もしも彼が全てを知らないままだったら
注:バッドエンドです。お読みいただく際にはご注意ください。
勇者が魔王を倒す物語というのはよくある話で、創作物なんかでも人気の一つに挙げられる。ただ、自分がまさかそうなるなんて子供の頃は予想もしていなかった。
仲間たちと一緒に魔王を倒す旅に出ることになった俺は、帰国したら王女様と結婚することを楽しみに日々頑張っていた。
そんなある日の事……就寝中の俺は、不意に変な音により目が覚める。ベッドの中で良い気持ちで微睡んでいたと言うのに、猫の泣き声のような甲高い音が聞こえてきて起こされた。
せっかく王女様と通信用の水晶で楽しく話をして良い夢が見られそうだってのに……今はもう夜だぞ? 一体なんの音なんだ……迷惑な……。
なんの音なのか気になる気持ちも湧き上がってくるのだが、昼間の疲れもあり、眠気も徐々に強くなってきた。眠気が強くなるにつれ次第にその音も気にならなくなり、いつしかそのまま眠りに落ちる。期待していたような良い夢は見られなかったが。
次の日の朝、いつものように通信用の水晶玉で挨拶をした。いつもの様に優しい笑顔を浮かべてくれて、俺は朝から癒される。陳腐な言い方だが、やっぱり俺はこの人の事が好きだなと実感する。魔王を倒して国に戻れば俺はこの人と結婚できるのか……頑張らないとな。
このままいつまでも喋っていたい気分だが、そうもいかない。名残惜しいが俺は王女様に別れの言葉を告げると、水晶玉の通信を消す。
……あー、早く国に帰りたい気分になってきた。
俺は少しだけ憂鬱になった気持ちを切り替えるように、両頬を掌でパンと一度だけ張ると、「よしっ!!」と一言だけ気合いを入れるために叫び、そのまま仲間達の元へと移動した。
既にみんな宿の食堂に集まっており、朝食を取っている所だった。いつも俺が王女様と話す分だけ一番遅くなってしまうので、皆は俺を冷かしながら朝食を取るというのが、今では日課になっていた。
こんな日々がずっと続くのかとも思っていただ、俺達の旅はもう終盤……この生活ももう終わりに近づいていると思うと少し寂しくも感じる。魔王を倒して国に帰っても、皆とはこんな風に付き合い続けて行ければいいなと思う。
そして、俺達の旅はそれからも順調に進んだ。道中にいる魔王軍の幹部を倒しながら、魔王城へと突き進む。その間も俺は王女様と日々話すことは忘れないのだが、この数日で少し気になることができた。
それは、例の夜に響いてくる猫の泣き声のような音がずっと続いているのだ。宿を変えてもその音は聞こえてきており、もしかして皆も聞いているかなと仲間達に聞いてみたのだが、誰もそんな音は聞いていないと言うのだ。
どうやらその音は俺にしか聞こえていないらしい……。戦士なんかは、もしかして倒してきた魔族の恨みの声じゃないかとか恐ろしい事を言い出してきた。
そう言うのダメなんだよ俺……僧侶が怖いなら一緒の部屋にとか言ってきたのだが、流石に丁重にお断りした。色んな意味でダメだ。
でも怖い事は怖いので、俺はあと数日の辛抱だと考えて、その変な声が聞こえてくると布団をかぶり耳を塞いで眠る様にしていた。明日には魔王城に到着するし……国に帰ればきっとこの変な音も収まるだろう。
……やっぱり、その日の晩もその音は聞こえてきていた。なんなんだろうかこの音は。
そして次の日、俺たちは魔王城に到着した。……そこは門番もおらず城門が開けっ放しになっているという奇妙な状態になっており、罠の可能性を考える。しかし、ここで引き返すわけにもいかない俺達は覚悟を決めて城に入ると……そこには一人の魔族がいた。
「ようこそおいでくださいました、勇者様。私は魔王軍の参謀役を務めさせていただいております。貴方達のお越しを心より歓迎させていただきます。」
その参謀と名乗る男は、信じられない事実を俺達に告げる。既に魔王は死んでおり、自分達は俺達に降伏するつもりだと。ただ、俺はこれですぐにでも国に帰れると内心で喜んだのだが、そう話は上手くいかなかった。
新たに魔王を継いだ女性がいるのだが、その女性に殺したはずの先代魔王が憑依しているのだとか……そんなことがあるのだろうか? 皆、その参謀の言葉に半信半疑になっている。
……ここで話しても埒が明かないため、俺達はそのまま魔王の元へと案内してもらうことにしたのだ。助けられるようなら助けるが、この男の言う通り手遅れなら倒すしかないと考えて。
そして、俺達が出会った魔王は既に手遅れだった。
