第32話 連行
向かって来る兵士に対して、リルルの傍に立っていたリニーさんが、ボクとリルルを守るような位置に立ち、庇ってくれている。
すると、パァ……と輝きながら魔導書が現れ、パラパラとめくれていく。
この緊張した場面で、突然現れた魔導書に、一瞬ギクッとして周囲の反応を伺ったが、大丈夫、ボクとリルル以外には見えていないようだ。
いい加減慣れないとなあ。
初対面の人物と出会った際には、「人物一覧」に情報が更新されるんだから、いちいち驚いていては精神衛生上よくない。
「人物一覧」に新たに出現した部隊の面々のステータスをザッと確認する。
……ダメだ。
さすがに正規兵。
部隊長のクズモの他、三人ほどの兵士が単色レベル1の魔法使いだ。
ちなみにクズモのステータスはこんな感じ。
――――――――――
【名前】 クズモ
【年齢】 28
【性別】 男
【所属】 アトラハン子爵領軍 リルザ方面駐屯部隊長
【状態】 良好
【基本レベル】 19/22
【魔法レベル】 1
【魔法色ランク】 紫:1
【習得魔法】 【闇矢】【暗転】
【武術流派】 ――
【魔技クラス】 ――
【習得魔闘技】 ――
――――――――――
他の兵士達も、赤・橙・青の才能色持ちが揃っている。
しかし、複色持ちや、武術や魔闘技を習得している者はいないようだ……やっぱりこの辺はかなりレアな存在みたいだなあ。
複色の魔法レベル8の自分が、一人で好きに暴れるならまだ可能性はあるが、村長やリルル、それに周囲の人達を巻き込まずに無力化するのは、今のボクにはムリだろう。
――どうする!?
「乱暴はやめてくだされ。こうなっては仕方がない。リルル、ナシロ。ワシと一緒に屋敷に来ておくれ。なあに、心配はいらん、ワシに任せておきなさい」
ボクやリニーさんが何か行動を起こす前に、村長さんがそう言った。
領軍に言っているようで、実のところボクとリニーさんに「動くな」と伝えたかったんだろうな……。
「ヒヒッ……そうそう、大人しく来た方が身のため、村の為ですよぉ」
勝ち誇ったように笑うクズモにイラッと来るけど、今は大人しく従うしかない。
ボクとリルルを連れて、詰所を出ようとした時。
「さて、サイよ。わかっておるの?……後は頼む」
「―――!! わ、わかりやした……任せてくだせぇ」
……ん?
今ちょっと……サイ隊長の反応が……おかしかったような?
「さあ、リルルにナシロ。それでは行くとしようかの」
少し引っかかるものを覚えながらも、ボクたち三人は兵士達に連れられて、モブドンの屋敷に向かった。
◇◇
守備隊の詰所を出て、村長さんの後をついて歩くボクとリルルの雰囲気は暗く、村長さんもリルルも、言葉少なに進んでいる。
ちなみに聖獣の卵はリルルが抱えたままだ。
とりあえず詰所に置いて行こうと村長さんが言ったが、リルルは頑として首を縦に振らなかった。
それに、クズモ隊長が、卵もそのまま持ってくるようにと言っていた。
自宅に寄って置いて来る事もクズモが許さなかった為、諦めてそのまま持って行くしかないか、ということになった。
「二人とも、心配せんでええぞ。ワシがなんとかするからの」
先ほどのサイ隊長とのやりとりにも違和感を感じたけど、村長さんの様子がちょっとおかしい気がする。
うーん……なんていうか、本当ならもっと不安そうに見えてもおかしくない状況だけど、妙に吹っ切れたような、そんな様子が見て取れる。
「はい、ありがとうございます、村長さん」
ここで村長さんを追及しても答えてくれない気がしたので、当たり障りのない返事をする。
「そうだよ、おじいちゃんに任せておけば大丈夫だよ!」
リルルは周囲を列の前後を固める兵士達に少し怯えながらも、気丈に振舞っている。
「それに、ナシロもいるし! あんな人達なんかに負けないよね!」
オーケー、任せろ!
でもちょっと小さい声で話そうか! 兵士達にめっちゃ睨まれてるからな!
