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小さくなりぬ 雪まろげ

作者: 宮沢コウスケ

 キーンコーンカンコン。キーンコーンカンコン。

 授業がはじまるチャイムが鳴る。

 ああ今日もまた始まるのかと、大学三年目になっても憂鬱な気持ちになる。

 本を読むのが好きだという理由で、入った文学部。実際、本好きだけではうまくいかないことの方が多かった。

 今から始まるゼミは、俳諧について担当教授の研究を聞くというものだった。

 興味がないものに対して、無関心な自分は他人の研究した成果を聞くことの意味がわからない。

 教授は、「梅咲きて」から始まる蕪村の句に対する研究成果を淡々と話している。

 聞く側には、教授のことを信奉している熱心な生徒もおり、レポート用紙に筆を走らせ小さな文字でびっしりとメモを取っているのが見えた。

 私は授業中ずっと、この後の彼とのデートプランを考えていた。梅田駅には十二時に集合してから、東宝シネマズで映画を見る予定だ。

 彼氏とは、バイト先で出会った。大阪の大学に通う長身で、ぱっちり二重が特徴的な犬系男子大学生だ。一目見た瞬間に恋に落ちた。

 街行く百人に聞いても全員絶対イケメンというだろう、いやそれ以外の回答は私がさせないが、周りから不釣り合いだと言われるくらいだ。

 自分も授業を聞きながら彼のことを考えると、変な顔をしていると自覚するほどに顔が緩んでいる。授業が早く終わらないか、そればかりをキリスト教学で学んだ「アーメン」を唱えながら、時計の針が教授の授業を奪っていくのを確認していた。

 やっと授業終了のチャイムがなった。真っ先に教室を出て、彼の家に行く。ところがいつもより家が騒がしい気がする。私は嫌な予感がした、そしてそれは的中する。

 彼の家からは、外に聞こえるくらい絶頂している女の喘ぎ声と彼の女にかけている優しい声がしていた。

 私は状況を一瞬で察した。浮気だと。そして自分の価値に見限られたのだと自覚した。

 所詮、顔面偏差値40の私は顔面偏差値だけで、灘高に行けるような人とは釣り合わなかったのである。

 私は彼に「今日は帰る」と一言だけメッセージを残し、すぐその場を去った。

 家に着いた時には、おろしたての靴は何年も履いた靴のように薄汚れていた。久しぶりに全力で走ったからだろうか、体のあちこちが痛い。しかし、一番痛かったのは、浮気されているのにも関わらず、心の中にある彼をまだ好きだという純粋な気持ちだった。

 いつか来ると思っていた別れがこんなにすぐ来るとは。明日からは、彼の付属物ではない自分を生きよう。

 翌朝、いつもより少し早めに起きて、部屋を掃除するために窓を開けた。通行人が少ない街は、まるで私の所有物みたいに広い。

 一人の老夫婦が街路樹のそばに小ぶりな梅の花を見ていた。私はその梅の香を大きく深呼吸して吸い込んだ。

 老夫婦が私に気づいたのか、こちらに向けて手を降ってくれた。

 自分の心に降り積もった雪を溶かしてくれるような気がした。

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