最初のうちは普通の女性の声で俺達に応対していた魔王だが、唐突にその声は野太い男のものとなる。そして、聞くに堪えない暴言を吐きながら俺達に襲い掛かってきた。その容赦のない攻撃から俺達は手遅れだと判断し、彼女を救うためにも倒すことを選択した。
そこからは総力戦だった。
周囲の魔族達が一人、また一人と力尽きて倒れていく中で、俺達は魔王の攻撃に耐えつつ反撃の機会をうかがっていた。幸いなことに魔王は攻撃魔法を無詠唱で行えないのか、その隙を付いて攻撃をすることが可能だった。俺が技を駆使して攻撃し、戦士ができたすきに全力の一撃を放つ。僧侶は俺達を補助しつつ、魔法使いは俺と戦士を補助するように攻撃魔法を放つ。
それでも魔王の魔法は強力で、俺達は徐々に傷ついてき、やがて満身創痍となってしまう。
ただ、満身創痍なのは魔王も同じであり、魔王の魔法も僅かではあるが確実に弱くなってきている。ここが正念場だと、俺達は最後の力を振り絞り攻撃を繰り出す。
最後に魔王が放った魔法を掻い潜り、俺は魔王の身体に聖剣を突き立てた。
聖剣を突き立てられた魔王は断末魔の悲鳴と共に崩れ落ちる。その絶叫は最初は男の声だったのだが……最後には先ほどの女性の声に戻っていた。
倒れた魔王はまだ生きているのだが、その命は風前の灯火だというのが良く分かった。そして、息も絶え絶えにまだ生きていた魔王は、俺達に礼の言葉を最後に告げる。
「……ありがとうございました。父を……倒してくれて」
彼女はその言葉だけを残して、息絶えた。ボロボロになっていた参謀は、彼女の最後の言葉を聞いて涙を流し、覚束ない足取りで彼女に近づくとその亡骸を抱きしめる。
後味の悪い勝利に、俺は喜ぶ気にはなれなかった。全てが終わったのに胸の中にもやもやとした気分が残ってしまう。本当に助けられなかったのだろうかと今更ながら思ってしまう。
本当にこの行いは正しかったのか……周囲の皆の顔にも勝利の喜びは無く、ただただ苦い表情を浮かべている……。
俺達は彼女の亡骸を埋葬し、新しく魔王となった参謀を連れて王国へと帰国した。道中はとても明るい気分にはなれず、とても凱旋と言う気分にはなれなかったのだが……王女様へと魔王を倒した事を告げるととても嬉しそうに笑ってくれたので、俺は少しだけ救われた気分になれた。
数日をかけて王国に帰ると、待っていたのは盛大な歓迎だった。騎士団長や王女様、兵士時代の友達や国の皆が俺達を出迎えてくれて、それで皆の表情は幾分か柔らかくなっていた。
「ただいま帰りました王女様。お土産、色々あるんですよ」
「お帰りなさい勇者様。お土産も楽しみですけど、まずはゆっくり休んでください」
彼女の笑顔を見て、俺はきっと間違ってなかったと自分に言い聞かせる。お帰りなさいと言われて、俺の旅は全て終わったんだと実感した。
その日の夜は盛大な宴会で……みんな一緒に朝まで騒いでいた。
そして……もうあの音が聞こえなくなっていることに気づき、やっぱりあの音は旅の疲れとかで聞こえていた幻聴だったんだと結論づけた。
……それからは慌ただしい日々が始まった。正直、旅をしていた方が楽だったと言えるほどに忙しい日々だった。
俺達が帰国したことを報告するための大々的なパレード、魔王達が降伏したことによる調印式、国王による勝利演説……聖剣を返すための儀式……そして……俺と王女様の結婚式……。
俺としては戦士と魔法使いの結婚式も一緒にしてほしかったのだが、それは結局取りやめになった。
戦士達は戦士達でやるので、国として大々的にやるのはお前たちだけにしておけと言われてしまった。
俺と王女様の結婚には、せっかくなので竜のご夫婦からもらった指輪を使わせてもらった。
お互いがお互いを思い合っている限り、竜の加護がもらえる非常に希少な指輪なんだとか。赤の指輪を俺は王女様の指にはめ、青の指輪を王女様が俺の指輪にはめる。
それが竜族の風習なんだそうだ。お互いがお互いを守ると言う誓いで……最近は人の間でも流行り始めているんだとか。
指輪をはめた瞬間、俺に赤い光が、王女様を青い光が包み込む。暖かく優しい光に包まれて、指輪も俺たちを祝福しくれているようだった。
「王女様、愛しています」
「私も愛してます、勇者様」
お互いにそう言うと、俺たちは口づけを交わし夫婦となった。参列してくれた皆は俺たちを祝福してくれて、今が人生で一番幸せなんだと俺は実感する。
そのまま俺たちを祝福する宴会は続き……その宴会も終わった後、俺たちは初夜を迎えた。
初めて戦場に立った時以上の緊張感が俺を包んだ。心臓はバクバクと早鐘のように鼓動しているのに、身体中はやけに冷たく、カチカチに関節が固まっている。寒いのに汗だけがやたらと出てきて俺の身体を濡らす……。
