第5話 アトラ散策②
中央広場に着いたボク達は、お昼時という事もあって、まずその辺りの屋台から漂ってくる、食欲をそそられる匂いに釣られて、適当に買い込んで食べ歩きする事にした。
「らっしゃいらっしゃい! ウチの饅頭は肉がたっぷりでウマいよー!!」
「こっちは新鮮な果物たくさんのフルーツサンドだよー!」
景気の良い呼び声があちこちから聞こえてくる。
その中でも、一番気になる匂いをさせていた屋台の前までやってきたが、これは……うん、紛う事なき焼き鳥だ。
「へいらっしゃい! ケコトリスの串焼きだよぉ!」
元の世界の醤油ベースのタレとは違う香りだけど、炭火でじっくり焼いていて、食欲が刺激される。
ケコトリスという鳥の魔物の肉らしいが、この辺りでは一般的な食材で、その大きさから沢山の肉が取れ、また比較的狩りやすい事からも、市民の食卓には欠かせない食材だそうだ。
「おじさん、串焼きを5本ください」
「まいどありぃ! 塩かい?タレかい? そのまま食べてくかい? それとも包むかい?」
「タレで、そのままくれよ、オッチャン!」
む、前世では塩派だったんだけどな……しかしまあ、未知のタレの味も気になる……よし、タレだ!
「お嬢ちゃんたちはどうする?」
「「タレ!!」」
オッチャンから焼きたての串焼きを受け取り、歩きながら早速食べる事にする。
「あっ、コレ……美味しい!」
リルルが一口肉を食べて、その美味さにびっくりしている。
「はふはふ……」
ボクも熱々の串焼きをほおばる。
うん、確かに旨い! 醤油とはちょっと違う、甘辛いタレが肉によく合う。
「グゥゥゥ……」
辺りに漂う香ばしい匂いに、リルルのカバンから情けない声が聞こえてくる。
「わかってるよ、グゥにも後で必ずあげるからちょっと我慢してね」
魔導書を出して、【収納】に串焼きを入れておく。お預けさせるお詫びも込めて、グゥには2本だ。
「何気に初めてみるけどよ、お前の魔法ってスゲェんだなぁ。よくわかんねぇけど」
そう言えば、ヨンディ先輩の前では使った事なかったな。魔導書は見えないが魔法自体は見られるから、【収納】で串焼きを入れる所を見ていたみたいだ。
「ありがとうございます。一応、誰にも言わないという事でお願いします」
「わかってるよ! その辺は、お前達が来る前に子爵様からたっぷり注意されてるんだぜ。リルルのグゥだって、メチャクチャ珍しいんだろ? 絶対に口外するなって、誓約書まで書かされたからなあ」
「うん、そうだよー、グゥはとっても強い聖獣って言う生き物なんだって! でも小さくてカワイイよねー!」
なるほど。さすがに子爵さんは抜かりない。ホント、出来る人だよなぁ。
そうしてその後もいくつか屋台で買った物を食べ歩きながら、三人でおしゃべりに花を咲かせて、広場を回って行った。
◇◇
「むむ。あの者共、呑気に買い食いなどしておるわ」
「ふっふっふ。このサモンとウモンがつけているとも知らず……」
広場にある建物の陰から、ナシロ達の後をつけ、様子を伺う二人組がいた。
さきほどリルルがぶつかった相手の手下で、サモンとウモンという名前だ。二人は暑苦しい顔立ちが似ているし、共に身体が大きく、鍛えられて盛上る筋肉が衣服を押し上げる様は、まるで双子であるかのような勘違いを見る者に起こさせるが、正真正銘赤の他人である。
彼らはアクドイから命じられ、通りでぶつかった娘達の正体を突き止める様に指示を受けているのだ。
自分達は子爵家の使用人であると言い張っていたが、アクドイはそれをそのまま信じるほど素直な性格をしていない。子爵という名前の手前、本当である可能性を考えてあの場は引いたが、すかさず子分に命じて、何者なのか調べさせていた。
あの三人、特にアクドイの目の前に立って睨みつけて来た娘は、もの凄いカネになる匂いがした。この国は人間の奴隷は認められていないが、法をくぐり抜ける方法などいくらでもある。然るべき所に売りに出せば、これまで自分が扱って来たどんな商品よりも高値が付くに違いない。
この辺が、アクドイがモブドンとは違う所で、後者は単に己の性的欲求を満たす為だったのに対し、前者は金銭欲、権力欲を満たす為である。
アクドイ・エチゴヤ。
彼はこの国でも5本の指に入る大商会の跡取り息子で、今はこのアトラ支店の支店長を任されている男だ。
エチゴヤ商会は規模こそ大きいが、アクドイの父ガメツイ・エチゴヤが立ち上げた、町の小さな商店から一代でのし上がってきた新参の商会だ。
他の老舗商会の名前が持っているような、長い時間をかけて民の間に浸透しながら歴史を刻んできた信頼感、安定感に乏しく、厳しい競争に負けないようにかなり強引な手法を取る事でも知られる。
商会はこのベルフガーナ王国の各地に支店を持っていて、その中でもこのアトラ支店に、次期商会長と目されるアクドイが支店長として派遣されているのには理由があるが、それは今後明らかになるだろう。
「ウモン! 娘達が動き出したでござるぞ!」
「むむ! 見失わないように気を付けるでござる!」
