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クリュードⅢ 〜赤き旗の盗賊団〜  作者: 真崎 迅
第一章
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第八話

 川辺を伝って領主館を囲む鉄柵まで来たが追っ手や迎撃もない、俺は目の前の裏門の錠前を素早く開けて裏庭に滑り込んだ。周囲の状況を確認してキースとセシリアに後をついてくるようハンドサインを送る。俺とキースが作った仕事用の手信号はセシリアにも伝わりやすいようだ、理解して頷いている。その間に裏口の扉に耳を当てて中の様子を探るが物音がしない、針金を差し込んで内錠を開けても罠らしい反応がないので、俺は静かに扉を引き開けた。


「目に見える待ち伏せは無し、入ったが最後で退路を絶つ感じかな」

「ラッセルの思う通りにしてください、私を使ってもいいんですよ」

「お前には魔神像の隔離、術式の発動阻止をしてもらうからな、地下室とやらにいくまでは温存だ」

「神父様もその、盗賊団の一味なんですか?」

「ええ、そうですよ」


 セシリアの頭の中ではキースが主人で俺が従者というイメージが払拭できないようだ、俺が指示を出しているのを訝しげな目で見ている。それは仕方ない、身長185cmの司祭に対して身長149cmの子供が偉そうにしているのだから無理もないが、今はこいつにも俺の指示に従って戦力になってもらわないと困る。


「セシリアお前には地下室の道案内の他に、操られた領民じゃなく魔物やパワータイプの敵が出たら足止めをしてもらうぞ」

「ちょっと、そんな奴がいるの?何で私がそんなのを相手にしなきゃいけないのよ!?」

「操られた領民が来てもお前は手が出せないんだろ、俺は誰でも吹っ飛ばせるしキースは地下まで温存するからな、お前は神聖魔法も出来そうだしそういう相手の対処をしてもらう」

「そりゃまぁ、そうだけど────」

「俺の目に間違いがなきゃお前は黒の冒険者レベルを超えていそうなんだがな、それとも怖いのか?」

「っ!怖くないわよ、それくらいあたしに任せなさい!!」


 なるほどこいつはおだてるより煽った方が手綱を取れそうだ、腕力はウンガな上にジャジャ馬の気があるから扱いには気をつけよう。敵さんだって生贄にしようと言う相手を殺す訳にはいかない、そういう打算は伝える必要がないことなので俺は領主館に足を踏み入れた。

 俺に続いてキース、セシリアが裏口から入ると、勢いよく外から扉が閉められる。


「走るぞ!分断に気をつけて地下への隠し扉まで突っ切る!」


 セシリアに聞いた地下室への隠し扉は、正面玄関を入ったロビーの大階段にあったそうだ。大階段を支える壁板を横にずらすと下に続く隠し階段が出てくる仕掛け、昔忍び込んだ時にはそこを調べるまでに至らなかった記憶を苦々しく思い返しながら俺たちは進んだ。


「その先がロビーよ!」

 

 廊下から正面玄関のロビーに出た瞬間、俺は頭上からの殺意に身を翻し、2階から飛び降りてきた敵の攻撃を躱す。四つ足で着地した灰色の化物は身体中の毛を逆立てながらギラリと光る目をこちらに向け、獣を思わせる湾曲した2本足で立ち上がると、鋭い牙の生えた上下の顎を大きく開いて咆哮した。恐怖フィアーの雄叫びだ、館を震わすほどの恐ろしい声は敵味方問わず精神の弱い者を一時的な金縛りにする。


「GRAAAAAAAAOOOOOOONNN!!」

「人狼!やっぱり居たか!」

「あたしに任せて!」


 俺はセシリアに怯みがないことを見て素早く前衛後衛をスイッチし、階段下の隠し扉を開ける作業に入る。セシリアは前傾姿勢で走り込みながら息吹を吐き出していた、不安はあったもののなるほどこれは修道女ではない僧兵だ。人狼は立ち上がると3メートルはあろうか俺のほぼ倍の身長、その右手の爪が空気を切り裂きながらセシリアに振り下ろされる。

 隠し扉の仕掛けを作動させながら横目でセシリアを見ていた俺は正直驚いた。


「人狼の一撃を、片手で止めた?」


 足を止めたセシリアは左手1本で人狼の右手を受け止めた、人狼の肉球を鷲掴みにしたというか。壊れた教会の重い扉を片手で持ち上げた怪力は目にしていたが、人間の女が人狼の腕力と拮抗するとか非常識にも程がある。人狼もすかさず左手の爪で横凪ぎに襲いかかったものの、その手もセシリアの右手に掴み止められた。


「GRUAAAAAAAA!!」

「せいっ、やっ!!!」


 人狼がその大きな顎を開いてセシリアに襲いかかる、それにタイミングを合わせて両の手を引き下げて相手の重心を崩したセシリアは、鋭い息吹と共に右の脚を人狼の顎へ下から真上一直線で蹴り上げた。人狼の開いた顎を下から突き刺すように放たれたその蹴りは、顎を砕き牙を折り飛ばし脳天まで衝撃を通した。人狼は弧を描きながら仰向けに、大きな音を立てて倒れ動かなくなった。


