シークレット・スイート・ロード
ニーアオートマタにはまって投稿するの忘れてました
ニーアは面白かったです
俺は学校を休まなかった。えらい。あの血みどろ生臭い惨劇を目の当たりにしても俺は学校に行った。それはたぶん俺が無意識のうちに「日常」に帰化したいと思ったからだろう。もちろん昨日の晩飯は作ったはいいものの喉は通らなかったし、体内を大きな虫が這い回っているような気分は今も続いていた。
結論から言うと鈴奴は死に、霧峰さんと片桐さんは生きていた。
鈴奴は落ちてきた大きな瓦礫に頭を完全に潰され、命を失った。吸血鬼といえども頭部を完全に破壊すれば即死するらしい。彼女は地面に固定されたまま死んだ。その遺体は霧峰さん達によっては回収され、誰の目にも触れることなく処理されたようだ。思うところはあったが、哀しくはなかった。
さすがの霧峰さん達もあの一瞬の崩落の前では鈴奴を守ることまでは出来なかったようだ。それでも彼女らは生きていた。何故か? はっきりと理由は分からない。ただ運が良かった、それだけだと言われた。釈然としない気持ちはあるものの、それを具体的に言葉に表すには些か疲れている。解決できそうもないので、後回しにすることにしたのだ。
そして俺は今(昼休み)、再び人気のない北校舎の四階で霧峰さんの横に立っている。案の定呼び出されたのだ。
「まずは謝罪……。彼女を釣る事、君に話していなかった。悪かったよ」
教室前の廊下で、彼女は俺へ謝罪した。普通人に謝るときは正面に立つべきじゃないか? と思った。勿論口には出してない。
「それは別にいいです。昨日も言いましたが。その方がいいと判断したんでしょうから」
俺は正直にそう言った。彼女は「そう、よかった」と答えた。
「それで、体調は本当に大丈夫なの? ちゃんと食べられた?」
彼女は話を変えた。
「ええ、まあ。ウ●ダー飲んで誤魔化してますよ。固形物はさすがにちょっと。それより霧峰さんこそ大丈夫なんですか、色々」
「うん、まあ大丈夫だよ。私は慣れてるし。現場の方は管理が杜撰だったがゆえに起きた事故ってことで落ち着かせるから、私達は昨日あの倉庫に居なかった、いいね?」
「アッハイ」
俺が一番疑問に思っている肉体損傷について、彼女は何も言わなかった。多分わざとだろう。
「こんなところでする話じゃないけどさ、昨日のあれ、君はどう思う?」
「どうとは?」
「自然に倉庫は爆発しない。誰かが爆破したんだよ。鈴奴が私を殺せなかったことを悟ってね。彼女まで殺すつもりだったかどうかは定かじゃない。隙に乗じて救出するつもりだったかもしれない」
「そうですね」
「あと、君にはまだ言ってなかったんだけどね、瓦礫が落ちてくる直前、彼女は私達にメッセージを残したんだ」
「メッセージ?」
「うん。『この世には妖精がいる』……あらためて、君はどう思う」
よ、妖精? 妖精って言うとボブリンとかドワーフとかのあれの事か?
