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クリュードⅢ 〜赤き旗の盗賊団〜  作者: 真崎 迅
第四章
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第四十六話

「あの時?行列、何のことだ?」


 この野郎20年前の蛮行を忘れてやがるのか、俺の怒りが頂点に昇りかけ、しかしそれは再度セシリアによって制止された、拳骨で。いてえ!


「マクギリアス家は元イーリス領での税を大幅に上げたそうね!」

「女、お前も赤き旗の盗賊団の一味か」

「そうよ!領主が変わってたったひと月ふた月で重税になったと領民が嘆いているわ!」

「無能かつ事件を起こした前領主の尻拭いのせいだろう、領主代行である私に従えば良い」

「それもそうね、でもあたし、個人的に見過ごすわけには行かないわ」

「ではどうすると」

 

 セシリアは自分なりにイーリス領のその後を心配していたのだろう、俺も知らなかった現在の領の状況をファーレン・マクギリアスに伝えていた。前領主の娘としてのせめてもの罪滅ぼしなのだろうか、俺は次の彼女の言葉を待った。

 そしてセシリアは左手で髪をかきあげる仕草をしながら、髪留めに触ってこう叫んだ。


「貴様!いつまでかかってんのよ!さっさとしなさい!」

『もう少し見ていたかったんですがね、ちょうど頃合いですよ』


 隊舎の一番上に魔法が展開される、拡声魔法(ラウド)の円錐形の光だ。時間稼ぎもこれ以上は限界と悟ったセシリアは、こともあろうかキースに催促をしやがった。しかもキースもキースでもうすでにある程度の準備を終えていた様子じゃないか!


『3階の団長室に!赤き旗の盗賊団がいましたよー!』

「3階ね!お願い土の妖精さん!」


 そして唐突なキースの拡声に、隊舎広場にいた俺たちを含む騎士団員たちは一瞬呆気に取られた。それと同時に隊舎の大きな門が何本もの石柱で突き破られ、大勢の人が雪崩れ込んできた、アムネリス率いる第三警備隊だ。


「総員、3階の団長室に突撃!他には目もくれるな!行け、行けー!」


 若干棒読みのアムネリスが先頭を切って隊舎広場を駆け抜けていく、続いてニックや警備隊員たちが俺たちの存在を無視して隊舎に突っ込んでいく、ここまできて流石にファーレン・マクギリアスも状況に気付いて指示を飛ばす。


「やつらを止めろ!警備隊は盗賊団とぐるだ!団長室に入れるな!」

「行け行けー!団長室で盗賊団を捕らえるぞー!」


 焦る怒号と棒読みの指示、乱戦が始まった。騎士団対警備隊、お互いに戦う理由はないにせよ守れと攻めろの別々の指示だから盾を突き合わせて押したり押し返したり、剣を使えず殴る蹴るの乱闘が始まった、チャンスだ。


「お前!」

「あんた!」

 

 俺は猫のような前傾姿勢になって駆け出し、真っ直ぐファーレン・マクギリアスに向かってジャンプ、両足でやつの顔面に蹴りを入れた。のけぞり倒れる団長を庇うように、タキを捕縛していた2人の騎士団員に動揺が出る。そこにすかさずセシリアが駆け込んで、団員に魔石パンチを叩き込んでいく、派手に吹っ飛んでいく団員たち、ご愁傷様。


「大丈夫か、タ──お嬢さん!」

「はは──お嬢さんって呼ばれちゃった、役得かな」

「おのれ子供が!この私を足蹴にするとは!」


 膝から崩れかけるタキを俺が抱き上げる、すかさずセシリアと共に後退してファーレン・マクギリアスと距離を取り、セシリアに治癒魔法(ヒール)をかけさせる。


「形勢逆転だなマクギリアス!」

「おのれおのれ!正門からは誰も入れるな!団長室に向かう賊を排除せよ!」

「諦めてお縄につけ、マクギリアス!」


 その時3階の窓から美しいハイエルフが半身を乗り出して大きく叫んだ。そのそばにはキースが展開したと思われる拡声魔法(ラウド)の円錐形の魔力が浮かんでおり、彼女はそれに向かって棒読みで叫び出した。


