森の中にある私たちの隠れ家『色物ハウス』取り壊されるそうです(絶望)
王都アルメニアから少し外れた森の中。 木々が生える鬱蒼とした中でポツリと佇む洋館があった。
「うーん! 今日も紅茶が美味しいわ〜!」
ソファに腰掛けながら優雅に紅茶を飲む女はポツリと呟いた。
その女の身体は奇妙な程に青白く……というか所々透けていた。
「ちょっとスパイスが足りないわね……ハーブを足しましょうか」
ポンと手を叩いた女は、近くの瓶から取り出したいくつかの葉っぱを紅茶の中へと落としていく。
その時……彼女の背後の扉がガチャりと開いた。
「……ゴースト。 紅茶……飲んでる?」
目を擦りながらリビングへと入ってきた少女は、縫い跡だらけの腕で眠そうに顔を擦りながらゴーストと呼ばれた女の腰掛けるソファへと近づいた。
「……あらゾンビ! ようやく起きたのね? もう……お寝坊さんなんだから……紅茶飲む?」
「うん。 ……飲む」
こくりと頷いた後、机の上のポットを覗きこんだ少女……ゾンビは……途端に嫌そうに顔を顰めた。
「……ゴースト。 もしかしてあのハーブ入れた?」
「えぇ! 入れてるわよ〜! 良い香りでしょう?」
「…………」
無言のまま俯くゾンビを見てクスリと笑ったゴーストは、ゾンビの分のカップにも紅茶を注ぎ始める。
そしてそれを目の前に差し出すと……少女はそれを両手で掴みながらゆっくりと口を付けた。
「どう? 美味しい?」
「……不味い」
「ふふっ……しっかり飲んでるじゃな〜い?」
「……」
不満そうな表情を浮かべたゾンビだったが、それ以上は何も言わずに静かに紅茶を飲み続けた。
その様子を見て満足気に微笑んだ。
ちなみにゴーストが先程紅茶へと入れたハーブの名前は《カラカラ草》と呼ばれる強い毒性を持つハーブである。
比較的入手が簡単ゆえに、暗殺等でよく用いられるハーブであるのだが……ゴースト達は顔色ひとつ変えずにその紅茶を飲んでいた。
なぜなら彼女たちは死人。 そして……この洋館は死人や魔物の少女達が集まる《色物ハウス》なのだから。
★★★★★
「……ゴースト。 他の子たちは?」
「ええと……どうだったかしらね? 確かヴァンパイアは外に行くって言ってたわね。 リッチは魔術師の集まりがあるとか……」
「……じゃあ今日はいない?」
「そういうことみたいね。
寂しかったのかしら?」
「別に……。 ただ皆がいないと思っただけ」
「ふふっ……相変わらずツンデレねぇ」
ゾンビの言葉を聞いたゴーストは楽しげに笑い声を上げた。
そんな彼女を見ながらゾンビは不思議そうに首を傾げた。
「どうして笑うの?」
「だって……ゾンビちゃんは可愛いんですもの!」
「……私、可愛くない」
ぷいっとそっぽを向いたゾンビだったが、ゴーストは構わずゾンビの頭を撫で始めた。
「ちょっ……やめて」
「いいじゃない。 減るものでもないんだし」
「でも……」
「ほら、大人しくなさい!」
抵抗するゾンビだったが、ゴーストの力には敵わなかったようですぐに観念したように黙り込んでしまった。
しばらくするとゴーストの手の動きに合わせてゾンビの小さな頭が揺れ動くようになった。
やがてゴーストはその動きを止めたかと思うと、ゾンビを抱き寄せながら耳元で囁きかける。
「大丈夫よ……あなたはとても素敵な女の子だわ。 だから自信を持ちなさい」
「……ありがとう」
小さな声でお礼を言うゾンビ。
そんなゾンビの様子を見たゴーストは満足そうに微笑んだ。
空になったゾンビのカップを見つけたゴーストは二杯目を注いでやろうとポットを掴む……。
その時だった。
「だー!!! 暑い! やってらんないわよもうっ!」
ダァン! と荒々しく玄関のドアが開き……それと同時に全身を黒い布で包んだ少女が転がり込むようにリビングへとやって来た。
「あら? おかえりなさいヴァンパイア。 早かったわね」
「早かったわね、じゃないわよ! そもそも目的地にすら行けなかったのよ! 何この暑さ。 拷問!? こちとら太陽に当たったら焼けるから布で身体隠さないといけないってのに……蒸し殺されるわ!」
「ヴァンパイア……うるさい」
「うっさいわね! あんたがゾンビじゃなきゃ今頃燃やすところよ! というかあんただって太陽ダメでしょ!」
「……土の中を掘って行けばいい。 ヴァンパイアにも進めた」
「んなイモ臭い真似をアタシがするわけないでしょ!」
「イモ……臭い……」