どう思うかと聞かれれば信じられないというのが正確な気持ちだ。齢十六の俺はもちろん妖精なんてものに遭遇したことはない。門出の趣味で話を聞いたことはあるが、それは絵本や小説に登場する、あくまで架空の存在。ここは現実だ。いるはずがない。まあ、吸血鬼だってそうなのだが――
「そうだよね。信じられない。『妖精』の名は西洋、中国や日本じゃ妖怪という名で知られてる。ただし空想上のもので、当時は原因不明だった現象に説明を付けるために生まれたものだ。なら君は彼女が嘘をついたと、そう思うかい?」
「霧峰さん達を惑わすためにそうしたものかもしれません」
「そうだね。だが彼女は倉庫が爆破された瞬間どう思っただろう。”切られた”。……そう考えるには十分な状況だったんじゃないかな」
「鈴奴は裏切られたと考え、裏切った……。なら霧峰さんは信じるんですか? その『妖精』とやらを」
「二年前……どこからともなく現れた吸血鬼。しかしその正体はただのヴリコラカスという物質による症状にすぎなかった。トンデモではあるけど化学の範疇、ある種人間の進化とも言えるものだった。それなら『妖精』もその類のものとして実在する可能性はあると思うよ」
「また麻薬ですか」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……。情けない話だよ。あれだけのチャンスから得られたのは『妖精』のワードだけ。しかも意味は謎ときてる」
そう言うと彼女は腕を組んで黙り込んでしまった。何かを考えているように見えた。
「でも霧峰さん。鈴奴の言っていた『契り』。彼女が言動に制限を掛けられていたのなら、『妖精』というワードに大した意味はないんじゃないですか?」
「その通りだ。冷静な分析だね。『契り』……彼女が情報を吐かなかったのが、それによる制約なのだとしたら、彼女の主にとって『妖精』という言葉、それ自体は致命的なものでは無いのかもしれない。今は何もわからないよ」
謎が解明されないままに、新しい謎が生まれてしまったわけだ。そして鈴奴という大きな一手を失った。あのまま尋問を続けていて果たして彼女が口を割ったかどうかは分からないが、それでも彼女の存在は必要だった。失ったのだ。大きな駒を。
「さて、私の話はこれだけだよ。わざわざここでなくてもよかったんだけどね。君が学校に来るもんだから、せっかくだし」
これで話は終わり、か。聞きたいことは山のようにあるが、しんどい。めちゃくちゃしんどい。疲れた。ホントしんどい。帰りたい。精神消耗に加えて新しい情報。いっぱいいっぱいだ。俺が望んだこととはいえ流石に堪えた。
今日はもう帰ろう。
帰って寝よう。そうしよう。
「岸辺! 今日ちょっと買い物付き合ってくれない?」
放課後、そそくさと帰りの準備をしていた俺に、門出が爛漫な笑顔で言った。
「ね、中原も。買いたいものがあるんだよよよ」
「あーわり、俺ちょっと体調悪くてさ。明日じゃダメか?」
門出には悪いが断らせてもらう。体調が悪いってのは何となく違う気もするが嘘ではない。
「悪いな。今日はちょっと別の用事あるんだ。俺も明日にしてくれ」
「えー二人とも最近ツレないなあ。ま、いいや。じゃあ明日付き合ってよ」
「分かった分かった。で、何しに行くんだ? またオカルト調査か?」
「それもいいんだけどね。服だよ服! jkっぽいでしょ? 私にはjk感が足りてないと思うんだよ」
確かに門出は女子っぽさが全く無いからな……。ま、中原はともかく、俺も人の事とやかく言えるほど男子高校生してないけど。
「そんなら俺がいい店教えてやるよ。今女子高生に人気の店、俺結構知ってるんっだぜ」
「お、さすが中原だねえ。よっ! 色男!」
「おっさんかよ……。ま、そういうことなら付き合うよ。じゃあ明日な」
俺は教室を出る。
ああ、俺今高校生してる。今の一瞬が、俺にそう感じさせた。
何年間も一緒にいるこいつらとじゃ青春なんてまるで感じないが、放課後友人と買い物に行く。ああ青春。ああ普通。
こういうのがいいんだ、俺は。スリルと刺激もいいけど、こういうのが俺には必要なんだ。
誰にだって必要なんだ。
*
「ここで一度状況を整理しよう」
barアントレ。テーブル席を囲む四人の男女。
