第40話 グゥ②
グゥが騒ぎ出した事で、何かが起きているような気がしたので、慌てて準備を整えて家を出て、全員で村の西に向かった。
出来れば急ぎたいところだが、今日は大所帯だし、村長さんに「護衛がいるので」と言って説得した手前、ププンさん達を置いて【風走】で先行するわけにもいかない。
リルルがやはり遅れ気味で少々焦れながらも、出来る限り急いだ。
村の西のエリア、この辺りは先日のグリフォン襲撃で破壊された家などが多く、立て直して新しくなった家が多い。
そんな中を急ぎ足で進むと、修復中の柵が見えてきた。
柵の周辺には、修復工事を行っている作業員達の姿が見えるが、特段変わった様子はない。談笑している人の姿も確認できる。
あら……別に何も起こっていない……? グゥに一杯食わされた!?
――って、グゥは別に何も言ってない。意味ありげに唸ったり吠えただけだ。
こないだあんなことがあったし、ちょっと過剰に反応しちゃったかな。
まあ、まだわからないし、とりあえず、この辺りを調べてみよう。
「これは村長! お早いお越しですな! ご覧の通り、もう少しで完成って所ですな!」
「おお、ドモンよ、ご苦労じゃな。すまんが、ちと邪魔するぞい」
この工事の責任者、現代でいう所の現場監督さんが、このドモンという大工の親方さんだ。
「おっ、ナシロ嬢ちゃん、また来たなぁ? つくづく変わったお嬢ちゃんだぜ!」
実はこの工事が始まってから、ちょくちょく見学に来ていたんだよね。
だって、この世界の大工仕事が見られるんだよ!?
大工の孫としては見逃せないっしょ!?
「こんにちは、ドモンさん。またお邪魔しますね」
まあ、この柵は基本的に丸太を組んだだけの簡単な構造なので、大工さんの匠の仕事みたいなのは見られなかったんだけど、久しぶりにこういう現場にいると、なんていうか、落ち着くんだよなぁ……。
……ちょと祖父ちゃんの事を思い出しちゃって、泣けてきたけど、でもまあ、楽しかった。
そんな感じでボク達が立ち話をしている間にも、ププンさん達は周囲を警戒し、何か異常がないか探ってくれている。
さすがにルークさんが寄こしただけあって、優秀な騎士さん達だなぁ。
肝心のグゥはと言うと、騒ぎ疲れたのか、座り込んだリルルの膝の上で、スヤスヤと眠ってしまっている。……オイ。
スグルは、何やら興奮した様子で、周囲に異変がないか、目をギラギラさせて見渡している。何というか、やる気満々だ。
しょうがない。ボクもちゃんと働くとしよう。
「【権能蒐集】」
小声で魔導書を出し、
「【風香】」
続いて魔法発動したところで、声を掛けられた。
「ナシロ! どうした、こんな所で魔導書など出して? 何かあったのか?」
「あれ? リニーさん! こちらに来てたんですか?」
「ああ、今日はここの警備でな」
当たり前だけど、村を守る為の柵が完成するまでの間、守備隊が警戒に当たっていたので、リニーさんもよくこの現場に来ていた。
「そうでしたか。実は―――」
あっ!!
これは……【風香】に反応が……!
「ごめんね、リニーさん。話はまた後で。森から魔物だと思われる何かが来ます。それもかなりの数です」
「なにっ!?」
まだ少し距離があるが、森から確実にこちらに近づいてきている。
あまり時間はないが、今のうちに、こちらの体勢を整えよう。
ププンさん、テムさんも呼んで、リニーさんと四人で方針を決める。
「まずリニーさん以外の守備隊の人達に、村長さんと作業員さん達を避難させてもらいます。ププンさんとテムさんはリルルとスグルを守りながら、可能なら魔物を倒す。リニーさんは、ボクを守りながら一緒に戦う。……どうでしょうか?」
呼んでないのにすぐそばに来て話を聞いていたスグルが、「やってやるぜ!」と興奮しだした。
「待て、それは危険だ。リルルとスグルも、作業員達と一緒に逃がすべきだ。というか本当ならお前も逃がしたいぐらいなんだぞ」
う~~~ん……!
そろそろリルルには基本レベルを上げてもらいたかったけど、この状況じゃあ、確かに危険だな。
ボクの初めての戦闘のように、ワイルドボア一頭だけとかならどうとでもなるけど、どんな魔物が相手かもわからないし、どうやら十体近くいるようだし……まあ、そんなに焦らなくてもいずれ上がるよな。
「リニーさんの言う通りですね。ではそうしましょう。ププンさん、テムさんは守備隊と共に柵を守りながら、魔物を倒してください」
スグルは抵抗していたが、大人三人に諭されてしまっては従うしかない。項垂れるように、避難するようにと言うリニーさんの言葉に頷いていた。
そして、三人はそれぞれの役割を果たすべく、動き出した。
さすがに場慣れしている。頼もしい限りだ。
まずこの場にいる全員に、魔物と思われる何かが接近している事を伝え、村長さんやリニーさん、それに不満顔のスグルも含めた、戦闘に参加しない人達を避難させた。
それからボク達は柵に設けられた両開きの扉から、柵の外に出て、魔物の接近を待ち受ける事にした。
少しすると、作業員達を避難差させていた守備隊員が戻って来たが、何やら揉めている。
何事かとそちらの方を見ると――扉からグゥが飛び出し、続いてリルルとスグルも柵の外に出て来た。
え? ナニやってんだぁ……!?
