色香の足りない子供は第二王子の婚約者に相応しくないと挑発された公爵令嬢ですが、殿下との仲は良好です
それは、ある日のお茶会での出来事だった。
「ティナ様はいつお会いしても小さくてお可愛らしいですわね」
穏やかな日差しが照りつける庭園の片隅で、サージェント公爵家の令嬢ティナは、そんなことを言われた。
十四歳のティナは第二王子の婚約者であり、可愛らしいという形容がぴったりな愛くるしい容姿をしている。
癖のないサラサラの髪は春を思わせる薄紅色。キラキラと輝く大きな瞳は新緑。新雪のような肌は繊細で、無垢な印象を際立たせる。同年代の少女と比較して低い背丈は、庇護欲を掻き立てることだろう。
「殿方は愛らしさだけでは物足りなく思うもの。殿下の寵愛が欲しいのでしたら、色香を身につけませんと。例えば、私のような」
赤い唇から紡がれたのは、はっきりとした嫌味だった。十九歳という年齢に不相応な身体つきはドレスの上からでも十分に伝わってくる。薔薇のような美貌は彼女の言う色香をたっぷりと含んでいた。
「殿下もいつまでも子供との飯事に興じたりしませんわ。殿下がご自身に相応しい女性に心奪われて捨てられる前に、婚約の解消をしてはどうです? その方が傷は浅く済みますわよ」
艶っぽい瞳を細め、小馬鹿にしたようにクスリと笑んで。シュタイン公爵家の令嬢アイリーンは去って行った。
◆◆◆◇◆◇◆◆◆
第二王子テオドール・クラウディアの私室に飛び込んだティナは、静まり返った室内をぐるりと見渡した。長椅子に寝転び、羊皮紙を見上げている青年を見つけたティナは、
「テオ様!」
勢いよく飛びつくと、テオドールは呻きながらもきちんと受け止めてくれる。色素の薄い金の髪に、感情を読み取りにくいアイスブルーの瞳。透き通った水を思わせる美貌を讃えたティナの王子様に、
「わたくし、宣戦布告を受けました!」
午前のお茶会で起きたことを報告すると。
「君さぁ〜」
半身を起こしたテオドールは、ティナがずり落ちてしまわないよう彼女の腰に腕を回して抱え込みながら、
「頼むから、人目のある場所でテオ様〜って抱きつくのだけは控えてよね……」
「大丈夫です! わたくし、切り替えは得意です。公の場でテオ様とお呼びしたことも抱きついたこともありません!」
「あー、えらいえらい」
五つ年上の幼馴染は、投げやり気味に言い、眉根を寄せた。
「それで? なんだっけ、宣戦布告?」
「わたくし、アイリーン様から殿下を略奪すると宣言されてしまいました!」
遠回しではあったが、要約するとつまりはそういうことだろう。
「わたくしには色香が足りないので、大人の女性に惹かれたテオ様に捨てられてしまうそうです。そうなる前に、婚約の解消をするよう勧められました!」
「まだ十四歳の女の子に色香って……」
ティナの髪を一房掬い、くるくると指先に引っ掛けながら、テオドールは苦笑する。
「テオ様とアイリーン様の婚約が実現する可能性というのは、あるのでしょうか?」
「んー。母上はティナと同じくらいアイリーンがお気に入りだから。君よりもアイリーンが王妃に相応しいと判断したら、現実になるかもね」
アイリーンはテオドールの兄――アレクシスの婚約者だった女性だ。過去形なのは、王太子であったアレクシスは半年前に落馬事故によって帰らぬ人となってしまったからだ。妃教育を終え、未来の王妃として期待されていたアイリーンは一転、王室と何ら関わりのない令嬢となってしまった。
継承権第二位は弟のテオドール。アレクシスを支えていくはずだったテオドールは王位を継ぐことが決まり、第二王子の妻から一転、王妃としての教養を身につける必要が生じたティナは、学ばねばならないことが山ほどある。
アレクシスとアイリーンは仲睦まじく、ティナの憧れだった。
喪が明けても屋敷にこもっていたアイリーンが久しぶりにお茶会に参加するとのことで、ティナは今日を心待ちにしていたのだけれど。まさか、あそこまで敵意を剥き出しにされるだなんて、思ってもいなかった。