霧峰岬、亜里堅妍治、片桐遊子、そしてドルルーサの研究担当、一ノ瀬はづき。
頭一つ座高の小さい霧峰岬が、テーブルに置かれた数枚の紙のうち、一枚を手に持って話し始めた。
「まず事の発端は二年前。吸血鬼が突如として渋谷に現れ、私達のところに依頼が来た。私達は動き始め、今年六月に岸辺君の存在を発見。そして如月と接触した」
「依頼主の方は未だに特定できてねえ。こういう事があるから匿名はやめるべきなんだ」
「そもそもなんで君達匿名性なんかにしてんだぁ? 問題だらけだろ」
「まあ、それは置いといてさ。私達は如月が『スマイル』の売人であることと、岸辺君が吸血鬼になった(と思われる)タイミングから『スマイル』と『吸血鬼』の関連性を見出した。そして、ここに『単眼娘』が絡んでくる。あ、そういえばあれから君達接触してないよね?」
「ああ。さっぱりだぜ。相変わらずカメラには映ってねえし如月も単眼娘もまるでここにいないかのように見当たらねえ」
「もうどっか行っちゃったとか。俺はそうは思わねえけどよぉ」
「オーケイ。続けるよ」
私は手元の文字を読み自分自身確認しながら話を進める。
「そして六月十九日。岸辺君が探っていた二人の高校生が殺される。この二人からはヴリコラカスが検出されなかったけど、彼らは間違いなく吸血鬼だった。そしてその犯人と思われる吸血鬼・鈴奴朱音を釣る事に成功。この前日に私達あての謎の手紙が置かれている」
私は胸ポケットから件の茶封筒を取り出した。何度調べてもこの手紙からは指紋は出てこず、これを置いた人物も不明のままだった。
「味方……なのかねぇ。びみょーだよ」
「少なくともあの時私達はこの手紙のおかげで鈴奴を嵌めることが出来た。ただ……」
水を一口。
「私達は鈴奴を尋問、情報を吐かせようとするも、彼女を吸血鬼した主との『契り』によって失敗。倉庫は爆破され、彼女は命を落とした。しかし彼女は死ぬ直前、私達に『妖精』の存在を仄めかした。そして今に至るわけだ」
私は一気に喋り切り、もう一度口を潤す。そして数枚の紙の中から一枚を四人全員に見えるように置きなおした。
「見て。問題を箇条書きにしたものだよ」
『・この事件の依頼主
・岸辺雪からヴリコラカスが検出された事
・スマイルの製造場所
・単眼娘の存在
・如月の行方
・新島浩二と佐倉紗季から検出されなかったヴリコラカス
・手紙を置いた人物
・倉庫爆破の犯人
・妖精とは何か?
・吸血鬼の主とその目的
』
私は説明しながらその謎の多さに辟易した。紙を叩く指が止められない。
これだけの問題が解決できていないままに事が進んでしまっているのは、かなりまずいのでは。
ついこの間まで表面化していなかった問題がほとんどだから、仕方がないといえばそうなのだが。
というより、この一二週間の内に事が急速に進み始みすぎなのだ。
「あ、そうだ。倉庫爆破の件なんだけどね、爆薬が割れたんだっけ。はづき、よろしくね」
「ハイ先輩。ええと、これ、見てください」
はづきが手に持っていたファイルから取り出したのは数枚の写真と紙。現場の欠片や残骸が写っているものと、それらの情報をまとめたものらしかった。
「これが現場に残っていた爆薬の成分結果です。建造物の解体などに使用されるものと同じものが使われたみたいですね。ただしその使われ方はハッキリ言っててんで素人。ただ漠然と爆破したいって感じで、本職がするような綿密な計画とは真逆。大量の爆薬がでたらめに設置されていたみたいです」
「なんだ、だったら簡単な話じゃない。ここは日本、平和の国日本だ。解体用とはいえ爆薬を大量に入手できるルートなんて限られてるよなぁ? そこ当たれば誰がやったのか一発じゃーん?」
「それなんですが……」
はづきはそう言うと顔を少し曇らせた。はづきにはその爆薬の入手経路を探ってもらっていたのだが、どうやらその結果は今顔に表れているとおりのようだ。
「二十四日、つまり一昨日の朝、輸出予定だった解体用爆薬の一部が何者かによって盗まれているんです。ただ、その人物は特定できていない。それが現状です」
「なんだって? なんでそんな事になるんだ。輸出予定のしかも爆薬ともなれば警備も監視カメラもバッチリのはずだろ」
妍治が責め立てるように聞く。