普段表情をあまり変えないゾンビには珍しく、ショックを受けた様子でがっくりと崩れ落ちた。
「お疲れだったわねヴァンパイア。 とりあえず紅茶でも飲む?」
「なんで今飲ませるのッ!? 暑いって言ったわよね!? イジメ……!?」
「ふふふ。 冗談冗談。 とりあえず……落ち着きなさ……あれ?」
ゴーストは苦笑しながらヴァンパイアを宥めようとするが、途中で何かに気付いたように言葉を止めた。
「……どうしたの?」
「いや、あのね。 ヴァンパイアの後ろに誰かいる気がして……」
「はぁ? 後ろぉ?」
ゴーストの言葉を聞き、ヴァンパイアは振り返る。
しかしそこには誰もおらず、ゴースト達の視線だけが宙を彷徨っていた。
「何もいないけど……」
不思議そうに首を傾げるヴァンパイアとゾンビ。
しかしゴーストだけは、何か確信を持ったような表情でヴァンパイアの背後へと回った。
「そこにいるんでしょうリッチ? あなたも紅茶飲む?」
「……ふっふっふっ。 流石はゴーストだ。 私の完璧な気配遮断に気がつくだなんてね!」
途端、虚空からリッチが高笑いを上げながら姿を現した。
その姿を見て、ヴァンパイアは露骨に大きなため息をつく。
「あんたねぇ……普通に帰ってきなさいよ……」
「……リッチ、集まり、大丈夫?」
「途中で抜けてきたよ。 現在進行形で大問題が私たちを襲っていてね……」
「……大問題?」
首を傾げる三人。
「あぁ大問題さ。 刻一刻と私たちの首にかけられた手に力が篭っている……」
「前フリはいいからさっさと言いなさいよ……」
呆れた様子のヴァンパイアに促されてリッチは頷く。 その顔は真剣そのもので、これから話す内容の重要性が伺えた。
「なんでも……この洋館が壊されるらしい」
「「「……はぁ!?」」」
「実はね……この洋館が犯罪者たちの隠れ蓑になっているのではという噂が立っていてね……」
「……犯罪者?」
「えぇ。 この洋館の地下には悪の組織のアジトがあるとかなんとか……。 しかもそいつらはこの洋館で怪しげな実験を繰り返しているんだってさ」
「ははははは! バカみたい!」
ヴァンパイアは大きな声で笑い声を上げた。
そんな彼女をヴァンパイアの肩越しに見つめながら、ゴーストとゾンビが同時に口を開く。
「でも……実際にいたわよね? 私とゾンビがこの洋館を見つけた時は」
「うん……いた」
「…………」
二人の言葉を聞いたヴァンパイアの顔が青ざめる。
そして恐る恐るといった様子で振り向くと、そこには満面の笑顔を浮かべたゴーストの姿があった。
「……ねぇゴースト」
「なぁに?」
「まさかとは思うんだけど……」
「えぇ、そうよ」
ゴーストはにっこりと微笑みながらヴァンパイアを見据えると、ゆっくりと彼女の耳元に顔を近づけて囁きかけた。
「この場所が欲しくて譲ってもらったわ。 ハーブ入りの特別紅茶を振る舞ってお話をしてね」
「そのハーブって……」
チラリと机の上の紅茶を見るヴァンパイア。
ごくりと言葉を飲み込むのだった。
「まぁそれはそれとして……大問題ね。 リッチ、あなたでどうにかできないのかしら?」
「うーん。 多少はできるだろうが……あまり露骨にすると私が怪しまれてしまう」
「それもそうねぇ……」
リッチは人間に擬態して遊びに行っているため、露骨に庇おうとすると流石に怪しまれてしまうだろう。
「……ん。 分かった。 私が今日の夜に街に行ってくる」
「……ちょっゾンビ? あんたもしかして……」
立ち上がったゾンビにヴァンパイアは顔を引き攣らせながら問いかける。
「大丈夫。 ちゃんと土には埋める」
グッ! とサムズアップしたゾンビ。
その意味を正しく理解したヴァンパイアはさーっと顔を青くして……。
「ダメに決まってるでしょ!? 急に関係者が消えたら逆に怪しまれるわよ!?」
そう叫んだ。ゾンビは不満そうな表情をしながら椅子に座り直す。
「……じゃあどうするの?」
「……ううん」
黙り込むヴァンパイア。 次に口を開いたのはゴーストだった。
「でも……関係者を殺さないにしろ懐柔するのはどうかしら?」
「……あんた何を……」
「ほら! デーモンちゃんを呼んで憑依してもらうとか!」
「ダメー!!!」
叫ぶヴァンパイア。
「なんであんた達そんな物騒なわけ!? もっと平和的解決方法があるでしょ!」
「「「……?」」」
首を傾げる三人。 ヴァンパイアははぁ……とため息をついた。
