第15話 ナンバー023
次の日、朝から昨日の続きで魔導書の検証を進めたかったが、着替えて居間に向かうと、既に全員がテーブルに揃っていた。
「おはようございます、みなさん」
「おはよ!ナシロ!」
うん、リルルは今日も元気だね。
挨拶を交わしてボクも席に着くと、いつものように朝食が始まったが、村長さんの雰囲気がいつもより硬い。
ボクらの事を心配そうに、それと申し訳なさそうな顏で見ている。
「リルル、それにナシロ。すまんが今日は、家に客が来るでの。二人で外で遊んでいてくれるかの?」
これまでも来客は度々あったが、ボクらに外に出ていて欲しいとは言われたことが無かったので、少々驚いた。
リルルの方を見ると、キョトンとして村長さんを見ている。
「そうなの? 別にいいけど、誰が来るのー?」
素直な子供は聞きにくい事もズバッと聞けるからいいよね。ボクも今は子供なんだけど、どうしても大人な奈城が遠慮してしまうよね。
歯切れの悪い村長さんの様子を見て、ボクらにあまり知らせたくない客人のようだ。
「わかりました。リルルと二人で、また祠の遊び場に行ってきます」
「うむ。お昼ごろになったら、一度戻ってくるんじゃぞ」
あまり深く突っ込んでも村長さんが可哀想なので、訳は訊かずに素直に従っておいた。
それに、あの祠にはもう一度行ってみたかったしね。
昨日の現象がなんだったのか、行けば何かわかるかもしれないし。
◇◇
朝食を済ませて、洗い物の手伝いだけを済ませてから、リルルと二人で昨日の祠のある林に向かって歩いていく。
ボクは少し村長さんの来客がどういう人物なのか気になっていたが、リルルはただ楽しそうにクルクル回ったりスキップしたりして、遊びに行くのを楽しみにしている様子なので、ボクも気持ちを切り替えて林に向かった。
昨日はお祈りの後に、ちゃんと遊んであげられなかったしね。今日はバッチリ遊ぼうかな!
いつもの様に村道から脇道に入って、林の中に入って行く。
今日は昨日と違って、何人か村の子供たちが遊びに来ていた。
その様子を見て、リルルはちょっとおっかなびっくりで、ボクの陰に隠れるようにしていたが、あのちょっかいをかけてくる男の子はいないみたいで、ホッとしているようだ。
しばらく二人で木登りをしたり、追いかけっこをして遊んでいたら、ふと遠くから微かに声が聞こえた気がした。
周りで遊ぶ子供たちの声であまりよく聞こえなかったので、ちょっと元来た村道の方へ、林の外側まで出てみる。
あれ、聞こえなくなった……?
という事は、反対側かな……?
「ねえナシロ、どうしたの? もう帰るの?」
「いや、ちょっと声が聞こえた気がしたの。ごめんリルル、ちょっと反対側に行ってみるね?」
訝しむリルルを連れて林の反対側へ出てみる。
こちら側へ出たことはあまりないが、ここから北の方は空き地となっていて、その先に村の境界となっている柵がわずかに見える。
「……だれ…………けてくれー……!」
これは……その柵の方から聞こえてくる。
今度はリルルにも聞こえたようだ。ナシロと顔を見合わせて頷き、二人で声が聞こえる方へ走っていく。
走って近づいていくと、柵の前に人影が見える。子供だ。
四つん這いに蹲っていたが顔を上げて、声の限りに叫んでいる。
「だれかーーーーー!!!」
助けを呼ぶ声が、はっきりと聞こえた。
声色からして、尋常じゃない様子だ。
「おーーーい!! 今向かうよーー!!」
段々姿がはっきりと見えてきたが、どうやら同じ年頃の少年の様だ。
かなり本気で走っているので、リルルが少し遅れ気味だ。
ナシロは5歳にしては身体が大きく、リルルは同年代より少し背が小さいので、どうしても差が出てしまう。
「リルルは、ゆっくり、おいで!!」
「わ、わかった~~……!」
今にも足をもつれさせて転びそうなリルルにそう伝えて、ボクは先に少年のもとへ急ぐ。
少年はすでにこちらに気が付いている様子で、叫び声を上げるのをやめていた。
さすがに5歳の少女の脚力ではもどかしく、目一杯急いでいても、大人の男性としての体感で以前のニ倍以上かかって、ようやくたどり着いた。
「どうしたの、大丈夫!?」
着くなり声をかけ、少年の様子を観察すると、まず目に入ったのは足にケガをしている事だ。
そこまで酷くはなさそうだが、少し出血していて、立つことが出来ないようだ。
ただそれはケガだけの問題ではなさそうで、全身汗まみれで、肩で激しく息をしている所を見ると、ケガと疲労で倒れこんでしまったようだ。
「お、おまえ、ナシロか!? たのむ、誰か大人を呼んで来てくれ! 父ちゃんが、父ちゃんが魔物に襲われてるんだ!!」
なにぃ!?
魔物……!?