「そうなんですよ。爆薬が保管されていた倉庫には出入り口が一つ。窓は鉄格子です。そしてその出入り口をしっかりと監視するカメラにはそれらしい人物は誰も映ってませんでした。ただ一つの異常があっただけで」
「異常?」
「ええ。ハッキリ言って、怪現象です。私が見た監視カメラの映像、私は自分の目を疑いましたね。何が写っていたと思います? なんとひとりでに引き戸が開き、中から爆薬が宙を浮いて出てきたんです。何を言ってるか分かりませんか? 私にも分かりません。でもこれは事実なんです。嘘偽りのない事実。見ていただいたほうが早いかもしれませんね、うん」
「……なんだって?」
訳の分からないことを言ってはづきは一人納得し、足元の鞄からノート・パソコンを開き、テーブルの上に散乱する紙類の上に置いた。彼女はそれを何やら操作して、次いで私達にその画面を見せた。
「いいですか? 見てくださいね」
私達の目の前にある十四インチの液晶に、粗目の映像が流れ始める。時間にして二分四十秒程度のものだ。監視カメラの映像だから、その異常が起こった部分だけを切り取ったものなのだろう。私達はその動画が終わるまでの三分弱の間、誰もたったの一言も口にしなかった。
果たしてはづきの言っていたことは何一つ嘘の混じっていない客観的事実であった。彼女の言っていたように、厳重な電子セキュリティを掛けられていたはずの扉は、まるで欠陥住宅のそれのようにスルスルと勝手に開き、倉庫の中からは二つの木箱が外へと吸い寄せられるように出てきた。それも確かに宙を浮いているように見える。そこに人間の姿は見えない。影も形もなく、ただ物体がひとりでに移動していた。
「先輩方、どう思います?」
はづきが私達に向かって問う。
「どう? 妍治」
「……どうだ片桐」
「うぅーん、岬ちゃんはどう?」
投げかけた疑問が回り廻って帰ってくる。当然私には答えられなかった。
しばらくの間、皆が皆考え込んでいた。いきなり見せられた超常現象の内容に辟易としていた。
「トリック……とか」
妍治がポツリと呟いた。
「トリックにはタネが付きまとうものだよ。私には分からない」
「僕もわかんねぇなぁ。妍治くん、どんなトリックだ? 言ってみてよ」
「……冗談だ。だがよ、これがもしトリックの類じゃないのならなんだ? まさか透明人間だなんて言うんじゃないだろうな」
まさか、と片桐も呟いた。透明人間、ありえない。光というものの効果を受けない生物などこの世にはいない。
ガラスが透明なのは、ガラスが受けた光をそのまま透過させるからだ。受けた光の反射率屈折率極めてが低いため、人間にはその存在を視認しにくい。ただしこれはあくまで、板状のガラスのような極端に凹凸の少ない物に限った話で、人間のように複雑な物体が、たとえガラスでできていても完全な透明にはなれないだろう。光化学明細なんてものもあるが、実用的なそれは、簡単に言えばモニターを着て背景をカメラで写し、その映像を流しているに過ぎない。それでも完全に背景に同化することは難しく、違和感がそこに残る。
しかしはづきが見せた映像は、違和感の無いという違和感のみを孕んでいる。
「この倉庫には鍵はもちろんかかっていたんだよね」
「ええ、もちろんですよ。カードキータイプの電子ロックでした。このカードも同じように盗まれています」
「ずいぶんと杜撰な警備だね……。それはカメラには映ってないの?」
「映ってます。見ますか?」
「いや……。勘弁してほしいかな。また後で見せてもらうよ」
「そうだな。そっちも見れば何かわかるかもしれんがまた後でいい。正直な事を言うと俺はこの映像を信じちゃいない。カメラの映像が弄られているとか差し替えられているとか、そういった方面で考えた方が簡単だ。もっともわざわざそんなことする理由もわかんねえけど。……どうやら片桐君は違うようだが」
「そうなの片桐」
ちらりと目をやると片桐は指を顎を触って、珍しく真剣に何かを考えている様子だった。切れ長の目を細め、眉間にはしわを寄せている。
「何とか言いなよ」
「……」
片桐は答えなかった。
私は仕方なくはづきからペンを借り、手元にある紙に『・盗まれた爆薬の謎』と書き加えた。また、増えた。何も解決していないのに。謎だけが増えていく。