第8話 借金返済の当て
「なに……? 我が屋敷のメイドを?」
子爵さんの斜め後ろで共に控えているトマスさんが、一瞬身体をピクリと反応させたが、すぐに落ち着かせて平静を取り戻していた。
「なぁに、子爵様の使用人……例えばそこのメイド、それからあと二人ほど、我が商会にて雇い入れさせていただければと思いましてねぇ……何かとご入用なご様子ですし、給金の節約にもなって、一石二鳥のお話でしょう?」
コイツ……部下に跡を付けさせてボク達の身元を確かめて、本当に子爵家の使用人だとわかった上で、まだ諦めずに手に入れようとしてるのか。
しかも、五億もの借金を一年間待つという……確かに破格の条件で、普通であれば断る道理はない。
「なるほど、それは確かにありがたい申し出。当家の事情まで考えてくれるとはかたじけない」
子爵さんは笑みを浮かべて、アクドイの申し出に対して礼を述べる。
その様子を見て、自らの希望が通りそうだと思い、ニヤリと笑みを浮かべるアクドイ。
「しかし……」
子爵さんはサッと笑みを消し、
「気遣いは無用に願おう。当家の使用人は我が家族も同然。そう易々と手放すわけにはいかんのでな」
きっぱりと提案を断った。
「なっ―――!?」
思わぬ回答に驚き、間の抜けた表情を見せるアクドイ。
「なんですとぉ? こちらの提案をお断りになられるのか!? それでは返済期限の延長を致しかねますが、それでよろしいのか!」
まさか断られるとも思っていなかったらしく、顔に青筋を立てている。
「うむ、それで結構。一月後に必ず白金貨500枚返済させていただこう。話は以上かな? ではトマス。アクドイ殿を玄関までお見送りしろ」
「はっ、かしこまりました」
涼しい顔をした子爵さんの毅然とした態度に、アクドイはワナワナと身体を震わせながら捨て台詞を吐く。
「……今日の所は引き上げましょう。しかし、これで終わりとは思わないで頂きたいですな。この借用証書はまだほんの一部。いつまで返済が続けられますかな?」
己の圧倒的に優位な立場を思い出したのか、その態度に余裕を取り戻してきた。
「そうそう、言っておきますが、もう新たな融資先など、このアトラにはありませんぞ? 我が商会でも、これ以上の融資は不可能という事で決まっておりますしな、はーっはっはっは!」
「肝に銘じよう。それでは、ひと月後にお会いしよう」
「……気が変わられましたら、いつでもご連絡を。その時は、メイドをこちらでお引き取り致しましょう」
トマスさんに促されて、アクドイは応接室を出て行った。
「ふぅ、つまらぬ茶番に付き合わせてしまったな、ナシロ」
応接室に残った子爵さんは、ソファに深くもたれて、少し疲れたそぶりを見せた。
「いえ、お気になさらず。しかし、あんなにはっきりと断ってしまってよかったのですか?」
「よい。お前をあの者らにみすみす渡せるわけもない。しかし……」
ふと何かに気付いた様子で、身体を起こしてボクの方に向き直る。
「お前は、あのエチゴヤ商会の者と顔見知りなのか? どうも、お前を知っている様な口ぶりだったが……それともまさか、商会にもすでにお前やリルルの情報が洩れているのか?」
「いえ、漏れているかどうかはボクにはわかりませんが、あのアクドイとは確かに面識があります。以前、街ですれ違ったことがありまして、その時にちょっと……」
「なるほど、そういう事であったか……では、お前の真の価値に気付いているという訳ではないのか……確かに、知っていればあんなにアッサリと引き下がるはずもないか。……まあ、大方お前の美しさに目が眩んだのであろうが……」
あら、こんなイケてるオジサンに“美しい”とか言われるなんて、嬉しいわね―――なんて、思わなくもないような、そうでもないような、複雑な気分だ。
「まあよい。すまんがもう一度、書斎で話をさせてくれ。来客のおかげで中断してしまったからな」
そう言って子爵さんが立上り、書斎に向けて歩き出したので、ボクもメイドらしく後について行く。
もう一度書斎に戻ると、すでにトマスさんが待機していた。テーブルには、お茶の用意も済ませてある。……いつこんな準備したんだろう。そんな時間あったか?
先ほどと同じように座り、話の続きを始めることにした。
「さて。思わぬ邪魔が入ったが、考えようによっては丁度良かったのかもしれん。お前に、今当家が置かれている状況が正確に分かってもらえたのではないかと思う」
「まあ、大体わかったような気がします」
要するに、あと一か月で白金貨500枚の返済が迫っていると、そしてそれは氷山の一角で、まだまだエチゴヤ商会への返済義務があって、それが今後次々と返済期限を迎えていく、という事でしょ?
