第6話 子爵領の内情①
アトラに来てから数ヶ月、ボクとリルルはだいぶ館での生活にも慣れて、ボクはハウスメイド見習いとして、リルルはキッチンメイド見習いとして忙しい毎日を送っていた。
もちろん、ボクたちが忙しいのはメイドの仕事だけでなく、子爵さんの話のお相手や、自らの魔法の訓練なんかがあるからだ。
ボクとリルルの魔法は子爵家にとっても秘匿事項なので、外部に漏れないように、館の敷地内に専用の場所を設けて、そこを自由に使わせてくれるという破格の対応をしてくれている。
それに、ボクにはもう一つ重要なミッションがある。それは今の所、最優先だと言っても過言ではない。
それは―――
「おはようございます、アイナお嬢様。今日からお嬢様のお部屋の掃除を担当させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。」
「……だからアイナって呼ばないでちょうだい、って……はぁ、もういいわ、アイナで。特別にそう呼ぶことを許します」
しまった、名前長いからいつも心の中で呼んでいたままで呼びかけてしまったけど、なんだか結果的に許可をいただいてしまったぞ、ラッキー。
「あまり年下の子に口うるさく言うのは大人げないものね」などと独り言を言っているが、キミも十分子供だから気にしなくていいと思うぞ。
「ありがとうございます、お嬢様。精一杯務めさせていただきますね」
「ところでアナタ、お父様からは『使用人のように仕事を命じるな』って言われているのに、どういう事なの? 私の部屋を掃除するって……」
それは完全にボクの都合だ。
頭上に≪006≫の番号が輝くアイナお嬢様を、どうにかして仲間にしたい。
【加入者】が正式に仲間になる条件は人それぞれで、スグルの場合はお父さんのゴルスさんを助けて、スグルのケガを魔法で治す事だったし、リニーさんは……よくわからないけど、多分暴走した聖獣から助けて、魔導書に関する話をする事、かなあ。
まあとにかく、加入者候補の人とは少なくとも良好な関係を築いていないと、お話にならないとは思っている。
その為に、子爵さんにお願いして、アイナおじょうさ――もう面倒くさいから以後心の中では『アイナ』と呼ぶことにする――アイナに接する機会を増やしてもらったんだ。
子爵さんと家令のトマスさんと話をしている時に、「私だけナシロの話を聞かせてもらって、一方的に得をしているのは気分が良くない。何かやってもらい事などはないか」と尋ねられた時に、「ではもっとお嬢様とお話をしたいです」と答えた所、トマスさんから「それではお嬢様の部屋の掃除をしてもらうという事で、話す機会を増やしてみてはどうか」という提案をしてもらったのだ。
しかしその事を馬鹿正直に話すわけにもいかない。
「世間の目を誤魔化す為にも、使用人らしく仕事はしておいた方がいいだろう、という子爵様のお話で……」
「ふぅん……よくわかりませんけど、お父様がそうおっしゃるならそうなのでしょう。まあ頑張りなさい、ナシロ」
おお、印象の悪い初対面からすると、こうやって普通に言葉をかけてもらえるようになったのは、かなりの進歩だ。
印象悪かったのは主に子爵さんの空気を読まないトークのせいだけど。自分より二つも年下の女の子に、「お前の魔法の先生だ」とか言われても拒否するよね、そりゃあ。
もちろん、魔法の先生なんていう話は全然進んでいない。子爵さんは諦めていないようだけど、それをやるにしても、もう少し打ち解けてナシロという人物の事を知ってもらわないと話にならないと思う。
そういう訳で、「アイナお嬢様と仲良し大作戦!その1・お掃除編」開始だ!
……ボクの気合は空回りし、掃除中に色々話しかけても「ちゃんと掃除しなさい」と言われて終わってしまった。
だが、まだまだこれからだ!
