第20話 リルルとスグル
ルークさんというちょっと怪しい旅人を連れて、ボクとリルルは祠に向かった。
道中、リルルが村長の孫娘だと言うと、とても驚いていた。
祠の遊び場に着くと、今まで見たことないような人数の子供達で賑わっていた。
「なんだか、子供達がすごくたくさんいるんだね。いつもこうなのかい?」
「いいえ、いつもはもっと静かですが、今日は特別なんです」
「そうなのかい。村の特別な祝いの日とかかな?」
「そうじゃないんですけど……」
どう説明したものかと考えていると、ボクの後ろにくっついていたリルルがおずおずと話し出した。
「魔物がね、もういなくなったから……」
突然話し出したリルルに、ルークさんが驚いていたが、ボクの方がもっとビックリした。
道すがら少しボクと会話していたとはいえ、初対面の人にリルルが話をするなんて、初めて見た。
ボクにとってみたら笑顔のアヤシイオジサンだけど、リルルにとっては優しいお兄さんに見えるんだろうか。
「魔物……? どういうことかな?」
少し真面目な表情になり、詳しい話をして欲しいという様にボクに向き直った。
まあ、別に隠すようなことじゃないし、説明はしてもいいよね。
「何日か前に、森で魔物が出て、木こりが襲われた事があったんです。それからしばらくは、あまり外に出ないように言われていたんです」
「なるほどね……。そういう事があったんだね。話してくれてありが――」
「おおおおい!!! ナシロ~~!!!」
ルークさんが話している途中、大きな声が聞こえて、遊び場の方から男の子が急いで走ってくるのが見えた。
あれは……スグルだな。
ボクが来るのを待っていたのか、一目散に駆けてくる。
「ナシロ!! リルルも、よく来たな!」
いや、別にこの遊び場はキミのテリトリーじゃないでしょ。
「やあ、スグル。元気そうで良かったよ」
「おう! ナシロのおかげで父ちゃんもオレも元気だぜ! ホントはもっと早くお前に会いに行きたかったんだけどなー、家から出るなって言われちまったからな!」
おっと、ルークさんの前であまり滅多なことを言ってほしくないんだけど。
ルークさんをチラリと伺うと、何やら思案顔でボクらの様子を眺めている。
「スグル! 余計な事言わないで!」
さっき村長さんに注意されていたこともあって、魔法に関する事を少しでも漏らさないように、リルルも神経質になっているようだ。
大きな声でスグルに釘を差す。
今日のリルルは積極的だなあ。いい事だね。
「お、おお……わりい。――っと」
ここでようやくボクとリルル以外の人がいる事に気付いたようで、警戒するような視線をルークさんに向ける。
「このオッサン、誰だよ?」
またもやオジサン呼びをされて顔が引きつっているが、なんとか笑顔は保てているようだ。
「私はルーク。旅をしていてね。ここの祠に興味があって、ナシロちゃん達に案内してもらっていたんだよ。ところで、キミは誰かな?」
スグルはムッとした顏で、
「オレはスグルだ! ナシロに変な事したらタダじゃすまないぞ!」
と言ってボクとルークさんの間に割って入ってきた。
それを見たルークさんが何やら微笑ましい物を見たような顏をしている。
「大丈夫だよ。キミの大事なナシロちゃんに何もしないよ」
「う、うるせー! 大事なんかじゃ全然ないぞ! ただ助けてもらったから、今度はオレがナシロを守るってそれだけだ!」
あらまあ、嬉しい事を言ってくれるね。
なんだかボクまで思わず笑みがこぼれそうになるけど、我慢我慢。
まだギャーギャー喚いているスグルはしばらく放っておいて、ルークさんを林の中の祠に案内した。
「なるほど、これが……」
すると祠やその周辺を熱心に調べ出したので、とりあえずルークさんは放っておいて、林の遊び場に戻ることにした。
スグルが待ち受けていて、遊ぶ前に捕まってしまった。
さっきのルークさんとのやりとりがまだ尾を引いているのか、顔が赤いぞ、少年。
「な、なあ。あのオッサン、いったい何なんだ?」
ボクだって知らないし、ただ旅人を祠の場所に案内しただけだと説明すると、とりあえず納得したようだ。
それよりスグルには大事な用があったみたいで、辺りを気にしながら声を落とす。
「なあナシロ、こないだの話なんだけど……たのむよ……」
こないだの話?
えー……なんだっけ?
最後にスグルに会ったのはあの魔物が現れた日だよな。
なんか約束とかしてたっけ?
「魔法だよ。教えてくれるって言っただろ!?」
いやいや、言ってない。
確かに頼まれたけど、その話は後でって事で返事してないぞ。
勝手に脳内で補完しやがったな?
「それに、なんか浮いてる本の事だって、まだ聞いてないぞ……! 今日は絶対教えてもらうんだからな!」
「ダメだよ! リルルが先なんだからね!」
あらら。
またこないだの続きが始まっちゃった。
リルルも、だいぶスグルには慣れてきたようで、まったく負けてないぞ。
うーん、二人に魔法を教えるのは問題ない、ていうか≪加入者≫になった以上、早めに教えておいた方が良いんじゃないかと思うんだよね。
この世界の魔法は、希少な才能らしいし、使えるようになっているに越したことはない。
魔物なんて危険なモノが存在する世界だし、治安もあまり良くないと聞く。
ただ注意しないといけないのは、その情報が無計画に広まらないようにする事だが、先日のように自分達の身に危険が迫れば、そんな悠長な事は言ってられない。
なるべく気を付ける、という事しか、今のところは策がない。
「ふうん……? キミ達、随分面白い話をしてるねぇ……?」
ビクッ……!
