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第48話 アトラハン子爵

「初めて御意を得ます。スルナ村の農民カイロの子、ナシロと申します」


 供回りを連れず、ルークさんと二人だけで村長宅にやってきた子爵様に、こういうのは最初の印象が大事でしょ! とばかりにビシッと挨拶をかましてみた。


「―――は?」


「はぁ……ナシロ君もホントに人が悪いよねぇ……絶対6歳じゃないでしょキミ」


 失礼な。


 正真正銘……とは言えないかもしれないけど6歳の女の子じゃ!



 まあ、ちょっと自分でもやりすぎだとは思う。だって目の前の子爵さんが目を白黒させちゃってるし。


「すいませんね、子爵様。この子はこういう子なんですよ。あまり小さな女の子を相手にするというよりは、大人を相手にしているつもりでおられた方がよろしいかと」


「む……なるほど。確かにとても信じられんような資質を感じさせる子だ。それに私を前にしてもその落ち着き。胆力も素晴らしい。……とすると、この小さな生き物が聖獣グリフォンで、それを頭に乗せている娘がリルルという事だな?」


「は、ははぁ! リルルです! おじいちゃんの孫です!」


 この領を治めている子爵さんを前にして、村長もリルルも滅茶苦茶緊張している。ははーなんて平伏しちゃってるし。“おじいちゃんの孫”て……微妙に誰なのかわからなくて面白いな。


 それにしても、リルルの名前まで知っているんだな。まあ確かに、聖獣の保護者的存在ともなれば、その重要度はボク以上と言ってもいいんじゃないかと思う。


「うむ、そうか。ナシロと同じく、凄まじい才能を持っておるそうだな。我が領の為にも、お主等のような有望な子供がいるというのは、頼もしいものだ。そのまま健やかに育つがいい」


 ――あれ?


 グゥが加入してから加算されたナシロの才能色の話は、本人とスグル以外には話してないんだけど……どこかでバレたのか?


「い、いいえ……! リルルなんてぜんぜんすごくないです! ナシロはもっともっとすごいんです!」


「謙遜することはない。聖獣を御する村人など、私が知る限り見た事も聞いた事もない、歴史的に見ても貴重な能力だ。もう少し誇ってもよいと私は思う」


 ああ、なるほど……そっちの話か! どう説明しようかとちょっと焦っちゃったよ。


「そうそう、これが普通の6歳の子だよ。いや微笑ましいね、誰かさんと違って」


 ルークさんがとても優しげな眼で慌てているリルルを見つめている。


 悪かったね、可愛げが無くて。


「グゥ?」


「ふぅむ……」


 グゥと子爵さんがお互い見つめ合っている。グゥにしてみれば、「コイツは誰だろう?」という感じだと思うけど。


 幼体とは言え、仮にも聖獣グリフォンを前にしても、驚いたり怖がったりせず、落ち着いて何かを考えながら観察している子爵さんも相当肝の座った人だな。そこらの人とは貫禄が違うね。


「お久しぶりにございます。村長のブラスめにございます。我が孫達にお褒めの言葉をかけていただき、誠にありがとうございますじゃ」


「うむ、久しいな、ブラス。このスルナ村をこのように発展させたお主の手腕、見事だ。領主として礼を言う」


「勿体ないお言葉にございますじゃ。子爵様の特別なご配慮のおかげ様を持ちまして、良い村になりましてございます」


「いや……それについては私も反省している。あのような者(モブドン)に代官を任せた事、改めて謝罪する」


 村長さんと子爵さんの会話が続いているが、その様子を見る限り、子爵さんは思っていたよりずっとまともな人だ。立場上もっと偉そうな態度の人かなと思ったけど、ただの村人にも気さくに語り掛ける人のようだ。


 歳はおそらく40代前半だろうか、濃いグレーの髪はオールバックにしていて、少し面長で口髭を蓄えた精悍な紳士で、引き締まった身体つきをしている。いわゆるイケオジだな。



「時にブラスよ。新しく建てたというこの館、誠に変わった建物であるな。ルークより話は聞いておるが、改めて私に説明してくれんか?」


「はっ。ただそれについてはワシではとんと理解できませんので、こちらのナシロからご説明させていただきますじゃ」


 そう言って、全員で家のあちこちを見て回りながら、ボクは子爵様にアレはこう、コレはこう、と説明していった。


 すると意外にも、子爵さんは建築の知識に造詣が深く、質問も的確で、逆にこちらの方が驚いたくらいだ。


 そんなボクの様子を見ていたルークさんが、声に出さないボクの疑問に答えてくれた。


「子爵様はね、数年前まで王都で都市整備の要職に就かれていたんだよ。当時から現場の大工達とよく話しているのを見かけたなあ」


 なるほど、それなら納得だ。


「いやしかし、この技術は王都でも私は見たことがない……数年前に退官したとはいえ、まだそこまで技術的に進歩していないはずだ……これは……お主が発案した技術なのか……?」


「はい、一応そういう事になる……のかもしれない様な……そうでないような……」


「うん……? はっきりせぬ申し様だな?」


「子爵様、ナシロはこの様に曖昧なことを申しておりますが、誰かに教わったものでない事は確かですじゃ。この村にこのような知識を持った者などおりませぬし、外から誰かがやって来て教わったという事もなく、ましてこの村にはそんな書物などありませんのでな」


「そうだよ! ナシロは天才で英雄なんだから!」


 ううぅ~~ん……!


