第30話 村の救世主
これは、卵です。
―This is an egg.
その卵には、番号があります。
―There is a number on the egg.
そして、その卵は少女が守っています。
―And a girl protects it.
一体何が起こっているのでしょうか?
―What is going on here?
わかりません。
―No idea.
ハッ……!!
……いかん、あまりに驚きすぎて、つい中学校で習う英語の構文みたいになってしまった。
はぁ……それにしても、いくら何でも、これは予想外だ。
自分が5歳の少女に転生している時点で、もう何が起こっても驚かないと思っていたけど、いや、普通に驚きましたよ。
ジャージャーーーン!!
衝撃!! なんとタマゴが【加入者】だった!?
あ、いや、タマゴというか、そこから生まれる者って事だろうけど……。
そうかぁ……仲間だからと言って、人間とは限らないってことかぁ……正直言って盲点だった。
……っていうかコレは何の卵ですか?
―Anyway, what animal――ってそれはもういい。
必死に卵を守るリルル、困り果てた村長、そしてそれを微笑んで見守る奥さん。
三者の様子をキョロキョロ見渡すしかできないボクを見かねて、村長さんが説明をしてくれた。
「これはの……聖獣様のタマゴじゃ」
ああ……。
……やっぱりそうなの?
なんでかわからないけど何となくそんなような気がしていたんだよなぁ……みんなもそうだろ?
「それって、ボクが倒した聖獣グリフォンの事ですか?」
わかりきっているが、念のため一応聞いてみる。
「そうじゃ。どれ、ナシロが気を失った後の事を話してやろうかの」
リルルはまたタマゴを抱え込んで後ろを向いてしまったので、とりあえず村長さんの話を聞くことにする。
村長さんの話によると、やはりあの後ボクを家まで連れて帰ってくれたのはリニーさんらしい。
その時にリニーさんに、一部始終を説明してもらったそうだ。
村の守備隊が夜警に当たっていると、明るくなる少し前に西の森で異変を察知し、魔物の遠吠えや、木がなぎ倒される音が聞こえてきたかと思うと、森から突如として聖獣が現れ、警戒に当たっていた守備隊を蹴散らし、村に向かって突き進んできた。
この時点で守備隊は全員が配置についていたと言うから、この村の守備隊って優秀だなぁ……
幸いな事にと言うか、全然幸いじゃないけど、襲って来たのはグリフォン一頭で、他の魔物はいなかった。
それで守備隊の中で唯一魔法が使えるリニーさんを中心に、荒れ狂う聖獣の注意をうまく分散させながら持ちこたえて、その間に村長を始め、村を取り仕切る者達が対応する為の時間を稼ごうとした。
しかし救援を手配したり、村民の避難を完了する間もなく、守備隊が崩壊しかけていた所に、ボクが突然現れたわけだ。
聖獣を引き連れて村の外に出て行ってので、その間に体勢を立て直し、村民の避難を急ごうとした。
その頃村長さんは代官のモブドンに掛け合って、屋敷を避難所として提供してもらうようにお願いしていたが、取り付く島もなく断られ、街からの救援が届くまでの避難計画を、歩きながら練り直していたそうだ。
そうして村の中央広場に着いた所で、グリフォンに襲われた村の西側の地区に住んでいた人達が、既に大勢避難して来ていたのが見えた。
その人達や、村の顔役の者達と状況の確認をしたり、救援が到着するまでの対応を話し合っていた所、守備に当たっていた守備隊の伝令が到着し、聖獣がナシロに倒された事、気を失ってしまった事などを聞いたそうだ。
第一報ではその場にいた皆は信じられず、警戒を解いていなかったが、続々と守備隊の面々が引き上げて来るのを見て、そしてリニーに抱き抱えられたナシロの姿を見て、どうやら本当らしいと悟ったそうだ。
唖然としている村長の前に、大きな卵を抱えた守備隊長のサイが来て、聖獣様の卵だと言って押し付けられた。
確かに村長以外にそんな大事な問題を引き取る者がいないし、ひとまずはナシロを家に連れ帰って休ませなければならないし、卵とナシロを家に運んでもらった。
そこで卵を一目見たリルルが急に騒ぎ出し、卵は自分が守る、そして育てると言い出したらしい。
その後は、村長の懸命の説得にもまったく耳を貸さないリルルに手を焼いていた……とそこに今ボクが起きてきたところだった、と。
