終わりと始まり
第一部「吸血鬼」編は完結です。
第二部開始まで暫くお待ち下さい。
私が本部に戻ると、はづきと妍治、そして学生の二人がコーヒーを飲みながら応接間で向かい合っていた。
「やあ。戻ったよ」
「あ、センパイ。お帰りなさい」
はづきがカップを置いて、私の元へ駆け寄る。
「私は岸辺君を見る。彼は部屋の装飾を見たり、はづきのデスクをこっそりと見たりしている。彼のような一般人(もう彼を一般と評するのは幾分誤っている気もするが)は、間違っても入る事のない空間だ。ドルルーサについて好奇心を抱いていた岸辺君が落ち着かなくなるのは無理もない事だ。
山崎さんは相も変わらず、気分を暗くしたまま、そごそごとカップに口を付けている。
「……で、だよ。はづき、現状について簡単に教えてくれるかな」
「はい。午後四時頃、主に渋谷を中心に、日本各地で吸血鬼が一斉に暴走する事件が発生しました。まあご存知でしょうけど、吸血鬼達は見境なしに一般市民を襲撃、多数の怪我人が出ています。そしておおよそ三十分後、徐々に事態は沈静化。吸血鬼は少しずつ姿を消し、大半が警察に身柄を確保されています」
「徐々に……?」
「はい。少なくとも東京の吸血鬼達は、少しずつ人間へ戻っていったようですね。」
やはり、と私は思った。
「山崎さん。都内のスマイルユーザーの数はどれくらいだったか分かる?」
そう訊くと、山崎さんは少し考える素振りを見せた。
「大体二万人くらいかな? 売りは基本如月に任せてたから、正確には私にも把握できてないんだよね。渋谷外に広がってる数ならもっと分からないね」
それを聞いたはづきは、あからさまに怪訝そうな顔を見せた。
「ちょっと待って下さい。私は監視カメラで街の様子を見ていましたが、二万人が吸血鬼化したにしては落ち着きすぎです。もちろん暴走自体は起きていますから、騒ぎにはなっていますよ。警察も出動していますし、マスコミにも目を付けられています。ですが、そんな規模での事態があれだけ早く沈静化するなんて、ハッキリ言って異常です。ありえないですよ」
「そうだよね……狂暴な吸血鬼が大量に出現したにしては、街が静かすぎる。それと山崎さん、もう一つ聞きたいんだけどさ」
「何ですか?」
「君の叫びによって吸血鬼は力を顕現し……そして叫びによって失った。彼らは同時に活性化したようだけど、力を失ったのも同時なのかな?」
「ええ……そうですよ。一斉に活性化し、そして沈静化するんです」
「それはおかしいですね。さっきも言いましたけど、街の吸血鬼達は徐々に沈静化してます。あくまで全てを把握している訳じゃないですけどね」
はづきが困惑を浮かべながら言う。私が気になったのもその事についてだった。
「どういう事なんですか?」
岸辺君が私に意見を求めてくる。私にも正直なところ正確な事を言えないのが少しだけもどかしい。
「分からないね。彼女の叫びによって、本当に吸血鬼が少しずつ落ち着いていったのかもしれないけど……」
「含みのある言い方ですね。センパイらしくないです」
はづきは白か黒かハッキリ物事を区切りたい人間だ。まったく、私だって考える時間が必要なんだ、分かって欲しいものだ。
「……そうだね。その前に岸辺君、山崎さん。さっき中原君の家に行った時、何か違和感を覚えなかったかな?」
考えをまとめながら私は話す。私に問われた二人には特に思い当たる節もないようで、違和感? と復唱するだけだった。
「中原君に意識を向けていた君達は気づかなくても不思議じゃあないかもしれないね。それでも君達も見たと思うけど、中原君の部屋には鍵がかかっていて、窓も締め切られていた。じゃあ、だよ。彼を襲った吸血鬼はどこに姿を消したんだと思う?」
岸辺君は少し考え、そして答えを出した。
