6 落ちこぼれ
エルミスが基礎学校に入学して半年が経った、ある日の授業。
演習場としても使われる校庭にエルミスの学級の全員が集められ、魔法の実技が行われていた。
校舎と反対側の校庭の端に人族の成人を模した的が設置され、的から5mほど離れた所で生徒たちが整列している。
教師の指示で、生徒の1人が的に向かって手をかざす。掌の前に拳大の火の玉が生成され、的の方へ飛んでいく。
しかし、火の玉は的に命中せず、少し先まで飛んだところでフッと消えた。
「あー、外した……」
「初めてで《火球》を出せるだけで大したものです」
落ち込む生徒を教師がなぐさめる。
「次はエルミス。あの的に向けて《火球》の魔法を撃ってみなさい」
「はいっ!」
エルミスは元気良く返事をし、目の前に火の粉を生成させる。さっきの生徒のような火の玉ではなく、文字どおり火の粉のような小さな炎だ。
火の粉は、さっきの生徒の《火球》とは比べものにならない高速で飛翔し、人型の的の頭部を叩いた。
火の粉の当たった所がちょっと焦げた。
「今、あいつどうやって火を出した?」
「というか、あれで《火球》のつもりか?」
ギャラリーの同級生たちがざわめきだす。
「皆さん、静かに! 手をかざしたり杖を掲げるのは、そこに意識を集中させるためなので必須ではありませんし、人によって得意な魔法や苦手な魔法もあるでしょう。エルミスさんは魔法の制御は上手ですが、火を扱うのは苦手なようですね」
教師がエルミスを庇うように説明をしたこともあり、とりあえず、この場は収まった。
しかし、この後の授業で、火以外にも氷、雷、風など、どの分野の魔法でも、エルミスは他の生徒の半分未満の規模でしか魔法を放つことができず、同級生たちから《落ちこぼれ》の烙印を押されるまで、それほど時間を必要としなかった。
●
カァン、と乾いた音が校庭に響く。
訓練用の木刀を用いた模擬戦で、エルミスが対戦相手の得物を弾き飛ばした音だ。
「……落ちこぼれのくせに」
尻餅をつき、蔑みの目でエルミスを見上げる対戦相手。
「ふふーん、その落ちこぼれに負けたアンタは何なのかなぁ?」
「なんだと……!」
「こらこら、2人共やめなさい」
教師の仲裁でその場を離れる2人。
その直後、エルミスのそばにルークが駆け寄ってくる。
「すごいよ、エルミス! 5人抜きだね」
「ルーク……いちいち落ちこぼれの機嫌を取ってくれなくてもいいんだよ?」
「そんなこと言わないでよ。僕は剣が苦手だから、エルミスのことは本当に凄いと思ってるんだよ」
ルークの言葉に、エルミスは無言で赤い顔を逸らした。
●
それから数日後。
その日の授業が全て終わった帰り際、エルミスは校舎を出てすぐの所で《水球》をぶつけられた。
「わぷっ!」
魔法で作られた水なので、濡れた髪や服はすぐに乾く。
エルミスが《水球》の飛んできた方に目を向けると、くすくすと薄笑いを浮かべた2人の生徒が嫌らしい目をこちらに向けていた。
「……」
自分に魔法の才能が無いことが分かって以降、時々やられる嫌がらせに、エルミスは慣れてしまっていた。
またいつものやつか。
それ以上の感想を抱くことは無く、エルミスは帰途を急ぐことにした。後ろから聞こえてくるのは雑音だ。
「へえぇ、相手の魔法を防ぐ魔法も習ったのに、使えないのは本当なんだぁ」
「やっぱり落ちこぼれなんだねー」
「何やってんだおまえら!」
「あらルーク。こんなのただの《挨拶》じゃないの。肩を叩いたりするようなものだよ」
「そうそう。挨拶ぐらいでいちいち怒らなくてもいいじゃん」
「その《挨拶》でケガするんだよ、あいつは!」
いつもの、雑音だ。
「そんなの、挨拶でケガするほどひ弱なのが悪い──」
みしっ。
2人とルークの間に割り込んだエルミスは、さっきまで喋っていた生徒の手を軽く握った。
「ぎゃああっ!」
「ただの《握手》でケガするほうが悪いんだよね?」
「あ、あんた、いつのまに……!」
「魔法は苦手だけど、体には自信あるから」
「は、はな……離せっ!」
「そうだね、握手しっぱなしっていうのも変だからね」
エルミスは握っていた手を離して、相手の肩をトンッと叩いた。
「行こう、ルーク」
たたらを踏んだ生徒には目を向けず、エルミスはルークの背に優しく手を添える。そして、
「……ありがとね」
その一言を耳打ちした。