「関係者がこっちに来た時に私たちが人間に擬態してここに住んでる、みたいな感じにすればいいのよ。 もちろん話し合ってね。 悪の組織と疑われないようにすることも大事」
「なるほど……それでハーブ入り紅茶を振る舞うのね?」
「違うッ! あんた達は一回殺すことから離れる!」
ヴァンパイアの言葉にゴーストとゾンビ、そしてリッチは首を傾げた。
「だって……殺した方が楽じゃない?」
「うん。 証拠は残さない」
「最悪バレても圧力をかければ大丈夫じゃないかな?」
「そういう問題じゃないから! まったくもう……」
ヴァンパイアは再びため息をつく。
それからしばらく話し合いを続けた結果、ようやく一つの方向に纏まったのだった。
《洋館取り壊し阻止作戦。 話し合いによる平和的解決! なお暴力厳禁》
★★★★★
「さぁ……ついに来たわねこの日が」
「うん……来た」
「緊張するわぁ……こんなにおめかししたのはいつぶりかしら?」
「準備は出来ているさ。 いつでも始められる」
ヴァンパイア、ゾンビ、ゴースト、リッチはしっかりと擬態を行い、見た目は完璧に人間であった。
だがその瞳の奥には確かな殺意の炎が燃え盛っている。
彼女たちは今か今かとその時が来るのを待つのだった。
「さぁ……来るわ!」
ヴァンパイアが叫び、玄関扉が開かれた瞬間……。
「「「「ようこそいらっしゃいました!皆様方!」」」」
四人の声が響き渡った。
開いた扉の先にいたのは三人の男達。
彼らは突然の出来事に驚きながらも警戒心を強めていた。
「なんだお前らは!?」
一人の男がそう言い放つ。
それに対し、ゴーストが答えた。
「私共はこの洋館の持ち主です」
「なに? この屋敷の主人だと?」
「はい。 ささ、立ち話もなんですからこちらへ」
「……ふん。 怪しいな。 おい、何か仕掛けられていないか確認しろ」
「了解です隊長!」
男たちの一人がずかずかと奥へと入ろうとする……。
(ちょっと待って……。 これ入られたらヤバくない?)
その時ヴァンパイアは思い出した。 どうせ見られないからと洋館の中を対して弄っていなかったことに。
(ゴーストのハーブとかでさえ見つかったら怪しまれるわよね……あれ毒だし)
ダラダラと冷や汗が流れるのを感じるヴァンパイア。 このままじゃガチでヤバい……。
ヴァンパイアが諦めかけたその時、何やら小さな筒のようなものが床へと投げられた。
そこから煙が立ち上り、あっという間に辺り一面を覆い尽くす。
「……むっ!?」
「げほっ……なにこれ?」
「……けほ」
「これは……催眠ガスかな?」
「ご名答」
リッチの言葉に答える催眠ガスを投げ込んだ張本人のゴースト。
ちなみに彼女ら四人に対してガスなど効果はない。
「ぐぅ……」
バタバタと倒れていく男たち。
その様子を見たヴァンパイアはサーっと全身の血の気が引いた。
「ばっ……馬鹿なのあんた達!? どうするのよこれ!?」
「……大丈夫。 今から土に埋める?」
「大丈夫じゃなぁぁぁぁい! え? 私の話聞いてた!?」
「……?……大丈夫」
「なんでそんな自信満々なのよぉ……とりあえず埋めるのは無しよ?」
頭を抱えるヴァンパイア。
既に事前の作戦など跡形もなく吹き飛んでいた。
「あら、困ってるようね?」
「うふふ。 大丈夫ですよ~」
「そうだとも。 心配はいらないさ。 ここから挽回しよう」
「はぁ……もう好きにして」
完全に諦めモードに入ったヴァンパイア。
そしてゾンビ、ゴースト、リッチは倒れた男たちを手際よくリビングへと移動させていく。
「……で、どうするのよこの状況。 絶対バレるわよね? 私たちがガス撒いたって」
ヴァンパイアの言葉にゾンビ以外の二人は苦笑いを浮かべる。
「いやぁ……まぁこれは想定外だったから仕方ないさ。 ここから上手く誤魔化そうじゃないか」
「そうねぇ。 四人ならきっと大丈夫よ!」
「……がんばる」
三人の言葉にヴァンパイアはため息をついた。
それからしばらく経った頃、男たちが目を覚ます。
「ここは……」
「お目覚めですか?」
「どこだここはは!……ん? お前は確か……」
「あぁ、もう一度自己紹介をします。……私どもはこの洋館の所有者です」
「そうだった。 それで……この場所に所有者だと?」
「ええと……。 普段は別のところで暮らしているのですが……ここが壊されると小耳に挟んで戻ってきまして……」
「……怪しいな」
(ちょっ!? はぁ……もうどうにでもなれ!)
