるのではないかと、少しだけ期待してしまったのだ。
「……あの」
「朝食は、私と一緒に食べなさい。ステラ、君は、勉学に夢中になるとすぐに朝食を抜いてしまう。いや、昼食と夕食もか……」
「あの、お忙しいジェラルド様のお手を煩わさないよう、ちゃんと食べます」
「よろしい。だが、朝食をともにするのは決定事項だ。それから、図書室に入って良いのは、朝食後から日が暮れるまでだ。それと本を読んだあとには、散歩も必ずしなさい」
「えっと、それは大切ですか?」
夜空のように青みがかった黒い髪に金色の瞳。今まで、どんな美姫が籠絡しようとしても首を縦に振らなかったジェラルド様。怒ったような顔をしたって、その美貌の魅力は増すばかり、どうしようもなく素敵だ。
一方私は、王国にはよくある茶色の髪と緑の瞳。
伯爵家の娘として、そして王太子の婚約者として、美しくあるよう磨きあげられてきたが、絶世の美女というわけではない。どう考えても、釣り合わない……。
ジェラルド様は、性格は温厚で面倒見が良く、博識で、剣の腕は騎士団長と並ぶ。
完璧すぎるジェラルド様は、いろいろあって私との結婚が決まるまで、周辺諸国の姫たちからの求婚があとを絶たなかったらしい。
それにもかかわらず、誰とも結婚しないものだから、騎士団長とのあらぬ噂が立ったほどだ。
いや、そうなのかもしれない。私は、求婚話に疲れ果てたジェラルド様の隠れ蓑として、妻に迎えられたのだろう。
「なるほど……」
そんな私が、青白い顔をしてやつれていたなら、王弟殿下であるジェラルド様の評判を落としてしまうに違いない。
「何が、なるほどなんだ?」
「かしこまりました。三食きちんと食べて、読書を楽しみ、散歩もきちんとこなします」
「散歩を……こなす?」
不安そうな響き。
ジェラルド様の眉間のしわは、きっと取れることがない。
だって、次の言葉でも、私を心配するような響きは消えないのだから。
「──散歩は、こなすものではなく、楽しむものだと思うのだが」
「楽しめと仰るなら、善処します」
「何か違う!?」
ああ、どうしよう。このままでは、ジェラルド様の眉間のしわが深くなる一方だ。
そんなの、私の望むことではない。
いつも、苦しいばかりだった王太子の婚約者としての生活を続けてこられたのは、王宮に行けば王弟殿下であるジェラルド様に、ごくまれにお会いできたからなのだから。
「あの……。どうしたらジェラルド様に喜んでいただけますか?」
「は……?」
「私が王太子殿下に婚約破棄をされて、責任感の強いジェラルド様を巻き込んでしまったのだと、理解しているつもりです。だから、隠れ蓑にでもなんでも、なろうと思っていますから!!」
「隠れ蓑……?」
その瞬間、ジェラルド様の眉間のしわが消えた。
その代わり、金色の瞳が剣呑な色をたたえて私を見つめたように思えた。
「あ、あの……」
「君は何か勘違いしているようだ」
ガバリと私は、横抱きにされた。
呆然とジェラルド様を見つめたら、なぜか剣呑な色をたたえたままの、金色の瞳が私を見下ろす。
「────だって」
「黙りなさい」
ジェラルド様が笑えば、そこには女神が作り上げた完璧な美貌があった。
それは、きっと神話の中にしか出てこないような、神秘的な美しさだ。
「……君は何もしなくて良いんだ」
「やはりお飾りの妻!」
「違う……!」
ジェラルド様はなぜか、がくりとうなだれて、私を抱き上げたまま歩き出す。
「歩けますよ」
「少しだけ、許してくれ。それよりも、安定しないから掴まってくれないか」
「えっ!? は、はい……」
抱きつけば、ハーブの香りがほのかにした。
口から飛び出しそうな心臓。
それを紛らわせようと、私は、ジェラルド様との出会いと、婚約破棄までの日々に思いを馳せる。
──そこには、私の一方的な片思いだけがあった。
***
そう、それは王太子殿下の婚約者に内定した幼い日のことだった。
面と向かって、「好みではない」と言われた私は、王宮の庭園に逃げ込んで密かに泣いていた。
「──どうしたの、お嬢さん」
「……え?」
涙を拭うこともできずにいた私は、子どもだったに違いない。
今ならきっと、取り繕うことができる。
