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18話:優しい嘘

連載を始めた時は9月末までに完結する気満々だったのですが……

「!」

「あー、マヒル――」


 パーカーのポケットに突っ込んでいた、携帯電話がけたたましく鳴り出す。


「――もしもし」

『ああ、良かった。すぐ出れるのなら、ことは済んだのね』

「……まあ」

『天使はまだ処理中(・・・)かしら――ここの邸、管理室からの定時連絡がないと警備会社から人が来るみたいなの。監視カメラのデータも早く消したいから、さっさと殺されて欲しいのよね』


 電話先の声は冷静で、理路整然としていた。


「あの、マヒルさん」

『あら、初めて名前で呼んでくれた』

「――……。天使と、黒崎アサヒの関係を教えて下さい」

『ああ……もしかして、あの男が死に際に何か言ったのかしら? 歳が歳だものね』


 何も知らない、反応ではない――と、咄嗟に思った。


『まずは天使に殺されて頂戴。話は明日、蘇ってから聞くわ』


 このままマヒルの元に戻っても、何かが分かる保証は無い。

 ……いや、むしろ、このまま何も知らないまま、都合の良い情報だけ与えられて、駒として使われ続ける可能性の方が高い気がする。天使の扱いを見ていたら、何も期待は出来ない。


(でも、僕だって私物は何も持っていないし、唯一の肉親は、死んでしまったし、……)


 父親が殺された実感は未だ湧かなくて(だってあんなスプラッタみたいなシーン、生で見ても全部作り物みたいな感じだ)、今更ながらに冷たい人間なんだろうか、とぼんやり思う。


(まあきっと、仕事で付き合いのある誰かが適当に悲しんでくれるだろう……)


 ……ふっと、とある人を思い出した。


 僕と同じく、近衛アキヒトの死を悲しめない人。

 僕と同じく、近衛アキヒトの傍に居た、筈の人。


(確かめられる、かもしれない)


 天使が一体何者なのか、どうして僕の母親と似ているのか。


(色々問題はあるけど、上手くいくかも分からないけど、っていうかそもそも誰にも頼まれてないし望まれてもいないけど)


『もしもし、ユウグレくん? とにかく早く天使と合流して、』

「っあの、すみません!」

『――え、何なの』

「まだ隠れてる使用人が居たんで、どうにかします」


 ツー、ツー、ツー…………


 電話を切った。どう考えても分かりきった嘘だ。


「……誰も居ませんーよ? マヒルとケンカ、ですかー?」

「……うん。多分」


 予想外に、天使が状況を把握していたようで驚いた。

 もしかしたら、携帯電話から漏れた声が聞こえていたのかもしれない。


「……ここ、中から出てく分には誰でも平気だから。マヒル達と合流して、帰って欲しい」

「ユウグレは、帰らないですかー?」

「うん、ちょっと」

「わたしにころされも、しないですかー?」

「ごめん、勘弁して欲しい。……どうしても、行きたい場所があるから」


 深呼吸をして、玄関ホールの奥へと進み、階段を上る――


「ユウグレ」


 足を止めて、振り返る。

 ――血塗れの女の子が、人を殺したばかりの単なる少女が、僕を心配そうに見上げていた。


「もう、会えない? ……ですかー?」

「……。分からない」


 正直な気持ちだった。

 誰にも望まれてないことをやるのは、浪人が決まって新宿に飛び出した時以来だ――そして、シンヤと出会った。


(あれがもし、仕組まれた出会いだったとしても、……出会えて、良かった)


 あのワンルームは、僕にとって、何も求められず、何も強制されない空間だったから。


(そうだよな、……天使)

(何も求められない、期待されないって、心地良いことなんだ)

(まあ、僕の情報を売ってお金を貰えてたからこそ、優しかったのかもしれないけど――)


