第7話 子爵領の内情②
家令のトマスさんから説明を受けて、アトラの内情がわかってきた。
このアトラハン子爵領の歴史は百年以上前から続いているが、元々が北西の国境付近の辺境に開拓された、領地としては比較的新しい部類に入る。
そんな折、数世代前のアトラハン子爵の代に、領都アトラの大規模な開発が行われたそうだ。
当代の領主は若くして跡を継いだ、とても優秀な人で努力家でもあり、大胆で効果的な政策を次々と打ち出す事で、瞬く間に領内を栄えさせた。
そのおかげで急速に人口が増えて行き、手狭になった領都を大きく改造する必要が出て来た。
そこで、それまでの街の外周部分からさらに街を外側に拡張し、その新しい外周部分に現在の長大な城壁を建造した。
その為に投じた財は莫大な物となり、領内の蓄えのかなりの部分を使い切ってしまったが、若く優秀な領主がいる限り、投じた財を取り戻す事はもちろん、新しい領都を中心とした一大経済圏を構築する事によってさらなる成長が見込めると皆が思っていた。
しかし―――
肝心の領都内部の開発を進める前に、突然の流行り病によって、領主が亡くなってしまった。
領主には子息がいたが、まだ幼く、また父親ほどの才覚は残念ながら持ち合わせておらず、周囲の家臣の助けも得て子爵家の当主の座を継いだものの、前領主のような領地経営を行う事はできなかった。
結果……城壁だけが立派な、中身のまったく伴わないスカスカな領都だけが残されてしまった。
その後、子爵家は借金を重ねながらも、何とかごまかしながらも領地経営を行ってきたが、ある時とうとう破産してしまった。
その非常事態に、ついに王家が仲介者となり、王都でも指折りの宮廷貴族であった今の子爵さんのお祖父さんが、当時のアトラハン子爵の養子として派遣される事になった。
王家からの援助金や、お祖父さんの一族が宮廷貴族として長年蓄えて来た財により、何とか持ち直すことが出来た。
以後、現在の子爵さんの代に至るまで、三代にわたって、地味ながらも堅実に領地を経営してきた。
広大な面積に拡大された領都の開発を少しずつ進め、城壁の内部を充実させていき、今のような賑わいを見せる都市へと成長させてきた。
それは表から見ると大成功のように映るがしかし、ゼロからどころかマイナスからのスタートであった領地経営はムリを重ね、各所にゆがみを発生させていく事になった。
住宅問題、衛生問題、職業問題、食糧問題、そして軍事的な問題などなど……それらを一つ一つ解決するため、各所からの借入金が再びじわじわと増えて行ってしまっていた。これはもうどうしようもない事で、問題を放置する方がもっと悪い結果をもたらすとわかっていたからだ。
それでもこの領都アトラが活気に満ち、市民生活が活発なのは、ひとえに子爵さんのお祖父さん、それからお父さんが有能な人で、民を思う統治者として素晴らしい人達だったからだろう。
「―――とまあ、この様に我が領は、先代の領主様の頃から、様々な領内の権利や土地を担保に、商人達から必要な金子を融通してもらって来たのです」
うー-ん、なるほどなぁ……この状況では、借金が増えてしまうのも仕方がないのかも。
「ただ、旦那様は何も野放図に借り入れを繰り返してきたわけではなく、信頼できる商会や、親しくして頂いていた貴族の方々など、このアトラハン子爵領にかなり有利な契約で融通していただいていたのです。ところが……」
「うむ。ある時、新進の商会を名乗る者が現れてな。あまり聞かぬ名の商会であったのだが、親交のあった貴族の紹介状を持ち、金利も特に高くもなく低くもなく、無難な取引相手に見えたのでな。少額であるが融資を受けることにしたのだ」
トマスさんの話を引き継いで、子爵さんが話を続ける。
「それが、エチゴヤ商会だったのですね」
「まあ、そう言う事だ。今となっては言い訳にしかならないが、特に特徴もない普通の商会だと思ったのだ……この領都に大きな支店を構えるという話もあってな。浅ましい話だが、それによって商会にかかる税収も見込めると考えた」
「いいえ、旦那様は慎重でした。融資を一旦はお断りになろうとされていた所に、私の要らぬ進言によって融資を受けることになったのです……全ては私の失策。今の領地の窮状を招く切っ掛けに……私を処断いただくよう何度も申し上げたのですが……」
へぇ……そんな事があったんだ。
「何度も言わせるな、トマス。確かにお前の進言はあったかもしれんが、決定したのは私だ。お前が責任を取ると言うなら、私の責任はもっと重い。去るべきというならこの私だろう。しかし、この状況で私が逃げ出すわけにはいかぬ。責任を取るなら、この領をまっとうな状態に戻した後で、私と共に去ろうぞ」
「恐れ入りましてございます。このトマス、人生最後のご奉公として、身命を賭してお役目を果たす所存です」
部下の進言を聞く耳を持ち、たとえそれによって失敗したとしても、上司として責任を持つ。……前世で就活していたボクからしたら、なんていい職場なんだ。
「それから商会との取引が少しずつ始まり、資金を借り入れることもあったが、特段の問題もなく、私も数ある商会の一つとしてあまり気にも留めていなかったのだ。ところがそれから2年程経過したころに、おかしなことが起き始めた……」
まず初めに違和感を感じたのは、小さな商会のいくつかが退店、もしくは吸収されていったことだった。