「―――と、そういうわけじゃ」
「はぁ……」
予想外の展開で、間の抜けた声しか出てこない。
村長も困り果てているのか、覇気がない。
「ま、まあひとまずは卵の事はよい。ナシロよ、先ほども聞いたが、本当に身体は大事ないかの? どこか痛かったり、調子の悪いところはないか?」
「あ、はい。大丈夫です。どこも痛くありません」
「うむ、そうかそうか……リルルよ、今すぐ取り上げたりせんから、ナシロを落ち着いて座らせてやろう。よいからこっちに座りなさい」
村長さんにそう言われて、リルルはしぶしぶこちらに来て、みんなでテーブルに座って話をした。
ひとまずは卵のことは置いておこう。
また後でじっくり調べるしかない。
みんなで話していると、村長さんがボクの活躍をこれでもかと褒めてくれて、それを聞いている内に興奮してきたリルルが抱えていた卵を落としそうになったり、聖獣の卵という問題はあれど、無事に村を守れた安堵もあって、明るい雰囲気で話が弾んだ。
その後、ボクが目を覚ますのを待っていてくれたというみんなと一緒に昼食を取り、少し休憩してから、今回の騒ぎによって生まれた問題を対処するべく、村長とボク、それから卵を抱えたリルルの三人で、守備隊の詰所に出かける事にした。
◇◇
詰所に到着すると、守備隊の人達が忙しそうに出入りしていて、後始末が大変なんだなぁ……なんて他人事の様に思ってしまった。
中に入ると、喧騒はさらに大きくなったが、リニーさんがボクの姿を認めて、大声で呼びかけた。
「ナシロ!!!」
すると、それを聞いた隊員たちが一斉に話を止めてボクの方に振り返り、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った。
……めっちゃ気まずいんだけど……。
「身体はどうだ、異常はないか!? 痛いところとか、おかしいところはないか!?」
村長さんと同じことを訊いてる。
とても心配してくれているのが表情からも感じられて、嬉しいね。
「はい、大丈夫です。リニーさん、家まで運んでくれてありがとうございました」
「何を言う、お礼は私が、いやこの村の全員がお前に言うべきことだ!」
ボクがお礼を述べると、食い気味でリニーさんが感謝を伝えてくれた。
押し黙っていた隊員の人達も、そうだそうだと、リニーさんに賛同している。
「私の命を救ってくれて、そして村を救ってくれてありがとう、ナシロ」
深々と頭を下げたリニーさんを前にして、ボクは反応に困ってしまった。
すると、一番奥の席に座っていた隊長のサイさんがこちらに来て、
「おいおい、リニーよぉ。お前だけ先に礼をするんじゃねぇよ」
苦笑気味でリニーさんの隣に立つと、肩をポンと叩いて身を起こさせた。
「まぁなんだ。ナシロ、おめぇはホントにすげぇヤツだよ。リニーも言ってたが、この村の全員の命を救ったと言ってもいいぐれぇだ。守備隊の隊長として礼を言うぜ。ありがとうよ」
そう言うと、隊長さんも頭を下げ、周りの隊員も口々に礼を言って頭を下げた。
……さっきより気まずくなってきたんだけど……。
助けを求めるように村長さんを見ても、ふぉっふぉっふぉと笑っているだけだし、リルルは自分が褒められているかのように鼻高々だ。
ダメだこりゃ、自分で何とかするしかないか。
「あの、みなさん……どうか頭を上げてください。ボクはただ……自分に出来る事をしようと思っただけです」
「あのよぉ……聖獣様に立ち向かっていった時も思ったけどよ……おめぇホントに5歳の子供かよ……? あ、いや……」
サイさんはバツが悪そうにポリポリと顔を掻くと、
「村の救世主に余計な詮索はいらねぇやな! わりぃわりぃ! まあとにかくよ、みんなおめぇさんに感謝してるってこった!」
「そういう事だ。それにしてもナシロ、私が魔法を教えてからわずかに間に、もう私では到底及ばぬ魔法使いになるとはな……」
魔法の師匠であるリニーさんにそう褒められて嬉しいけど、もうこの辺にしておいてくれないかな……。
「ところで、村長さんよ。お孫さんが抱えてるのは例の……?」
サイさんがナイスなタイミングで話題を変えてくれて助かった……けど、そっちはそっちで頭の痛い問題が残ってたんだよな……。
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