 あの時間は間違いなく、僕にとって幸せだった。


「……。分からないのに、行くですー……か?」

「……うん。このままじゃ僕、生きてるのか、死んでるのか分からないんだよ」

「ほあああー……?」

「だから少しでも、やりたいと思ったことをやりたいんだ」


 そう、ここはまるで悪夢みたいな死後の世界だ。

 人生最初で最後の恋人に裏切られて死に、躊躇無く人殺しをする美少女に迫られ、その美少女は謎の組織の意志で過去に子を産み殺され、そして美少女は僕の父親を殺し、その父は美少女に両手を合わせ死んでいった――


(――本当、他人任せだな、僕って)


 自分じゃ何も決められなくて、流されて、結局訳の分からないまま全てに巻き込まれている。


「だから、行く」


 自分の足で歩むことに、何かしらの意味を持たせたかった。

 ここまで来て、やっと気付いた――本当はずっと、自分の未来は、自分で決めたかったのだ、と。


「そー、ですか……。ならこれ、あげます、ですよーっ。プレゼント」


 そんな決意が1ミリでも伝わったのか分からないが、駆け寄ってきた天使に差し出されたのは血塗れのサバイバルナイフだった。


「……いいの? こんなの」

「はいー、便利ですーよっ。私達、死ななければ(・・・・・・)、ずっと生きてるんです。マヒルはいつも、そう言ってます」

「……ありがとう。じゃあ、これあげる」

「わーっ、携帯電話! はじめてもらいました、でーすー」


 パーカーのポケットに入れた凶器は、ずしりと重い――

 多分何もないよりはマシだ、警察に職務質問されたらアウトだけど――


(いや、それは鎌倉の海で天使に助けられてからずっとだ)


 ずっと僕は、有り得ないような時間を、今まで先送りにしてきたもの全てを突き付けられるような日を過ごしている。


(……向き合わないと)


 これが現実なら、僕にも父親殺しの罪は間違いなく降りかかる。

 どうせ何度も死んだ身分だ、捕まるなら捕まるで……それより前に、やっておきたいことがある。


「……それじゃ」

「はーいーっ」


 天使はひらひら、手を振った。

 初めて会った時から変わらない、純白の制服が赤く染まっても全く揺らがない、お姫様みたいな笑顔だ。


(……なんでだろう)


 どうでも、いい筈なのに。

 彼女が僕の母親の血縁だったとして、例えば僕と遠縁だったとして、それで何が変わる訳でもないのに――



 二階の、自分の部屋へと向かう。


 幸いにも、最後に帰った時から調度品は変わっていなかった。


 シンヤの家に行って、初めて大きいのだと気付いた窓を全面に開ける。

 L字型の学習机に足をかける――裏庭に植えられた百日紅が、見事に桃色の花を咲かせていた。


(ここからなら、木を経由して塀を乗り越えられる)


 この方法で部屋を抜け出し新宿に行った。

 何度もシンヤに会いに行った――今思うと、きっと気付かれていたのだろう。


 けれど父親も、使用人も誰も言わなかった。

 僕を尾行して、誰と会っているか確かめたかった、それが一番の理由だろう。


(――でも、僕を止めなかった)

(シンヤとの付き合いを話に出さなかった。僕を、罵らなかった)


 もう父親がこの世に居ないからって、都合の良い考え方をしてしまう。

 あの人は、僕にとって最悪の父親だった。


(……でも、もっと最悪で最低になることだって出来た)


 学習机に、汚れた運動靴のまま足を乗せる。立ち上がる。


 ――不意に、新品の机が届いた日、僕の頭を撫でた父親の硬い手のひらを思い出した。


(本当、僕って都合のいい奴)


 死んだ父親に今更好かれたくて、父親のことを好きになりたくて、堪らない。


 想いを振り切るように、机から勢い良く百日紅の木に、飛び上がる。

 ポケットから落ちないように、サバイバルナイフをしっかりと握りしめる。


 夜の風が、ふわりと身体を受け止めた、気がした。



「……っ、は……」


 木から塀に飛び移り、そこからずるずる滑り落ちれば狭い裏道。

 普通車でも運転に難儀するような道を、ワゴン車が通り抜けるのは至難の業だ――


(――よし、このまま表通りには出ないで別の通りに)


「あら、どこに行くのかしら」

「――」


 走りだそうとした途端、背筋が凍った。

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