◇◇
「すまぬな、今日は確か休日だったと聞いているが、私も近頃少し立て込んでいてな。今日は聞いてもらいたい話があって、来てもらったのだ」
“アイナと仲良し作戦”を実行中のある日、子爵さんの書斎に呼ばれて向かうと、開口一番、子爵さんが謝罪を口にした。
書斎に置いてある6人掛けのソファテーブルセットに座ると、その正面に子爵さんが座り、家令のトマスさんがその後ろに控えた。
……ボクからしたらかなり上の上司が立っているのに、自分だけフカフカのソファに座っているというのは……なんだか居心地悪いんだけど……仮の立場とはいえ、メイドさんとしての意識が……
「いえ、気にしないでください。子爵様がお呼びだと伝えに来てくれたメイド長が、替わりに明日を休日にしていいと言ってくださいました」
しかしさらにその上の主人に座るように言われた手前、座るしかないし、顔に出さないように気を付けて、涼しい顔をして座る。
「なるほど、それは良かった。では……少し長い話になるが、付き合ってもらおう。トマス」
いつものように傍らに控えるトマスさんに合図を出し、どこからかワゴンで運んできた、たくさんの書類の束をテーブルにドサドサ置いて行く。
「……これは?」
「ウム……これはな……」
珍しい事に、何やら子爵さんの歯切れが悪い。
チラリとトマスさんを覗き見るが、目を閉じて静かに立っていて、こちらに反応するつもりはないらしい。あくまで子爵さんから直接聞けという事だろう。
「これまでお前には、領内の様々な事を話してきたんだが、重要な話をまだしておらんのだ」
確かに、ボクから話をするだけじゃなく、子爵さんやトマスさんからも、領内の人口とか産業とか歴史とか、色々聞いて来たとは思う。
王都から見て北西の国境付近にあるこのアトラハン子爵領は、領地としてはかなり広い面積を持つが、その大部分はスルナ村の北に広がる大森林や、東に広がる巨大な湖など、手つかずの自然が多く残されていて、その面積の割には人が住んでいる街の数が少ない。
しかしそれは弱みであると同時に強みでもあると思う。
豊かな自然は、適切に開発を進める事が出来ればそれは豊かな資源となり、自領だけでなく他領への輸出産業にもなり得るし、その資源を利用した工業製品でも開発できれば、それも自領を潤す力にもなってくれるだろう。
っと、余計な事を考えてしまったが、とりあえず子爵さんの話をちゃんと聞いてみよう。
「実はな、この書類の束は……全て借用書なのだ」
……うん? 借用書―――ってつまりは借金してるって事だよな?
そりゃまあ、元の世界の国や自治体だって、国債や地方債なんかを発行して多額の借金があるし、その借金を使ってインフラ整備や市民サービスを展開してるんだから、この世界でも同じような事があるんだろう。
そう思って、軽い気持ちで、すぐ近くに置かれていた借用書の一つを取り上げて見てみる。
【アトラハン子爵領に対し、無担保で白金貨2枚の貸付を行う。≪中略≫ エチゴヤ商会会長 ガメツイ・エチゴヤ】
ん……? “エチゴヤ”ってどっかで聞いた事ある名前だなぁ……って、こないだの愉快な二人組を送り込んできたあのアクドイの商会か。
先日、ボクらを尾行していた二人組を【鑑定】で見た感じ、かなり感じ悪い商会だったし……またよりによって嫌な所から借金してるなぁ……どれどれ。
テーブルに積まれた借用書を次々に確認していく。
【〇〇商会保有のアトラハン子爵領に対する借用書をエチゴヤ商会が大金貨5枚で買い受けた為、以後は当商会への返済義務が生じる。≪中略≫ エチゴヤ商会会長 ガメツイ・エチゴヤ】
【〇〇地区の土地〇〇を担保として、白金貨10枚の貸し付けを行う。≪中略≫ エチゴヤ商会会長 ガメツイ・エチゴヤ】
―――エチゴヤ商会、エチゴヤ商会、エチゴヤ商会……どれを見ても同じ貸主からの借り入れや、領内の様々な権利を担保に入れた証書ばかりだ。
これアカンヤツや! 〇シ〇マくんで見たよそれ! 完全にカタに嵌められてるでこれ!? 〇ープに沈められる寸前やで!?
ボクは思わずバッと顔を上げて、子爵さんの顏を凝視する。
「はは。この書類の意味するところを瞬時に見抜くか。本当に末恐ろしい6歳児だ……いやもう、お前が子供であるとか、そういう事は私は気にせぬことにした。それゆえ、この書類を見せようと決断したのだ」
いやいやいや、笑いごとじゃないでしょ、子爵さん!!……と突っ込みそうになるが、目を逸らすことなく、ボクの視線を正面から受け止めている子爵さんを見て、どうにも違和感を感じる。
このように落ち着いた、冷静な判断が出来る人が、こんなあからさまな手に無策で引っかかるとは思えない。
それは子爵さんだけではなく、子爵さんの右腕としてこれまで領内経営に力を注いできた家令のトマスさんの能力からしても、どうにも腑に落ちない。この二人がこんな……まさに“首が回らない”状態まで放っておくとはとても思えない。
首が回らないどころか、もう既にエチゴヤ商会に首根っこ掴まれている状況なんじゃないだろうか? そこまで金融に詳しいわけじゃないけど、これはもう詰んでるようにしか見えない。
「……いったいどういう事なのか、教えてもらえますか?」
「無論。その為に今日は来てもらったんだからな。最初にも話したが、長い話だ……トマス、頼む」
「はっ。しかしその前に、お茶をご用意いたしましょう」
そう言って、トマスさんは一度部屋を出て、手伝うと申し出たボクに座っているように言い、自らお茶の用意をしてくれた。
その後、トマスさんもソファに座って話を始め、時折お茶でのどを潤し、このような事態に陥ったあらましを、新参のボクにもわかるように、丁寧に話してくれた。
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