第12話 真・RC造
エチゴヤ商会への返済期限まで残り28日。
ボクは朝から中庭の訓練場にいた。
実は昨日の夕方に、クラノさんに頼んで、ある材料を運び込んでもらっていた。
ボクはこれまでコンクリート造の建物をたくさん建ててきたけれど、それらは全て鉄筋の代わりに竹筋を使った物だった。
それは鉄筋の材料となる鉄が入手できなかったからだ。
しかし昨日の会議で、クラノさんのスミス商会の倉庫にある鉄を子爵家に提供してもらえる事になり、商会の輸送部門が中庭の倉庫に運んでくれた。
さて。
まずは【土工母】を使って、異形鉄筋と言われる表面に凸凹の突起を設けた鉄筋を作成してみよう。
「【権能蒐集】!!」
魔導書を呼び出し、そこから英技を選択し、詠唱して発動する。
「世界に遍く在りし大地の源よ、我が願いに応えその容を顕せ!【土工母】!!」
倉庫に積み上げられていた鉄塊が一瞬の内に粉末状に変換されながらボクの周囲に移動し、そこから鉄塊に含まれる不純物を分離し、純度を上げた鉄をイメージした通りの形に仕上げる。
出来上がった鉄筋を手に取り、仕上がりを確認する。
……うむ、いい出来だ。
「お、おおおお!! やった!! マジで出来たよ!? 鉄筋が出来たー! バンザーイ!!」
これさえ作成できれば、今回の計画に必要な規模の建物は出来たも同然だが、あと大事なのは建具だ。建具がただの木製窓だと外観が寂しい事になって、どうもインパクトに欠ける。
ボクは今回、元の世界の日本で重要文化財になっていた様な、重厚な外観を持った百貨店を参考にしようと思っている。
その為にはしっかりとした建具が絶対に必要だ。
窓枠に用いる建材であるサッシには、アルミが無いので鉄を使用するとして、玄関ドアはどうしようか……
内装などに用いる木製ドアは【土工母】では作れないから、これはゲンさんに頼んで大工ギルドで手配してもらうしかないんだけど、そう大量には用意できないだろうし……石や鉄のドアは、配置する場所によっては重すぎて使い勝手が悪い。LSDと呼ばれる紙を内部に使った軽い鉄製のドアもあるけど、ボクの魔法では木や紙は操れないからムリだし……
そうなるとやはり、ガラスは必須だ。
窓ガラス、それから玄関ドアもガラス製にしてみよう。これが可能なら、インパクトがもの凄い全面ガラス張りのビルなんていうのもその内に実現できそうだ。
幸いガラスの材料は建築技術の研究に使用する為に集めた物の中に既にあるので、早速試してみよう。
本来ガラスの製造には高熱で材料を溶かす設備が必要だけど、この【土工母】は原子レベルでの結合・分離が可能という事で、溶かすことなく材料を混合させ結合させることが出来る。化学系の知識はそこまで持ってないので原理とかイマイチわからないんだけど。
「【土工母】!!」
二度目なので魔導書の『詠唱代行』の能力を用いて、無詠唱で発動できる。
ガラスの材料がそれぞれ混ざり合い、イメージに従って分離、結合を繰り返し、まるで熱を持って溶け出すようにグニャリとうねり、それをさらに板として成形していく。
やがて反応が収束し、一枚の板ガラスがそこに現れた。
「ほ、ほんとに溶かさなくてもガラスが出来た……英技ってスゴイ……」
完成したガラスを手に取り、しげしげと眺めてから、おもむろに地面に落とす。
―――パリィン!!
土の地面に落ちたので、粉々とまではいかないが、ガラスの一部にヒビが入ったり欠けたりした。
なるほど。普通のガラスだ。
これはこれで普通に使えるとは思うが、この世界の道路や輸送事情を考えると、もっと強いガラスじゃないと、気軽に運搬も出来ないはずだ。
再び【土工母】を発動し、今度はいわゆる強化ガラスを作成してみた。
これも地面に落とすと、今度は割れなかったし、ヒビも入っていない。上から石を落としてみても大丈夫。しかし、ガラスの小口面を金槌で軽く叩くと、粉々に割れた。
これだと運搬中に割れる恐れがかなり減るが、しかしまだ不安は残る。
うー-ん、もう少し何とかならないか……
それから丸一日かけて、何度も試行錯誤を繰り返し、ようやく満足の行く強度を持つガラスが完成した。
これはコンクリートの上に落としても割れない、小口面からの衝撃にも強い、恐ろしい硬度を持つガラスだ。これなら運搬中に割れる事はまずないだろう。
「これは、いいモノが出来たなぁ、我ながら……前の世界でもこういうガラスはなかったと思うから……強化ガラスとは違うし……超硬化ガラスとでも名付けよう!」
昼食を取る事も忘れる程没頭していた為、気づくとすでに空には夕闇が迫っていた。
そう言えば、休憩もなしにこんなに長時間魔法を使い続けられたのは、魔力量が一気に増加したおかげだろう。
「お疲れ様でした、ナシロ。さあ、今日の所はこの辺りにしておいて、夕食にしましょう。すでに使用人の食堂の利用時間は過ぎてしまっていますが、リルルに頼んであなたの食事を部屋に運んでもらっています」
頃合いを見て、中庭に様子を見に来たトマスさんが声を掛けてくれた。
「ありがとうございます、トマスさん。その前に、今日の進捗を子爵様にご報告に上がらないと」
