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クリュードⅢ 〜赤き旗の盗賊団〜  作者: 真崎 迅
第四章
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第四十三話

 私はニックにタキのセーフハウスの場所を教え、ラッセルへの伝言用紙を渡すよう指示しました。内容はタキとクルーガーが第六騎士団に捕らえられたこと、残忍な一面を持つとされるマクギリアス家の長男が騎士団長であること、対応を検討するから少し待つように、の3点を書き記しました。


「それ逆効果じゃないのか、キース」

「ええそうかも知れません、アムネリスのいう通りですよ」

「それも含めてピースが揃ったとかいう話か」

「それがまだ揃っていないんですよ」

「何がだ」

「皆さんが第六騎士団に踏み込む理由が揃っていないのですよ」

「いつまでに揃えられる?」

「半日ほどあれば、いやこれ多分ですよ」

「十分だ」


 そういってアムネリスは席から立ち上がり勘定をしながら、合図はここに寄越せと自分の長く美しい耳を指差しました、心強いことです。私の分も勘定に加えてくれればなおよかったのですが。

 私は今日の日付を計算して、そこから導き出された数字に1を足した数を求めます。今日の数字は4、単眼姫がいる店は四番館ということになるのを再度計算して確かめながら、酒場をあとにしました。


 

 単眼姫の店、ケルドラ城下街に十店舗ある娼館で、桃色で塗った鉄板に黒く女性の表情が形取られた看板を掲げており、その女性というのが片目を瞑っているのが特徴です。片目で単眼、姫のいる店という名前になっているのが建前ですが、実際にはオーナーが単眼の女性であるのが本当です。

 いつもの面倒な手順を踏みながら、私は単眼姫の部屋に案内をされました。


「今回は早い再訪だねぇ私の坊や、いったいどうしたんだえ?」

「あなたも人が悪い、今私たちがどういう状況かご存知だと思って来たんですよ」

「さあてねえ、見えることだけが本当かどうか、わからないねえ」


 単眼姫はその大きな目を細めて私を見つめてきます、私はいつもの笑顔を貼り付けたまま単刀直入に聞きます。


「第六騎士団の情報が、できるだけ犯罪に関している情報が欲しいのですよ」

「ああ、あれらはたちが悪いねえ、今も拷問まがいのことをしているえ」

「それらの情報を、是非私たちにください、お願いですよ」

「あと半年待てばもっと熟れた情報になるんだえ、青い果実が欲しいならそれ相応の対価になるんだえ?」

「────わかりました、よ」


 私は覚悟をきめました、単眼姫がその座っているソファやクッションの間においている大人用のボンネットを手に取り、嫌々ながら頭に装備します。私が普段から司祭帽を頭に載せないのは、頭に何かを着けるのが嫌だからというのが理由です。それを押してでも単眼姫の持つ情報を売ってもらわなければいけません。


「ささ、これもお着け」


 単眼姫から差し出されたそれを、私はいやいや受け取ります。深くため息をついてから、私はそれを口に装備します。


「いいねえいいねえ、さあさあおいでおいで、私の可愛い坊や」


 ここから数時間、私は単眼姫の玩具にされます、仕方ありません有料情報をもらうために、私は自分のプライドや身体を売るくらいのことは────します。



「ていうことなんっス、ラッセルの兄貴」

「その兄貴ってのやめろよ」

「兄貴は兄貴っス」


 俺はニックからキースの手紙を受け取り、ニックがみたという状況も聞き取った。ちなみに子供の頃から兄貴って呼ばれていたけど、今はどうみても俺の方が子供だからそう呼ぶのはやめろと言っている、本人に聞く気はないようだけど。

 そんな俺にセシリアが聞いてきた。


「どうするの、あんた」


 自分の方が圧倒的に年下だと知ってなおあんた呼びしてくるセシリアの変わらなさに安心しながら、俺はベッドの端の座り直し、薬液のついた湿布を剥がし始めた


「どうもこうも、タキとクルーガーを助けにいくよ」

「十分に身体も動かないのに?」

「それでも、だ」


 盗賊殺しの短剣バンディット・スレイヤーを使った後は数日から1週間ていど、身体を休めなければろくに動けなくなる。カーム砦での事件から日が浅いので俺の身体はまだまだ万全とは言えず、全身が筋肉痛で関節も節々が痛むような状態だ。だがタキの窮地を聞いて黙っていることはできない。

