第42話 グゥ④
ボクの全力の魔力を込めて、手元から射出された数十発の鋭く尖った氷の弾丸が、相手に向けて自分でも捉えきれない程のスピードで飛んで行った。
ダイアウルフ3頭を倒したことにより、基本レベルが5に上がり、ついに一部のランク3魔法の要求レベルが満たされ、解放された。
その中の一つ、『橙1青2』の複色ランク3魔法、【氷弾】。
その名の通り、青く透き通った氷の塊が、まるで弾丸のように射出される魔法だ。
その弾丸の切っ先は鋭く尖り、一つでも食らえば大きなダメージを受けるのは確実だ。
襲い来る【氷弾】を躱そうと、フレイムウルフは慌てて横に飛び退る。
さすがに身軽な魔物だけあって、氷弾のいくつかは躱しているが、ほとんどは躱しきれずにまともに攻撃を受けている。
ズガガガガガガガッ―――!
「ギャォォォオオオオ……!!!」
高密度の魔力が凝縮された、自然界では考えられないくらい恐ろしく硬度の高い氷が、フレイムウルフの赤みがかった固そうな毛皮の守りを突破し、いとも簡単にその身体を貫通している。
たった一撃の氷弾だけでも致命傷を受けたであろう攻撃が、次から次へと敵の身体に着弾し、後から飛んできた氷が、すでに突き刺さっている氷と結びつき、どんどんフレイムウルフの身体が氷漬けにされて行く。
全ての氷弾が降り注いだ後には、聖獣グリフォンを【氷結】で倒した時と同じように、フレイムウルフは氷柱の中に取り込まれ、苦しそうな表情のまま全てが凍り付いていた。
魔導書をチラリと確認してみたが、基本レベルは5のままで、上がってはいない様だ。
まあ、そう簡単にポンポン上がってはくれないか。レベルが上がってくれば、必要経験値が上がって行くのもお馴染みだしね。多分そういうことだろう。
「どうやら、フレイムウルフは倒したようだな……ふうっ、あのレベルの相手を、まったく寄せ付けないとは……」
またリニーさんに褒め殺しにされそうだったので、ボクは慌てて話を変えることにする。
「そ、そんな事より、他のみんなの所に行きましょう!」
「あ、そ、そうだな! よし、急いで助けに向かうぞ!」
ちょっとバツの悪そうな表情で、リニーさんはボクを連れて他の戦場に二人で向かった。
◇◇
スグルは焦っていた。
ナシロから敵が来た話を聞いた時には、戦場に立つ気満々で、自らを奮い立たせて、本当は感じている恐怖を一生懸命押し殺していたのに、大人達の判断で自分は避難させられる側に回ってしまった。
それが、グゥの暴走でなし崩し的に戦闘に参加することになり、一度活を入れた気持ちが冷めた所で、突然熱気渦巻く戦場に戻ることになった。
気持ちの整理がつかないまま、スグルは必死だった。
自分は男だし、リルルや、生まれたばかりのグゥを守ってやらなきゃならない。
ただでさえ初めての戦闘で、経験も少ない小さな子供が、背負う必要のない事まで背負って気負ってしまった。
空回りするのが当たり前だ。
そんな中でも、これまでナシロに色々教わって来た事を必死に思い出しながら、精いっぱい戦っていた。
グゥがかき回し、リルルの目くらまし等でスキを見せた敵に、【火球】を何度かぶつけた。
しかし、致命傷を与えるまでには至らない。
敵の動きが素早い事もあり、こちらの攻撃にも慣れて来たのか、だんだん魔法が当たらなくなってきていた。
それに、当たり前だが、相手もただ攻撃を受けているだけではない。こちらのスキを伺って、攻撃も仕掛けてくる。
ただその攻撃に対しては、村の守備隊の人達が身を挺して、子供達を守っている。
幸いまだ誰も重傷を負うような攻撃は受けていないが、もはや時間の問題だろう。
リルルが【癒水】を使えればまた違っただろうが、ナシロの話では、【基本レベル】という物が上がらない限り、才能色を持っていても使えないと言う。
「クソっ! このままじゃ……! まだ一頭も倒せないのかよっ!」
騎士団のオッサン達は、まだ手こずっているのか? 早くこっちに加勢してくれ!
焦りからそんな余計な事を考え、チラッとそちらに視線を向けてしまった。
そのスキを見逃さず、ダイアウルフが一頭、スグルに向かって飛び掛かって来た。
「しまっ―――!!」
やけに時間がゆっくりに感じる中、鋭い牙をむき出しにしたダイアウルフが、スグルの顔面のすぐそばまで迫り―――
―――ズガァァァアアアン!!