しかしそれ自体は珍しい事ではなく、しばしば起こる事でもあるので、様子を見ようという事になった。ただ、気になるのは店を併合しているのがほとんどある一つの商会が行っているようだという事だった。
そこからは、子爵家が事態を把握した時にはもう手遅れになっていたという程、その商会、エチゴヤ商会の動きは素早かった。恐らくは、2年の間に入念を準備を進め、それが完了したと同時に一気に動き出したという事だろう。
子爵家が様々な商会や他領主の貴族、大富豪などと交わしてきた借用証書をあらゆる手段を使って買い集め、アトラハン子爵家が抱えている借入金のほぼ全てをエチゴヤ商会が握る事になってしまった。
「これが、今の我が領の現状だ。今の所、かの商会が何を狙ってこのような事を仕掛けてきているのかわからぬ。恐らくは、利ざやを見込んでいるとかそう単純な話ではあるまい。こちらも警戒はしているが……はっきり言って今や彼らに首根っこを掴まれている状態だと言ってもいい」
なるほど、大体の状況がわかってきた。
アトラの街の活気具合を見ていると、正直まさかここまで危機的状況にあるとは思いもしなかったなぁ。
「我らも出来る事はやってきたつもりだ。しかし……正直に言って状況は好転していない。そんな時だ。興味深い子供を見つけた、とルークからの報告をトマスが私に上げてきたのだ……」
「はい。初めの報告を聞いた時には、私もとても信じることは出来ませんでしたが……5歳の女の子が、聖獣グリフォンを単独で倒し、さらには見た事もな魔法を使い、村の大規模な開発を信じられないスピードで実現していった、と」
そういえば、ルークさんから「領内の前途有望な子供たちを見つけて保護するのも仕事の内」みたいな話を聞いたような。たまに村に来てのんびりしてるだけかと思ったけどちゃんと仕事してたんだ。
「それから我々は、ルークの話の真贋を確かめる傍ら、陰ながらお前の事を見守っておったのだ、ナシロ。いずれ折を見て、子爵家で保護できるようにな。しかし……」
そう言って子爵さんは立上り、窓の側に立ち、そこから見える街並みを眺めながら、ため息を吐く。
―――コンコン
その時、書斎の扉をノックする音が聞こえて、トマスさんがドアを開けて招き入れた。トマスさんの部下の従僕さんだ。
「お話し中失礼します。旦那様、エチゴヤ商会のアクドイ殿がお話があるとの事で参っておりますが……いかがいたしましょうか?」
「ふむ、そうか……会おう。応接室に通してくれ」
「はっ」
従僕さんが準備を整えるために部屋を出た。
「よろしいので、旦那様?」
「仕方あるまい、無下にするとどんな無理難題を吹っ掛けられるかわからん。……そうだ、ナシロ。丁度いい、お前もメイドとして脇に控えておいてくれ」
ええ……アクドイって言ったら、あの小太りのアイツだろ……? こないだリルルにワザとぶつかってきて、妙な二人組に尾行させてきた……エチゴヤ商会の若旦那というヤツ。
あんまり会いたくないけど……正確に状況を把握する為には仕方ないか。
準備を整えた子爵さんとトマスさんの後について、ボクも応接室に入った。
「これはこれは領主様、本日もご機嫌麗しゅう存じます」
立ち上がって子爵さんにニヤニヤした顏で挨拶をする男。間違いない。アクドイだ。
子爵さんはアクドイの対面のソファに腰かけ、アクドイにも座るように促す。ボクとトマスさんは子爵さんの後ろで控えている。
「これはアクドイ殿、わざわざ館に来られるとは、どのような用向きであろうか?」
チラリと後ろに控えるボクを見て、一瞬驚いた様な表情を見せたが、すぐにニヤリと気分の悪い笑みを浮かべる。
「いえいえ大したお話ではないのですがね。お約束を果たしていただきたくて……へへへ」
「約束と言うと? 先日の借用証書の返済期限はまだひと月後であったはずだが?」
ん? 返済期限……?
「ええ、ええ、私共でまとめさせていただきました証書の内、期限が近づいていた物、合計白金貨500枚とちょっと……返済の目途はいかがなものかと思いましてね?」
白金貨500枚!? ……ええと、前の金銭感覚で言うと……白金貨一枚が100万円だから―――ご、五億円!?
「それは……今準備を進めている所だ。今一度聞くが、期限の延長はしていただけぬのかな? それらの証書を元々交わした取引先との約束では、期限の延長をしてもらえるという話であったのだが?」
「何度も申し上げますが、延長などできませんよ。そんな話、証書を買い取っただけの私達には関係ありませんし、我々もこの証書を買い取る為に莫大な財を投じておりますのでね……こうして少しでも回収していかないと、つぶれてしまいますよ、へっへっへ」
なるほど……話が見えて来たな。
「ただまあ……」
またボクの方をチラリと見る。何やら舌なめずりでもしそうなイヤな表情だ。
「子爵様は大事なお取引相手。こちらも出来ればお力になりたいと常々考えております……それで、これらの証書の期限を一年延長させていただいてもよろしいかと思いましてな。もちろん、その間は無利子で結構」
「……ほう、それは助かる申し出だな。……で、その引き換えに何をしろと?」
「いえいえ、そのようなつもりではないですが、ふぅむ、そうですなぁ……子爵様の使用人……例えばそこのメイドを我が商会にて雇い入れさせてもらうというのはいかがですかな?」
なんと、狙いはボクだった。……しつこいなぁ。
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