――アイリーン様は、わたくしが王妃に相応しくないとお考えなのかしら。
彼女から見ればまだまだ子供なティナに、苛立ちを感じているのだろうか。
「アイリーン、ね」
絨毯に落ちてしまった羊皮紙を拾い上げながら、テオドールは皮肉げにその名を呟いた。
「殿下にその気はないのですか?」
ティナの父親は宰相を務めている。幼い頃から王宮に顔を出す機会が多かったティナを何かと構ってくれたのがテオドールで、兄妹のように仲がいいし家柄もちょうどいいから、と二人の両親が婚約を決めた。
テオドールも気心が知れたティナなら構わないと言ってくれていたのだけれど、アレクシスが亡くなったことで求められるものはがらりと変わってしまった。未来の王妃となる婚約者がティナのままでも、テオドールは構わないのだろうか。
「俺は気位の高い女性は遠慮したいな。一緒にいて疲れそう。今だって、アイリーンだったら仕事はちゃんと執務室でしろ〜って小言を言うだろうね」
はぁ、と嘆息するテオドールの顔には疲れの色が見て取れた。立場の変わってしまった彼は学ぶことが多い上にアレクシスの仕事まで熟さなくてはならないので、多忙極まりない。息抜きで私室に来ても仕事を手放さないテオドールを癒すのがティナの役目なのだけれど、成功したことはたぶん一度もない。
「どこまで本気か知らないけど、アイリーンが俺の婚約者の座を狙ってるならティナが彼女の鼻っ柱をへし折ってよ。君に敗北感を植え付けられたらさっさと諦めるかもしれないだろ?」
「わたくしが、ですか?」
敗北感を植え付けろと言われても、ティナが優っているのは幼さ故の可愛らしさくらいに思える。具体的にどうすればいいのかまったく見えなくて困惑していると、テオドールがにっこりと微笑んだ。
「舞台は俺が用意するから、君はいつも通り知恵を働かせてよ」
◆◆◆◇◆◇◆◆◆
テオドールが告げた舞台が整ったのは、それから四日後のことだった。
王宮の広間で朝からパーティが開かれ、年若い貴族の子息令嬢が招かれた。会場では、ある余興が開催されることとなった。
未来の王妃であるティナと妃教育を修了したアイリーンが紅茶を淹れる腕前を競うことになったのだ。貴婦人になれば主催するお茶会で紅茶を振る舞う機会は出てくる。令嬢としても妃としても、お茶の腕前はこの国で必要な教養の一つだ。
それぞれに用意された数多の茶葉から一種類を選び、一杯の紅茶を淹れる。勝敗を決する判定人はテオドールで、彼が選んだ紅茶を淹れた方の勝ち。ティーカップに紅茶を注げる機会は一度だけで、淹れ直した時点で負け。それがテオドールが告げた規定だった。
ティナの現時点での実力を測るため、アイリーンに挑む。そんな体裁の下に行われた催しを貴族たちは見世物として面白がっているみたいで、離れたテーブルから微笑ましく眺めていた。
二人が紅茶を淹れ終えると、アイリーンが先にティーカップをテオドールのテーブルまで侍女に運ばせた。
侍女の隣に並んだアイリーンがにっこりと微笑み、
「私が選んだのはアイエスです。殿下への敬意と親愛を込めて淹れました。どうぞ召し上がってください」
あら、とティナは目を瞬かせた。アイリーンが選んだ茶葉と同じものを、ティナも選択している。
アイエスは西の平原地でしか生産されない希少な茶葉で、王都でも滅多に手に入らない代物だ。しっかりとした強めの味でありながら優しい甘味が広がる紅茶を、テオドールは子供の頃から好んで飲んでいる。アイリーンはその情報をしっかりと仕入れていたらしい。
こうなってくると、勝敗を決するのは純粋なお茶の腕前になるのだけれど。
――わたくし、アイリーン様より美味しく紅茶を淹れられた自信はないわ……。
何しろ、アイリーンは次期王妃として妃教育を徹底された女性。まだまだ勉強中のティナの何倍も先を行っているのだ。
