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第33話 村長さんの覚悟

「お、お前は、自分が何を言っているかわかっておるのか……?」


 モブドンにとって、自分の命は他の全てに優先されるものであって、その次に己の財産である。


 それは自分以外の人間もみな同じで、だから命や財産を他の何かと天秤にかけると、相手は何でも言う事を聞くと思っている。


 その自分の理屈が通じない相手というのは、到底理解ができない。


 今までの人生で、彼はそのような者を相手にしたことがなかった。


「もちろんですじゃ。このように枯れた老人の命でよろしければ、サクッとお取りになるがよろしかろうて」


 それ故に、自分の命を平気で差し出そうとする村長を前にして、モブドンは驚きを通り越して、少し恐怖を感じていた。


「そ、そんな思ってもいない嘘では、ワシは誤魔化されんぞ!? さ、さあ、諦めて娘二人をワシによこさぬか!」


 怖がるどころか、自分が死ぬと言うのに笑みさえ浮かべる村長を見て、モブドンは無意識に数歩後ずさりながら、上ずった怒鳴り声で自らを鼓舞するように、要求を突きつける。


 しかし村長は一歩も引かず、娘達は渡さないとばかりに、全てを覚悟した笑みを浮かべ、モブドンを見据えている。


「おじいちゃん……? なんのお話してるの……?」


 リルルはこの状況を正確に理解している訳ではないが、何か恐ろしい事が起ころうとしている事だけは感じ取っていて、声が震えている。


「村長さん……ダメです、そんな……」


 ナシロは村長の覚悟を理解しながらも、止めなければと思っているが、しかしこの場をどう収めればいいのか思いつかず、ただ思いとどまってもらうように声を掛けるだけだ。



 もし、この場に村長とモブドンの二人しかいなければ。



 村長の鬼気迫る覚悟に押され、モブドンは折れてある程度妥協したかもしれない。


 村長の命は取らず、娘も諦め、別の要求に変えていたかもしれない。


 だが。


 ここにはモブドンの悪行に力を貸す見返りに、甘い汁を吸ってきた者達がいる。


 彼らはその仕事柄、日常的に暴力に慣れ、他人の死にもある程度慣れている者達。


 死を覚悟した人間というのも、目にしたことがあるのだろう。


 村長の覚悟に驚きはしたものの、気圧される程のプレッシャーは感じていない。


「はん……! じいさんよぉ、そりゃ悪手だぜ。アンタが命賭けたって、ほとんど意味なんてねぇよ」


 最近は酒に溺れ、ろくに冒険者としての活動をしていないゲスクだが、それなりに経験は積んでいる。


 今のモブドンは村長の気迫に押されて、視野が狭くなってしまっているが、状況を冷静に考えることができる者にとっては、村長の圧倒的な不利に変化はないと理解する事は容易い。


「ヒヒヒッ……! ええ、ええ、まったくもってその通りですねぇ」


 モブドンが居を構えているリルザの町で、領軍の駐屯部隊の中で最大派閥を持つ騎士団の団長であるクズモにとっては、村長が見せている揺るぎない態度も、所詮は取るに足らない老人の戯言にしか見えない。


「まあ、この場はそれで収まるかもしれませんねぇ……しかし、あなた。死んだ後の事はどうするつもりですか? ヒッヒヒ!」


「そ、それはどういう意味じゃ……!?」


「ですから、あなたが死んだ後、誰がこの子らを守るんでしょうか!? ヒヒヒッ! またすぐに村で事件が起きたりなんかしたらあなた、そんな村にいたら危険ですから、やっぱりモブドン様がその子らを保護してあげませんとねぇ!! ヒッヒヒヒ……!!」