「いえ、その必要はありません。見ると準備は順調のご様子。明日の朝でも遅くはないでしょう。旦那様には私の方から伝えますよ」
確かに、ここまで来るのに二、三日かかるかもしれないと思っていたから、少し余裕があるのは確かだ。ここはお言葉に甘えようかな。
「それでは、そうさせていただきます。今日はこれで失礼します。おやすみなさい、トマスさん」
「お疲れ様でした、ナシロ」
ボクは中庭を後にして、リルルの待つ自室に戻る事にした。
◇◇
「若! 一大事にござる!」
「若! 若はいずこか!」
エチゴヤ商会アトラ支店、支店長室。
「なんだ、うるさいぞ、お前達。それにその口調はやめろと何度も言っているだろう……」
「これは異なことを。我らは東方連邦の出自にてござれば―――」
「ウソ吐くんじゃねぇよ、オレと同じ町の生まれだろうが……はぁ、もういい、このくだりはもうウンザリだ。……で、なんだよ?」
エチゴヤ商会若頭、アトラ支店長アクドイ・エチゴヤの部屋に入って来たのは、彼の右腕(もしくは左腕)として付いているウモンとサモンの二人だ。
彼らの口調は、この国ではあまり見られない物で、これより東にある東方連邦諸国の方言だが、二人が幼い頃に読んだ東方のある書物に魅入られて以来、この様な口調になってしまったらしい。
「ははっ、実は……」
この部屋は支店長専用の部屋で、周囲には誰もいないにもかかわらず、サモンがアクドイの耳の傍まで顔を近づけ、小声でささやくように話す。
「ったく。…………なに?」
始めはこの芝居がかった報告の仕方にあきれ顔のアクドイだったが、その内容は見過ごせない物だったらしく、すぐに真顔になった。
「スミス商会に大工ギルド、だと……?」
「いかがいたしましょうか? 若」
顎に手を当て、何かを考えている様子のアクドイ。
「はっ! まあ、今更何が出来るはずもない。放っておいてもいいが……ちょっと脅しておいてやるかぁ?」
「では……あの者らを?」
「ふふん、いつものようにはした金でもくれてやれ。そうだなぁ……子爵家にはさすがに手は出せねぇからなぁ―――」
夜も更ける中、三人は話し合いを続けていた。
◇◇
エチゴヤ商会への返済期限まで残り25日。
ボクは鉄筋とガラスの製作に成功してからというもの、【土工母】をさらに自在に操る事が出来るように、建築材料を製造しては分解し、を繰り返していた。
今日はいよいよ、本物のRC造の建物、つまり鉄筋コンクリートを構造体とし、さらに鋼製建具にガラスを入れた建物を造作してみる事にした。
要するに、本番で建てるはずの物の縮小版だ。
「【権能蒐集】!!」
いつもの様に、魔導書を出し、イメージ通りの図面を描き、完成すると英技を発動。
「【土工母】!!」
ボクの周囲を様々な材料が複雑に混ざり合いながら回り始め、分離、結合を繰り返しながらイメージ通りの建材として合成し、図面の通りにそれらを配置していく。
全てが完了した後、そこには美しい建物が建っていた。
二階建ての建物の表面には、打ち放しではなく装飾を施し、各室には窓を配置し、それぞれに超硬化ガラスを入れてある。
見た目はまさに、近現代の西洋風洋館そのものだ。
「おおおお!! これは見事な……!!」
「―――素晴らしい」
今日は子爵さんとトマスさんが見学に来ていて、ちょうど良かったのでここまでの進捗状況の報告も兼ねて、この洋館を建てることにしたんだ。
「実際に建てる予定の複合商業ビルも、基本的にはこれの規模を大きくした物だと考えていただければ結構です」
「な、なるほど……確かにこれは……まさかガラス窓すら再現可能とは……しかもこの様に精巧な装飾まで施されて……なんと豪奢な……」
フラフラと建物に近づく子爵さんを見て、トマスさんが質問をする。
「ナシロ。この建物は中に入っても大丈夫なのですか?」
「はい、これはすぐこのまま数十年は利用できるくらいには頑丈に造られています」
「ほう、それはまた、解体するのが勿体ない気がするな。このままここに建てておいてもらおうか? トマスよ」
「それもよろしゅうございますな」
いやいやいや、これくらいなら、これからいくらでも建ててあげられますから! ここにこんな建物があったら場違いにも程があるでしょ!
その後、三人で内部を見て回っていると、慌てた様子の声が聞こえて来た。
「子爵様! ナシロ! いるかぁ!」
この声は、ゲンさんかな?
「どうしたんですか、ゲンさん? そうだ、ちょうど良かった、この建物―――」
「ああん!? な、なんだコリャ、まさかコレが……って、今はそれどころじゃねぇ!」
ボクが外に出て大声で叫んでいた人物を出迎えると、やはりゲンさんがいたので、建物を見てもらおうと思ったが、かなり焦った様子で遮られた。
よく見ると、汗だくで青い顔をしている。
「あの、大丈夫ですか? 何かあったんですか?」
「クラノの奴が……刺されたんだ!」
ボク達の計画を根本から揺るがすような出来事が起こっていた。
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