ヴァンパイアは半ば自棄になりながら会話を続ける。
「実はですね、私たちここに住んでおりまして……いきなり壊すと言われても困るのですよ」
「……何? しかし所有者の証拠なんて……」
「これで大丈夫ですか?」
バァン! とヴァンパイアが机に叩きつけたのはこの洋館の所有権を示す書類。
ちなみに偽装である。
しかし……魔術の研究のために詐欺師まがいのことをして小金を稼いでいるリッチが作りあげたこの書類は、素人目に簡単に見破れる出来ではなかった。
「……本物か」
「はい。 ですのでどうか穏便に済ませていただけませんでしょうか?」
「ふん……。……いいだろう」
「ありがとうございます。 では……」
「待て」
「……まだ何か?」
(なによこいつ! 早く出て行って欲しいんだけど!?)
ヴァンパイアはイラつきながらも冷静に対応する。
「お前たち、本当にこの洋館の持ち主なのか?」
「えぇ。 ですのでそのようにお願いします」
「そうか……。 ふむ……」
何やら考え込むような素振りを見せる男。 いきなり現れた所有者に猜疑心を抱いている様子である。
その時……少し離れたところから声が響いた。
「皆さん。 お疲れでしょうし休憩なさってください! どうぞ! 紅茶ですよ〜!」
ゴーストが紅茶を運んできたのだ。
手馴れた素振りで三人の男の分と、ヴァンパイアら四人の分を用意する。
「ちょっと……。 変なもん入れてないでしょうね?」
「ふふっ。 大丈夫ですよ〜。 普通に入れておきました〜」
「……やっぱりあんた嫌い」
「あらら……。 嫌われちゃいましたねぇ」
「ふん……。 おい、そこの女。 そっちの奴らも飲め」
「……いえ、私たちは結構」
ヴァンパイアがやんわり断ると、男は不機嫌そうな顔になる。
(こいつ……毒を疑ってるわね)
それは正しい判断なのだがヴァンパイアはあまり紅茶を飲みたくない。 なぜならゴーストの入れる紅茶はあまり美味しくないから。
ゴーストはよく紅茶を飲んでいる癖に不思議な程に上達しないのだ。
(仕方ない……飲むか)
がっくりと肩を落としながらヴァンパイアが紅茶を飲もうとしたその時……ポチャンと、何かを紅茶の中に入れる音が響いた。
「うん。 やっぱりハーブは大事よね〜………………あ」
「「「……あ」」」
「「「………………」」」
いつもの癖でカラカラ草を入れてしまったことに気がついたゴースト。
ゴーストがやらかした事に気がついたヴァンパイア、ゾンビ、リッチ。
そして……目の前で超危険な毒であるカラカラ草を自分の紅茶に入れる女を目撃した男たち三人。
気まずい沈黙が場を支配する……。
「そっ……それは……カラカラ草ではないか! なぜそんなものを……まさかお前たち……この紅茶に毒を……」
「ちちちちち違うんです!? これはそのぉ……ただのハーブですよ! たまたまカラカラ草に似てるだけのハーブ! ハーブなんですよ!」
キョドりまくって返答するヴァンパイア。 男たちも怪しさMAXのその物言いを信じる阿呆ではない。
「貴様ぁぁ! やはり毒殺を狙っていたのかぁぁ!!」
「ちょっ……違いますって! カラカラ草じゃありません!」
「うるさい! 死ねぇぇい!」
「きゃぁあああ!」
ヴァンパイアの首根っこを掴み、壁へと投げつける男。壁に激突するヴァンパイア。
そして……その衝撃で棚に置いてあった魔導書が宙に舞う。
それは魔術研究が大好きなリッチが知り合いから融通してもらいコレクションしているシリーズで、表に出たら即刻逮捕されるような危険な魔法が記されている魔導書であった。
「あぁぁ! 私の大事な本がー!」
「あぁ!? なんだこれは! こんなものまで用意していたとは……! 貴様ぁぁ! 絶対に許さんぞ!……ん? これは……」
男が手に取ったのは一枚の紙。
そこにはこう書かれていた。
『私の愛する家族へ 私は今からこの洋館に住む魔物と戦闘を行います。なので心配しないでください。 必ず生きて帰るので安心して待っていて下さい。……愛しています』
(……あ。 恥ずかしい……)
