2.第二王子と会いましょう(1)
父のその一言で家族は一斉に朝食を食べ始める。並んだ料理は料理人が腕によりをかけて作ってくれているだけあってどれも美味しそうだ。
「そういえば今日は婚約者のフェリクスと初めて会う日だったよね。エレノアだから勿論大丈夫だとは思うけど、一応王族だから粗相のないようにしなよ」
婚約者っていってもまだ正式に婚約してるわけじゃないけど、と5つ歳の離れた一番上の兄のアルトゥールが話しかけてくる。
「はい、アルお兄様。がんばります!」
前世の記憶に気をとられていたせいですっかり忘れてしまっていたが、今日は婚約者となる相手と初めて会うとても大事な日だったようだ。ぎゅっと拳を握りしめ、気合を入れる。
(確かフェリクス様、だったわよね。どんな人なんだろう)
噂くらいなら少しは聞いたことはある。わずか10歳でありながら抜きん出た魔法の才を持つのだとか。誰に対しても冷たく接するような人だと聞いたことがある。
ちなみにこの世界には、前世とは違い魔法というものが当たり前のように存在しており、それぞれ五大属性と派生属性、合わせて大きく十属性に分けられている。
(えっと、確か五大属性が火・水・緑・光・闇で派生属性が土・雷・風・氷・毒だったかしら?)
派生属性は五大属性よりも力が弱く、下位互換のようなものだというのが常識だ。また、魔法を使える者は少なく、魔法を使える者は貴族に多いと家庭教師に習ったのは記憶に新しい。
(貴重な人材だからって、魔法を使える人を積極的に貴族が迎えているから多いだけなのだけれど)
エレノアも五大属性の一つである水属性を持っている。前世の記憶を思い出した今、魔法が使えるというのはすごく魅力的で、魔法を使いこなす自分の姿を思い浮かべるだけで楽しくなってきてしまう。
「エレノア、そんなに考え込んでどうしたんだ?あ、もしかして緊張してるのか?あいつは悪い奴じゃないから大丈夫だぞ」
かなりの間考え込んでいたのだろう、2つ歳の離れたもう一人の兄、レオンハルトが心配げに声をかけてくる。
「き、緊張なんてしてないわよ、ちょっと考え事してただけ。それにレオお兄様はフェリクス様と面識があるからそんなこと言えるのよ」
緊張していないと言ったら嘘になる。この国、アーテヴァイン王国を治める王族に会うのだ、誰だって緊張するだろう。それに噂では他人にあまり関心を示さないと聞いた。そんな人と上手く話せる気がまったくもってしなく、それがエレノアを更に緊張させていた。
「隠さなくてもいいって、王族と初めて会う時は誰だって緊張するからな。最初は怖いかもしれないけどフェリクスはいい奴だぞ。あとな、なんてったって魔法が凄いんだ!植物を自在に操っちゃうんだからな!」
きらきらと深い青の瞳を輝かせ、興奮した様子でフェリクスの様子を話すレオンハルトを見ていると、もしかしてフェリクスは噂に聞くような冷たい人間ではないのでは、と思い直す。
(そうだ、フェリクス様のことをじゃがいもだと思えばいいのよ!そうすれば冷たくあしらわれてもじゃがいもに冷たくされただけってことだもの、じゃがいもに嫌われるくらいどうってことないわ)
ようやく朝食を食べ終えようとしていたエレノアはふと思いつく。我ながら名案ではないだろうか。フェリクスは大きいじゃがいもだ。何も恐れることはない。
そう考えると幾分気が楽になってきて、表情が無意識に強張っていたことに気づく。思ったより王城に行ってフェリクスに会うことに緊張していたようだ。
「やっと表情が戻ったな。フェリクスに会うって聞いてからずっと表情が怖かったから心配したんだぞ」
「そうよ、心配したんだから」
普段なら食事の際は家族の会話を微笑みながら聞いているだけの母も珍しく口を開いている。
(私、そんなに表情が怖かったのね)
「エレノアはうちの一人娘だからな、お父様はなにかあったらどうしようかってずっと心配してるんだぞ」
「考え込む必要はないんだよ、エレノア。いつも通りでいいんだから」
どうやら家族全員から心配されていたらしい、そうレオンハルトが言うと次々に家族全員からエレノアを思いやる言葉がかけられる。それがなんだかくすぐったくて、心があたたかくなる。
「お母様、お父様、アルお兄様もレオお兄様もありがとう、だけど大丈夫よ!フェリクス様のことは大きなじゃがいもだと思うことにしたから、もう緊張なんてしないわ」
名案だと思わない?と笑みを浮かべながらそう返す。すると、レオンハルトがたまらずといった風に吹き出した。
「エレノア、おま、仮にも一国の王子をじゃがいも扱いとか」
「レオお兄様なんで笑うのよ、名案だと思ったのに」
レオンハルトの言葉に対してエレノアはいかにも怒ったかのように頬を膨らませる。
「悪かった悪かった。だけどそれ、捉え方によっては不敬にとられるかもしれないから気をつけるんだぞ」
「わかってるわよそんなの」
レオンハルトに適当に相槌をうちながら、朝食の最後の一口を食べ終える。
「エレノア。朝食も食べ終えたし、もう少ししたら王城へ向かおうか」
「はい、お父様!」
朝食を食べ終えしばらく経った後。ギルベルトはエレノアに笑顔で声をかけ、エレノアもそれに対して満面の笑みで返したのだった。