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11話:あの人の教訓

「……天使、大きな声出さないの」

「はわっ、ごめんなさいですー……」

「……っ」


 僕は、何も応えられない。

 マヒルの責めるような目を見ないよう、顔を背けるので精一杯だ。


 ……きっと、天使が僕に向けてきた笑顔が、あまりにも嬉しそうだったから。

 お前はこのいたいけな美少女の生き方まで否定する気なのかと、そこまで酷いことは出来ないだろうと……そんな、無言の圧力を感じてしまったのは僕だけだろうか。




 他のボートは全員先に陸へと戻り、めいめいが集まってきた車に乗り込み別の方向に帰って行く。

 それらが去っていったところで、ようやく残った車に乗り込む。


 運転手である初老の男…受付にも居た男…は、平然としていた。

 ただ、天使が車に乗り込むところで『よくぞお戻りくださいました、聖女さま』と恭しく頭を下げていた――天使は『はーいーっ』と、スナックを摘まむような気軽さで返事をしていた。


 天使の分、誰かが助手席に座るのかと思ったら、当然のように三人で後部座席に乗るように言われた。狭い。

 深夜、窓の外は延々と高速道路の景色が続く。


「――うん、臓器の出血は止まったみたいね」

「はーいー、もうおえってなりまふぇんー」


 声の方向を伺うと、スマホのライトを使ったマヒルが、大きく開けた天使の口を、隅々まで照らしている。

 どうやら、本当に血が止まっているかどうか入念にチェックしているらしい。


(そんなんで本当に、大丈夫なのかよ……)


「そんな顔しないで。腕には少し覚えがあるの――私、元看護師なのよ」

「そうですか。……、別に、どんな顔もしてませんけど」

「ふふ、気付いていないのね。天使が心配で心配で仕方ない、って顔してたもの」

「――……」


 断定的な物言いに、反論しても無駄と悟って口を閉じる。

 僕がもし、本当にそんな顔をしていたとして――それは天使に向けた憐れみや情ではなく、過剰な期待と役割を担わせられた子どもの姿に、自分自身を重ねてしまっただけだ。


「『聖人』『聖女』の蘇生能力は、普通の人間の治癒とは全く仕組みが違うの。これはさっき言ったわね」

「はあ、肉体再現能力、って……」

「うん、よく覚えてるじゃない。上出来よ」


(……でも)


 『死んだ日の0時に居た場所で・その時点の状態で蘇る』――そう、マヒルは言っていた。

 そして天使は、僕が彼女を殺した日の0時、僕を助けにボートに乗り沖に出ていた――だからさっき、同じ地点で蘇った。


 科学的にどうこうとか信じる信じないとかそもそもこれは現実なのか等は全部一旦排除して、ここまでは分かる。

 ……というより、自分の目で見てしまったからには、そう説明をつけるしかない。


「……でも」

「どうしたの?」

「僕を助けに来た時、この子は血なんて吐いてなかった。その後だって元気そうだった。なのに、何で……」

「ユウグレくん、天使のことが心配なんだって」

「嬉しいでーすーっ」


(いや、心配って訳じゃないのに)


 というか、吐血したというのに緊張感がなさ過ぎる。

 子どもが血を吐いたら、普通は『出血は止まった』で済ませていい問題じゃない――認識のあまりの違いに、頭がくらくらしてきそうだ。


 ……車は、高速を走り続ける。

 運転手の男は、会話など聞こえていないかのように一言も話さない。




「――天使は産まれた時からずっと天使だから、復活の力を何度も使ったの」


 無言のまま、何分経っただろう。

 少女の肩をそっと抱き寄せ、マヒルが口を開く。


「何度も何度も蘇って、皆の希望になって――ここ一年くらいかしらね。蘇った時に、前の0時時点ではなかった怪我が、少しずつ出るようになってきたの」

「な、……」


 聞き慣れた話なのか、天使はマヒルの胸にもたれかかり、眠たげに目を閉じた。


(それってつまり、……)


 殺されたら確実に、ダメージが残るということだ。


「さっきみたいな、消化管出血が原因と思われる吐血が典型的な症状ね。幸いまだ皮膚への裂傷は認められていないけれど、顔に傷が付いたら流石に見学の皆さんも驚くでしょうし」


(いや待て、驚くとか、そういうレベルの問題じゃないだろ——)


 危機感の共有が出来ていないどころか、思ったより遙かに事態は急を要するんじゃないだろうか。


「……。天使を殺したのは、申し訳ないと」

「? 謝らなくていいわよ」

「っ、だって――これ以上、この子を殺しちゃ駄目だろ。このままじゃ、蘇った時にもっと怪我してるかもしれないのに」

「よく分かってくれたわね、ユウグレくん」

「――は」


 思わず語気を強めると、何故かマヒルは嬉しそうに身を乗り出す。

 天使は、目を瞑って動かないままだ。


「BABグループの母体となった欧米の組織は、数多くの聖人・聖女が所属して世の中をより良くする為に活動し、各国の政財界までも掌握していたの。――今は世界的に人数が減っちゃって、ヨーロッパの小国で王族に入り込んでるくらいだけど」