 ゲスクとクズモの言葉や余裕な態度を見て、勢いを取り戻したモブドン。


「そ、そうじゃ……! お前など、賭ける命に意味などないわ!! 大人しくワシに従っておればよいのだ!!」



 …


 ……


 村長さんの命を賭けた交渉も、不発に終わった。


 モブドン自身は押し切れそうだったけど、荒事に慣れている取り巻きには通じなかったようだ。


 いくら孫娘を助ける為とは言え、そのまま見過ごす事はできなかったから、思わず口を挟んでしまったけれど、村長さんの思惑通りには進まなかったか……命を賭けて守ろうとしてくれて、感謝の気持ちで一杯だけれど、そうならずにとりあえずは良かった。


 ボクが恩返しする前に、さらに一生返せない借りを作るところだった。


 村長さんが尚食い下がっているが、自分の優位を確信したモブドンには、その一切が届かないようだ。


「なにとぞ! どうかお頼み申しますじゃ! ワシの命でどうか!」


「わっかんねえジジイだな。命かけたって意味ねえって言ってんのによ?」


 ここぞとばかりにこちらをからかうゲスクにモブドン。


「お前の命なんぞもらっても、ちぃっとも嬉しくないわい! むしろそんな子汚い死体など、邪魔なだけじゃぁ!! ぐふふふ……!」


 野郎……!


 反射的に、緑の力で風を巻き起こして吹っ飛ばしてやろうかと思ったが、拳を握り締めてガマンする。


 昨日は二人してあっという間に追い払われたのに、もう覚えてないらしいな……便利な頭脳だな、全然うらやましくないけど。



 ……しかし、まずいな。


 村長さんの策には乗れないけれど、このままでは、全てモブドンの思い通りに事が進んでしまう。


 もちろん、リルルやボクがあんなヤツのモノになったりは絶対にさせないけれど。


 その為には村に迷惑をかける覚悟を決めなきゃいけない。


 問題は、どう進めれば一番こちらのダメージが少ないかだな。


 ここでモブドン一派を排除することは多分可能だろう。


 この部屋には、こちらを侮っているのか、向こうは5人しかいない。


 あぁ、いや、モブドンは戦力には数えないので実質4人。


 ゲスクにクズモ、それと騎士団の騎士が二人ほど、部屋の出入り口に控えているが、不意を打てば……。


 向こうの最大戦力であろうクズモとゲスクを無力化し、村長とリルルを守りながら後ろの騎士を倒す。



 普通なら相手の能力も知らずに、そんな無謀な事は出来ないけど、ボクには魔導書がある。


 ゲスクとは昨日すでに一度やり合っているし、それ以外の3人の情報も魔導書に掲載されていて、既にあちらさんの戦力は丸裸、出血大サービス状態だ。


 どこかのアラサー女子さんの「サービスサービスゥ♪」という声まで聞こえてきそうだ。


 この4人相手なら、手持ちの魔法を駆使して魔法レベル差で押し切れば、今のボクでもなんとかできそうだ。



 そういう訳で、この場を乗り切るだけなら、そう難しくない。


 しかし本当にそれをやってしまうと、きっと話はそこでは終わらないだろう。


 屋敷の外には騎士団の他の面々が待機しているだろうから、まずそれを相手にしなければならない。


 それを運よく逃げ切るか、倒せたとしても、だ。


 その騒動の連絡を受けた子爵領の領軍や役人なんかが、確実に乗り込んでくるはずだ。


 そこで調査されたら、例え自衛のためにやった事だとしても、ここにいる村長さんやリルルも巻き込み、最悪の場合は全員捕らえられて、裁きを受けることになるかもしれない。


 代官がこんなのだし、もっと上の方の人が道理のわかる人物かもしれないなんて、希望的観測はできない以上、そうなる可能性の方が高いと思っておかないと。


 ……となると、ボクに取れる選択肢は限られてくる。


 村長さんとリルル、それに村に迷惑を掛けずに、単独でやる。


 いや、もちろん殺しはしないけれど。


 この世界では甘いと言われるかもしれないが、ボクはまだ前の世界の倫理観を捨てきれないし、単純に、人の命は奪いたくない。


 命は奪わずに排除する方法はすぐには思いつかないが、何とかするしかない。


 とにかく、どっちにしてもその為には一旦モブドンに従い、モブドンの町の屋敷だかに連れて行かれてから、隙を伺うしかない。


 どうにかして、村とは関係なしに、ボク一人でやった事だと判断してもらえる状況を作る。


 村に累が及ばないようには出来そうな気がするが、一緒に連れて行かれるリルルまで無関係だと思ってもらえるだろうか。


 モブドンがいなくなっても、ボクはともかくリルルが村に戻れなければ意味がない。


「ぐふふふ……! いい加減に諦めてお前は帰れ! もちろん、その娘らと卵は置いてなぁ!! ぐふふふふ……!」


 ―――どうする!?