「こわいこわいこわい、何この女こわいんですけど?!」

「いやぁこれはこれは、見た目は可憐で中身がウンガとか、どうですか仲間に良さそうですよ?」

「勘弁してくれ、俺はお前以外と、っていうか人族以外と盗賊団をやるつもりはない」


 手持ち無沙汰だったキースは俺にそう呟いてから周囲を見渡し数本のメスを投擲した。目立たない場所から数匹の蝙蝠がこちらの様子を伺っていたようで、3匹が床に落ち1匹が暗い廊下の先に飛んで逃げていった。こちらの様子を監視していたのだろうが、追いかけるまでは必要ないと判断する。

 キースが投擲したメスという刃物は手術で肌を切り裂くためにあるそうだ。その先は別の刃物や専用の鋏で肉を切るが、キース曰く切る感触がとてもいいらしく、こいつは司祭が身につける長衣の裏側にこういう刃物を何本も隠し持っている。神父はもちろん教会の僧兵や僧侶は刃物を持たないという知識があるのだが、目の前のキースがこんなだから俺は多くの常識とは誰かの都合のためにある建前なのだという教養を得ている。


「見事な一撃ですセシリア、では呪われた魔物への引導は私がしておきますよ」

 

 俺が落ちた蝙蝠を調べている間に、キースは持っていた司祭杖を倒れた人狼の胸に突き立てていた。聖銀の装飾がある杖先は魔物にとっての毒だ、笑みを貼り付けた表情を変えずに人狼を呪いから解き放っているキースの顔に、セシリアは息を呑んでいる。

 いや違う、人狼から人の姿に戻った初老の男の顔を見てセシリアは言葉を失っているのだ。かなり老け込んでいたが、俺もこの彫りの深い顔には見覚えがあった。


「お前の、知り合い、だな」

「執事のウイリアムよ、子供の頃、よく遊んでもらったわ」


 

 俺は地下室への扉から階段を覗き込み、見える限りに待ち伏せはないことを確認して先行した。俺、キース、セシリアの順で暗い階段を降りていく。セシリアには呪われた魂が只人に戻ることはない、既に執事のウイリアムは死んでいたのだとキースが説明していた。だが頭で分かることと心が認められないことは、ある。せめて引導を渡したのがセシリアではなくキースだったのが彼女の救いになれば幸いだ。

 地下通路は所々に道案内のように壁をくり抜いた蝋燭台があるから明るさには困らない。緩やかに斜めに続く階段を60ほど数えたところで、硬く踏み固められた土の床に出た。そこから横に人が歩いて通れる大きな穴道が続き、その少し先から蝋燭の灯りと思われる黄色い光が揺れているのがここからでも見える。階段の角度と段数から領主館を基準に横へ50メートルほど離れていると推測する、どこかに地上への別通路があるのか僅かな風が頬を撫でる。

 その風の中に、何度も嗅いだことのある不快なものを感じ取った。


「死臭だ、グールなのか魔神像に命を吸われた亡骸か、キースは浄化ピュリフィケーションを用意」

「わかりましたよ」

「あたしは、どうするればいい?」

「お前は父ちゃんを止めろ、あと可能ならお前の持ってる聖骸布で魔神像を包んで奪ってくれ」


 聖骸布という名称は俺が言いやすいだけで、彼女の持っているそれは「教会の祝福を受けた魔素の染み込んだ布」で加護布とも言われる。魔族でない者が魔神像に触れると、それだけで魔素侵食があり接触箇所に大きなダメージを受ける。加護布は神聖魔法に対して邪悪とされているものの魔力を遮断する効力がある、かなり値の張るマジックアイテムだ。そんな高価なものをどうしてセシリアのような怪力修道女が持っているか、そういえば「持たされた」とか言っていたのが腑に落ちないが、今使えるものは全て使ってこの地下サバトでの儀式を止めるのが先決だ。


「いいか、魔神像があるってことは儀式用の魔石もどこかにある、それには触るなよ」

「修道院で聞いたんだけど、紫色に黒く光る魔石っていうあれ?この前見渡した時は無かったわよ」

「生贄に埋め込んでそこに一気に魔力を注ぎ込むのが使い方だ、お前、自分が狙われる危険性を考えておけ」

「わかったけど────本当にあなたが指揮を執るのね、あたしより小さいのに意外と的確だわ」

「小さいは余計だ、お前わざとか!?」


 最初は神父様神父様とキースに指示を仰いでいたセシリアも、いつの間にか俺に話を聞くようになった。普段からキースに、行動は口に出す、理解しやすく伝える、少し先を教える、などを要求されているからか必然的に俺が指示を出す形になる。義賊の仕事でやむを得ず一時的に同行者を従えることはあるが、普段のそれは救助や護衛対象なので、やむを得ずとはいえ戦力として相手に指示を出したことはないから妙な気持ちだ。

 俺は話しながら歩みを進め、蝋燭の灯りが黄色く揺らめいている地下室、いや地下空洞に出た。


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