これが俺の最終決戦かと勝手に一人で覚悟を決める。……決めるのだが、俺の分身は緊張からかなんの反応も示さない。始まってもいないのにダウンしたままである。
本来であれば男の俺がリードとやらをしなきゃいけないのだろうが……そんな余裕は全くなかった。
逆に王女様にリードをされてしまった……なんか王女様が初めてとは思えない感じだったけど、王族ともなるとそう言う教育も受けるんだろうな……。
そんなことを考えつつ、俺は王女様と一つになった。
その日……俺は童貞ではなくなった。
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俺と王女様が結婚してから、半年ほどの月日が経過した。俺は今、王国から遠く離れた魔王城で仕事をしている。残念ながら王女様……もう奥さんだから妻だな。未だに当時の呼び名がクセで抜けてない。
妻とは離れ離れで、単身でこっちに来ている状況だ。仕事内容は魔王の補佐……という形になっている。
離れているが、一月に一回は帰れているし、相変わらず通信水晶でのやりとりは毎日しているので……寂しいけれどなんとか耐えられている。
何故こんなことになってるかというと、降伏し保護を求めた魔族たちの支援する部署のトップに俺がなってしまったからだ。
万が一、魔王が反旗を翻した時の抑止力にもなるからと、俺に白羽の矢が立った形だ。
正直に言って断りたかったが、俺にしかできないと言われて俺は渋々それを受け入れた。それは、新婚から二ヶ月目のことだった……まだ一緒にいたかったのに……。
俺の腰には旅をしていた当時のように聖剣がある。万が一の時のためにと、また借り受けることができたのだ。聖剣抜けなかったらどうしようかと思ったのだが、懐かしい相棒の感触は頼もしく、あっさりと俺の腰に戻ってくれた。
マアリムは、俺が移動する日と時を同じくして、魔族に信仰を広めると新しく建てられた教会に移動してきた。完全に偶然らしい。今はそこのトップとして、日々を忙しく過ごしている。
ポープルとクイロンはしばらく王国で過ごしていたのだが、ポープルは魔族の道具やら何やらを研究したいとこっちに引っ越してきた。クイロンはそんなポープルと離れたくないからとくっついてきて一緒に暮らしている。畜生、羨ましいぞこの野郎。
かつて一緒に旅をした仲間たちが一緒にいてくれている。俺が妻に会えない寂しさに耐えられているのは仲間達のおかげでもあるだろう。
毎日のように皆で集まっては酒を飲んだりしている。最近ではその集まりに魔王も参加してくれている。俺は、良い仲間を持ったと日々実感していた。
そんな集まりの中で、酔っ払った魔王が泣きながら嬉しい報告を俺にしてくれた。どうやらこいつは泣き上戸のようだ。
「ディ殿には本当にこの数ヶ月お世話になりました……降伏した際の条約も不平等なものに甘んじる覚悟でしたがご尽力いただき……そのご恩返しに私、ついに移動魔法を覚えました‼︎ これで王国まで即座に帰れますよ‼︎」
その宣言にいち早く食いついたのはポープルで、どういう魔法なのかを根掘り葉掘り聞いている。
俺は俺で非常にありがたいと思う反面、魔王を馬車代わりに使うようで申し訳ないが、気にしないで欲しいと言ってくれたので甘えることにしよう。
そうか……すぐに会えるのか……。移動中に色々と考えるのも好きだけど、すぐ会えるようになるのは嬉しいな。
喜びからその日は酒の量が多くなってしまい、次の日は二日酔いになってしまった。
それから、次の休みには帰れそうだと妻に告げると、彼女は満面の笑みで待っていると言ってくれた。
移動魔法ですぐに帰れることは言っていない。みんな、急に帰って驚かせてやれと言うからそれに従ってみることにした。
確かに、そっちの方が喜んでもらえるかもな。
そして休みの日当日。普段なら荷物になると持っていけなかったお土産を準備して、魔王に移動魔法をかけてもらう。
通信用水晶は残しておいて、帰りたい時にはそれで連絡してくれれば、ありがたいことに迎えにきてくれるとのことだった。
みんなに見送られる中、俺は魔王に移動魔法をかけてもらう。特有の浮遊感はあるが不快ではなく、すぐに会えるのかとワクワクした気持ちを子供のように抑えきれない自分がいた。
移動先は家から少し離れた場所で、誰にも見つからないように俺はこっそりと移動する。
とは言っても、俺が不在の間は騎士団長が手配してくれた人が警護に当たってくれているはずなので、家の門の方には人がいるはずだ。
驚かせたいから、静かにしてもらうように言わないとな……。……と思っていたのだけど……おかしいな、誰もいないぞ?
