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Ace of thin ice  作者: 小鳥遊
吸血鬼編
14/32

フィッシング・フライ

 朝届いていたメールをしっかりと読んだ後、俺は校門をくぐる。

 今日の俺はやる気に満ち溢れている。何故か? 昨日手にした、鈴奴って人の情報。不思議そうな顔をした門出に渋々教えてもらった新たな手掛かり。

 本名、鈴奴朱音(すずやつあかね)。彼女についての周囲の評価も、身体状況(霧峰さん調べ)も特に問題は無かったが、一応霧峰さんの見張りの上、俺が接触する。

 まあ彼女が件の怪人なんちゃらの発生源かどうかは分からないが、貴重な情報源だ。

 意気込みは十分、時は放課後。

 俺はやるぜ俺はやるぜ。




 そんな訳で、門出と中原との付き合いそこそこに俺がやって来たのは2-B。

 制服の襟には、バレないようにドルルーサ特製の小型マイク。今も陰から霧峰さんが見ている。

 それでなくても緊張する上級生の教室。気負いとは裏腹に笑う膝を叩いて、教室のドアをノックする。


 鈴奴さん、呼ぶとこちらを向いた赤髪の女生徒。

 うわぁ、目立ってる。この髪色、その着崩した制服。

 これが許されるのも我が聖ストゥルヌス高校の長所と言える……のか?

 俺の元へ近づいてきた彼女は気怠そうに「誰だ? 何の用だ?」と尋ねた。

「ああ、ええと。あの、俺オカ研の岸辺って言います」

「オカ研……? ああそういえば昨日も何かあったな。噂の話か?」

「え、ええ。詳しいと聞いたので」

 そう伝えると彼女は納得したようで「あんなののどこがいいんだか」と目を細めた。

「ま、いいけどアタシ、クラスの奴に聞かれたくないからさぁ。場所変えたいんだけど」

 わざわざか? そういうキャラじゃないんだろうか。それならなんで噂を門出に教えたりしたんだろう?

 聞きたい事が増えたが、黙って大人しく従っておこう(まさか聞くのは失礼だし)。

 それにしても確かに、オカルトなんてものからは遠く離れた見た目だなぁと、俺の前を歩きだした彼女のギャルギャルしい格好を見て思う。いや、ギャルとも違う穿った見た目。

 パンキーな鞄も彼女の雰囲気とマッチしている。

 後ろから遠慮なくじろじろと見ながら付いて歩いていると、彼女は淡々と歩き続け、ついには屋上の扉に手をかけた。

 普段は施錠されているその扉。もちろん理由は安全の為。『高校に入ったら屋上に上がれる』という入学時の俺の純粋な心を打ち砕いた、罪深き門だ。

 開くのか? と疑問を問おうとした時。


 あろうことか彼女は扉に向けて前蹴り、もといヤクザキックを繰り出した。

 響いたのは女子高生が蹴りで出せるとは思えない、体に流れる重い重い音。

「え……大丈夫なんですか」

 色々と……。

 あまりの唐突な出来事に思わず素で聞いてしまう。

「大丈夫だ。お前がチクらなきゃな。それに二回目だしっ……な!」

 そう言いながら再度蹴りつけると、ついに扉は壊れ、飛んだ破片が悲しい悲鳴を上げた。

 こんなことをすでに一回やっているのか……。もしかして昨日か?

「開いたぜ。来いよ」

 俺は『開いた』という言い回しに違和感を覚えながらも、諦めて彼女に続いた。

 確か霧峰さんが他の先生から聞いた話じゃ、外見や言動とは裏腹に真面目で、成績もずば抜けて優秀だそうだが……。

 問題行動の擬人化だぞ、今のところ。

 それにしても、どうしてここまでして屋上でなければならないのか?

 屋上ほどでないにしろ、人目のつかないところなどいくらでもありそうなものだが。

 

「ところでさぁ。お前、釣りってやった事あるか?」

「……は?」

 何だ、突然。釣り? スズキとかタイとかの、あの釣りの事か?

 確か昔、父さんに連れられて川釣りに行ったことがあったっけ。

 釣り餌を付けるのに凄く苦戦した覚えがある。子供の時から虫、苦手だったんだよなあ――

 ……って、なんの話だ? 俺は噂話を聞きに来たんだが。

「まあ聞けよ。釣りってのはいいもんなんだぜ。特に大物を釣り上げた時なんかもう、絶頂もん、分かるよナァ」

「まぁ、分かりますよ。でも、獲物がかかるまでじっくり、いまかいまかと待つのもまたいいもんすよ。醍醐味ですね。じっくり」

「分かってんじゃん、そうなんだよ。性には合わないがそれもまたいいんだよな」

  で、それがどうしたのかと、俺の周りをウロウロと動く彼女に問う。

「いやぁ、誰だって好きだよね。噂もさ。特に気になって仕方ないあの子の恋の噂とか――」


「計画に集う邪魔者とか、サァ!」

 鈴奴はそう言うと、岸辺君の首筋へ一つ、鋭く鈍い手刀を繰り出した。

 呻きの一つも上げず、彼の体はオオイカリナマコのように力なく倒れこみ、鈴奴がそれを抱え込んだ。

 一瞬だった。

 流れるように滑り、的確に彼から意識を抜き去った。

 あまりに見事だったので、私は彼女が”攻撃”したのだと気付くのに一瞬の時間を要した。


「動かないで! あなた何してるの!?」

 扉の内側に潜んでいた私は勢いよく飛び出し、鈴奴をけん制する。

 岸辺君は!? 腕に抱かれる彼を見る。

 どうやら気を失っているだけ……遠目に見ての判断だが、死んではいないのは確かだ。

 一方彼をそうさせた当の本人はというと、突然の私の出現に眉一つ動かさず、ただ私を見つめている。

「せんせー、新任の人だよね。確か、霧峰せんせー。……釣りは好き?」

 そして口を開いたと思えは、私の質問を無視して彼女が聞き返す。疑問文を疑問文で返すなと学校で教わってないのか?

 しかもその話、すでに私は聞いている(盗聴だけど)。

「何の話かな。私見たよ、あなたが彼に何かしたところ。あのドアもあなたがやったのね」

「まあそう凄まないでサァ。気を楽に持とうぜせんせー」

 剣幕な私に対してケロリケロリとした態度で彼女は笑ってみせる。

「……」

 彼女……計画と言っていた。

 彼女は……岸辺君を”攻撃”した。

「釣りって、いいよ。うん、やっぱり。そうだなァ、気分がいい。釣れるんだぜ? 適当でも」

「釣り……」

 ――岸辺君はどうやら『釣り』ってやつが上手いらしい。見事釣りあげてみせた。この間は新島と佐倉を、そして今は目の前の彼女を。全く、君って運がいいんだ。いや、悪いね。

 私達ドルルーサが至らなかった結果に、君はいとも簡単に私達を誘ってみせた。

「なぁせんせー。ドルルーサの……霧峰岬せんせー……」

 彼女は……。


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