終末
突然、世界が滅びた。原因は隕石の衝突らしい。空の彼方に突如現れた巨大な岩石。
最初は誰も気づかなかった。だが、徐々に近づくにつれて、人々は恐怖に怯え、逃げ惑う。
やがて、隕石は地上へ落ちた。大地を揺るがす衝撃、天を覆う砂煙、響き渡る悲鳴と怒号。大混乱に陥る人々。
それからしばらくしてようやく砂塵が晴れると、そこには生命の反応の一つもなく、クレーターだけがあった。半径数百キロメートルにも及ぶ、直径数万メートルに及ぶ、途轍もない大きさのクレーターが。
誰一人残らず息絶え、魔王だけが生き残れた。いや、生き残ってしまった。
その魔王は絶望とともに落涙していた。
「どうして、こんな……。勇者?メイ?スピカ?ラズベリー?リリアーネ?我が守るべき者たちはどこにいった?」
魔王は力なく呟く。そして、よろめきながら立ち上がる。
「探さなければ……見つけ出さなければならない……まだ生きているかもしれない……生きていてほしい……」
荒れ狂う大地、酷く熱せられて真っ赤に染まった大地を、裸足で歩き始める。その目に希望など宿っていない。
「皆どこだ?返事してくれ」
答えてくれる者はいない。
「誰かいるのか?」
答える者はいない。
「我は魔王。人族の敵、魔族の支配者。今、野望を取り戻した!叛逆だ!裏切りだ!力を取り戻してお前たちを必ず滅ぼしてやるぞ!」
叫び続ける。静寂だけがそれに答える。
「あぁ……寒い……」
凍えるような寒さの中、ただ彷徨い歩く。
「熱い……暑い……」
灼熱の日差しを浴びてもなお、身体が燃え尽きることは無い。
「苦しい……」
呼吸をするたびに肺が焼け付く。それでも、不死の身体が滅びることはない。
「助けてくれぇ」
掠れて消えそうな声。しかし、その声に応える者はいない。
「痛いよぉ」
激しい環境の変化の中で全身がズタズタに引き裂かれても、すぐに再生してしまう。
「死にたい……殺してほしい」
何度願っても叶わない願い。
「いっそのこと、狂ってしまいたい。幻覚でも見て愚かしく笑い続けて、そのまま死んでしまいたい」
狂気と正気が混ざり合い、混沌とした感情に囚われそうになる。しかし、不死の身は精神の崩壊をも許さなかった。
「誰かいないのか!?」
誰も応えない。
「何故だ!?何故誰も出てこない!?」
魔王は叫ぶ。
「何故我を見捨てたのだ!裏切ったのだ!ふざけるな!我は魔王ぞ!貴様ら如き矮小な存在が我に逆らうか!!」
嘆きの声は虚空へと吸い込まれていく。
「………………」
何も言わず、誰も現れない。
「………………」
本当はサタンも分かっていた。これが誰の所為でも無いことを。誰もサタンを裏切っていないことを。
だから、サタンは叫んだ。叫んで、叫んで、叫び続けた。喉が潰れ、血反吐を撒き散らしても、絶叫し、泣き喚いて、そして不死の力で復活し、そして……
「……もう、疲れた」
そう言って、その場に崩れ落ちた。
「我は魔王である。魔族を支配し、世界の覇者となった者である。それが……こんな……こんな惨めで情けないことになって……一体……どうしろと言うのだ……?」
魔王の目から一筋の涙が流れた。それは頬から顎へ流れ落ち、地面を濡らす。
「人が我を赦しても、天は我を赦さぬか?神は我をお見放しか?ならば、我は神に復讐しよう。我が覇道に立ち塞がるもの全てを滅ぼし尽くしてやろうではないか!」
もはや誰もその言葉を受けて反抗する者などありはしない。立ち塞がる者などありはしない。なのに、魔王は言葉を紡ぎ続ける。
「あぁ……そうだ。もう一度、この世界を滅ぼしてしまおう。ふっ、ははは、はははははは!……はぁ……あー……うぅ……」
乾いた笑い声をあげて、また泣く。そして、また立ち上がる。
「泣いていても仕方がない。前を向かねば。我には力が在る。まだ残っているのだ。魔力が、権能が。だから、取り戻す。もう一度やり直すために。世界は我の為にあるのだ。そうであろう?『魔王』」
魔王は歩き出した。魔王の覇道を邪魔するものがないように、魔王の進む先に障害など無いように、魔王は魔王の望むままに進む。
魔王は歩き続ける。
「あぁ……本当に寒い。とても寒い」
魔王は震えていた。
「とても……熱い……」
魔王の周りだけ、空気が歪んでいるように見える。まるで空間そのものが歪み、捻れているようだ。
「痛い……」
魔王は涙を流しながら歩いている。
「助けて……」
その呟きを聞く者は居ない。
「勇者よ。貴様はどこにいる?我をしてしぶといと言わしめさせたお前が、生きていないとは言わせぬぞ」
「アリシア。貴様はどこにいる?メイが探しているのではないか。早く戻って安心させねばならぬのではないか?」
「メイ。アリシアを守り続けるという誓いはどうした?我に料理を教えてくれるのではなかったか?それとも、我の勘違いだったのか?」
「リリアーネはどこだ?生意気にも勇者との婚約を決めて、我の嫉妬を勝ち取ったのだ。勝ち逃げは、許さぬ……」
「スピカ。お前の生意気な口に何度苛つかされたことか。だが、今思えばそれも楽しかったものだ」
魔王の周りには誰もいない。ただ一人、孤独に歩き続ける。
「ラズベリー。いつも一緒にいた。あの笑顔が愛おしい。今はどこに居る?我を嘲笑っているのか?」
「我が眷属たちよ。我と共にあった者たちよ。我を忘れたか?我を捨てて何処に行った?」
「我の大切な家族よ。どうか、我の前に現れてくれ」
「我が友よ。我が親友よ。我に教えてくれたことは全て無駄であったか?」
「誰か、応えろ。我に応えよ!」
魔王の呼びかけに応える者はいない。
「何故だ!?」
「何故応えない!?」
「何故だ!?」
「何故だ!?」
「何故だ!?何故だ!?何故だ!?何故だ!?何故だ!?何故だ!?何故だ!?何故だ!?何故だ!?何故だ!?何故だ!?何故だ!?何故だ!?何故だ!?何故だ!?何故だ何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故」
「……狂うふりも、虚しいだけだ」
「……誰の所為でも無いのなら、もういいだろう。我の所為でも、神のせいでもない。ただ、運命が悪いのだ。こんな結末になるなんて……誰が予想できただろうか」
「……我が覇道は終わった。次は……誰か、我を赦してくれ……」
魔王の願いも、虚しく空へ消えるだけだった。