「ちなみに、ひと月後の500枚の白金貨は、用意できているんでしょうか?」
「むぅ、それはな……」
渋い表情の子爵さん。
―――という事は。
「現在準備できているのが白金貨250枚ほどです。残念ながら、半分ほど足りておりません」
やっぱりかぁ。あとひと月で半分は厳しいなぁ。
「しかし、2か月後には白金貨1万枚ほどの税収が各地から集められることになっておりまして……」
「無論、税収の全てを返済には回せぬが、当座の返済には足りる。ただ、期限には間に合わん」
子爵さんは腕を組み、目を瞑って考え込んでいる。
ひと月ほど待って……はくれないだろうなぁ、あのアクドイの様子じゃなぁ。
ってあれ……? さっき子爵さんは「必ず返す」って豪語してたよな……?
「でも、当てはあるのでしょう? 先ほどは―――」
「あれはな……」
ふんふん、あれは?
「見栄だ」
―――見栄かよっ!
「あのような者にしたり顔で話をされるのでな、つい口から出てしまったのだ」
めちゃめちゃ涼しい顔で自信満々に答えていた様に見えたんだけど!? 貴族って怖えな!?
「オホン、旦那様……お戯れもその辺りで」
「フフッ、済まぬ。ついな」
……あとひと月で破産して一家離散でもしそうな状況なのに、冗談が出るくらい余裕あるんだなぁ。ボクとは人生経験が違うんだろうな。
「実はな、当てはあるのだ。あるというか、出来たというか、な」
おお、それを早く言って欲しいよな! ……ん? 出来た?
「つまりは、お前だ、ナシロ」
―――へ? ボク?
いやあ、ボクには逆立ちしたって白金貨250枚なんて、準備できないよ……? お給金だって毎月銀貨5枚ほどだしねぇ。
まあ、時間さえあれば、ボクの建築技術なんかを利用して、何とか出来るかもしれないけど、それでもさすがにひと月はムリだ。
「ボクに期待をしていただけるのはありがたいんですが―――」
「まあ、待て。ひとまず話を聞いてもらいたい。今日はその為に来てもらったのだからな。ようやく本題に入れるな」
それから子爵さんの“本題”を聞き、ひと月後の返済に間に合うように、これまで準備を進めていた事を聞かせてもらった。
なるほど、確かにこの方法だと実現可能かもしれない。というか今のボクに出来る事はそれしかない。
「どうであろうか? 引き受けてもらえるだろうか?」
子爵さんにはお世話になっているし、中々尊敬できる人だ。出来る事であれば、ボクも協力は惜しまないつもりだ。
それに、自分の都合もある。
子爵家に恩を売る事で色んな恩恵が受けられると思うし、アイナに正式に【加入者】になってもらう為にも、ここは引き受けるのが正解だろう。
「ボクに出来る事であれば、喜んで協力させていただきます、旦那様」
メイドらしく、膝を曲げて足を引いてお辞儀をする。
「おお、そうか! それはありがたい! どうか、この領の為にも、よろしく頼む。また詳しい話は明日にでもさせてもらいたい。……いや、明日は休日にしてもらったのだったか?」
ボクの承諾の返事を聞いて、子爵さんはちょっとテンションが上がったのか、いつもより声も大きくて早口になっている。
「いえ、この様な状況ですので、休みなどとは言っていられません。明日、早速動き始めたいと思います。いくつか準備も必要ですし、手配していただく事もございますので」
「む、確かにそうであるな。では重ね重ね済まぬが、明日朝食を済ませた後、また私の所に来てもらおう。そうだな……応接室にしよう。会ってもらいたい者達がいるのでな」
「ようございましたな、旦那様。ナシロ殿、私からもどうか、どうかよろしくお願いいたします」
「殿はやめてくださいよ、トマスさん。ナシロと呼んでください」
「かしこまりました。ではナシロ、必要な物があれば、何でも私に言ってください。子爵家の家令として、必ず準備してご覧に入れましょう」
トマスさんの頼もしい言葉に礼を言って、今日はお開きという事になった。
「ならばナシロ、私の事も旦那様と呼ぶのはやめぬか? お前にそう呼ばれても何やらこそばゆいからな。バルクと呼べばよい」
それはムリです。
「なんだ、それは残念だな。ハッハッハ!」
……やっぱりいつもよりテンション高いな、子爵さん。少し借金返済の希望が見えて、安堵の気持ちがそうさせているんだろうか。
まあとにかく、ボクもやれるだけはやってみよう!
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