俺と妻が結婚した際に王様が送ってくれた新居はかなり広く、色々と魔法的な警備も厳重ではあるのだが、流石に誰もいないと言うのはおかしい……。
……もしかして、最近妻は自分で料理をしてそれを俺に食べさせるのを趣味にしてるから、警護の人連れて買い物にでも行ってるのかな……?
それなら、家に入って待ってるか。帰ってきたらもう俺がいるとなると驚くだろうと、俺は門へと手をかざすと解錠して中へと入っていく。
……何だろうか、この違和感は。自分の家だというのに自分の家と言う感じがしないというか……前に帰宅したときはこんな感覚は無かったのに、どういうことだ?
違和感を感じて俺は家の中を徘徊する。キッチンには仕込みがされた料理が置かれていた。作りかけと言うよりは一段落できるところまで置いて、後は仕上げだとするだけと言った感じだ。
この状態で出かけたのなら、何か買い忘れでもあったのかな? まぁ、そう言うところも可愛いんだけど……あー……早く会いたいな……。
そんなことをのんきに考えていたのだが……俺は直後に身を竦ませる事となった。
「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ?!」
突如、男の叫び声が家内に響き渡る。唐突に降って湧いて出た事態に、俺は聖剣に手をかけて声の聞こえた部屋へと向かっていく。この方向は……寝室……? なんで寝室から男の叫び声が聞こえるんだ? それにこの声は……聞き覚えがある。
俺は嫌な予感がしつつも寝室まで到着すると、寝室の扉を勢いよく開く。
扉の先には、絶望の光景が広がっていた。
そこにいたのは衣服を脱いて上半身が裸になっている騎士団長と……身体が異形の物へと変貌しかけている妻の姿だった。
苦し気に呻きながら身体を人間以外の物に変貌させている妻と、俺は入った瞬間に目が合う。俺を見た瞬間、彼女の目から涙が零れ落ちていた。
その光景に、俺は手に持っていた聖剣を思わず手から落としてしまう。その音で、騎士団長は俺がこの場にいることに気がついてのか、振り返って俺を凝視する。
「ディ……何故ここに……」
呆けた顔でこちらを見る騎士団長にイラつき、激昂した俺は騎士団長の元へと一瞬で移動する。そして、彼を殴り床に叩きつけると、俺は騎士団長に馬乗りになる。
「妻に何をした!! 言え!! なぜあなたがここにいる!!」
「ち……違うんだ!! 僕が何かしてこうなったわけじゃ……!!」
「じゃあ何をしていたんだ!! 言え!!」
寝室にいる……という段階で予想は付いている。しかし、その考えを認めたくない俺は騎士団長を殴りつけながら自らの口で自白するように強いる。そして、騎士団長が語ったのは俺にとって最悪の事実だった。
妻はだいぶ前から不貞を働いていたのだ……俺が魔王城へ行った直後……いや、それよりもはるか前……俺が先代魔王を倒すために旅をしている時から……。
それによって一つの合点がいった。これは……この事態は……俺が妻にあげた指輪の呪いだ。竜の指輪の呪い……それは契りを結んだ相手を裏切る行為をした場合に身体を蝕むという呪いだ。
でも確か……ここまで強力な呪いじゃ無かったはずだ。俺にこれをくれた竜族の男は言っていたはずだ、身体が変貌するほどの呪いは何十回と相手を裏切らないと起きないと……。つまり……。
俺は悔しさのあまり涙を流しながら、変貌していく妻の姿を見ていた。
妻の綺麗な陶器のような肌は見る影もなく青いザラついた肌へと変化しており、その表面には鱗のようなものが中途半端に現れ始めている。顔は半分がいつもの妻の顔、もう半分はトカゲのような大きな目と、いびつな形に歪んだ口元が広がっている。四肢は呻くたびにその形を変えていき、関節が人間の方向とは逆になっていく。