横から飛んできた“何か”がダイアウルフの頭を吹き飛ばし、そのまま身体ごと真横に吹き飛ばされて行った。
吹き飛ばされたダイアウルフは頭を失い、足をピクピクさせて絶命していた。
その光景に、敵も味方も一瞬我を忘れて固まってしまう。
「―――え?」
目の前まで敵に迫られ、死を意識していたスグルが遅れてそれに気付き、倒れて死んでいるダイアウルフに目を向けて呆けている。
「――大丈夫か、スグル!?」
そこへ、リニーが飛び込んで来た。
……
…
実は少し前から、ボクとリニーさんはいつでも飛び込めるように準備しながら、少し離れた場所でリルルとスグル達を見守っていた。
リニーさんはすぐにでも助けに入ろうとしていたが、ちょっとお願いして待ってもらった。
5歳の子供にさせる事じゃないとは思うんだけど、魔物と戦える機会なんてめったにないし、まして子供の自分達が参加できるなんて、さらに貴重なんだよな。
だからなんとかして二人には基本レベルを上げておいてもらいたい。
今後も何があるかわからないしね。
特にリルルは複色魔法を使う為にも重要だ。
そう思って様子を見ていたら、やっぱりというか、3頭のダイアウルフに手こずり、危ない場面になってしまった。
そこで、準備しておいた【氷弾】をスグルに飛び掛かったダイアウルフに向けてぶっ放した。
すると、魔導書がパラパラと捲れていき、【加入者一覧】の二人の基本レベルがそれぞれ上がった。
「よっし……!!」
直接リルルやスグルが魔物を倒したわけじゃないが、戦闘に参加しているという事で経験を得たという事だろうか。この辺りも検証が必要だなぁ。
ボクに助けられたスグルは何か言いたげにこちらを見ているが、スマンな、今はゆっくり話を聞いてられる場合じゃないから、後で文句でも聞いてやるから、今はリニーさんに大人しく守られていてくれ。
ザッと周囲を確認しても、重傷を負った守備隊員はいないようなので、とりあえずスルーして、リルルの元に急ぐ。
「グゥ!! まって……こら、まちなさー--い!」
グゥはまだ幼体とは言え、あの聖獣グリフォンの幼体だ。
まだまだ基本レベルも1だし、使える魔法も少ないし、威力もあまり出てないようだが、それでも【ランクG】のダイアウルフなんかに負けはしない……のだが、てんでバラバラに攻撃したんじゃ、まともに魔法も当てられてないし、魔物を蹴散らすだけで、倒すまでに至らない。
ダイアウルフはそんなグゥの散発的な攻撃をかわし、体勢を立て直してリルルや守備隊員に襲い掛かる。
今もまた、サッと距離を取った相手に対し、グゥがまた単身で突っ込んでいったのを、リルルが留めようと声を上げていた。
そこにボクが駆け付け、リルルを落ち着かせるように声を掛ける。
「リルル、お待たせ。後はボクに任せてくれるかな?」
「ナシロ! うん、ありがと! グゥをお願い!」
リルルは全面的にボクを信頼してくれているので、こういう時に余計な事は言わず、任せてくれる。
その期待に応えるためにも、ダイアウルフを追いかけ回しているグゥの手助けをしようかな。
「【風走】!!」
ドンッ―――!!