涙に濡れた瞳で、泣くなんて淑女らしくないと咎められることを覚悟して見上げたそこには、予想外の優しい笑顔があった。
「あの……。私」
その人は、私よりずっと大人で、とても素敵で、想像していた王子様そのものだった。
出会ったばかりの王太子殿下は、威張るばかりで私のことを「好みではない」なんて言う、想像の王子様とは全く違う人だったから。
「――――ステラ・キラリス伯爵令嬢だね」
「どうして私の名前をご存じなのですか?」
その言葉を発した瞬間、王太子の婚約者に決まったときに厳しく教えられた、王家の血を継ぐ方々の情報が浮かぶ。
この年代で、青みを帯びた黒髪に金色の瞳を持った人で、王宮の端にある庭園に来ることができる人なんて一人しかいない。
「ジェラルド・ラーベル王弟殿下……」
そう、目の前にいるお方は、国王陛下の末の弟ジェラルド様だ。
私は慌てて、家庭教師に教えられた通りの礼をした。
「……ステラ嬢。美しい礼だけれど」
不敬をしてしまったのだ。お咎めを受けるに違いないと震える私の頭頂部に、私よりもずっと大きな手が乗せられた。
「君はまだ子どもだから、そんなふうにかしこまるよりも、素直に甘えたらいい」
「え……?」
顔を上げた私の瞳に映ったのは、優しく微笑んだジェラルド様の美しい顔だ。
今まで見たどんな名画より、彫刻よりも美しいその笑顔に、私は釘付けになった。
その日からだ、私の一番大事で、大好きな人が、ジェラルド様になってしまったのは。
***
それからも、王太子の婚約者として、ひどい扱いを受ける度にジェラルド様はそれとなく私のことを慰めてくれた。
幼い私は、単純に家族よりも、婚約者よりも、ただ私に優しくしてくれる人に夢中になった。
ジェラルド様の境遇を知りもしないで。
そう、それは王太子殿下に婚約破棄されるほんの少し前の出来事だ。
「え……。ジェラルド様は、また最前線に行かれたのですか?」
隣国との関係は、一触即発とも言われ、王国は緊張感を高めていた。
そんな日々、ジェラルド様はいつも戦場で指揮を執っていた。
それは、ジェラルド様が強い精霊の加護を持っているからだ。
ジェラルド様は、国王陛下よりも強い精霊の加護を受けている。
その加護を受けたジェラルド様を国王に、という動きも国王陛下の即位前はあったという。
十八歳になった私は、いまだにジェラルド様に子ども扱いされていたけれど、国内の情勢や隣国との関係については、王太子の婚約者にふさわしい判断力を身につけていた。
「────ジェラルド様」
この頃には、ジェラルド様への許されるはずがない恋心を自覚していた。
もちろん、ジェラルド様にご迷惑をおかけしたくないから、必死に隠していたけれど。
一方、王太子であるフェンディル殿下が、王立学園で同じクラスに所属している男爵家令嬢に夢中になっていることは、周知の事実だった。
すでに、「君のことを愛することはない」と告げられていたから、私たちの関係は義務だけで成り立っていた。
私が王妃になれば、ジェラルド様が最前線に送られたりしないようにする。それだけが、心の支えだった。
けれど、婚約破棄は、王立学園の卒業式で、唐突に告げられた。
「――――ステラ・キラリス! 貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」
卒業式の会場は、あってはならない王太子とその婚約者の醜聞に静まり返った。
その時、卒業式の会場の扉が勢いよく開いた。
そこにいたのは、いつもの完璧に整えられた姿ではない、野性味あふれるジェラルド様だった。
昨日までの情報によれば、前線にいるはずのジェラルド様は、いつも少しの乱れもない髪はボサボサで、髭は整えられることもなく伸びていて、服すら汚れたままだ。
そんな姿なのに、むしろ男らしくてカッコいいなんて、本当にずるい。
座り込んだ私とフェンディル殿下の間に割り込んだジェラルド様は、いきなり拳を振り上げた。
「叔父上!? 何をなさるのですか!」
倒れ込んだまま、頬を押さえて見上げたフェンディル殿下を冷たく見下ろしたジェラルド様。
「……何をだと? 王族の配偶者に選ばれた淑女が、婚約破棄をされた先もわからぬ愚か者が」
