第17話 英雄のお披露目
エチゴヤ商会への返済期限まで残り14日。
この五日間ほどは、計画の主要メンバーで現地に視察に行ったり、大工ギルドの構成員に敷地の測量などを担当してもらったり、とにかく実地設計に必要な情報の取得と分析に時間を割いていた。
おかげで、設計に必要な条件は整った。
そこで、今日から大工ギルドの一室を貸切りにしてもらい、集中して数日かけて設計図を完成させる予定だ。
「お世話になります、ゲンさん」
「おぅ、よく来たな、ナシロ。早速だが用意した部屋はこっちだぜ」
支部長であるゲンさん自らの案内でギルド内を歩いていると、職員や職人さん達が口々に何か噂しているようで、あちこちでざわめいていた。
「ホントに子供だったのか……」
「オレらの命運があんな子供の肩にかかってるのかよ……」
「でも支部長のあんな嬉しそうな顏は久しぶりに見たな……」
何だかちょっと居心地が悪いけれど、実際まだ何も形にしていない訳だし、何か言われてもしょうがないよね。気にしないで、頑張ろう。
普段は10人ほどが入れる会議室の様な部屋に、ひと通りの資料が雑然と積み上がっている。前世界の様にコンピューターなんて無い訳で、全ての資料が質の悪い紙に書かれているので、資料だけで机の上が埋まりそうな量だ。
「じゃあ、頼むぜナシロ。後で飲み物と食事を運ばせるからよ。他にも何かあったら遠慮なくウチの職員使えよ」
そう言って部屋を出るゲンさんにお礼を言い、ボクは会議室で一人きりになった。
「さて! いっちょやりますか! 【権能蒐集】!!」
ボクは気合を入れて、集中できる環境でビルの設計を始めた。
これが前世界での一昔前の様に、紙に鉛筆で線を引くような方法だったらとても間に合わないけど、魔導書のおかげでCADの様な製図用ソフトよりもさらに短時間で図面が描ける。
何しろ、イメージしただけで一瞬で線が現れ、部分的に消したりも思いのまま。手を動かす必要もない。
ギルドの職員さんが用意してくれた昼食を挟んで、午後も大量の資料と格闘しながら、ビルの設計を続けた。
大学の講義や設計講習なんかで、それなりの数の図面を書いて来たけれど、実際に建てる為の図面を描くのは初めてなので、この短期間で仕上げるのにはかなり苦労した。
時間が足りない中で何とかなったのは、この建物には電気や給排水などの設備がほぼないからだ。
早朝から大工ギルドにお邪魔して、夜になると館に戻って寝る。どこぞのブラックなサラリーマンみたいな生活を数日続けて、ようやく図面が完成した。……〇ッド〇ル欲しい。
◇◇
エチゴヤ商会への返済期限まで残り9日。
今日は、昨日ようやく仕上げたビルの図面を、皆に見てもらう事になっている。
確認してもらって、もし修正箇所があれば意見を聞きながら直していきたいと思う。
いつもの様に、子爵家の館の応接室で会議を開く。
「それではナシロ。完成した図面を見せてくれるか?」
「はい、こちらになります」
ボクはあらかじめ用意しておいたA2サイズの紙に、魔導書で描いた図面を手書きで写した物をテーブルの上に広げた。
「……おおおっ……!」
「―――これは……」
「……なるほど、こりゃあスゲェ。これが実現できりゃ、まさしくこの国の建築の歴史が一気にひっくり返るぜ!」
皆が図面を食い入るように覗き込んでいる。
「もし気になる場所や、もうちょっとこうして欲しいとか希望があれば言ってください。可能な物であれば対応しますので」
「いや、直してほしいって言うかよ、単純に聞きたい所が山ほどあるんだがいいか!?」
特にゲンさんの食いつきが思っていたよりも凄くて、ここはどうなっているんだ、あそこはどうなんだと、次々に質問が沸いて来る。
「―――ゲンさん、もうその辺りにしましょう。話が進みませんよ」
クラノさんが苦笑しながらゲンさんをたしなめると、バツが悪そうな笑顔で「わりいわりい!」と謝るゲンさん。
「どうでしょうか? この計画で進めて大丈夫ですか?」
周囲の大人たちの顔を見回して、改めて尋ねてみた。
「うぅむ、正直、私にはこれ以上の案など浮かびそうもない。これで完璧なのではないかと思うが、どうだ、クラノ、リョウゲン?」
「はい、はっきり言いまして、下手な修正を加えると、ナシロ殿の計画を改悪してしまうだけのような気がします」
「まぁ、確かにそうだなぁ……オレも、特に修正は必要ないと思うぜ」
まあ、知らない知識や技術によって作られた物に対しては、発言しにくいか……直す所がないなんてほぼ有り得ないんだけど、仕方ない。
魔法で建てる建物の良い所が、「後から修正が効く」という所だ。
本来なら固まったコンクリを元に戻して形を変える、なんて不可能だけど、【土工母】はそれを可能にする。
どうしても不味い所は後で改修しよう。
「それでは、大丈夫な様なので、明日実行に移したいと思います」
「かしこまりました。それでは私共の倉庫に置いてある資材を全て、今日中に現地に搬入して置きましょう。ナシロ殿に建てていただいた倉庫に搬入すればよろしいですね?」
クラノさんがボクの意を汲んで、頼もうと思っていた事を先回りして申し出てくれた。
「おう、そうだな。それにはウチの人員も出すぜ。人は多い方がいいだろうしな」
「お二人とも、ありがとうございます。ではみなさんよろしくお願いします」
