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第14話 襲撃者

「なんだてめぇら!何もんだ!」


 子爵家の館から南に走り、中央通りを抜けて路地に入った所で、リョウゲンが道端で息を整えていると、男が五人ほど、取り囲むように現れた。


「チッ、うるさいな……死にゃしないんだからそんなに喚くなよ……まぁ、運が悪ければ……死ぬかも?」


 その中のフード付きの黒いマントを被っている一人が、その言葉の内容とは裏腹な、抑揚の少ない無感情な声で呟いている。


「オメェら……まさかクラノを刺したヤツらか! 今度はオレか! ……そうかわかったぞ、エチゴヤ商会の差金だな!? なんてヤツらだ、まさかここまでするとは思わなかったぜ……」


 リョウゲンは話しながら、周囲に人がいないか確かめたが、誰もいない。衛兵に通報してもらうのはムリそうだと思い、冷や汗が流れる。


「エチゴヤ商会? なに言ってんのか意味わからないよね?」


 マントの男が周囲の男らに話しかけるも、男らは何も答えない。


「…………」


「ほらね? 皆んな知らないってさ? でもさ……」


 マントの男はおもむろに懐に手を入れ、急に後ろに振り向くと、振り向きざまに何かを投げた。


「ぐあぁっ……!!」


 後ろにいた男が苦悶の声を上げて倒れる。


 その男の肩にはナイフが突き刺さっていた。


「人に聞かれたらちゃんと答えないと。無視したら普通に失礼だよね?」


 人をナイフで刺したというのに、それについて気持ちの高揚も興奮も感じられない平坦な声だ。


 そのままマントの男がそばに寄って、突き立ったナイフを肩から抜き去った。


「ぐぅっ!!」


「貴様……いい加減にしろ。オレたちはさっさと仕事だけ終わらせればいいんだよ!」


「先ほどもそうだ、脅して適当な傷を負わせるだけのはずが、あんなガッツリ刺しやがって……これで金が貰えなかったら、分かってるんだろうな?」


 周囲の男らが、マントの男に対して口々に怒りをぶつけている。


「だって、さっきのアイツ、絶対に屈しないとか何とか、意味わからないけどなんかムカついたよね? だからしょうがなくね? 僕悪くなくね?」


 それに対しても何の感情も持っていないような涼しい顔で答えるマントの男。声からすると、周囲の男達よりかなり若いようだ。


 ムカついたと言う割にはその感情も読めないほどに抑揚も少なく、無表情な喋り方が余計に、その男の不気味さを際立たせる。


「放っておけ。オレたちはオレたちの仕事をするのみ。お互いの詮索は無用」


「ひゅー。かっくいいー。そうだよね、お互い誰だか知らないもんね。じゃあまぁ、サクッと終わらせちゃおうか。サクッと刺すのと掛けたんだけど、どう? 面白くない?」


「ふ、ふざけんじゃねぇぞ……マジで刺しやがって……まずテメェから殺す!」


 肩を刺された男が逆上し、マントの男にナイフで斬りかかる。


「おっとぉ。危ないなぁ。なんだよ、逆ギレ?」


 刺されたのだから逆でも何でもないが、まるで自分は何も悪い事はしていないと言わんばかりの態度に、刺された男がさらに怒りを募らせる。


「死ねヤァ!」


 右手に持ったナイフを突き出し、マントの男の腹の辺りにナイフを突き立てようとした所で―――


 ドン―――!!


