3.第二王子と会いましょう(2)
ギルベルトと一緒に馬車へと乗り込み、王城へと向かう。馬車は石畳で綺麗に整備された道を通り、がた、がたと心地よい揺れを与えてくれる。
窓から見える外の景色は、流石大国と呼ばれているだけあり、様々な建物が整然と立ち並んで綺麗な景観を作り出していて、見ていて人を飽きさせない。
(そういえばこの世界って、お姉ちゃんから延々と聞かされてた乙女ゲームとすごく似てるのよね)
題名は忘れてしまったが、魔法が使える者は16歳になると必ず入学することになっている魔法学園に、特待生として入学することになった平民の少女が、王子や高位貴族や大臣の令息といった将来有望な男たちにモテまくるといったような内容だったはず。
姉から毎日のように推しの尊さ、ストーリーやスチルがいかに素晴らしいかを延々と聞かされていた。乙女ゲームやそういったジャンルのものにはあまり興味がなかったため、内容はおぼろげだが。
(そうだ、悪役令嬢の愚痴も頻繁に聞かされてたっけ)
『誰を攻略しようとしても第二王子の婚約者がことごとく邪魔してくるの!酷くない?今はあんたの婚約者じゃなくて違う人攻略しようとしてるのに』
というように、悪役令嬢がいかに邪魔してくるか、それで何度攻略に失敗したかを三日に一回は聞かされていたな、と思い出す。そのせいで寝る時間が遅くなることも頻繁にあった。
(お姉ちゃんの最推しは確か第二王子のフェリクス…ってもしかして今会おうとしてる人なんじゃ?いや、それはないか)
前世でだってトラックにはねられたこと以外は、可もなく不可もないような平凡な人生を送ってきた。そんなエレノアが乙女ゲームの攻略対象の婚約者になるなんて、そして悪役令嬢だなんてことあるはずがない。
(私はいつだってモブの立場で、そんな立ち位置になんてなったことがないもの)
ーーけれど、もし本当にそうだとしたら。名もなきモブAではなく、乙女ゲームの悪役令嬢のエレノア・フロレンスになれるとしたら。
(徹底的にヒロインを邪魔して、その信念を曲げることなく破滅の道へと進んでいく、そんな強い意志を持った悪役令嬢になれるかもしれないだなんて、すごく喜ばしいことだわ)
「エレノア、王城に着いたから馬車から降りようか」
「はい!」
馬車はあっという間に王城に着き、最高の悪役令嬢となるためにフェリクスの前では絶対に粗相のないようにしなければ、と気合を入れ直す。エレノアとギルベルトはフェリクスの待つ場所へと向かう間、王城の造りの洗練された豪華さを見、やはり王族が住まう場所は違うな、と実感する。
(ついにフェリクス様と会うのね。なんだか緊張してきた)
職人が丹精込めて作ったのであろう、模様が細かく彫られた扉の前に立ったエレノアが、胸に手を当て早鐘を打つ心臓を宥めている間に、ギルベルトが扉の前の衛兵に用件を伝える。
扉がゆっくりと開いていくとそこにいたのは、この世に存在しているのかと思わず疑ってしまうような、美貌の少年だった。青みがかった黒髪は、光を反射して光の輪を作っており、金色の瞳はどことなく猫を思い浮かばせる。
(この人の顔をじゃがいもに置き換えるのはかなり難しい気がするわ。…いいえ、できないなんてことは私の辞書には書かれてないわ。やるときはやるのよエレノア!)
「お初にお目にかかります。フロレンス侯爵家のエレノア・フロレンスと申します」
つい見惚れてしまい、挨拶するのが遅くなってしまったのを補うように、出来る限り美しくカーテシーをする。
ギルベルトは扉の外にいるため、この空間にはエレノアとフェリクスしかいない。どことなく張りつめた空気はとても居心地が悪く、すぐにでも逃げ出したい思いでいっぱいだ。だが、ここで怖気づいていてはいけないと気を引き締める。
「私はフェリクス・アーテヴァインだ」
淡々と答える様子は噂どおりで、エレノアが返す言葉を探しているわずかなはずの沈黙の時間は何十分にも何時間にも感じられた。
「じゃがいも、そう、フェリクス様はじゃがいもなのよ。緊張なんてしてはだめ」
「じゃがいも?」
緊張を抑えるために考えていたことが、つい口に出てしまったようだ。フェリクスが怪訝そうにエレノアを見ている。
「え、ええっと、フェリクス様と話すのが緊張するので、じゃがいもだと思えば普通に話せるのではと思って」
急いで弁解するが、言った後にこれでは弁解できていないのでは、と気づく。
恐る恐るフェリクスの方をみると、笑顔からは程遠い存在だと思っていたフェリクスが口元を緩め、固かった表情がほんの少し柔らかくなっているではないか。