「いよいよか。ここまで来ると、感慨深いものがあるな。こちらこそ、どうかよろしく頼む、ナシロ!」
◇◇
エチゴヤ商会への返済期限まで残り8日。
今日はいよいよ本番、これまで計画してきた物を建物としてカタチにする日だ。
ボクは子爵さん、トマスさん、それから特別に連れていく事になったリルルとアイナの計五人で、現地に馬車で向かう事になった。
子爵さんの計らいで、リルルにもボクが何をするのか、見せてやった方が良いだろうと言ってくれたので、連れていく事にしたんだ。
……グゥ? そりゃいつも通り、リルルの持つカバンに入れられてるよ、もちろん。
リルルは子爵さんやアイナが居る事で、ちょっと緊張気味で言葉少なだったが、久しぶりにボクと出かけられるという事で嬉しそうだ。
「お父様、今日は一体どちらに向かいますの?」
アイナには今回の計画についてはほとんど話していない様で、これから何が行われるのか知らないらしい。
「うむ。今日は我々子爵家の命運が決まる大事な日でな。それで、良い機会でもあるし、お前にはナシロが何者であるかをその目に焼き付けて欲しいと思ってな」
「この子が……? 多少魔法が使えるメイド見習いの使用人でしょう?」
……そうね、それで間違ってないわ。
子爵さんはあえてその言葉はスルーして詳しく説明しようとはせず、とにかく見ればわかるとだけ言って馬車に乗り込み、皆もその後に続いた。
予め決めておいた時間に、関係者が建設予定地へ次々に集まってきた。ざっと二十人以上はいるだろう。
全員が揃った所で、居並ぶ人々の中から、一歩前に出てこちらに向き直った人物がいる。子爵さんだ。
「皆、朝から集まってもらって感謝する。無事に今日という日を迎えられて、私は感無量である。今回の子爵家への皆の献身は決して忘れぬ。領民が居てこそのアトラハン領である事、改めて実感している」
そう言いながら、集まった人々を感慨深げに眺めている。
話を聞いている皆も、緊張感からか、誰も言葉を発さず、子爵さんの言葉にしっかりと耳を傾けている。
「全てはある辺境の村で、一人の子供を見出した所から始まった……子爵領が直面している危機の中で、私はこの奇跡に感謝した。これも聖統神様の思し召しに違いない、と!」
熱を帯びてきた子爵さんの演説に、周囲の人達は皆大きく頷いる。
「皆見ての通り、まだ建物は完成していない。影も形もない。そこの倉庫に砂や鉄くずが積み上げてあるだけだ。果たしてこんな事が可能なのだろうか? 皆疑問に思っているだろう……しかし! 私は成功する事を確信している!」
誰もが声を上げ、拳を突き上げて興奮している。
「……では、これから我が子爵領の新たな英雄によって、皆の想いを形にしてもらおう。ナシロ!」
子爵さんの演説が終わり、紹介を受けて皆の注目を集めてしまったが、ここにいるのは既に何度もやり取りを繰り返した見知った人ばかり。あまり緊張はしないけど、でも皆の視線には期待が込められていて、否が応でも気持ちは引き締まる。
隣に立つリルルは目をキラキラさせて、皆の注目を集めるボクを誇らしげに見ている。……アイナは、胡散臭そうにジト目でボクを見ている。
ここでボクが自信がなさそうに出ていくと、みんな不安になるだろう。
ボクは自信に満ち溢れた様に、堂々と出て行った。無論演技だ。
いや、そこそこ自信は確かにあるよ。あるけど……元々小心者なんだよ……わかるだろ?
―――よし!!
ボクはパンパン! と自分の顔を叩いて気合を入れる。
「皆さんボクが良いと言うまで、そこから前には決して出ないでください。いいですね? ………それでは……いきます!! 【権能蒐集】!!」
魔導書を出し、自由記帳欄にすでに完成させてある数十ページに及ぶ図面を呼び出す。
それらを頭の中でイメージしながら目を瞑り、身体を流れる魔力を両の掌に集め、手を水平にかざした。
ボクの腕から手にかけて、強い光が集まって来た。
でも―――
―――まだだ。これでは足りない。
さらに深く集中し、ボクが保有している魔力のほぼ全てを、身体中からかき集め、掌に集約させる。
赤・橙・青の魔力が複雑に混ざり合いながら、ボクの掌を中心に光の奔流となり、周囲に眩いばかりの輝きを放つ。
ヒィィィイイイイン―――――
目も開けていられない程の光の濁流に晒され、集まった人々は声を出すのも忘れて驚愕している。
「ッ…………!!!」
ボクがカッと目を開くと、目の前に建物の立体モデルが黄金色の線で描かれ、弾け飛ぶ。
「【土工母】」
ボクが静かに英技名を口ずさむと、倉庫に置かれていた大量の資材が大蛇の様にうねりながら飛び出し、ボクの魔力と混じり合って光に飲まれて行った。
そしてその光が地面にどんどんと集約され、あっという間にそれが広がって行き、積み重なって行く……!!
「な、なんですの、いったい!?」
後ろでアイナが叫んでいるのが聞こえた。
そのアイナの声が、周囲の束縛を解いたかの様に、ざわめきが広がって行く。
「ま、まさか本当に……」
「ウソみたいだ……」
「これが……英雄……」
やがて、光が収まると―――そこには誰もが見上げるほど大きく美しい建物が、威風に満ちた佇まいを見せていた。
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