4 交流
半年後。
「がっこう……?」
大きな目をさらに丸くさせて、フォスティアは聞き返した。
シェルキスは、自身の指によじ登ってくるフォスティアを落とさぬように気をつけつつ、答える。
「ああ。昨日の誕生日で、おまえは7歳になったと言っていただろう。人族には、7歳になった次の1月から、基礎学校に通って教育を受ける……そう不安そうな顔をするな。俺も《人形》で一緒についていってやるから」
教育を受ける、のあたりで、シェルキスの指に絡みつくフォスティアの腕の力が強くなる。それを不安の表れだと解釈したシェルキスは、別の指でフォスティアの頭を撫でてやった。
抱きつくフォスティアの力が、少し弱まる。
シェルキスは、掌の上にフォスティアがぺたんと座り込んだのを確認してから、説明を続ける。
シェルキスがフォスティアを拾ってから今までの半年間、人族の言葉や文化と、魔道具に頼らない自力での魔法の使い方などを教えてきた。
しかし、同じ人族との交流で身につく作法や意思疎通の図り方などは、白龍であるシェルキスが教えるのは難しい。そういった人族の文化は絵本を使って教えてきたが、実体験に勝るものは無い。
「──おまえも、他の人族には興味を示していたからな。学校へ通わせてみるのもいいかもしれない、と思ったのだ」
全く興味を示さなかったのなら、完全にシェルキスの下で《保護》することも考えていた。しかし、その絵本をフォスティアが自ら手に取り、ぼんやりとでも眺めていることは少なくなかった。
しばらくの沈黙の後、フォスティアは口を開いた。
「シェル君がそう言うなら、学校……行ってみる」
●
3日間続く新年の祝日が終わり、今日は基礎学校の入学式が行われる。
フォスティアが通うことになる基礎学校は、大陸南部の町レディクラムにある。この町はそこそこ高緯度に位置していることから、入学式の時期には雪がちらつくことも少なくない。
シェルキスの女性型魔動人形に手を引かれて、真新しいコートを着たフォスティアが歩く姿は、はた目には仲の良い母子に見えていることだろう。
「フォスティアよ。人の目のある所では、俺……わたしのことは《おばさん》と呼ぶのだ」
「うん、分かった。シェ……おばさん!」
シェルキスの提案に、フォスティアは肩の雪を舞わせながら満面の笑顔で応える。
母と呼ばせなかったのは、フォスティアの心にくすぶる母への執着を、シェルキスは見抜いていたからだ。
シェルキスの魔動人形は、レディクラムで暮らす町人として登録できるよう、事務方でうまくやってある。登録名は《シェリー》だ。
そのシェリーが引き取って養育している孤児がフォスティア、ということにしてあるので、仮にフォスティアの母が学校まで乗り込んできたとしても、対外的には《我が子を捨てた実母》と《その捨てられた子を拾った養母》という形になる。周囲のシェリーへの理解は得やすいだろう。
「あっ!」
唐突に、2人の背後から少年の叫び声が上がる。シェリーとフォスティアは同時に振り返り、そしてシェリーが動く前に、フォスティアの拳が何かを叩き落としていた。
振り返った時、シェリーは子供用の木刀がフォスティアの頭めがけて飛んできていることに気づいた。その木刀がフォスティアに当たらないよう、寸前で掴み取るために伸ばした手も、十分間に合うはずだった。
しかし、それより早くフォスティアが反応したのだ。シェルキスの脳裏に浮かんでいたある推測が確信に変わったが、それよりも、今はこちらに対応すべきだ。
木刀が飛んできた方向に目を向けると人族が3人、若い男が先頭に、少し遅れて若い女と、女に手を引かれて幼い少年が走ってきていた。
「申し訳ございません! 大丈夫でしたか?」
先頭の男が息を切らしながら青い顔で言う。
「ケガしなかったから、いいよ」
答えたのはフォスティアだ。
シェリーは怒りの1つもぶつけたかったが、
「……まあ、本人もこう言っているのだ。次からは気をつけよ」
と、危険行為を咎めるに留めておいた。
「はい、すみませんでした。ほら、ルークも謝りなさい」
男はルークと呼んだ少年の手を引き、フォスティアの前へ歩かせる。
「ご、ごめんなさ──」
「ねえ、ルークも学校に行くの?」
「え……っ? う、うん……」
「じゃあ、一緒に行こうよ!」
言うが早いか、フォスティアはルークの腕を掴む。
「痛っ!」
「あっ、ごめん!」
そんなやり取りをしながら、2人は大人たちの前を走り始めた。