いつの間にか、ボクの背後に忍び寄るように立っていたルークさんが、興味深そうにボクたちを眺めている。
マズい。
バッチリ聞かれた……?
まあ、こんな子供の会話を真に受ける大人はいないとは思うが、一応誤魔化しておかないと。
「わかった! じゃあ今からお家で魔法ごっこやろうよ! ね、リルル!」
「え……? あ、うん、そうだね! 魔法ごっこ、ごっこ!」
「は……? お前ら、ナニ言って――って、ちょっ、引っ張るなよ……!」
リルルはすぐにボクの意図を汲んでくれたが、またスグルが余計な事を口走る前に、強引にこの場を去る事にする。
「じゃあルークさん、気を付けて旅してくださいね~!」
「ああ、ありがとう、ナシロ君。おかげでとても有意義な時間が過ごせたよ~!」
これ以上ここにいるとボロを出しそうだったので、ちょっと不思議な旅人さんに別れを告げて、成り行きだけど、スグルを連れて、家に戻ることにした。
…
……
「さて、これは一体どういう事になっているのか、調査の必要在りって所ですねぇ。それにしても、ここにはただの興味本位で立ち寄っただけなんですが……面白い事になりそうです」
子供達と別れた男は、彼らが走って行った道をしばらく眺めながら、何かを考えているようだった。
◇◇
家に戻って、魔法の練習の為に裏庭を使う許可を村長さんにもらった。
ボクの魔法の練習の為だと勘違いしていたようだけど、あえてリルルとスグルに魔法を教えるとは言わなかった。
あまり余計な心配かけたくなかったし、言えば止められそうだと思ったからだ。
裏庭に出て、まずは二人に魔法の基本的な話をする。
一応スグルも教会の鑑定を受けている事もあって、神父さんに少しは話を聞いていたようだけど、知らないこともたくさんあるようだった。
「はあ~っ……魔法って覚えるのが難しいんだなぁ」
「うん、まあ難しいっていうか、やり方さえわかればできるんだけど、それがわかるまでが大変ってことだね」
魔法を使うには魔法の名前と詠唱、それと魔力の操作が必要で、魔力の操作は自分でも時間をかければ練習できるけど、魔法の名前と詠唱は誰かに教わったりしないとわからない。
「ここからは、ボク達三人の秘密にして欲しいんだ。二人とも、秘密を守ってくれる……?」
魔導書の秘密を話す前に、二人に確認する。
「おう、もちろんだぜ……! なあ、リルル!」
「うん、リルルもひみつは守るよ!」
ただ、秘密を守る事が元で、二人に何か危険が迫るようなことがあってはならない。
その辺の優先順位を間違えないように、二人にはちゃんと言って聞かせておいた。
秘密を守ることが目的じゃなくて、ボクを含めて3人に危険が及ばないことが目的だからね。
二人にしっかり話をした所で、いよいよ魔導書を見てもらう事にする。
「【権能蒐集】!!」
魔導書を呼び出すと、いつもの金色の光と共に、ボクのすぐ横に現れる。
二人とも見るのは初めてではないが、かなり驚いている。
「うわぁ、やっぱりキレイな本だね~」
「うおっ、スゲーなぁ……こんなもん出せるのかよ! 魔法ってスゲーなっ!」
ボクだってまだ慣れないし、驚くのも無理はない。
まず確認したのは、本は見えていても、中身の文字まで見えるのかどうか。
とりあえず目次だけ二人に見てもらったが、ちゃんと見えるようだ。
ただし、リルルは読めない文字がたくさんで、スグルはまだ文字が読めないけれど……。
転生云々が書いてある部分を除いて、ボクは今わかっていることをほとんど二人に説明した。
仲間や自分の能力が見える事、使用可能な魔法の名前と詠唱が載っている事、出会った魔物のステータスまで確認でき、そして目玉である仲間の才能色がボクに足し算されていく事など……。
ちょっと5歳の子供には難しいかもしれないが、これがとんでもなくありえない能力である事はわかってくれたようだ。
自分が≪加入者≫の仲間に入っていることが嬉しかったようで、その辺りの説明している時に一番興奮していたようだ。
「マジかよ……すげぇ……仲間か……オレたちが……」
その後もスグルが説明の途中で茶々を入れてきたが、説明が進むにつれて黙ってしまって、一生懸命理解しようと頑張っていた。
「……なるほど……そういうことな……ふんふん」
「スグルわかるの……? スゴイね! リルルあんまりわかんなかった!」
「……あ、当たり前だろ!? バッチリわかったぜ!」
絶対わかってない顏だけど、リルルにスゴイスゴイ褒められて、もう後には引けない。
がんばれ、男子。
「オホン……ではいよいよ、二人に魔法を教えたいと思います」
お読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークなど頂けたら、とても嬉しいです(#^^#)




