天は二物を与えず
この世界には、古来より魔術がある。
魔術は未開の地を拓き、文明を築き、時には天災をも味方に付け、人々の暮らしを発達させた。
今や魔術はなくてはならないものだ。
しかし、万人が使えるわけではない。
魔術は、体内の魔力に対する操術の総称だ。
けれど、身体の中に、魔力が流れる回路がなければ人は魔力を持つことができないし、回路があっても、魔力が無かったり少なければ操れないとされている。
魔回路と呼ばれるそれは遺伝性があり、魔術師の家系では血の繋がりを重んじていた。
私の家は、代々魔術師として生計を立てていた。町の人々を、災害や魔物から守る生業だ。
「ねぇお母さん」
「なぁに?」
「どうして、私は魔術が使えないのかな?」
父は、この町のみならず、有事の際には王都からもお呼びがかかるほど、実力ある魔術師だ。
母は、魔力こそ多くはないものの、巧みなコントロールを武器に、よく人々を治療している。
妹は、荒削りながら、父譲りの膨大な魔力を持ち、将来を有望視されている。
才能に恵まれた父と母、それから妹。
ひとりだけ、魔術が使えない、仲間外れの私。
だからとて、家族は私を煙たがったりはしなかった。妹とも分け隔てなく愛されているし、妹は私をよく慕っている。少なくともそう思っている。
だが、町の人は違う。
魔術が使えない私を、明らかに軽蔑する。こちらから挨拶しても無視される。落ちこぼれだと馬鹿にされる。
みんなも、魔術は使えないのに。
町では、我が家の他は、片手で数えるほどしか魔術師はいない。
魔術が使えない体質の人を『不能者』と呼ぶが、町のみならず、世の中は不能者の方が多い。
なぜ、多数派に属しているにも関わらず、私は、私だけが、異物扱いされるのだろう。魔術を使えない者から、魔術を使えないことを馬鹿にされるのだろう。
この世に魔術がなかったのなら⋯⋯そう考えない日はない。
母は、優しく私を抱きしめた。
「大丈夫、天は二物を与えずと云うわ。あなたには、魔術ではない素晴らしい才能があるわ⋯⋯」
素晴らしい才能、か。
母がそんなふうに言ってくれても、私は魔術が使いたかった。どんなに劣っていようと、両親、妹と同じ『魔術師』の舞台に立ちたかった。
この才能も、決して嫌いではないのだけれど。
その時、警鐘が鳴った。町の見張り台から、番人が町に侵入する魔物を発見した合図だ。
私は、母が立ち上がるより先に、玄関から飛び出した。右手で、先を布で包んだ棒を引っ掴みながら。
鐘を連打しながら番人は何処に魔物が出たかを叫んで知らせる。
日中は魔物の活動も鈍い。知らされた場所へ急ぐと、猪型の下級魔獣が、通りの家々にタックルを繰り返しているところだった。かなり興奮していると見える。
私は迷わず、棒の先の布を取り払った。
そこに現れる、鈍色の鋒。身の丈を越す重い槍。
地を蹴って飛び上がり、魔獣の鼻先を串刺しに貫く。
抜き去るのと、魔獣が倒れるのは同時だった。
迸る血、静まり返るストリート。
窓を開けて様子を見ている住人が、重い空気を破って叫んだ。
「脳筋!」
「また町長のとこの娘が、猪魔獣倒したぞ!」
「掃除が大変だこりゃ」
母の言う私の才能とは、槍のことである。
魔物に立ち向かう手段として、魔術以外に武器も有効だ。けれど、よほどの手練でもないと、普通の動物と異なる魔物や魔獣を倒すのは不可能とされている。
それをやってのける私。
魔術師の家系から生まれながら、純粋な武力のみで立ち向かう私。
不能者が気味悪く思うのも、無理はないかもしれない。
遅れて駆けつけた母が、私を揶揄する声を一喝する。彼らは、魔術師には頭が上がらない。
槍遣いになって、後悔はない。
けれど、もしも魔術が使えたのなら、私は槍と魔術を操る最強の守り人になれただろうに。
2020/12/23
『ルーンファクトリー』というゲームが好きで、4では槍と高レベルプリズムで突っ走っていました。