「はあ……」


 規模感が違う話は、全く頭に入ってこない。


「ユウグレくん。どうか、BABグループ所属の聖人になって頂戴」


 ひどくさらりと、意識し過ぎた自然さを伴ってマヒルは言った。

 天使はまるでマネキンのように、動かない――もう、苦しくはないのだろうか。蘇る度に血を吐くって、どんな感じだろう。


「……。はい?」

「今、BABグループに居る聖人・聖女は天使ただ一人で、負担が集中してしまっている……ユウグレくんが聖人になってくれれば、贅沢な暮らしを保証するわ。それこそ天国みたいな生活も出来るし、あなたが心配している天使の稼働だって減る」


 こちらを見詰めたマヒルの瞳は穏やかで、けれど暗い中で爛々と光っていて、自身の望みを叶えようとする姿はあまりにも普通の人間だった。


「っ――……親を、殺しさえすればとか、言ってたのに」

「あら、話はそれと繋がってるのよ。あなたがBABの聖人として活動する為に、今はあまりにも制約が多い――だから、父親を殺して、あなたも死ぬ(・・)。そして戸籍から抹消される」

「……僕は、死んでも蘇るから……?」

「理解が早くて助かるわ。近衛アキヒトの周りには常に警護が居るから、彼等に殺されるのが理想だけれど、万一捕まりそうになったら天使があなたを殺す。そして、近衛本家に火を放って父子ともども遺体を消失させる――ああ、細かい事件後の処理は、BAB関係者が警察に居るからどうとでもなるの。安心してね」


(安心、って)


 僕は一体、何に心安らいで何に不安になれば良いのだろう。

 それとも今喚き散らして、車から無理矢理にでも降りて逃げた方が良い?

 ……僕は動けない。悪あがきには何の意味もなくて、余計事態を最悪にするだけだと、父親に教え込まれたから。


(あの人を殺したら、妙なグループに入って天国みたいな暮らしが出来る?)


 ――そんな訳が無い。

 本能的な直感が警鐘を鳴らす。


「父親を殺し、殺されて、ユウグレくんが蘇る日――その日から、あなたの新しい人生が始まるの。どうかしら」

「っ……そんなの、出来る訳ない。したくない」


 折しも、高速道路から車は降下し、街らしき明かりが近付いていた。


「あら、どうして? 父親からの解放を、あなたはずっと望んでいた筈よ」

「殺すなんて出来る訳ないし、どっちにしろそっちの言いなりになるだけじゃないか。そんなの、嫌に決まってる――」

「ちがう、ますー、よーっ」

「――っ」


 マヒルに寄りかかったまま、天使が眠たげに目を擦っていた。あまりにも丸くて澄んだ瞳は、人間の美しい上澄みだけを寄せ集めた人形みたいだ。


「言いなりじゃなくてー……ですよ。ユウグレとわたしは、運命のひとで、新しく、家族になるんですー。だから、だいじょーぶ、なんですよー……」

「……、だから――っ」


 思わず熱くなりかけて、ふっと言葉を押し込める。


(落ち着け、こんな……いくら本気になっても、意味が無いに決まってる……)


「天使の言葉は本当よ。この国に一人しか居なかった聖人・聖女の二人目ですもの、どんな暮らしも思いのまま、二人とも幸せになれるわ――勿論、私達が何らかのお願いをすることは否定出来ないけれど。ユウグレくんは私達の願いを叶えてあげる側、私達が必死になって頼む側」

「だから、そういう、」

「お願いなんですー……、ユウグレ」

「!」


 少女の柔らかな手が、僕の手をぎゅっと握ってきた――鳥肌が立つ。


「わたしと、家族になってください、です……」

「……――、なって、堪るか」


 衝動で、自分より何周りも小さな手を振りきった。

 赤信号で、車が停まった。


「……もう、あんたらには付き合ってられない」


 悪あがきは無駄、感情的になっても意味はない——

 全部、全部父親の、あの人の勝手な教えだ。


「ちょっと、ユウグレくん」

「放っといてくれ、僕は勝手に死ぬ」


 前には何台か車が居るから、急発進は出来ない。

 後部座席のドアを無理に開けようと手を掛ける。


「いくら死ぬ度に蘇っても関係ない、死んで死んで死んで死んで死に続けて、本当に死ぬまで死に続けてやる、――」


 天使が、身を乗り出した。


「――――、ぁ、ぇ?」


 下腹部に、灼けるような痛みが走った。

 視線を下げると、真っ白い上着が、赤に染まっていく――


 その中心には深々とサバイバルナイフが突き刺さり、白く小さな手が柄を握りしめていた。


「わたしと、家族……ユウグレ、いやですか?」

「……無理、だって」


 喉の奥からぬるついた痰が迫り上がり、思わず吐き出すと鮮やかな赤だった。

 悪あがきには何の意味もなくて、余計事態を最悪にするだけだと、父親に教え込まれた——畜生、本当だったよ。


「僕、は……家族も、おんな、も……大っ、嫌――……」


 こうして僕は、再び命を落とすのだった。

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