「隣の家にいたんじゃないですか? 吸血鬼になった住人が元居た家です。そこで倒れるなりしていたんじゃないでしょうか」
「私は君達が中原君の意識を呼び掛けている間、壁の大きな穴からその部屋の様子を見てみたんだ。だけど、人の影は無かったし、玄関も窓も鍵が閉まっていた」
「どういう事です? それじゃあその吸血鬼はどこに行ったんですか」
はづきが思わず、といった風に言う。
「まあ、聞いてよ。それとね、中原君の部屋にはもう一つ気になる事があって、窓に二つの穴が開いてたんだ。一つはガラスの中心辺りに小指程度の大きさの、もう一つは鍵の近くに拳ほどの大きさの穴が」
「ああ、霧峰さん、窓の近くで何か考え込んでましたね」
「まあね。大きい方の穴は溶かされて切り取られていた。つまりだよ、あくまでこれは私の見解なんだけど――」
私の話を聞くうち、はづきは私が言わんとする事に気が付いたようだ。私の言葉に割り込み、口にする。
「何者かが侵入し、吸血鬼を連れ去った……」
「ご丁寧に窓の外に出た後、鍵をかけ直してね」
台詞を奪われた私が補足する。
山崎さんが唾をのむ、ゴクリという音が聞こえる。岸辺君もいたって真面目な表情をしている。
「その何者かが、中原の家に入り込んで、何かしたって事ですか?」
「ま、中原君に外傷が無かった事から、何者かが吸血鬼を無力化したって考えるのが妥当かな。それに、その人物はおそらく組織的に動いてる。それも結構な規模でね。その組織が吸血鬼達を少しずつ制圧していった……私はそう思う」
中原君を心配してか、少し焦る岸辺君をなだめる様に言う。
「もちろん、これは仮説にすぎないよ。何事も仮説から始まるんだ。そしてそれを確かめる必要がある」
そうして頭の中に生まれた仮説を漏らすように口にする私を、岸辺君と山崎さんがひどく神妙な顔で見つめている事に気が付いた。私は我にかえる。いけないいけない。いささか彼らを不安にさせてしまったようだ。
「まあ、その事は一旦置いておきましょう。それよりとにかく、吸血鬼騒動は解決、という事でいいんでしょうか?」
岸辺君達に気を使ってくれたのか、はづきがえらく明るい口調で言う。
「そうだね。まあ問題は山積みなんだけど……。もう吸血鬼が渋谷に現れるなんてことは無いだろう。そうだね?」
私は山崎さんを見る。少し意地の悪い言い方になってしまった気もするが、私にはこういう物言いしかできないのだ。申し訳ない。
「はい……。私はもう大丈夫です。この世界に、岸辺達がいてくれるから……」
当の本人、山崎さんは私の目をまっすぐ見抜きながら言う。その目を見て分かる。言葉通り、彼女はもう大丈夫だろう。私は目線を逸らさずに頷く。彼女の本意に私も真摯に応えたかった。
「さて、と」
私が肩の力を抜きながら呟くと、それを見計らったかのように妍治が戻ってくる。気怠そうに肩を揉みながら、ひどく疲れているように見える(無理もないけど)。
かくして、私達が二年間追った吸血鬼騒動は結末を迎えた。恐怖の対象、吸血鬼。蓋を開けてみればその正体は、一人の少女が見えないものを見落とした結果生み出してしまった、悲しき傀儡だった。一連の事件の被害者の数は数多に及ぶ。スマイルのユーザー、暴走した吸血鬼に危害を加えられた人々、この世界に迷い込んでしまった妖精、そして――
「妍治、はづき。これから忙しくなるよ」
「は? いきなりなんだよ」
「流石に今回の一件は世間に誤魔化しきれないし……各方面にも話を通さないといけない。私達がやるべきことはまだまだあるんだ」
私がそう言うと、妍治は大きなあくびを一つ漏らし「へっ、いつもの事じゃねえか」と気怠そうに言った。
「……そうですね。ハッキリ言っていつもと変わりありません」と、はづきも言う。
「ふふっ……そうだね。それが私達ドルルーサの使命なんだから」
私は笑った。