「いくら叔父上といえ、王太子である私に不敬が過ぎます!」
「は? いまだ、王太子の地位が自分にあると思っているのか? ……痴れ者が」
静まり返った会場。
その視線など気にもしてないような微笑みを見せて、ジェラルド様は私の前にひざまずいた。
「申し訳ないが、ステラ嬢と年が近い王族には、すでに婚約者がいる……。こんなおじさんが相手など嫌に違いないだろうが、君を救うにはこれしかない」
「えっ、あの……」
確かに王太子妃教育を受けていた私は、王国の秘密を知りすぎている。
婚約破棄をされたからには、罪があるないにかかわらず、断頭台、あるいは与えられた毒をあおる以外の道はない。
私の手の甲に、そっと口づけが落ちてくる。
髭がチクチク触れるのすら、私の心臓をさらに高鳴らせるばかりだ。
「……私の妻になりなさい。ステラ嬢」
優しい微笑みとともに告げられたその言葉は、あまりに破壊力が強かった。
私は、何も考えることができなくなって、ただ首振り人形みたいに首を縦に振るしかできなかった。
***
そこまで回想して、気が付いたときには、最上階に設けられたテラスにいた。
強い風が吹いて、思わず目を瞑る。
次に目を開いたときには、私の目の前には淡い水色の光を放つ、美しい馬がいた。
「……風の精霊」
「……私が結婚しなかったのは、ただ単にこいつが許してくれる相手がいなかったからだ」
「そ、そうだったのですか」
騎士団長様とのあらぬ噂は、完全な勘違いだったとわかり頬を染める。
そっと降ろされて、あまりに美しく光り輝き、風のように揺らめいている透明な精霊を見つめる。
「きゃ!?」
なぜか、次の瞬間頬を舐められた。
結婚を許さないはずの精霊は、私に対して敵意を向けるどころか、大好きだと告げるみたいにすり寄ってくる。
「……結局、私は君としか結婚できない。だから、君が気に病むことなど一つもない」
「で、でも……。私を愛することはないと」
「……? 私みたいなおじさんが、君を愛すると言ったら、君が好きな人を見つけたときの足かせになるだろう?」
「えっ!?」
次の瞬間、精霊が勢いよく私のお尻にぶつかってきた。
「ひゃっ!?」
気がつけば、私はハーブの香りに包まれて、ジェラルド様の腕の中にいた。
「危ないな……」
「あっ、あの! 私としか結婚できないって」
「君がフェンディルの婚約者に選ばれたのは、精霊に愛される加護を持つからだ。王国で現状一番力の強い、私の精霊が愛するのも君だけだ」
「……それなら私がもし、ジェラルド様のことを愛したら、ずっと一緒にいてくれますか?」
もし、なんて言葉をつけたけれど、本当は私にだってわかっている。
ずっと諦めていたけれど、私が愛する人は一人しかいない。
「……君はまだ若い。命を助けられたからといって、私みたいな」
「ずっと、好きでした!」
「……は?」
相当驚いたのか、私を抱きしめていた腕の力が強まる。少し苦しい。
「……はぁ。自分に、期間限定なのだと言い訳していたのに」
ジェラルド様が笑う。
完璧に整えられて、髭の一本もないのに、その笑顔は前線から駆けつけてくれたあの日と同じでどこか野性的だ。
精霊が喜ぶようにいななけば、強い風が運んできた白い花びらが、まるで祝福するように私たちの上に降り注ぐ。
精霊の祝福を受けた二人は、末永く幸せになるという。
「そう、それならもっと早く君を奪って、ダメになるほど甘やかせば良かった」
「えっ!?」
「でも、ここまで待ったから……」
少し子ども扱いしているような口づけは、頬に落ちてきた。
まだ、ぎこちない私たちだけれど、王国で一番仲の良い夫婦だといわれるまで、きっとそれほど時間はかからないに違いない。
最後まで、お付き合いいただきありがとうございます。
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そして、再度のお知らせになりますが連載版開始しました。(https://ncode.syosetu.com/n4839ie/)
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