背中には翼が生えてきており、それが突きでるたびに痛むのか呻き声は大きくなる。美しいはずだった声は、ぎゃあぎゃあと獣のような鳴き声へと変わっていった。化け物になるのも時間の問題だ。
その姿はまるで竜のようなシルエットへと変貌していっているが、これは竜ではない。竜はこんな醜い見た目はしておらず、一種の機能美とも言える自然の造形美があった。こんな……見ただけで不快になるようなものが竜であるはずがない。
姿を変えていく妻を見て俺は思う。俺が嫌だったのか? 何か不満があったのか? 言ってくれれば……俺だって無理に結婚しようなどとは思わなかったよ。
「ディ!! 頼む!! 何か心当たりがあるなら姫様を助けてくれ……すべては僕が……僕が悪い……!!」
「黙れよ」
今更、言い訳など聞きたくない。俺は騎士団長は無視して床に落ちた聖剣を手に取る。この呪いは相手が許すまで続くという話だ。つまり、俺が心から妻を許さない限りは彼女はこのままだという事だ。
……俺にこれをくれた竜も予想外だっろうな……なにせ、姿を変える程の呪いはめったに起きないと言っていたからな。俺も彼女に言っておけばこの結末は防げたのだろうか?
俺は騎士団長を一瞥するとそのまま部屋から出ていき、通信用の水晶がある場所まで移動すると魔王を呼ぶ。すぐに魔王は出てくれたのだ。
『ディ殿、どうしました? ずいぶん早いですけど……何かありましたか?』
「……事情は帰ってから説明するよ。魔王、迎えに来てくれないか」
俺のただ事ではない雰囲気を察したのか、魔王は慌てて直ぐに迎えに行くと言ってくれた。そして、通信水晶を切り振り向くと、俺の背後から団長が俺に向かって剣を抜いていた。
「……何のつもりですか?」
「悪いが行かせるわけにはいかない……姫様を……姫様を助けるまでは……大人しくしてくれ……」
俺が騎士団長を無視して進もうとすると、彼は俺に対して剣を振るってきた。ブランクでもあるのか、それとも精神的な動揺が現れているのか……その剣筋はブレていてあまりにも遅い。
騎士団長の振るう剣の刃が俺の身体に届くか届かないかと言う瞬間に、俺は彼を聖剣で斬り伏せた。
「……さようなら、団長」
俺に一刀のもとに切り伏せられた団長は、変貌していく王女に手を伸ばしながら、声にならない声を上げて事切れる……。その最後を見ても、俺はもう涙は流さなかった。
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……勇者が騎士団長を斬り捨てた数日後、彼は勇者の家で遺体で発見される。騎士団長の遺体以外は何もなく、その家にいるはずの王女も不在となっており、完全なもぬけの殻になっていた。
王女の行方不明に加え、騎士団長が殺されると言う事態に、王国は犯人捜しを早急に開始する。そして王女の夫である元勇者が疑われ、その身柄の引き渡しが魔王の国へと要求されることとなる。
しかし、魔王が勇者の身柄を引き渡すことを拒否したことから二国の関係は悪化する。
それから数日後……勇者は王国にふらりと現れる。
投降した勇者は王族殺し、騎士団長殺しの罪で処刑されることとなるのだが……その勇者を救出に来た魔王と、かつての勇者の仲間達によって、勇者は逃亡する。
そこから、再び魔王の国と王国の間で戦争が勃発することとなった。
それは、勇者が魔王を倒してから僅か半年の出来事だった。
しかし、王国にいる誰もが予想していなかった。
この戦争がきっかけとなり、最終的に王国が滅んでしまうことになるなど……。
バッドエンド理由→魔王が救われていない
色々とご意見いただきまして、賛否両論ありそうな投稿はこちらに投稿しようかと思います。
今のところ「もしも」はこの話だけ考え付いているのですが、今後も思いついた場合に備えて連載にしています。