楽しそうにはしゃぎながら、広場の散策を楽しむ三人の娘たちの後を追って、二人は動き出した。
◇◇
うー-む。
妙な視線を感じたので念の為【探知】&【鑑定】のコンボをかけてみたが、案の定変なのが引っかかった。
橙1緑1黄1の【探知】は緑1【風香】の上位互換的な魔法で、半径500mの範囲にある、生物・非生物問わず自分で指定したあらゆるモノが探索可能だ。
例えば今回の場合は、『自分や同行者に不自然に視線や害意を向ける者』という指定を魔法発動時に指定するのだ。
……自分で指定しておいてなんだけど、その“不自然に”って誰が判定してるんだろ……まさか魔導……うん、深く考えるのはやめよう。
そして赤1黄1紫1の【鑑定】は、“自分がそこに確かに存在すると認識したモノ”についての様々な情報を丸裸にしてくれる、かなりエゲツナイ魔法だ。
魔導書はそれ自体が【鑑定】の能力をある程度持っているようなものだけど、その効果が及ぶのは今の所『自分がステータスを見たい』と思った人物や魔物だけだ。
しかし【鑑定】は【探知】と同じく、非生物でも鑑定可能だし、それどころか物理的な形があるものではない『情報』すらもその範囲に入る。
ただし、話を聞いただけとか、噂で聞いただけ、みたいな“自分で存在すると確かめていない”情報に対しては無効だ。
……しつこいようだけど、“存在すると確かめた”って誰が判定してるの……? 魔ど……いやそんなはずないよな。
この二つを組み合わせるとどういう事になるかと言うと、
①ヘイ、あるのかどうかわからないけど、なんだか気になるから【探知】するゼ!
↓
②オゥ、その情報【鑑定】するゼッ!!
↓
③気になるアイツが丸裸だゼーーーーッ!!
という事が可能になるのである。我ながら凶悪だと思う。
こうして発動したコンボによって、今ボクたちの後をつけているサモンとウモンという変な二人組の情報を得ることが出来た。
――――――――――
【名前】 サモン
【年齢】 17
【性別】 男
【所属】 エチゴヤ商会アトラ支店
【状態】 良好
【基本レベル】 12/26
【魔法レベル】 2
【魔法色ランク】 黄:2
【習得魔法】 ランク1…【光矢】【光散】
ランク2…【浄化】
【武術流派】 ――
【魔技クラス】 ――
【習得魔闘技】 ――
【特殊能力】 【光と闇の二重奏】
――――――――――
――――――――――
【名前】 ウモン
【年齢】 17
【性別】 男
【所属】 エチゴヤ商会アトラ支店
【状態】 良好
【基本レベル】 12/26
【魔法レベル】 2
【魔法色ランク】 紫:2
【習得魔法】 ランク1…【闇矢】【暗転】
ランク2…【闇槍】
【武術流派】 ――
【魔技クラス】 ――
【習得魔闘技】 ――
【特殊能力】 【光と闇の二重奏】
――――――――――
なかなか面白い人達だなぁ……っていうか17歳には見えないんだけど……どう見ても暑苦しいオッサンなんだけど。
それになんだよ、【光と闇の二重奏】って。もしかしてオリジナル魔法かよ?
ちなみにこれも【鑑定】してみた所、
【光と闇の二重奏】……同じ力量の黄と紫の能力を持つ二人で発動する眩惑魔法。光と闇を駆使することにより、自らの姿が透明状態となり、相手に発見されにくくなる。ただし透明状態維持時間は発動者の魔法レベル等により変化する。
……光〇迷〇かよ!?
さらに【鑑定】を利用して、気になる部分の細かい情報を得ていく。ふーんエチゴヤ商会……ってそういう商会なんだぁ。あまりお近づきになりたくない人達だなぁ。
しかしまあ、こんなふざけた人達に見えても、優秀な能力は持ってるんだねぇ。さすがに国内第5位の商会だなぁ、豊富な人材ををお持ちだ。
「どうしたの、ナシロ? さっきから魔法なんて使って、何かあったの?」
リルルには魔導書が見えているので、ボクが先ほどからゴソゴソやってるのが気になったみたいだ。
「ううん、何でもないよ、ちょっと気になった事があったんだけど、大したことじゃなかったよ」
「なんだよ、そんな言い方すると余計気になるじゃねーか! なあ、リルル!」
そんな話をしながら、広場からつながっている公園に出て、ベンチに座って休憩したり、公園の中の池を眺めたりしていた。
とりあえず今はただ後をつけて来ているだけみたいだから、直接的にこちらを害するつもりはないみたいだな。
適当に移動して撒くか……いや、ボクらが本当に子爵さんの使用人だと知ってもらった方が後々面倒がなさそうか?
そう思い直したボクは追跡者に気を配りながら、初めてのアトラ散策を楽しみ、夕方前には館に戻った。そして邪魔な追跡者二人は、ボクらが館に入るのを見て、大人しく戻って行った。
……ちなみに忘れていたわけじゃないんだけど、アイツらがずーっとこっちを見張ってるおかげで、さすがにグゥには街中で串焼きを上げられなかった。……館に着いた時には激おこだったグゥをなだめるのに苦労したよ。
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