森の魔物は、村のそばにはあまり来ないと聞いていたが……いや、今はそんなことは後回しだ。
「オレ、父ちゃんと森に手伝いで……!そしたら魔物が、オレだけ先に逃げろって!!」
支離滅裂だが、言いたいことはわかる。
どうやら父親の手伝いで森に入り、そこで魔物に遭遇してしまったようだ。
そして父親は息子を逃がすために、囮にでもなったのだろう。
とにかく息子を無事に逃がし、上手くいけば助けを呼んでくれる一縷の望みに賭けて。
目の前で何度も「ナシロ、たのむ!」と繰り返す少年を見ながら、高速で考えを巡らす。
そういえば……ボクの名前を知っている……この子は……そうだ、いつもボクとリルルにちょっかいをかけてくるあの少年だ。
確か木こりの家の子で、名前はスグルと言ったはずだ。
どうする?
普通に考えるとここから一番近い家などに駆けこんで、村の守備隊を呼んで来てくれるよう頼む、という選択肢になるだろう。
だがそれでは……恐らく父親の救助は間に合わないだろう。
なにせここは周囲に民家などない、村の北東の空き地だし、どこが一番近い民家なのか、今のナシロにはわからない……それはリルルも同じだろう。
この子ならわかるかもしれないが、このケガでは案内してもらうことは無理だし、場所を教えてもらったところで、正確に早くたどり着ける保証もない。
一瞬の内にそこまで考えて、改めて少年を見てみると、少年の頭上に黄金に輝く数字が突然現れた!
≪023≫
「えっ……!?」
これは一体どういうことだ!?
確か……そう、昨日も同じ物を見た。
リルルと祠で祈りを捧げた後に、リルルの頭上に現れた数字と同じ現象だ!
リルルは『002』で、このスグルは『023』……。
ということは、この子も『加入者』なのか!?
驚きに一瞬固まってしまったが、気を取り直して考えをまとめる。
今すぐにでも魔導書で確認したいところだが、それも後回しだ。
この状況で『加入者』と出会い、その子が助けを求めている。
だったらやる事は一つだ。
この行動でボクの才能色の事が周囲に知られてしまうかもしれないが、ここで知らん顔はできない。
これも天の采配だと信じよう。
「スグル。落ち着いて聞いて。お父さんと別れたのはどの辺り?」
四つん這いで苦しそうなスグルの肩に手を置き、顔を限界まで近づけて、しっかりと目を合わせる。
自分で言うのもなんだけど、美少女にいきなり顔を近づけられたら、男子は意識を奪われるからね。
スグルは驚いたように固まったが、効果はあったようで、少し落ち着いた様子で話してくれた。
「そ、そこの柵の隙間から……ま、真っすぐ森の中に進んだところ……」
そう返事をもらった所で、リルルが息を弾ませながらたどり着いた。
そしてスグルを見た所で、大きく目を見開く。相手が誰かわかったようだ。
いつもならボクの陰に隠れる所だが、今はそんな状況じゃないと悟ったようで、ボクとスグルの様子を息を整えながら大人しく見ている。
「リルル、悪いけど、ここでスグルと一緒に待っててくれる?」
「う、うん……いいけど……ナシロはどうするの?」
「ちょっとスグルのお父さんを助けてくる」
ちょっとそこまで出かけてくる、というようなテンションでワザと話してみた。
リルルは意味が分からなかったようにキョトンとしている。
引き留められたり騒がれたりする前に、ボクはサッと走り出して柵の方へ向かった。
ここからはとにかく時間との勝負だ。
余計なことは考えず、ただスグルの父親を探す。
スグルが潜ってきたであろう柵の隙間から、村の外に出た。
初めて村の外に出たが、今は感慨だとかそういうのは捨て去り、真っすぐ森の方へ走って行く。
森に入ってみたが、スグルがどちらから走ってきたのか、イマイチわからない。
血の跡も、そんなに出血量が多くなかったせいか、すぐにわからなくなってしまった。
ただ村から真っすぐ血の跡までの延長線上に向かって走ろうとしたが、森の中を歩いたことなどほとんどないし、このままでは逆にボクが迷子になってしまいそうだ。
ここは闇雲に走るより、気配や音を辿る方が確実か。
スグルがここまで逃げられたということは、そこまで奥には行ってなかったはずだ。
「【権能蒐集】!!」
ボクは迷わず魔導書を呼び出し、緑ランク1の魔法欄を呼び出す。
そこには、二つの魔法が掲載されていて、一つは攻撃魔法の【空球】で、もう一つが【風香】だ。
魔導書によると、これは半径500m以内の音や匂いなど、大気中に漂う様々な情報を読み取ることが出来る、というものらしい。
もちろん、使うのは初めてなので、これで上手くいくかどうか確証はないが、やれることをやるしかない。
アレコレ考えている時間はない。とにかくこれを使ってみよう。
「風は全てを運び、たゆたう者也。其に抱かれし便りを我に示せ!【風香】!!」
魔導書に記載されている詠唱を利用して、魔法を発動させる。
すると、仕組みはまったく理解できないが、鼻と耳、そして目に、風に乗って運ばれてくる情報、匂い・音・風の流れを人間の五感で感じられるより何倍も鋭く感じ取ることが出来るようになった。
周囲の情報が全て運ばれてくるが、本来の森がもたらす匂いや音を捨て、もっと激しく禍々しい匂いや音を探るように集中する。
…
……
すると―――
――グオオォォォオオ……
荒れ狂った獣の咆哮のような音を、魔法により鋭敏になった聴覚が捉えた。
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