 突然突風が吹き荒れたかと思うと濃い霧の塊が目の前に現れ、男は驚いて立ち止まった。



 ◇◇



 とりあえず、ナイフを振り回して危なそうなヤツの目の前に飛び込んでみたんだけど、状況が読めないなぁ……


目の前で刺されそうな人がいたからとりあえず助けたんだけど……【鑑定(アナライズ)】で見た所は全員悪者っぽかったよなぁ。


 なんだろ、仲間割れか? だったら別に助けなくても良かったかもしれないなぁ。


「なっ……!! なんだ、コレは!」


 ナイフを突き出していた男は驚いて飛びのいたが、刺されそうになっていた男は目の前に現れた霧を無表情に見つめるだけだ。


 何だ、コイツ……ナイフ男みたいな反応が普通だと思うけど、微動だにしないのが逆に気味が悪いな。


「ゲンさん、大丈夫ですか?」


 ここで姿を晒す訳にはいかないので、【風影(フェイクミスト)】の霧を纏ったまま男達の間から移動し、ゲンさんに声を掛けた。


「そ、その声……あ、ああ、オレは大丈夫だ」


「それは良かった。あの、出来ればこのままスミス商会の方に行ってもらえませんか?」


「ば、バカやろう……! お前さんみたいな……を置いて行けるかよ!」


 やっぱりなぁ……ゲンさんには安全な場所に居てもらいたかったんだけど。


 こういうやり取りはスルナ村でも何回もあったからもう慣れたよ。


「わかりました。ではボクの後ろに下がっていてくれると助かります」


 下がれと言って素直に下がってくれるゲンさんじゃないのは性格上わかっていたんだけど、一応ちゃんと言っておかないとね。


 中々下ろうとしてくれないゲンさんに向いて説得していると、突然ナイフが飛んで来て、ボクの頬をかすめて飛んで行った。


 ―――あっぶな!



「あれぇ? 外れたのかな? ちょうど声のする辺りを狙ったんだけどなぁ……思ったより難しいもんだなぁ」


 そう言いながら、懐からまたナイフを取り出し、構える黒いマントの男。


 それを見て、周囲の男達も自分の役目を思い出したかのように、各々の獲物を持ち直して構えた。


 何やら肩を負傷している男も、それほど重症じゃないらしく、油断なくナイフを構えている。


「魔法使いだ。才能色は恐らく青か緑、あり得ねぇほど低い確率だが、もしかしたらその複色かもしれねぇ。注意しろ」


 襲撃者の一人が、周囲の男達に注意を促した。


 ……すごい、合ってる。いや合ってないんだけど、間違ってはいない。


 確かにボクが纏っているこの【風影】は『青1緑1』の複色魔法だ。


 【鑑定】で見た所、この中に魔法使いはいなかった。にも関わらず正確に当ててくるのは、恐らく魔法使いとの戦闘の経験があるんだろう。


 ボクも油断はできない。何しろ戦闘経験という点では圧倒的に負けているし、対人戦等という意味ではほぼゼロだ。村にいた頃に、ちょっとリニーさんと遊びのような模擬戦をやったぐらい。


「おい、気を付けろ! コイツらが、多分クラノを襲った奴らだ!」


「……目的は何なんですか? なぜクラノさんとゲンさんを襲うんですか?」


 答えるとは思えないけど、一応聞いておこう。


「知らないんだよねぇ、僕たち。まあ、何かわかんないけど、ちょっとケガしてしばらく動けなくさせたらいいらしいよ?」


 ……えっ? 黒マントのヒト……ほとんど答えてくれた様な物だけど……知らないとか言いながら。


 もしかしたら、知らないからこそこんなベラベラ話してくれるんだろうか。


 という事は―――


「ていうかさあ、そんな事どうでもよくない、今更? 誰だか知んないけど、コイツは殺していいよね? ね?」


 ちょっと余計な事を考えてしまったが、今はそんな場合じゃない。相手は本気なんだ。


 魔物相手の命のやり取りは何度か経験したけど、人間相手はまた全然違うんだ……というのを今ヒシヒシと感じている。


 5人いようが、魔法使いでもない彼らにはまず負けないとわかっていても、緊張から嫌な汗が滲み出てくる。


「殺したってカネにゃならねぇが、邪魔されて黙ってる程気が長くないんでなぁ……やっちまえ!」


「この人数がいれば、魔法使いは詠唱さえさせなきゃ敵じゃねぇ! すでに発動中だが、この魔法は攻撃魔法じゃねぇはずだ! ナイフの者は投げて次の詠唱のスキを与えるな! 他は一斉に切りかかれ!オオオオッ!」


 ―――覚悟を決めろ。


 やらなければ、やられる!


