第45話 匠の家
「ナシロ、こっちは出来たよ!」
「ありがとう、リルル! ボクの方も終わった所だよ!」
ボクが魔法で準備した広い敷地に、周囲を取り囲む塀を造作した次の日から、ボクとリルルは二人でまた次の研究を進める為に頑張っていた。
グゥは……気が向いたら手伝ってくれる日もあるけど、近頃リルルのそばを離れて森や山に飛んでいく事があって、聖獣としての何かの役割を果たそうとでもしているのかもしれない。
……ただ単にお腹いっぱいにしてゴロゴロ寝転がっているだけの時間の方が長いんだけどね。
今日は建物の基礎を造っている所で、竹筋を組んではコンクリートで固める事を繰り返していた。
いやぁ、それにしても、いくら魔法を利用しているとは言え、今のボクの魔法では役に立たない作業もたくさんあるし、やっぱり小さな女の子二人では遅々として中々進まないなぁ。
そんな事を考えながら、それでも二人で楽しみながら作業をしていると、塀の向こうからチラチラをこちらを覗き込む人影が見えた。
あれは―――スグル?
よかった……あのまましばらく来なくなっちゃうんじゃないかと思ってたから、少しは元気な姿を見せてくれて安心した。
うーん、ここですぐに声を掛けちゃうと、もしかしたら逃げるかもなぁ……。
しばらく気付かないふりをして作業を続けていると、リルルが重そうに竹を抱えていたりするのを見て、ソワソワしながら手をこちらに伸ばしてみたり、口を開けて何か声を掛けようとしたりしているのが見えた。
うん、なるほど。
ボク達二人だけでやっている作業を手伝おうとしてくれているって事だね? うんうん、スグル君は優しい男の子だもんね。おねーさんは嬉しいぞー!
……ってハッ!?
今ナチュラルに自分の事を“おねーさん”と呼んでしまったぞ!?
…………。
スルーだ。深くは考えまい。今はパスだパス。
そうしてしばらくスグルの様子を伺っていたけど、踏ん切りがつかないのか、中々声を掛けてくる様子がない。
まあ、こういう時に男の子から折れるのは難しいよねぇ、わかるわかる。
……しょうがない、切っ掛けを作ってみよう。
「おおっとぉおお!」
ボクは竹を抱えたまま転びそうになってみた。
「あああっ!!??」
すると目論見通り、スグルが慌てた声を上げながらボクに駆け寄って来てくれた。
そうしてそのまま転んで座ったままのボクの所まで、顔を赤くして頭を掻きながら来て、手を差し出してくれる。
「ほらよ、大丈夫かよ?」
「うん、大丈夫。ありがとう、スグル」
ボクはにっこり笑ってスグルの手を掴んで立ち上がる。
「そ、そうかよ! だ、だったらさっさと手を放せよ……!?」
あらら。顔を真っ赤にして背けてしまったが、ちょっと嬉しそうにしているのがなんとも可愛らしいねぇ。
まあ、これ以上からかう様な真似をすると可哀想だし、本題に戻ろう。
「ところでスグル、もしかして手伝いに来てくれたの?」
「お、おぅ、まあな……。昨日村長さんが家に来てよ。手伝ってやって欲しいって、頼まれたんだ」
へぇ……? 村長さんが……?
「他にも声を掛けてる人がいたみたいだけど……誰も来てないのか?」
「ううん、スグルだけだよ? ね、ナシロ?」
リルルもボクの方に来て、スグルに声を掛ける。
「しょ、しょうがねえな! 誰も来てないんじゃ、オレがやるしかねぇじゃんか! んで、何すりゃいいんだよ!?」
これは頼もしいね。
ホントはこの建築実験を始める前に、スグルに声を掛けようかとも思ったんだけど、ボク達を避けているみたいだったので遠慮してたんだ。
ここに来たってことは、スグルなりに気持ちの折り合いを付けられたんだろうか。またその辺りもそれとなく聞いてみることにしよう。
さて、これでようやく三人そろったし、何だか調子が出て来たね! やっぱりスルナ村子供魔法団は三人そろってないと!
