第13話 ドクターメイド
「刺されたとはどういう事だ、リョウゲン!? クラノは無事なのか!?」
「わからねぇです! オレぁたまたま商会に用事があって、店の若いもんと話してたら、倉庫にいたクラノが刺されたと大騒ぎになってよ!」
そんな、クラノさんが……!?
「店のもんに医者を呼ばせて、オレぁとにかくこっちに知らせねぇとと思ってよ!」
くそっ、クラノさんに万が一のことがあれば、計画は全て台無しだ! なんとしてでも助けないと!
幸い、最初の会議の時にスミス商会の場所は聞いていて、あまり土地勘のないボクでも迷わず行ける場所だった。
どれぐらいのケガかわからないけど、とにかく行ってみよう!
「旦那様、ボクに行かせてください! 何とかできるかもしれませんから!」
「ナシロ、頼む! クラノを助けてやってくれ!」
よし、子爵さんの許可が出たので、早速向かうぞ!
問題は、どうやって行くか……ただ走って行って間に合わなかった場合を考えると、やはり【風走】で行くしかない。
街中を【風走】で駆け抜けると、騒ぎになる事は間違いないし、ボクの情報が瞬く間に広まってしまうだろう。
どのみち、今回の大規模商業ビルを魔法で建てた段階で、情報が拡散されるのはわかっているし、多少早まるだけとも言える。
何より人の命と情報は引き換えには出来ない。少なくともボクには。
……ただし、多少誤魔化せる様にはしておきたい。
そこまでを一瞬で判断し、魔法を発動する。
「【風影】!!」
『青1緑1』の複合魔法【風影】は自身の周囲に霧を発生させ、幻を作ることができる。
今回は幻までは作らず、ただ濃霧を纏って移動するだけだ。ちなみに術者は霧によって視界が遮られない。
ボクの姿が霧に覆われていく。
「な、なんだ、これは……霧?」
子爵さんやトマスさん、ゲンさんが驚いているが、いちいち説明している時間はない。
「では、行ってきます! 皆さんも後から来てください! 【風走】!!」
そう言い残して、ボクは館から飛び出していく。
子爵さんの館から南に出て、中央通りを挟んだ向かい側の商業エリアに、スミス商会の建物がある。
街の中央にある中央広場を通らなくても行けるので、この街で一番の人混みを抜けなくてもいいのは助かった。
霧を纏った怪しげな塊が、もの凄いスピードで通りを駆け抜けていく様は、案の定、周囲の人たちの度肝を抜いていた。
多くの人はその場に立ち止まって驚いているが、中には叫び声をあげて逃げ出す人達もいる。
そりゃ怖いよね、ゴメンなさい、緊急事態なんで許してください……!
心の中で謝りながら、スピードを緩めることなく移動を続け、目的のスミス商会の裏口の辺りまで着いた所で、魔法を解除した。
―――ドンドンドンドン!!!
裏口の戸を目いっぱい叩く。
「誰か、開けてください! 子爵様の使いの者です! 誰か!」
すると、すぐ傍に人が待機していたのか、すぐに扉を開けて中に入れてくれた。
「子爵様の……? い、医者じゃないんですか!?」
「医者です! クラノさんはどこですか!?」
もう説明も面倒なので医者という事にして、クラノさんの居場所を聞く。
「えっ? い、医者って……キミが……? メイド―――」
「メイドで医者なんです!それより、どこですか!!!」
ここはもう勢いで押し切るしかない! とあえて何も説明せずに案内してもらう。
「こ、こちらです!」
恐らく医者を案内するために待っていた店の人に案内してもらい、クラノさんがいるという倉庫に向かった。
刺されてから一体どれくらいの時間が経っているのか……ゲンさんに話を聞いてから、ここに来るまでは数分しか経っていないけど……頼む、間に合ってくれ!
倉庫に着くと、そこには人垣が出来ていて、従業員さん達がクラノさんを囲むようにして様子を伺っていた。
「お医者様です! 通してください!」
ボクを案内してくれた人が周囲に声を掛けて、場所を開けてくれる。
「おお!……って、女の子?」
「医者……っていうよりメイドじゃないの?」
「オイ、誰だ、あんな子供を連れてきたのは!」
周囲がざわついているが、ボクはお構いなしにクラノさんの元へと急ぐ。
クラノさんは板の上にうつ伏せに寝かされていて、ぐったりとして意識が無い様子だった。
その周囲に、心配そうに見守っている人が数人、クラノさんを何とか死なせないようにと、必死に手当てを施している。
「すいません、ボクは医者です! 後は任せて、少し下がってください!」
ボクはそう叫んで、クラノさんのそばに寄ってしゃがみ込み、ケガの場所や出血の具合などを確かめようとした。
すると意外にも、手当を施していた数人がスッと場所を空けてくれた。
どうやら、この中の一人がそれを指図したようだが、今はそんなことに気を取られている場合ではないので、感謝しつつも黙ってクラノさんの観察を続ける。
「【鑑定】」
ケガの状態を【鑑定】して調べてみる。
どうやら、刺されているのは背中だ。
出血の量を見ると、かなり出血はしているものの、どうやら大事な臓器や血管には達していない様だ。
ボクに場所を空けてくれた人達が応急処置を施したのか、止血の為の布が巻かれている。誰がやってくれたのかわからないが、この的確な処置がなければ出血死していたかもしれない。グッジョブ!