 確かに間違っていない。この村ではそんな高度な建築知識を得られる機会はないし、ここでは誰にも教わってない。


 でもなぁ……これは前の世界で完成された建築技術の知識を大学や、祖父ちゃんにみっちり教わっていたからこんな事が可能なわけで……それをボクがオリジナルで開発したと言われるのはひっじょ~に抵抗がある…………あるがしかし! それ以外に説明のしようがないので、仕方なくそういう事にしている。


 行方不明のお父さんに教えてもらったとかも考えたんだけど、ボクは知っている。ウソにさらなるウソを重ねたって、絶対にロクな事にならない。バレた時のダメージが大きくなるだけだ。やむを得ず吐く場合は最小限に。


「ふむ……これまでナシロが成し遂げてきた出来事を考えれば、今更信じないわけではないが、どうであろう、その建物を建てる魔法を私に見せてもらう事は出来ないだろうか?」


「ええと、今はもう建物を建てる仕事が終わってしまったので……ですが、外でデモンストレーションぐらいなら可能です。それでよろしいでしょうか?」


「もちろん、それで構わない。では早速だが、今から見せてもらおうか」



 子爵さんの要望に応える為、新居を出て、皆で隣にある前の村長さん宅にやってきた。


 ここは今、ボクの新しい研究施設として使わせてもらっている。


 広い庭だった所に魔法で構造物を建てたり壊したりして、どうやれば効率よく建てられるのか研究したり、他にも戦闘用魔法の訓練だったり、とにかく魔法に関する色々な実験を行っている。


 いつでも実験出来るように、材料を置いておく倉庫は自分で建てておいたので問題ない。


「それでは始めますので、少し下がっていてください」


「うむ、よろしく頼む」


 さて。


 デモンストレーションなんだから、竹筋はなしで、ただのコンクリート造の小屋を建ててみよう。



「【権能蒐集(スキルコレクション)】!!」



 まずは魔導書を呼び出し、自由記帳欄にイメージした3m四方程度の小屋の図面をシャカシャカと起こしていく。


土匠(アースマスター)】の魔法を使って建物を建てる際は、ボクの建築技術の知識をイメージの力として用いるのだが、その為にはやはり、“図面がないと建物は建てられない”という意識が長年染み込んでいる都合上、必ず魔導書に一度図面を書いてからでないと、上手く建てられないんだ。


 正確で詳細な図面が、瞬く間に描かれ、完成する。


「……もしかすると、今のは何かの魔法を詠唱したのかな? 私には何も感じられないのだが……ルーク?」


「ええ、子爵様の感覚は正常だと思います。私にも魔法の兆候は感じられません。恐らく、彼女の特殊な魔法かと。用途や効果まではわかりませんが、ナシロ君の非常識なほど多才な能力を発揮できるベースとなる魔法ではないかと思われますね」


 いや、あんな出鱈目な強さのルークさんに“非常識”とか言われたくないよね?


 っていうか、本人のいない所でそういう話はしてくれないかなぁ? どういう反応したらいいのか困っちゃうし。


 まあ、【権能蒐集】は【加入者(メンバーズ)】以外には見えない英技(エイギ)だし、魔法使いは手の内をむやみに明かさないので仕方ないとは思うけど。


 全くひそひそ話すつもりもなくボクの魔法について意見を交わす二人を余所に、グゥを肩に乗せたリルルや村長さんに見守られながら、次の魔法を発動する。



「【土匠(アースマスター)】!!」



 倉庫から材料が混ざり合いながら現れ、そこに青の力で水を加えながらセメントを練り上げ、骨材と混ぜ込みながら図面の通りに形作って行く。


 型枠もないのに垂直に流し込まれて行く生コンクリートが満遍なく行き渡ると、セメントと水の化学反応を促進させ、急激に固まって行く。さらに同時並行して表面をモルタルで成形し、形を整えていく。


 そうして、あっという間にコンクリート造の小屋が出来上がる。


「こ、これは……!!」


「うー-ん、いつ見てもとんでもない魔法だよねぇ……」


 子爵さんとルークさんが話を止め、出来上がった建物を見て驚いているが、リルルや村長さんはもうさすがに見慣れているので、特に反応はない。


「詳しく見せてもらっても構わないかね?」


「どうぞ、あまり強度のない建物ですが、そう簡単に壊れませんので、中も見ていただいて結構です」


 子爵さんが興奮気味に建物を色んな角度から観察している。


 ちょっと時間がかかりそうだし、つまらなさそうにしているリルルやグゥとおしゃべりでもしてよう。



 やがてひと通り満足したのか、リルルやグゥと戯れていたボクの所にやってきた。


「待たせたな、皆の者」


「お気に召しましたでしょうか?」


「うむ、ナシロよ、見事だ。やや無骨な建物であるのは否めないが、それは装飾次第でいくらでも改善は出来そうだ。……よし、決めたぞ。ルーク!」


「……かしこまりました。早速準備を進めます―――ではナシロ君、リルル君、またね」


 子爵さんがルークさんに何かの合図を出すと、ルークさんはいそいそと帰って行った。



 ……なんだ?



「さて。ナシロにリルル。このように素晴らしい才能を見せられては、このバルク・ブル・アトラハン。領主として為すべき事を為さねばならん」


 話が見えないが、ご褒美でも貰えるんだろうか?



「二人を、領都アトラに招待させてもらおう! 今後は我が館にて暮らし、様々な者達と交わり、見分を広め、その稀有な才能にさらなる磨きをかけてもらいたい!」



 ………へっ?


 ボクとリルルが、領都へ……? 子爵さんの館で……暮らす?



お読みいただき、ありがとうございます。


ブックマークなど頂けたら、とても嬉しいです(#^^#)

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