第28話 門前払い
ナシロがグリフォンの攻撃から間一髪リニーを守ったちょうどその頃。
村長は暴れる聖獣から村人を避難させるべく、ちょうど村に滞在している代官の屋敷に向かっていた。
「たのもう! どなたか!」
屋敷の扉を必死にドンドンと叩いて、まだ寝静まっているであろう屋敷の人間に気付いてもらえるように叫んだ。
しばらく扉を叩き続けていたが、誰も応対に出てこない。
確かに屋敷の中には人の気配があるし、すでに起きだしているような物音も聞こえているのに。
それでもしつこく呼びかけ続けていると、
「うるせーな! 一体何の用だ!」
やっと出てきたのは、昨日モブドンと一緒にナシロにたたき出された護衛の冒険者ゲスクだった。
「緊急事態じゃ! モブドン様に至急目通り願いたい!」
「ああん? こんな早朝に何言ってんだ。ムリムリ、とっとと帰りやがれ」
にべも無く断られるが、事態が事態なだけに、はいそうですかと諦めるわけにはいかない。
「こんな早朝にお伺いも立てずに申し訳ないが、どうか、村人の命をお助けくだされ……!」
「わけわかんねぇ事わめいても、取り次ぐわけには行かねぇなぁ? だいたい―――」
「いったい何の騒ぎじゃ、無礼者め」
村長が玄関で騒ぎ立てたせいか、寝室から出てきたモブドンが直々に応対に出てきた。
「これは、モブドン様!」
モブドンの性格を知り尽くしている村長にしてみれば、少々引っかかる行動だったが、今はそんな事を気にしている余裕はない。
「お願いでございます! 森の聖獣様が、どうした訳か村を襲っておりまする! このままでは村人に大きな被害が出てしまいますじゃ! どうか、どうか一先ずこの屋敷に村人達を避難させていただきたい!!」
村長が『聖獣』という言葉を発した際、モブドンの表情に訝しむ様な様子が現れ、ゲスクに至ってはハッキリと動揺を見せていたが、床に頭を擦り付けるように懇願している村長は気づかない。
「なんじゃと~? 聖獣じゃと? そんなモノが来るはずはないわい。せいぜいアウルベアー程度のはずじゃ」
「……は? ど、どういう事ですかな?」
「な、なんでもないわ! とにかく、村人なんぞを屋敷に入れてみろ、魔物がこの屋敷を襲ったらどうするんじゃ! そんなことは許さん!」
「な……そ、そんな! この村でこの屋敷ほど頑丈な建物はありませんですじゃ! なにとぞ、なにとぞ……!」
モブドンの横暴さに内心はらわたが煮え繰り返る村長だが、グッと堪えて、村人を助けてもらうよう、さら願い続ける。
「心配せずとも、昼過ぎにはリルザの街から救援が到着するわい。それまで耐えるんだな」
「な、なんですと!?」
多少の違和感には目をつぶっていた村長だが、明らかにおかしい事をモブドンが言い始めたので、流石に見過ごせなかった。
「一体どういう事ですじゃ!? 今から伝令を出したとしても、来るのは早くて夜のはず……という事は、もうずいぶん前に救援を請う使者を? な、なぜ村が襲われると知っておられたんじゃ!」
「知らん知らん! ワシはそんな事は言っておらん! さあとにかく帰れ!」
これ以上ここで追及していても埒があかないと思った村長は、とりあえず疑問を棚に上げ、村を救う事に集中する。
「な、ならせめて、女子供だけでも……!」
その一言を村長が発した瞬間、モブドンはニヤァと嫌らしい笑みを浮かべた。
「ふぅむ……そこまで言うなら仕方がないのぅ。お前の孫娘とナシロとやら。その二人だけは匿ってやろう。ぐふふふ……」
「なんじゃと……!? くっ、そうか、それが狙いじゃったか……!?」
方法はわからないが、村長はこの事態をモブドンが引き起こした事を確信した。
「こ、こんな事をして、あんたもタダではすまんぞ!? 聖獣様がここを襲ったらどうするつもりじゃ!」
村長とモブドンのやり取りを見ていたゲスクの表情には焦りの色が浮かんでいたが、モブドンは余裕を見せている。
「なんじゃその口の利き方は! ……フン、まあよい、特別に不問に付してやろうじゃないか。さあ、さっさと二人を連れてくるがよい! そうすれば、魔物はワシがなんとかしてやろう。どうじゃ、んん?」