 本当はこういう状態の時は極力動かないよう、キースに強く言い含められている。それは十二分に動けないからとかいう理由より、もっと直接的な危険があるからだ。身体を構成する力を体力と魔力、言い換えて精気と魔素と考えた場合、盗賊殺しの短剣バンディット・スレイヤーを使った直後の俺は極端に体力、精気が失われている状態だ。そこで無理をすればもう一方の構成要素、魔力つまり魔素がより強く引き出されてしまう。俺の場合は胸に埋め込まれている魔石の活動を活発化させてしまうという大きなリスクがあって、だからこういう状態の時は安静にしているのだが。


「俺のせいでタキやクルーガーが酷い目にあうのは、黙ってられないさ」

「そう、なら────あたしも行くわ」

「だめだ、これは義賊としての仕事じゃない────逆賊のやることだ」

「それをいうならイーリスの名は既に地に落ちたわ」

「そうじゃない、赤き旗の盗賊団の仕事としての大義名分がない、汚れ仕事だ」

「人を助けるのに、仲間を助けるのに大義名分って必要?」

「お前────」


 普通に考えれば騎士団の隊舎に忍び込もうという時点で単独行動であるべきだし、セシリアに隠形ができるとは思えないので余計な手枷足枷が増えるという結論になるのだが、俺は仲間という言葉に絆されてしまった。チープな言葉だが、俺の過去を話して聞かせた相手からそう言われるのは、余計に今の俺に響いてしまった。


「お前────最悪捕まらなくても、お尋ね者になるぞ、いいのか」

「あんた、くどいわね」

「わかった、手助けしてくれ、セシリア」

「わかったわ、ラッセル」

「じゃあ俺も行くっス」

「お前はだめだニック、お前はアムネリスの指示に従え」

「え、俺だけ仲間外れっスか?」


 ニックは既にケルドラ第三警備隊という肩書があるので俺たちと行動をともにするのは危険すぎる。それにキースとアムネリスが密会していたという時点で既に何らかの画策をしていると思える、ニックはそちらの動きに乗るべきだと俺は判断した。

 渋るニックをセーフハウスから追い出し、俺とセシリアは身支度を開始した。俺は痛む身体に外骨格を嵌め込んで、いつもの装備を身につけ、赤い布を首元に強めに巻いた。セシリアは元々が徒手空拳なので装備というものはないが、人相を隠すために俺と同じような口元を隠す黒い布を巻かせておいた。あとはタキの備蓄していた道具や魔石を少し装備して、俺たちはケルドラ第六騎士団に潜入する準備を終えた。


「準備はいいか、お前」

「任せて、あんた」


 コードネーム、お前とあんた、何度かセシリアと一緒にやった仕事で使っているものだ。俺たちの間にも少しばかりの安定感ができてきたように感じる。

 最後に俺はクルーガーを経由してキースから渡された魔道具を身につけた、腕輪型の通信用魔道具だ。俺のは魔女との戦いで壊れてしまったからキースと通信できなかったが、これである程度の近い距離にいれば相互通信ができるようになる。試しに今それをしてみたが、キースからの反応がないので距離的に遠い場所にいると判断した。


「決行は夜、21時とする、いいな」


 日が落ちかけてきた外の様子からそう判断して、俺たちは暗くなってからケルドラ城下町へ忍び込むことにした。ケルドラ王城を高い壁で囲む神聖区、その外側へ扇状に広がる貴族区、その境目としてある長い水堀のさらに外側が城下町だ。

 今回の目的地はその城下町の先にある。城下町と貴族区は大きく深い水堀で区切られている、貴族区に渡るには門番が警備している水堀の橋を通る必要があって、この橋の先にはケルドラ正規軍いわゆる騎士団が門を守っている。そこから先は王族と貴族、および神聖区の神官たちしか進むことができない。そして騎士団がいるのはそこだ。

 だから城下町の中で最も警備の厚い場所がこの水堀付近で、警備隊の隊舎に忍び込むというのはこの水堀を越えて門兵の騎士団を破っていかなければいけない、非常に困難な作戦だ。


「さて、どうやって忍び込もうかね」

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