この催しの本命は、ティナがアイリーンよりも優れていることをアイリーンに自覚させること。それがテオドールの目的のはずなのだけれど。
――このままだと、負けるのはわたくしだわ。
表面上は平然と。しかし、心の中ではおろおろと不安を抱えながら離れたテーブルをじっと眺めていたティナは、ティーカップの乗ったトレーを持つ侍女の様子がおかしいことに気づいた。持ち手を握る手が小刻みに震え、顔色も真っ青なのだ。まるで、何かに怯えているような――。
侍女の様子を不審に思ったティナは、テオドールへと視線を滑らせた。
視線に気づいたのか、テオドールもティナを見た。 ぱちりと目が合うと、王子が微笑む。優美だけれど、ちょっぴり意地悪な。それは、彼が悪巧みをする時に浮かべる微笑みだった。
――ええっと、確かテオ様はわたくしに知恵を働かせて、と仰っていたはず。
テオドールの好きな茶葉を選ぶ行為に必要なものは知識だけで、知恵を働かせる、という表現はそぐわないように思えた。
舞台を整えるからアイリーンの鼻っ柱をへし折って欲しい。テオドールはそう言ったのだから、ただ紅茶を飲み比べてお終い、なはずはない。
侍女があんなにも青ざめているのはなぜか。どうすることでアイリーンに婚約者の座を諦めさせることができるのか。
ぐるぐると考え込んでいたティナの脳裏に、一つの可能性が浮かんだ。いくらなんでもちょっとそれは、と思ったけれど、テオドールは時にとんでもなく大胆な手段を講じることがある。そんなことをして大丈夫なのかしら、という不安な気持ちと、テオドールのことだから先の先まで見据えているはず、という信頼。葛藤していたのは、わずかな間。
どのみちこのまま見ているだけでは負けるのはティナだ。それなら、行動するのが吉。
はい、と。ティナは大きな声で、できるだけ無邪気な響きになるよう心掛けて、手を挙げた。
「わたくし、大変なことに気づいてしまいました!」
礼を欠く振る舞いをしても大抵は子供の可愛らしいわがままとして目を瞑ってもらえることを、ティナは経験から知っていた。
「何かな、ティナ嬢」
広間に響いた声を、テオドールが静かに拾ってくれる。発言を許されたティナは、深刻な顔を作って言った。
「殿下の口にする飲み物ですもの。毒見役が必要だと思うのです」
ティナの発言に会場はざわめく。それはそうだろう。アイリーンが王子を害するかもしれない、と公言したようなもの。
アイリーンは当然のことながら、不愉快そうに眉を顰めた。
「私が殿下に毒を盛るとでも仰るの?」
「いいえ。ですが、あのようなことがあった後ですから。殿下の身に何かあってからでは遅いと思うのです。念には念を入れるべきではありませんか?」
アレクシスが亡くなり、テオドールにまで何かあれば後継者はいなくなってしまう。細心の注意を払うべきだと主張すると、
「一理あるね」
「殿下!」
「何か、困ることでも?」
テオドールに見据えられたアイリーンは、なぜかハッとしたように息を呑んだ。
凍りついたアイリーンの瞳を、テオドールは真っ直ぐに見つめている。両者はほんの数秒見つめ合っていたが、先に目を伏せたのはアイリーンだった。視線が逸れると、感情の窺いにくいアイスブルーの瞳がわずかに翳った。それはたぶん、毎日テオドールを見つめているティナだけが気づけた翳り。
「毒見役をここに」
ティナの目には、テオドールの命令で侍女が安堵したように映った。
連れてこられた毒見役の男性がアイリーンの淹れた紅茶を口に含むと、異変は百秒ほど数えた後に起きた。男は身体の変調を訴え、毒が入っていると明言したのだ。
会場は騒然となった。アイリーンは別室に拘束され、招待客は身体検査を終えた者から順に帰された。会場に用意されていた茶葉から毒物は検出されず、茶器やスプーンも同様。毒が入っていたのはアイリーンが淹れた紅茶だけだった。
