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そこで沈黙を破ったのは、評議員の中年の男だった。
「受験番号106番、アリエノール・クリスティア、不正をしたのではないか?」
すると、その場にいた大人は口々に非難しだした。
「そうだ!そうでなくてはメイアースト家出身の者に勝てるわけがない。」
「しかも硝子喰いなんぞこの世に殆どいないではないか!」
「この年の子供が名家出身でもないのにこんな魔力量があるわけない!」
言いたい放題だ。でも一理ある。それほど彼女…アリエノール・クリスティアが規格外だったからだ。
「皆さん、静粛に。本人に聞けばいい話ではありませんか。どうなのですか?アリエノール・クリスティア。」
そう言ったのはこの学院の教頭。クレア・ナサハートだった。
「……どうしてそう思ったのですか。」
「否定をしない、ということはこれは肯定と捉えていいですね?」
「…これを肯定する必要も、不正をする必要もないです。」
おかしな言い回しだった。見た目の割に老けているというか、ませているのか。
「そうですか。まあ、そうでしょう。では、あなたの年齢はいくつですか?」
「八歳、です。記録はそう書いてありました。」
会場にどよめきが起こる。大体の受験生は10歳かそれ以上だし、これ以前の例では9歳が最年少だったからだ。それに、彼女の身体は8歳というには少し小さかった。
「記録…?本当は違うかもしれない、ということですか?」
「それは、私にはわからないです。だって、赤ん坊の頃から自分の歳は数えられませんからね。」
ああ、確かに。と教頭は納得した。
「最後に、あなたの両親の名前を教えてください。」
その瞬間、アリエノールの顔が固まった。俯いた後、唇が震えていた。ギリッ、という歯軋りの音も聞こえた。
「…………そんなもの、知りません。」
「しかし、あなたは、孤児ではないはずですよ。親の名前くらい言えなければこの学院に入学する以前の問題となります。」
孤児でないのなら、このくらいの年の子なら親の名前くらい言える。
「……レイリア・クリスティア、母親の名前です。血縁上の父親の名前は……やはり、言わなくてはなりませんか?」
彼女の表情を見た教頭は、目を軽く閉じ、溜息をついた。
「はぁ……仕方がありませんね。調べようと思えば調べることはできるでしょうし。……皆さんも、こんな子供から寄ってたかって責め立てても何も聞き出せませんよ。」
その場をこれで収め、授与式を後日として解散になった。
そもそも、アリエノールがこの学院の試験を受けることになったのは入学試験募集期限前日である。そこから半年ほど時間があるわけだが、あまりそういう受験生はいない。大体、募集の一年前か、それ以上前に決めていることだ。なぜそんなことになってしまったのかは、それこそ半年ほど前に遡る。が、彼女の出生の話を先にした方がいいだろう。
8年前
レイリアは各地を転々としながら、隠れるように生活していたが、ある場所で硝子喰いであることがばれてしまい、その地の領主に捕まってしまう。それが、ワイルダー伯爵だった。レイリアは彼の妾とされてしまう。しかも、彼が吸血鬼だった為に吸血対象としてだった。屋敷に監禁され、自由を奪われた。そして、とうとう子供を身籠ってしまう。それがアリエノールだった。レイリアはそれを知った時、子供を殺そうとした。しかし、失敗した上に、伯爵に知られてしまう。伯爵は条件を出した。子供を産む代わりに水晶を与える、と。水晶は硝子喰いの魔力、魔法が格段に上がる。上がる、というより、鋼と同等の硬度の結晶を作ることができる。そもそも、レイリアが旅をしていたのは、隠れるためだけでなく、魔法の強化のためでもあった。致し方なしに子供を産んだが、世話など一切しなかった。名前すらつけなかったが、レイリアの弟子でフランス人の魔女がその子供にアリエノールと名前をつけたのだった。
半ばその弟子に育てられたアリエノールは、家にあった本を片っ端から読んだ。全ての本を覚えるくらいには読む時間があった。そして7歳になった時、魔法教育の学院があることを知る。家の本は飽きてしまったたので、新しい知識を欲していた。行ってみたい、と思ったのだった。そして、それをレイリアに話した。
「…お、お母様。ま、魔法の学校に…い、行きたいです…。」
レイリアは相変わらずアリエノールに無関心だったが、この時は珍しく口を開いたのだった。
「……そんなこと、私に言われても困るわ。伯爵に言えばいいじゃない。」
「伯爵に、言ったら…行けますか?」
こんなにアリエノールが食い下がることはない。
「…そんなの知らないわ。」
後日、伯爵が来た折にそのことを話した。普段、殴られるだけなので、まともに話すのは初めだったかもしれない。
「この区域トップの学院に首席で入学しろ。期限は一年だ。今年の入学試験は終わっているから、来年だな。機会は一度しか設けん。」
その後、レイリアの弟子に教えを乞い、一年で試験に合格した。
というのが彼女であった。
「さて、本日は入学して初めての授業ですが、午前は座学、午後は実践授業となっております。毎日この形式となっていますので、皆さんどちらの持ち物もお忘れなきよう。」
クラスを受け持つ教師が言った。生徒たちは近くの席でざわざわと喋っていた。見かねた教師がパンパン!と手を叩いた。
「はいはい、今日の午後の実践は先輩の授業見学です。今前にいる先輩たちとペアになります。そペアとなる先輩は成績順位の同じ人です。」
誰でもいいな、とアリエノールは思った。どうせ自分のことを嫌がるんだと考えていたからであった。
二年生たちがペアとなる一年生を探しだした。
アリエノールはそのまま全く動かず座っていた。目の前で一人の男子生徒が立ち止まった。
「……君がアリエノール・クリスティア?」
次回は学院生活編!みたいなのになるんでしょう…多分。