ボクは魔法の力を得て飛び出し、グゥに追い付いたところで逆向きの緑の魔力を発動させて急ブレーキ。
「グゥ!?」
突然目の前に現れたボクに驚いていたが、相手がボクだとわかると、グルルと喉を鳴らして頭をボクの顏に擦り付けてくる。
戦闘中で興奮してたかと思うと、こういうしぐさをする辺り、ホント子供だなぁ。ボクも見た目は子供なんだけど。
「わかったわかった、また後で遊んでやるからな。それよりいいか、グゥ。今からアイツの動きを止めるから、全力の一撃をお見舞いしてやるんだよ!」
「グウゥッ!!!」
こちらをかく乱するように、素早い身のこなしで跳び回っているダイアウルフに向けて、覚えたての魔法を発動する。
「橙の力に紫の闇よ混じり、我が敵を縛る鎖となれ!【縛鎖】!!」
これは【橙2 紫1】のランク3複色魔法だ。
【氷弾】と同じく、基本レベルが5に上がったことによって解放された魔法。
その名の通り、対象をその場に留まらせて、動きを止める魔法だ。
ダイアウルフのように、動きが素早く、攻撃を上げるのが難しい敵にうってつけの魔法だ。
高ランクの魔物には効かないかもしれないが、ダイアウルフ程度ならたぶん大丈夫だろう。
ボクが手をかざした先の地面から、黒が混じった橙の魔力が溢れ出し、その場にいたダイアウルフを捉え、地面に縫い付けるように動きを止めた。
「今だっ! グゥ!」
今か今かと、自らの魔力を高めながら待っていたグゥが、全身を赤に発光させて吼える。
「グゥゥゥッ!!!」
パカッと口を開け、自分の身体より大きなサイズの炎の球が生まれ、身動きが取れない敵に向かって射出された。
「ギャォォォオオオオ……!!」
スグルの【火球】より数段威力のある炎に包まれ、ダイアウルフはそのまま絶命した。
魔導書を確認したが、グゥの基本レベルはまだ1のままだ。
うーん……? 聖獣というだけあって、普通よりレベルが上がりにくいのかもなぁ。
よし、これで残る敵は3頭……あっと、2頭はもうププンさんとテムさんが倒したみたいだ。
自分達がダメージを追わず、余裕を持ちながら時間をかけて倒している。さすが騎士団の騎士さんだなぁ。
という事はあと1頭だな。
仲間がみんなやられた事を悟った最後の敵が、怯えたような素振りでバッと身を翻し、一目散に逃げだした。
―――逃がすかよ!
「赤き炎を纏いし橙の弾よ、我が敵を射抜け!【炎弾】!!」
【赤2 橙1】の複色ランク3魔法、【炎弾】は文字通り、炎を纏った土の弾丸を敵に射出する魔法だ。
どちらかと言うと、弾丸の物理的威力よりは炎のダメージを与える方がメインの魔法で、【火球】などよりさらに遠距離に、比べ物にならないスピードで相手を攻撃できる、さすがにランク3なだけはある、見た目も派手な魔法だ。
全速力で逃げているダイアウルフにあっという間に追いつき、その体を撃ち抜いた。
着弾した所から炎の柱が吹き出し、そのまま全身が炎に包まれ、どうっとその場に倒れた。
よし、これで襲ってきた魔物は全て倒したな。
【風香】で周囲にまだ魔物がいないか確認し、ひとまず近くにはいないようだという事で、柵の中に戻ってきた所で、冒頭の騒ぎだ。
ププンさんとテムさんの二人は、ダイアウルフ2頭を相手しながら、ボクの戦いの様子を観察していたようだ。
副団長であるルークさんの命令でボク達の護衛を任され、どうやら重要人物らしいという事は感じていたものの、“なぜ”という部分を知りたいという誘惑に勝てず、詮索無用という命令違反スレスレな行動に出た。
その結果、目の前の子供が見せた、見たこともない様な圧倒的な魔力と多彩な魔法により、あっという間に魔物の群れを制圧してしまった。
それらを目撃する内に興奮してしまって、後先考えずに口走ってしまっただけだろうが、ボクに仕えるとか言い出してしまった。
「ナシロ様! 何とぞ! このププンめを手下にお加えいただきたい!」
「私もお頼み申します!」
「いやいやいやいや!! ちょ、ちょっと待ってください! お二人はこのアトラハン領の、栄誉ある騎士団の騎士さんでしょ!? 大事なお仕事はどうするんですか! ……それに、そんな事ルークさんが許さないでしょ!?」
ボクの必死の説得に、興奮も収まったのか、渋々ながら、手下になるのは諦めてくれたようだ。
「ふむぅ……確かにまだナシロ様は5歳であらせられる。成長をお待ちしましょう。しかし成長なされた暁には、一番に部下として駆けつけますぞ!」
……全然諦めてなかった。
――それと、『様』はやめてね、お願いだから。
その後も、大騒ぎするボク達の周囲をよそに、村長さんや駆けつけたサイ隊長を筆頭に、後始末が進められていき、完成間近だった村の柵も、無事完成した。
お読みいただきありがとうございます。
私事ですが、最愛の母を亡くしました。
憔悴し、どん底の精神状態のため、完成していたこの42話でしばらくの休載とさせていただきます。
気力、体力が戻り次第再開させていただきたいと思いますので、もし更新を追いかけてくださっている方がいらっしゃいましたら、またよろしくお願い致します。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
またお会いできる日を楽しみにしております。