毒見役は軽い頭痛を訴えた程度で、命に別状はないというのが医者の診断。明日には毒の種類も特定できるとのことで、テオドールが一通りの報告を聞き終える頃には、日はすっかり傾いていた。
テオドールはティナを伴い、アイリーンが拘束されている部屋へと移動した。
「何か、申し開きはあるかい?」
「私が毒を盛ったとお考えですの? あんまりですわ」
椅子に拘束された彼女は、強気にテオドールを見返した。
「茶葉に毒は入っていなかった。仕込める機会があったのは君だけだよ。君しか紅茶に触れていないことはあの場にいた者たちが証言してくれる。まだ調査の最中だけれど、君を疑う者は多いんじゃないかな」
身体検査の結果アイリーンも毒らしきものは所持していなかったが、錠剤であればドレスに忍ばせておくこともできるので考慮はされなかった。
事実は異なるのだろうと察しながら、ティナは成り行きを見守る。
テオドールの糾弾にもっと反論するかと思っていたのに、アイリーンの態度はティナの予想に反したものだった。唇を噛み締め、俯くアイリーンにテオドールは残念そうに言う。
「母上も君には目をかけていた。これだけの騒動を起こして、何も言うことはない?」
「……のに」
唇から漏れ出たのは、呻きにも似た囁き声。顔を上げたアイリーンの瞳は怒りで燃えていた。
「アレク様ではなく、あなたが落命すればよかったのに!」
「アイリーン様!」
耳を疑うような発言だった。どうしてアイリーンはこんなことを言うのか。混乱しながらもあんまりな物言いを咎めたティナを制しながら、テオドールが静かに告げた。
「不慮の事故で婚約者を失った義姉への情けとして、今の発言は聞かなかったことにしてあげるよ」
テオドールが目配せすると、控えていた騎士がアイリーンの拘束を解いた。
「確かな証拠がない以上、罪に問えるとは思っていない。今回は警告だけで済ませるが、二度目はないよ」
それから、と。騎士に促されて立ち上がったアイリーンの目の前で、テオドールがティナを抱き寄せた。
「俺は色香より目端の利くお嫁さんが好みなんだ。余計な忠告は要らない」
アイリーンが苦しげに表情を歪めた。冷めていた瞳にじわじわと涙が滲む。憤りと哀しみ、憧憬、嫉妬、様々な感情がない混ぜになった瞳を伏せて、彼女は部屋を出て行った。
◆◆◆◇◆◇◆◆◆
テオドールの私室で二人きりになると、ティナは流石に苦言を呈した。
「アイリーン様の仕業に見せかけて毒を仕込んでおくだなんて、無茶が過ぎます!」
あの毒はアイリーンが入れたものなどではない。テオドールの仕業で、侍女は事前に聞いていたのだろう。紅茶に毒が入っていることを知っていたから、様子がおかしかったのだ。
悪びれた様子も見せずに、テオドールはけろりと言う。
「そこは俺からの信頼を喜ぶところじゃない? ティナなら気づくと見越してアイリーンに用意されたカップに毒を塗っておいたんだから」
「うぅ〜〜」
信頼と言われれば嬉しいけれど、テオドールにもしものことが起きていたらと考えれば、喜ぶことなんてできない。
上目遣いに睨むと、テオドールは苦笑した。
「何事もなく進行しそうならカップはわざと落とすように命じてあった。どちらに転んでも口を付けるつもりはなかったよ」
あやすように髪を撫でられれば、心地よさから無茶を責める意欲が削がれてしまう。漠然とではあったがテオドールの意図を汲み取れたことに安堵しながら、ティナは気になっていた疑問を口にした。
「アイリーン様は容疑に対してなぜ、あんなにも弱腰だったのですか?」
紅茶に触れたのは確かにアイリーンだけ。しかし、ティーカップに初めから毒が塗られていた可能性だってあるのだから、彼女は無実を強く主張できたはずなのだ。それなのに、アイリーンが弁明を口にしたのは一度きり。彼女の態度は不自然だった。