 もう余り迷っている時間はない!


 とりあえず今は、村長さんに家に戻ってもらうのが一番だろう。


 何とか説得して―――



 その時。



 ボクの傍で俯いていたリルルがパっと顔を上げて、モブドンを睨みつけた。


「おまえなんか……おまえなんか……っ!!!」


 そう言って卵を片手で卵を抱えたまま、前に躍り出た。


そして身体の前に手を突き出し、モブドンに向かって掌を広げた。



 リ、リルルさん……?



 すると、ボクの傍らに魔導書が出現し――



 ヒィィィイイイイイン―――



 な、なんだ……!?


 魔導書から澄み渡った鈴のような音が鳴り響き、リルルの腕から手にかけて、眩いばかりの青い輝きが現れる。



 あれは……まさか……!?



 そして、リルルの掌の先にどこからともなく水が集まり、やがてバスケットボール大の水の塊へと成長する。



 げっ……!?



 それはおかしいって!



 そうやって水が集まったり、土が集まってくるのは、()()()()()()時だ……!


 それではまるで……



 まるでボクの()()()()()でしょう!?



 ボクやリルル以外には魔導書の音や光は見えないが、リルルに宿った青い光や水の塊は、加入者(メンバーズ)以外にも見える。


 ボク以外の全員がリルルの様子に驚き固まっていたが、流石に騎士団を率いるクズモ、それに冒険者であるゲスクがいち早く我に返って、それぞれ行動に出る。



 ゲスクは護衛対象であるモブドンを守る位置に。



 クズモは、想定外の危険度が高まった対象に対して、攻撃を仕掛ける体制に。



「赤き炎よ猛き力となり―――」


「紫精に宿る闇の力よ!―――」


 二人がそれぞれ詠唱を始める。




 あぁ……もう、こうなったらもう止められない。


 覚悟を決めて、村長さんとリルルを守り、この場にいる敵を無力化するしかない。


 その後の事は、とりあえず後回しだ。



 ボクは両手を差し出し、両の掌に魔力を集める。


 実はこの数日の内に試したことがあって、それは二つの魔法を同時に放てるか、という事だ。


 結果として、それは無理だったんだけど、連続ですばやく放つ事は出来るようになった。


 なぜ無理だったかというと、単純に、詠唱は省略できても、魔法名は言葉にしないと、魔法が発動できなかったからだ。


 でも、両手に異なる色の魔力を集めることは出来たので、一つ目を放って、すぐに二つ目を放つ事は出来るんだ。


 そういう訳でここは、ゲスクとクズモの魔法に対抗する魔法を、連続で放つ準備をする。


 ちなみにボクが一番遅れてるんだけど、8もある魔法レベルのおかげで、魔法レベル1の単色魔法に対抗するだけなら、ほとんど魔力を集める時間が必要無く、詠唱も必要ない為ほとんどノータイムで発動できる分、充分間に合うという訳だ。



 四者が四様に相手に向かって魔法を放とうとした瞬間。


 部屋のドアが勢いよく開き、大きく鋭い声が響いた。



「――両者そこまで!!!」



 そう言って、男が素早く両者の間に割り込んできた。



 どこか見覚えがある。



 あれ、確かあの人……?



 それは数日前に出会い、祠に案内してあげた、旅人のオジ……ルークさんだった。


お読みいただき、ありがとうございます。


ブックマークなど頂けたら、とても嬉しいです(#^^#)

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