見ると、リルルが必死にグゥを引き留めようとしているが、グゥが言う事を聞かないような感じだ。
「う、うわぁあっ!! 魔物の子供だっ!!」
周囲の守備隊員達が、パニックに陥っている。
あぁ……グゥの事をみんなに説明してなかったから、魔物が襲ってきたと思ったらしい。
リルルとスグルが必死に周囲に説明しているが、騒ぎはなかなか落ち着かないようだ。
「な、なんだ、アレは……!?」
当然リニーさんも驚くよなぁ。
「あれは聖獣の卵から孵ったグリフォンの幼体です! 危険はないのでとりあえず魔物に集中しましょう!」
周囲に説明しながら、リルルとスグルに戻るように伝えようとして―――
先ほどまで森の中をウロウロしながらこちらに近づいてきていた魔物が、突然真っすぐこちらに向かって高速で移動を始めたのを【風香】で察知した。
「―――っ!!?? は、速い!?」
この音、スピード……相手は大型ではないが、そうとう身軽な獣……例えば狼のような……
くっ、今からではもうリルル達を戻すのは間に合わない。仕方ない、方針変更!
「ププンさん、テムさん!! やはり最初の通り、お二人にはリルルとスグルを守ってもらえますか!? 二人には、決して無理しないように、可能なら逃げるように伝えてください! 二人をお願いします!」
ボクの様子に何かを感じたのだろう、反対することはせず、二人ともリルルとスグルの方へ走ってくれた。
「リニーさん、魔物が来ますっ! よろしくです!」
「承知ッ!! いつでも来い!」
リニーさん、それから守備隊の面々が体勢を整え、魔物を待ち受ける。
そして、魔物の群れが現れた。
「ガルルルルゥゥゥ……!!」
「グルルルルゥゥゥウウウ!!」
あれは―――やはりオオカミ?
デカい狼のような魔物が、次々と森から飛び出してくる。
魔導書に情報が更新されたのでさっそく確認する。
――――――――――
【種族名】 ダイアウルフ
【ランク】 G
【状態】 良好
【基本レベル】 1/7
【魔法レベル】 ――
【魔法色ランク】 ――
【属性】 ――
【習得魔法】 ――
【特殊能力】 ――
【備考】
大陸各地の山や森に生息する魔物。
しなやかな体躯から繰り出される鋭い爪や牙による攻撃に注意が必要。
赤属性攻撃に比較的弱い。
――――――――――
―――やっぱり狼系の魔物か!
それがイチ、ニィ、サン……全部で八頭!!
しかし、ランクGという事はグレイトボアと同じランクで、魔法も特殊能力もない、オーソドックスな物理攻撃のみのようだ。
これなら、今のボクならそう苦労は―――
「ウルルルルルル……」
ひと際大きな唸り声を上げながら、ダイアウルフよりも一回り大きな狼が、群れの奥からのそりと姿を現した。
――――――――――
【種族名】 フレイムウルフ
【ランク】 D
【状態】 良好
【基本レベル】 6/14
【魔法レベル】 1
【魔法色ランク】 赤:1
【属性】 赤
【習得魔法】 【火球】
【特殊能力】 炎耐性
【備考】
ダイアウルフの変異型。
群れの中でまれに生まれる。
青属性攻撃に弱い。
――――――――――
……どうやら、コイツは群れのボスのようだ。
赤の魔法がつかえるようだが、レベルは1だし、使えるのも【火球】だけだったら、そこまで脅威じゃなさそうだ。ただ……
もし聖獣グリフォンのように、詠唱に替わるひと吠えだけで魔法が発動できるのだとしたら、ちょっと厄介だな。
こちらはボクとリニーさんを先頭に、後ろにププンさん、テムさん、そしてそのさらに後方に塀を背にして守備隊、それからリルルとグゥ、スグルが陣取っている。
ダイアウルフは右に左に行ったり来たりして、こちらのスキを伺っている。
フレイムウルフは、ダイアウルフの後ろでこちらを睥睨しながら、いつでも動き出せるような体勢で構えている。
「ダイアウルフの群れ……それにフレイムウルフまで……ウソだろ?」
「ワイルドボア程度ならともかく、ダイアウルフの群れなんて、村が滅んでもおかしくねぇ……」
何人かの守備隊員が、大量の魔物を見て怯え、無意識に後ずさっている。
その様子を見て、リニーさんが鋭く声を上げる。
「怯むな! こちらには村の救世主、英雄ナシロがいる! 聖獣を制した彼女がいれば、ダイアウルフなど物の数ではない!」
え、えええっ!?
味方を鼓舞する声を掛けるのはわかるけど、英雄にされちゃったんですけどぉ!?
「そ、そうだ、そのとおりだ……!」「ナシロについて行くぞ!」
方々でそんな声が聞こえてくる。
「すまんな、ナシロ。悪いが利用させてもらったぞ」
ま、まあそれでみんなが力を発揮できるなら構わないんだけど、ちょっと恥ずかしい。
さあ、こちらの準備はOKだ! いつでも来いっ!
「グルルウゥゥルルル……ガルッ!!」
こちらの様子を伺っていたダイアウルフ達が、一斉にこちら目がけて走り出し、自慢の牙を剥いて飛び掛かって来た。
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