リルルはもちろん、いざとなったら村長さんも守ってみせるぜ!……ってカッコよく行きたい所だけど、単純な戦闘力の問題じゃないんだよなぁ。
見境なしに暴れて、結局村や村長さんに迷惑をかけてしまったら本末転倒だ。
昨日のモブドンやゲスクの時もいきなりで、逃げきれずに戦うことになってしまったが、とりあえず昨日みたいに暴れるのは自重しよう……。
「ふぉっふぉ、そうじゃのう、そうじゃのう」
村長さんは楽し気に、リルルと話しながら歩いている。
村の南口にある守備隊の詰所から、少し東の郊外に建っているモブドンの屋敷に着くと、早速応接間に通された。
「モブドン様、ご命令通り、村長と小娘を連れてまいりました……ヒッヒ」
「うむ、ご苦労であった、クズモよ。さすがワシが見込んだ男であるのう!ワハハハ!」
待ち受けていたモブドンは相変わらず偉そうにふんぞり返っていて、村長を一瞥し、ボクやリルルを気持ちの悪い目で見据えている。
「お呼びとの事で、参上いたしましたですじゃ。何用でございましょう? ご存じの通り、今朝の襲撃のせいで村は大変な状況でございましての……」
「ふん、決まっておる。此度の魔物の襲撃、その責任を村長であるお前に取らせる為よ」
な……!!
コイツは一体何を言い出してるんだ!?
「……それは、一体いかなる理由によるものか、お聞かせいただけんかのう?」
村長さんも、モブドンの言葉に驚いた様子だったが、冷静に話を聞こうとしている。
「そんなもの、お前にわざわざ話す必要はない、と言いたいところだがまあいいだろう。おいっ」
「はっ……!!」
モブドンが呼びかけると、部隊長のクズモが一歩前に出る。
「我らの調べによると、今回の事件については、代官であるモブドン様を狙って、村の者が魔物の襲撃を計画したという事が判明しております……ヒヒッ! なんと恐ろしい事を考えるのでしょう……!」
「な……なんですと!? そ、そんなバカな事があるわけがないわい!!!」
さすがに村長さんも冷静でいられなくなり、ボクが今まで見たことがないほど取り乱している。
「モブドン様はこの通りご無事であるが、護衛の一人がその魔物に殺されています。ヒヒッ! それに、そこの娘が大事そうに抱えている卵! それは襲ってきた魔物の卵だという! ヒッヒヒ……村の者が魔物をけしかけた明白な証拠でしょう! このような証拠がある以上、村の責任は免れないでしょうね、ヒヒヒヒッ!!」
チッ、この為に卵も持ってくるように言っていたのか!
「そういう事だ。子爵様より代官を拝命したこのワシを狙うとは、本来であれば村長は死罪。さらには連帯責任で村の者にも相応の罰が与えられる所だぞ」
これ以上ないというしたり顔で、村に責任を問おうとするモブドン。
滅茶苦茶だ。
絵に描いたような悪代官ぶりに、怒りというより唖然としてしまった。
大体どこが明白な証拠なんだ!
魔物が誰にどうやってけしかけられたかもわかってないし、ただ生まれ変わった卵を保護しているだけじゃないか!
「しかしモブドン様は寛大なお方。そこまでは望まぬと仰せだ。感謝するがいい……ヒヒッ」
こちらの怒りや動揺を引き出し、じっくりと眺めた上で、クズモが気味の悪い、見え透いた猫なで声で語り掛ける。
チラリとモブドンとクズモが視線を交わし、モブドンが頷く。
「まずは村の責任として、今年の税の2割を慰謝料としてモブドン様に支払い、それから村長の命を助ける替わりに、そこの娘二人をモブドン様の館で侍女として召し抱える事にする! ヒヒッ」
昨日は税の2割かボク達を渡すか、どちらかを迫ってきたが、今はその両方を差し出せと言う。
「それから、どうやらめずら――イヤ危険な物を手に入れた様じゃのう。そんな物が村にあっては安心できぬであろう? その娘が抱えている卵もワシが引き取ってやろう!」
どこまで欲深いんだ……証拠はないし、方法もわからないけど、聖獣をけしかけたのも、タイミングからしてモブドンじゃないだろうか。
もしそうなら、モブドン本人か配下が、あんなに強い魔物を操れるとしたら、相当な脅威ということになるけれど、グリフォンの状態が【暴走】となっていたし、それはないと思いたい。
「……ひとつ、お伺いしたいのじゃが」
「なんじゃ、村長。言っておくが、これ以上譲歩することはできんぞ? ぐっふふふ」
なんだろう、村長さんの表情が……どうにも……スッキリしたような表情だ。
どうも嫌な予感がする。
まさか……!?
「ワシの命を助けていただく替わりに、孫娘達を召し出すという事でよろしいかな?」
「そうじゃ、そう申しておる。最も、お主が命を差し出すと言うなら話は別だがなぁ! ぐっはははは――」
「では、そのようにお願いしますじゃ」
「ふふん、ようやくその気になったか。初めから大人しく―――」
「ですから、ワシの命を助けんでええから、孫娘達には手出し無用に願いますじゃ」
「―――は?」
やっぱり……村長さんは自分を犠牲に、リルルとボクを助けようとしているんだ。
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