最初はアイリーンへの冤罪はやり過ぎだと思っていたが、不可解な彼女の態度を見て、何かティナの知らない事情があるのでは、と感じるようになっていた。
答えを、テオドールがサラッとくれる。
「答えは簡単。アイリーンには後ろ暗いところがあったから。今回は冤罪だけど彼女が秘密裏に毒を入手していたのは事実なんだよねー」
え、とティナは目を見開いた。
「あんな可愛らしいものじゃなくて、飲んだら死ぬ物騒なやつね」
涼しげな美貌を曇らせ、
「報告を受けた時は誰に使うつもりなのか判断が付かなくて泳がせていたんだけど、ティナへの挑発で俺に近づきたがっているのがわかったから。標的は俺なのかなぁって先手を打ってみたらあの通りだ」
長椅子の肘掛けに寄りかかり、頬杖をついたテオドールは、憂いをたっぷりと含んだ吐息を吐き出した。
「公爵には公にしない代わりに娘を連れて田舎に引きこもるよう、陛下が命じた。今後俺に近づくのは厳しくなるし、ど田舎で暗殺計画を進めるのは相当な手間と時間がかかるから、アイリーンに見切りをつける賢さがあるといいんだけどねぇ。俺の意図にすぐ気づいた辺り、賢い人ではあるから」
王族の毒殺を企てていたのなら、本来は疑惑の眼差しと警告だけで済むはずがない。テオドールが口にした通り、大事にしないのはかつての義姉に対する情けなのだろう。
アレクシスが亡くなって、哀しいのはテオドールも同じなのに。四つ年上の兄を一歩引きつつ献身的に支えるテオドールを見て、国民は王国の未来は安泰だと信じていたのだ。
アイリーンの心無い言葉は、愛する人を理不尽に喪った哀しみからか、王妃という立場を惜しんでのものか。それとも――。
真実はわからないけれど、ティナの為すべきことは一つだった。
「テオ様!」
「んー?」
「妃教育で、テオ様を癒すことこそがわたくしの最大の務めだと王妃様から教わりました。でも、具体的に何をすればよいのかを王妃様は教えてくださらなかったのです。わたくしはどうすればよいのでしょう?」
隣に座る婚約者へ大真面目に問うと、テオドールは柔らかな髪を揺らして笑う。
「ティナには充分癒してもらってるよ。ほら、小動物を見ると荒んだ心が浄化されるじゃない?」
「わたくし、小動物だったのですか!?」
異性としてどころか人間としてすら意識されていなかったらしい。
衝撃の事実にショックを受けていると、テオドールはクスクスと笑い、
「大丈夫。今のは言葉の綾だから」
呟き、ティナの肩へと寄りかかってくる。疲れ切ったようにもたれかかってくる青年の頭を、ティナはよしよし、と撫でた。
去り際のアイリーンの眼差し。
もしかすると、ティナはアイリーンを傷つけてしまっていたのかもしれない。愛する人を喪った彼女がティナとテオドールをどんな想いで見ていたのかを想像すれば、その可能性は高いように思えた。それでもテオドールの側を離れるなんて考えられなかったし、この場所を他の誰かに譲りたくはない。
夕日の差し込む広い部屋で、しばらくの間、テオドールに寄り添っていると。
「今は、これで充分だよ」
俯いたまま、テオドールはぽつりとそんなことを言った。
「……今は?」
「あと二年くらい経ったらティナにはもっと頑張ってもらうけどね」
猫毛の金髪に指を通しながら、ティナは首を傾げた。
「二年、ですか? わたくし、今からでももっと頑張れます!」
「いや、うーん。年齢的には問題ないんだろうけどティナは実年齢より幼く見えるから、俺の倫理観が……」
「倫理観?」
テオドールの主張がイマイチ呑み込めず、傾けていた首を更に捻る。
「通じないなら、やっぱり二年後が妥当だねぇ」
ちょっぴり困ったように囁くテオドールに、ティナはますます首を捻るのだった。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。いいねやブックマーク、評価で応援を頂けたら嬉しいです。励みになります……!