探偵ナイト・ハイ・スクール①
我が聖ストゥルヌス高校の素晴らしいところその一。校則が緩い。生徒を雁字搦めに拘束するはずの校則は、その由緒と歴史からは考えられないほどに甘く、自由な校風という謳い文句に恥じぬものとなっている。
特に他の学校と一線を画しているのが、制服に関してだろう。下が指定のズボンまたはスカートである以外は、特に制限は設けられていない。学ランの中にパーカーを着ようが、そもそも上の制服を着ずにタンクトップで登校しようが勝手なのだ。中庭に聳え立つ、槍を掲げた訳の分からない像も自由の象徴らしい。良く分からないが。本当に訳が分からない。何だあれ?
我が聖ストゥルヌス高校の素晴らしいところその二。その二……。
……。あっ、行事が多い! 体育大会や文化祭は勿論、音楽鑑賞会、校内絵画展、企業体験など、他の高校には無いであろうイベントが数多あるようだ。
この夜間校内修学泊もその一つ。
午前中は普通に授業があるが、午後になれば皆で計画を立て、役割分担をしてカレーを作り、食べて寝る。決められているのはそれだけであり、その他の時間を誰と過ごし、どこで寝るかなどは基本的に生徒の自由だ。制服もそうだが、ある程度の判断をあえて生徒に委ねることで、生徒の自主的な協調能力、場を弁える力を養うのが狙いらしい。
生徒にとっては堅苦しい勉学から解放される時間、学校にとっては大事な育成の時間なのだろう。
しかし俺、岸辺雪にとっては重要な『仕事』の時間だ。
俺が駄々をこねた結果、霧峰さんは俺に『仕事』を託してくれた。
「本当ですか!? それで俺は何を」
「そうだね、君には情報収集をお願いするよ。片桐が言っていたでしょ、スマイルは学生の間にも広まっている。君の学校の中にもユーザーが居るかもしれないからね」
「分かりました。でも何でスマイルの事を? スマイルは吸血鬼化に関係無いんじゃないんですか?」
「確かに、重度なスマイル依存者の血液中にヴリコラカスは見つからなかった。ただ少し、気になる事があってね」
そう言って霧峰さんは語尾を少し濁して、それをごまかす様に話を進めた。
「それに一般の生徒から吸血鬼の情報なんて碌に集まらないだろうしさ。ああそうだ、ついでと言っちゃなんだけど、単眼娘の噂についても出来る限り集めてくれないかな。何か分かったら電話してね」
「分かりました。出来る限り頑張ります」
「君はさしずめドルルーサの諜報員だ、期待しとくよ。ただし、君が吸血鬼だと事を忘れないでね」
諜報員、なんていう怪しげで危なげで甘美な言葉を受けてしまっては、それはもう高揚する他ないだろう。
俺は張り切ってこの夜間校内修学泊に臨んだ。普段あまり喋らないような人からでも、あるいは情報を得られるかもしれない。
吸血鬼だという事を忘れるな――。霧峰さんが言いたいのは、いつ誰が吸血鬼の力を顕現するか分からない以上、夜に危険な事をするなって事だろう。
我ながら黄金の理解力。
分かっちゃいる。分かっちゃいるが、この絶好の機会、逃すわけにはいかないのだ。
いかないのだ。
……いかないのだが。
「どうしたの岸辺。元気ないねえ」
「こいつが死にそうな顔してるのなんていつもの事だろ」
机の上で項垂れる俺の顔を覗き込む二人の同級生。門出と中原。
夜のイベントまでの間、俺は少しでもスマイルについて情報を集めようと隙間時間を使って奔走したが、放課後になっても結局得られた情報は皆無だった。
そもそも大半の人間は知らない上に、もし仮にスマイルのユーザー出会ったとしても、ほいそれとは教えてくれないだろう。
甘く見ていた。ゲームやアニメと違ってこうも情報収集とは難しいものなのだ。
「それで岸辺、調べ物は順調かね?」
「えっ!? 何で俺が調べものしてるって知ってんだよ」
俺の顔を覗き込む門出が、いつもの間の抜けたアホ面で尋ねてくる。
こいつら二人には言っていないのに、どうして?
俺が驚愕の表情で尋ねると、二人は顔を見合わせ、一斉に吹きだした。何だお前ら。仲良しかよ。
「だって岸辺が休み時間教室から出るなんて珍しいもん。それも随分忙しそうにさ」
「そうそう。それで俺らも気になってさ。お前がどこで何してるか探ってみたんだよ」
「随分いろんな人に聞いてるみたいじゃん。言ってくれれば私達も手伝うのに」
確かに……。
主にオカルトメインとはいえ、どこから集めてくるのやらやたらと知識と流行に強い門出と、圧倒的なコミュ力と顔面偏差値による謎の人脈を持つ中原の力を借りれば、もっと簡単に話は進むかもしれない。
しかし――
「いや、いいよ。これは俺が解決すべき問題なんだ」
そう、こいつらを巻き込むわけにはいかないのだ。俺の身勝手に巻き込むわけには――
「スマイルって麻薬だろ? お前やってんのかよ……引くわ」
「それに単眼娘? ついに岸辺も興味を持ってくれたのかね! オカルトの素晴らしさに!」
「なっ、何でそこまで知ってるんだよ。麻薬なんてやってる訳無いないし、単眼娘は……」
どうやって誤魔化そうか、その一瞬の間が二人に何かを確信させてしまったようだ。
怪訝と歓喜の眼差しに当てられ、俺はこれ以上の追及を最早避けられない事を悟ったのだった。
*
「雪がスマイルを、ねぇ」
「そっちより単眼娘でしょ! まさかこんな近くに遭遇者がいるなんて!」
俺はスマイルの売人にクスリを売られ、それを警察に届ける途中単眼娘に遭遇しそのことを忘れていたが、何かのショックで薬の事だけ思い出した、という内容を二人に伝えた。
吸血鬼の話はしていない。もし伝えたとして門出はまだしも、中原は絶対に信じないだろうし。現に単眼娘の事だってあまり信じていないようだ。まあ、それが普通なのだが。
「それで、俺はそういう麻薬とかが許せねえんだ。その時買ったはずのクスリは無くなっちまったし、もう一度調べてるんだ。単眼娘はおまけだ」
「む。じゃあ何。岸辺はそんなに単眼娘を信じてないの」
「当たり前だろ」
そう言うと門出はあからさまに不貞腐れた。
実際、単眼娘はまだ信じ切れていない。吸血鬼とは違い、本当に存在しているのかこの目で確かめていないからだ(目にしているのかもしれないが)。
「でも、その時の事だけすっぽりと忘れてるってのも不自然だ。”いるかもしれない”という事は覚えておくつもりだよ。ただ、優先して調べてるのはスマイルに関してだな」
「都市伝説はどうでもいいが、その麻薬の事なら俺も先輩とかに聞いてみるわ。俺もそういう麻薬とか? メチャ嫌いだからな」
「そうだね、私も色々聞き込みしてみるよ」
「……ああ。助かるよ。何か分かったら教えてくれ」
二人の協力が得られたところで、学校中にチャイムが鳴り響く。普段は鳴らない、今日だけの特別なチャイム。これを以って、夕食作りの始まる午後六時までは自由時間となる。
俺達三人は、この時間を使ってできる限り情報を集めよう、という事になった。
何か進歩がありそうだと少し浮かれていたその時の俺は知る由も無かった。
俺達がこれから集める情報が、ほぼ全て水泡に帰す事を。
あんな凄惨な事件が起きてしまう事を――