よし、これなら、今ならまだ何とかなるはずだ!
ボクは患部に手を当て、魔法レベル10に達して膨大な量となった魔力を最大に集中させ、魔法を発動する。
「【癒水】!!」
ボクの手を中心に、眩いばかりの青い輝きが周囲に広がる。
「オ、オオオッ……!」
様子を伺っていた人達のざわめきが、さらに大きくなった。
背中の刺し傷がみるみる内に塞がって行く。
「ま、まさか治癒魔法なのか!?」
「あ、あんな小さな子が……!?」
「スゲェ、初めて見たぜ……!」
周囲のざわめきを余所に、ボクはさらに集中して傷を塞ぐために魔力を注ぐ。
そして、傷が完全に塞がった所で、青く輝く魔法の光が消えた。
クラノさんの様子を見ると、呼吸が落ち着き、苦しそうな表情が穏やかになっていた。
「ふうっ。何とか間に合いました……」
多分、もう大丈夫だろう。
「どなたか、クラノさんを部屋に運んで、ゆっくり休ませてあげてくれませんか?」
周囲で見守っていた従業員たちの中から、数人の男性がクラノさんを運んで行ってくれた。
「失礼ですが、ナシロ様とお見受けいたします。私はスミス商会の副会長を務めております、ネイトと申します。この度は、会長を救っていただき、感謝の言葉もございません。誠に、ありがとうございました」
先ほどクラノさんのそばにいた人達の中から、女性が一人進み出て来た。多分、さっきボクに場所を空ける様に指示を出してくれた人だろう。なるほど、副会長さんだったか。
手当の際に付いた血で汚れ、多少乱れている暗めのスーツで身を包み、眼鏡をかけた知的な雰囲気の20代前半くらいの女性だ。デキる女性って感じだ。
「いえ、間に合って良かったです。ところで、ネイトさん……は、ボクの事をご存じなんですか?」
「はい、存じております。会長より、商会の一部の幹部にだけナシロ様の存在は伝えられております……ただご安心ください。情報の取り扱いには最大限の注意を払っております。副会長の私でさえ、お名前と稀代の魔法使いである事以外は存じておりません」
「なるほど、気を遣っていただきありがとうございます。それで―――」
ネイトさんにクラノさんが刺された状況を聞こうとした所で、館から急いで駆けつけた子爵さん達が、慌てた様子で飛び込んできた。
「はぁ、はぁ……ナシロ! クラノは……クラノはどうなった!?」
ここまで全力で駆け付けたのだろう。ただ息は乱れているものの、子爵さんもトマスさんも、まだ少し体力に余裕があるようだ。案外身体を鍛えているのかも。
「領主様、副会長のネイトでございます。ナシロ様の治療のおかげで、クラノ会長は持ち直した模様にございます。今は別室にて休ませております。後はこちらで手配した医者に任せ、意識が戻り次第、皆さまにお知らせいたしますので、我が商会の一室にて、しばしお待ちいただけますでしょうか?」
「そ、そうか……はあっ、助かったか……! ふうー-っ……」
子爵さんが安堵のため息を吐いた。
「それでは旦那様、ナシロ。少し待たせてもらいましょう。案内していただけますか?」
トマスさんに促されて、ボクと子爵さんは倉庫から出て、建物の中に入ろうとした。
「……あれ?」
ボクはふと気になって、周囲を見渡した。
「どうした、ナシロ?」
「いえ……ゲンさんはどうしたのかなと思って……館に残っているんですか?」
「いえ、リョウゲン殿も共に館を出たのですが、さすがに一度館まで走った後という事もあって、途中で私共に先に進むようにとおっしゃられまして……そろそろ到着している頃かと思いますが……」
クラノさんの言葉を聞いて、ネイトさんが近くにいた従業員に、ゲンさんを探して案内するように告げた。見た目通り、有能な女性だなぁ。
「まあ、先に部屋で待っているとしよう。リョウゲンもアレで年だからな、どこかで休んでいるのだろう。ネイト、リョウゲンが到着次第、部屋に案内してくれるか」
「はい、かしこまりました。お任せください」
「…………」
何と言うか、イヤな予感がする。
某宇宙映画の有名な言葉が思い浮かんじゃう感じだ。
念の為……
「【探知】!!」
ゲンさんの位置を確認してみる。
―――いた。
……しかし、様子がおかしい。
ゲンさんの周囲に、人が2、3、4……5人。
それぞれを【鑑定】する。
「―――ッ!!」
マズイ……!!
コイツら、恐らくクラノさんを刺したヤツらだ……!!
クラノさんに続けてゲンさんも襲う気か!!
ボクは再び【風影】と 【風走】を発動し、一瞬でスミス商会の敷地から出て、館から来た道を引き返していった。
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