スグルが加わったことで、作業効率が上がり、一週間かかるかと思った基礎の打込みも三日間で完了した。
「それでは、次は柱と壁、それから屋根を造りまーす!」
「「おー!」」
三人で協力しながら、順調に構造部材を造り上げていく。
前世の建築技術の知識を使いながらも、施工については足場は【土壁】で必要な時だけ生成し、【土匠】のおかげで型枠もいらず、養生期間も不要という常識外れの滅茶苦茶な方法だけど、なんとか形になって行く。
途中でププンさんとテムさんが加わり、高所の作業は彼らの力を借りて、作業スピードがさらに早まり―――そして一週間後。
試行錯誤しながら築造した『竹筋コンクリート造の家試作一号』が、ついに完成した。
……いや、完成したと言ってもほぼ構造躯体と間仕切り壁しか造っていないので、建具や内装などを含めたら、本当の意味では完成はしていないんだけど、とにかく造りたかった物が出来上がったのは確かだ。
イメージとしては、塀も家も、全てコンクリート打ちっぱなしの平屋建ての邸宅を想像してみてくれれば近いと思う。
「できあがり? ナシロ、おうちできたの?」
「うん、出来たよ、お疲れ様、リルル!」
ワクワクした声で尋ねるリルルに、頷いて答えると、
「やっ……たぁああああ!!」
「おぉぉっ……!!」
「グゥッ!」
リルルとスグルが大声で歓声を上げ、その周囲をグゥが元気に飛び回っている。
「ププンさんも、テムさんもありがとうございました。おかげでとても助かりました!」
「はっ! お役に立てて光栄であります! それに、このような事など何でもありません! いつでもお呼びください!」
「は、ははは……」
……相変わらず臣下の様な態度で接してくれるので、思わず苦笑いが出てしまうが、二人がいないと完成までもっともっと時間がかかったのは確かなので、素直に感謝しておこう。
えー、さて。
「それでは、今回の匠が造り上げたお宅をご紹介しましょう」
脳内で有名な音楽を鳴らしながら、独り言をつぶやく。
「なんということでしょう。これまでこの村には存在しなかった、RC造の建物にした事により、居住性、安全性が従来のお宅から格段に増し、鉄筋の代わりに竹筋を使用するという、匠のこだわりが光る一軒。そこで暮らす人達は、その快適な生活にきっと驚くことでしょう」
「あぁ……? なにブツブツ言ってんだ?」
訝し気なスグルを余所に、とりあえずみんなで完成した家の中に足を踏み入れる。
「おぉ……これは……!」
子供達は家の造りなんて物にあまり興味はないんだろう。「ふー-ん、なんだかすげーな」くらいの感じだけど、ププンさんとテムさんにはこの建物の良さがわかるのだろう、しきりに感心しながらあちこち眺めている。
「な、なんと……!? このように頑丈で立派な建物がこんな短期間で建てられるなど……とても信じられませぬ……」
「まさにまさに! やはりナシロ様はアトラハン子爵領が誇る、いや我が国を代表する英雄になられるに違いない!」
……いやいやいや。そこまで言われてしまうと逆になんだか申し訳なくなってきちゃうって……
元の世界の知識や技術を使ったズルみたいなもんだし……。
ま、まあ気を取り直して行こう。
一応、村長さん一家が住むなら、というモデルで間取りなどを考え、客間を一つ用意して5LDK+納戸の合計200㎡という、土地が余っている田舎ならではの贅沢な平屋建てだ。
「うわぁ……すっごい広いおうちだね! 代官様のお屋敷みたい!」
「でしょ? リルルも手伝ってくれたおかげで、とってもいい家になったよ!」
中を見学する内に、リルルも家が気に入ったようだ。
「もしここに引っ越すなら、ここがリルルとグゥのお部屋だよ」
今の村長さん宅はせいぜい80㎡っていう所で、当然それぞれの部屋はかなり狭いが、この家になるとそれが大体二倍の広さになる。
「リルルここに住みたい! おじいちゃんにお願いして、ここに住もうよ! ね、グゥもこのお家の方がいいよね!」
「グゥグゥ!」
「そうだね、村長さんにお話ししてみようか」
まあ、その為にはまだ必要な工事がいくつかあるし、家財道具の運び込みなんかも必要だし、すぐにっていう訳にはいかないだろうけど。
早速その日の夕食の時に、村長さんやメディさんに話を切り出してみた。
「ほっほっほ。それじゃあ明日にでも、見に行ってみるかのう」
村長さんもメディさんもにこやかで、住み替えに乗り気のようだ。
「……あの、ボクが言うのもおかしいですけど、ボクみたいな子供が魔法で作った家、心配じゃないですか…その、壊れて倒れたりする……とか?」
「ええ~~? ナシロがつくったお家がこわれるわけないよぉ!」
リルルの言う通り、地震などの災害が来てもそう簡単に壊れる造りにはなっていない自信はある。でも初挑戦で造った建物だし、想定外の事が起こる可能性もないとは言えない。
なので……ここは慎重を期しておきたい。
「一度みんなで見てもらってから、問題がないか、一カ月間だけ様子を見たいんです。それで大丈夫だったら、その時は新しい家に引っ越すことにしませんか?」
「ふぅむ、それもそうじゃの。じゃあ、ナシロの言う通りにしようかの」
準備も必要じゃし、丁度いいぐらいの期間じゃわい!と笑って、村長さんはボクの意見に賛成してくれた。
「それにこちらもその方が話を進めやすいわい……ふぉっふぉふぉ……」
んん……?
気のせいだろうか。今何やら村長さんの目がキラーンと輝いていたような……? それに話って……?
―――ボクが全てを悟ったのは、その次の日の事であった。
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