あまりの暴挙に言葉を失っている村長をよそに、ゲスクとモブドンがヒソヒソと話をしている。
「モブドン様……マズいですぜ、本当に聖獣が出てたら……早いとこ村を脱出しねぇと……!」
「フン、バカモン。魔物がここを襲う事はないわ。その為にあんな大金払ったんじゃからな」
「前にも言いやしたが、あんな得体の知れない野郎の言う事は信じねぇ方が……」
「うるさい、黙らんか。いいからワシに任せて、お前はワシを守る事だけ考えろ……!」
この期に及んでも、自らが代官として管理する村の人の命を何とも思っていないモブドンには、もはや何も期待できないと悟った村長は、村民の新たな避難先を考えるべく、この場を後にする。
「よいか、あの二人を連れてきたら、村長のお前だけは助けてやる! ワシの言う事を聞いておけば悪いようにはせんぞ!」
自分の命令に従って、リニーとナシロを連れて来ようとしていると思っているモブドンの言葉は、すでに村長の耳には届いていない。
聖獣が村を本気で襲っているとしたら、とても夜まで持ちこたえられるはずもない。
しかし、昼過ぎまで持ちこたえられれば、なんとかなるかもしれない。
村にとって絶望的な状況であることには変わりないが、皮肉にもモブドンの言葉によって、ほんの少しの光明が見えた。
屋敷以外で一番頑丈な建物と言えば、村には教会ぐらいしかない。
(なるべく多くの村民を収容できるよう、急ぎ神父に掛け合わなければならんの。)
村長は来た道を急いで引き返し、村の中心部に建つ教会を目指した。
◇◇
村長が立ち去った後。
屋敷のそばに立つ立派な木の裏に、若い男の人影が一つ。
「ふぅむ……これはこれは……予想していたよりずっと大変な事が起きている様ですねぇ……」
男は何かを思案しているようだったが、ふと村長が立ち去った方角に顔を向ける。
「困りました……このままでは私の使命が果たせないのですが……さすがに放置するわけにもいきませんしねぇ……」
そして気を取り直したように、男はその場から立ち去って行った。
◇◇
「ナ……ナシロー----!!!! 逃げろぉおおおお!!!」
…
……
リニーさんが、悲痛な叫び声を上げ、その後真っ二つにされたボクの姿を見て、信じられないように呆然としている。
グリフォンは、仕留めた獲物に興味はないようで、死体を確認することなく、呆然と佇んでいる次の獲物に視線を向けて、低く唸り声を上げている。
暴走しているグリフォンは相手が何であろうが目に留まったものを片っ端から襲い掛かっているようだ。
また大きな咆哮を上げて、まだ反応できないでいるリニーさんに向かって突進しようとして、全身を強張らせている。
―――今だ!!
「【土檻】!!」
グリフォンが飛び出そうとした瞬間、周囲から大量の土砂が集まり、取り囲むように立方体の形に土の塊が生成される。
突然土の檻に閉じ込められた聖獣は、逃れようと暴れ、力任せに内部から破壊しようともがいているが、壊されそうになるそばからさらに大量の土砂が集まってきて、より分厚くて強固な檻へとどんどん成長していった。
「な、なんだ……!?」
ようやく自失状態から戻ってきたリニーさんが、目の前の状況を見てまた混乱している。
「こ、これは……昔お師匠に見せてもらった……【赤1橙1】の【土檻】!? ま、まさか……!?」
グリフォンが切り裂いたはずのナシロの方を見ると、そこにあるはずの死体がなかった。
「なっ……!? 一体どうなっている……!?」
「リニーさん! そのままそこから動かないでくださいね!」
「うきゃあっ!!??」
リニーさんがちょっと似合わない悲鳴を上げて飛び上がってしまった。
ちょっとどうかとは思ったんだけど、作戦が成功するまではグリフォンに気付かれる訳にはいかなかったので、偶然ボクが隠れている【土壁】の前に現れたリニーさんに、後ろから突然声を掛けることになってしまった。
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