それはゾンビが趣味でこっそりと書いている小説の一節であった。
誰にも伝えていない趣味(ゴーストは把握済み)を知られて慌てて視線を外したゾンビの行動が怪しさを増長させていた。
「こっ……これは……」
手紙の内容に驚愕し、震え出す男。
「どうしましたか?」
「……お前たちはこの洋館の主人を殺したいようだな?」
「えぇ!? 何それ!? しっ……知りませんよ!? ちょっと落ち着いて……」
「この屋敷には強力な結界が張られている!……これは一体なんだ!」
「えぇ!? 本当ですか!?」
それはヴァンパイアが苦手な太陽の光を阻害するために張った結界であるのだが……魔族と人間では魔力の総量が圧倒的に違うため、一般人から見ればとてつもなく強固な結界なのであった。
「やはりお前たちはこの洋館の主などではないな! まんまと騙されるところであったわ!」
もはや聞く耳を持たない男たちを前に……ヴァンパイアは作戦の失敗を悟った。
「……しょうがないか。 これだけはしたくなかったけど……」
そう呟いたヴァンパイアは目にも止まらぬ速さで、自分を投げ飛ばした男の元へと移動し……
「ちょっと痛いけど……ガマンしてね」
その血を吸い取った。
「ぐあっ……」
ヴァンパイアの血を吸われた男は一瞬にして眷属と化す。
ヴァンパイアへと跪いたのだった。
「ん。 あんた達もこうなりたい?」
ヴァンパイアはその男を無造作に床に蹴り転がすと、残りの二人に向かって語りかけた。
「これでわかったでしょう? 私たちはこの洋館の主人よ」
「なっ……なぜヴァンパイアが……」
「返事は?」
「ひっ……ひいっ!」
ヴァンパイアの圧を受けて男たちは完全に萎縮する。
そして気絶させた後に眷属化を解いた男を踏みつけながら……命令した。
「……ここは私たちの安住の地。 あんた達……自分の命が惜しかったら適当にはぐらかして報告しなさい。 約束できるなら……隊長だっけ? この男を返してあげるから」
「「はっ……はいぃ!」」
「あと……言っとくけど馬鹿な真似をしない方がいいわよ。 私と違って後ろの三人は普通に殺すことを選択肢に入れるような頭のおかしい連中だから」
「頭のおかしい連中とは失礼だなぁ……」
「……ん。 別におかしくない」
「ふふふ。 でもまぁ……もしここを侵すと言うのならば……」
「「ひっ……ひいぃ!」」
変装を解いたリッチ、ゾンビ、ゴーストを見て震え上がる男たち。 彼らが馬鹿な真似をしないのは火を見るより明らかであった。
紆余曲折を経ながらも……ヴァンパイア達の安住の地は守られたのだった。
★★★★★
「たっく……あんたが馬鹿な真似しなければあんな男たちの血を吸わなくて良かったのに……あー汚い!」
後日、ソファにどかりと座りながらヴァンパイアは文句を垂れる。
「ふふふ。 悪いことしちゃたわね〜」
「あんた反省してないでしょ……紅茶禁止にするわよ?」
ニコニコと笑いながら紅茶を飲むゴーストを見て目くじらを立てるヴァンパイア。
「……ん。 私としてもそうして欲しい。 ゴーストの紅茶……不味い」
「でも飲んでくれてるじゃない〜」
「……不味さが癖になるって感じ?」
「……え?」
ゾンビの言葉でショックのあまり固まるゴースト。
「あははは! やっぱり君たち面白いねぇ!」
そんな三人組の様子を、魔法書を読みながらリッチは笑っていた。
「ん。 これ美味しい」
「あら? それは私の秘蔵のお菓子よ。
気に入ったかしら」
「本当に……紅茶以外は完璧なんだけどねぇ……」
「ん。 紅茶まで美味くなったらゴーストは……完璧過ぎる。……逆に気持ち悪い」
「酷いわね〜。 あ……そうだ。 今度お姉さんと一緒にデートしましょ?」
「……断る。 絶対嫌」
「つれないわねぇ……」
「……ん」
和気あいあいとした時間が流れる。
「森の奥の洋館に四人の美人がいる」そう聞き付けた人間たちが度々洋館の辺りへと訪れることを、今の彼女達には知るよしがないのであった。
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