「はあああああっ!!」


 現在発動中の【風影】の影響力を強化する為に、青と緑の魔力を込める。


 すると、ボクの周囲に漂っていた霧が一気に密度と量を増して広がって行った。


 普通の霧と違い、手で掴めるのではという程に濃密な霧が、相手にまとわりつく。


「うおぉっ!?」


「な、なんだこれは!?」


「くそっ、何も見えねぇぞ!」


 相手がボクを見失っている間に、念のために別の魔法をかけておく。


「【全鎧(フルアーマー)】」


 ゲンさんが加入してくれたおかげで使用可能になった『橙3』の単色魔法で、自身と周囲の味方の防御力をかなり上げてくれる魔法で、ただの投げナイフ程度なら跳ね返してくれる。


 当てずっぽうでも、ボクかゲンさんに万が一ナイフが飛んで来たらシャレにならないからね。


 ちなみに、魔法レベルが上がるごとに、同時発動できる魔法の数が増えていき、今は同時に5つまで発動可能だ。


 そのままボクは彼らの横に回り込み、次の魔法を発動させる。



「【痛火(ペイン)】!!」



『赤1紫1』の複色魔法で、対象に痛みを与える魔法を、かなり魔力を抑えて放った。


「―――ぐっ!!!」


「い、いだいっ!!」


 男たちはいきなり襲って来た原因不明の痛みに、思わず膝をついてもがいている。


 痛みに襲われながらも、ナイフを投げている者もいるが、如何せん濃霧の中で正確に狙いを定められるはずもなく、ボクやゲンさんのいる方角とは見当違いの方に飛んでいく。


「な、なんだ、今詠唱してたか!? それとも……うぐっ……! この霧の効果か!?」


「あ、あははは。なんかちょっと痛いね、これ」


 黒マントの男だけが、一人立ったまま顔が半分笑いながら痛みに耐えているようだ。


 ……あまり効いていないようだ……魔力を落としすぎたかな?


 しかし次の一撃で終わるはずだ。


 4つ目の魔法を発動。



「【麻痺(パラライズ)】!!」



 これは『緑1紫1』の複色魔法で、名前の通り対象を麻痺させる魔法だ。


 しかしこの魔法は、魔物との戦闘で試してみてわかったのだが、通常の状態の敵にかけても、効きがよくない。


 少しダメージを与えるとか、他の状態異常になっているとか、相手に何らかの異常がある場合に、成功確率が劇的に上がる。


 男たちはすでに【痛火】による痛みを感じている状況で、この【麻痺】は恐らくレジスト出来ない。


「な、なん……だ……から……だが……」


「う、うごけ……な……」


 襲撃者達は地面に這いつくばり、身動きが取れなくなった。


 しかし、ただ一人―――


「なになに、みんなどうかしたの?」


【麻痺】のレジストに成功した黒マントの男が、周囲から聞こえる呻き声に、不思議そうに首を傾げた。


 【痛火】が余り効いていなかった影響か……?


「アナタ以外はみんな動けなくなりました。これ以上はムダでしょう。投降を勧めます」


 さすがに一人になってまで襲い掛かって来るとは思えないので、降参するように投げかけるが、


「えー、それはイヤだなぁ……でもどうしよっか」


 男は何やら考え込んでいる。



 ―――と、そこへ。


 ピィィイイイイッ!!!


 けたたましい笛の音が聞こえ、ガチャガチャと金属音が聞こえたかと思うと、数名の衛兵がこちらへやって来るのが見えた。


「おい、衛兵が来たぜ! きっと子爵様が手配してくれたんだ!」


 ゲンさんの声に、黒マントの男が反応する。


「えー? 衛兵も来たの? それはちょっとメンドいよ。パスパス。帰るわ、あとよろしくー」


 そう言うや否や、いきなり走り出して霧の効果範囲から抜け出し、あっと言う間に別の路地に消えていった。


 ちょっと追おうかとも思ったけど、ゲンさんを置いて行くわけにもいかないし、今日の所は諦めよう。


 何だか妙なヤツだったなぁ。



 それからボクとゲンさんは衛兵に事情を説明し、【麻痺】で動けなくなっている内にこの場にいる4人の賊を縛ってもらったのを見届けてから、そのまま子爵さんやみんなの待つスミス商会へと案内してもらった。


お読みいただき、ありがとうございます。


評価、ブックマークなど頂けたら、とても嬉しいです(#^^#)


執筆の励みにもなりますので、よろしければお願いします。

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