「うわー、なんだこれはー、団長室で大変なものをみつけてしまったー!」

「何スかアムネリス隊長、うわ何スかこの証拠の山はー?」


 ニックまで棒読みで参加しやがった。


「これは城壁の補修汚職の証拠だー!こっちはなんと、黒札との麻薬密売事件のものだー!土地管理局の不正の証拠まであったぞー!奴隷商との密約書まであるー、これは大変だー!」

「アムネリス隊長、どうしてマクギリアス団長の部屋にこんなものがあるんスかー?」

「それはマクギリアス団長が黒幕だってことだろ、ばかかお前はー!」

「ひいすんませんっス!じゃ盗賊団を手配したのも怪しさ大爆発っスねー!」

「悪行がバレそうになったから噂の盗賊団に濡れ衣を着させるつもりじゃないかなー!」


 ひどい三文芝居を見たような気がするが、これだけ大声で状況を叫べば第五騎士団はもちろん近くの貴族区の貴族たちに、神聖区の神殿に、水堀の対岸の第九警備隊あたりまで周知できただろう。キースの言っていた責任転嫁というのはこれのことを指していたのだと察した。しかし少し前に俺たちが解決して第三警備隊に突き出した事件の半数がマクギリアス絡みだったとは恐れ入る。それとも小さい事件から関与させて、徐々に大きな案件に着手させようとしていたキースや単眼姫の策略なのか。なんにせよ証拠なんて燃やして処分してしまえば良かったものの、わざわざとってあるということは自分以外にも何人かの貴族が関与しているのだろう、いざという時の脅し用に取ってあったのだろうとしか思えない。

 そして騎士団員たちの中にも動揺が走り、それぞれで起きていた乱戦が鎮静化してきた。


「おのれおのれ!これがお前らの奸計か!義賊が笑わせるわ!」

「俺もそう思うよ!」


 でも証拠があるということは事実だ、いくつもの事件で多数の逮捕者が出て、被害者はそれの何倍もいたのだから、ファーレン・マクギリアスの罪は重い。ましてや個人的にも20年前も貴族の行列事件で強行に及んだのがこいつだとなれば尚更だ。俺はセシリアに看病されたタキが落ち着いたことを見計って、この事件に幕引きをすることにした。



 俺は肩口から首元を覆った燻んだ赤い布を緩め、風になびくように旗めかせて声をあげる。同時に俺の背後の暗い空に光球魔法(ライト)が出現する、あいつの魔法遠隔操作は恐ろしいほど正確だ。

 その逆光の中で、俺は分かりやすい説明と決まった口上を叫ぶのだ。

 

「第六騎士団ファーレン・マクギリアス団長、城壁の補修汚職、麻薬密売事件、土地管理局の不正、違法な奴隷売買といった数々の罪を今ここに糾す!証拠は第三警備隊に預ける!」

「この子供風情が!」


 ファーレン・マクギリアスが抜身の剣を振りかざして俺に襲いかかってきた。


「拠って我々が罰を与える!」

「死ねえ!」

「我ら『赤き旗の盗賊団』、義を以て悪を討つ者なり!!!」


 ここで決着がつくと思った、だが相手は戦力的に騎士団中最弱とはいえ権力や手管を使ってのし上がってきた貴族騎士であることを思い知らされる。


「魔法騎士!撃て!」

「な!?」

対魔結界アンチイビルフィールド!」


 そうだった、こいつが現れた時に2階の窓付近に多くの魔法騎士を待機させていたのを俺も思い出した、その魔法騎士たちから一斉に何らかの魔法が放たれた。しかもファーレン・マクギリアスは自分自身を鎧に仕込んだ対魔結界アンチイビルフィールドで守りに入った、これでは広場で全方位から俺だけが魔法攻撃を受ける形になってしまった。


「くっ!」


 俺は首元を覆う赤い布を左手でひっぱり周囲に振りながら魔法を無効化していくが、前を防げば後ろ、右を防げば左と魔法攻撃を受けてしまう。そしてそれは俺の胸の魔石が吸収していく、素でレジストするというのは魔素を吸収して無効化しているということだ、何発もの魔法を俺の魔石が吸収していくたびに、俺の胸元の魔石は俺に痛みという形で力の蓄えを教えやがる。不意に魔石からどくんと、心臓とは別の鼓動が響いてきたような初めての感覚があった。

 俺が立っていたあたりは爆煙や魔素の煌めきで煙りたって霞んで見えて、そこにファーレン・マクギリアスの高笑いだけが響いた。


「どうだ子供!これが数の力だ!大人を甘くみるでないわ!」


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