第三壊
ダリア隊は遠方の紛争地域に派遣されていた。
貪欲に利益を求める権力者の黒き野望と、哀れにも使い潰される民の赤き悲鳴が渦巻き、弾丸が飛び交う生き地獄の中で苦しむ人々。
それらに関わる全ての人の名を徹底的に調べあげる事が彼等に課せられた任務だった。
ダリア隊は約2年の歳月を掛け、僅か30名の人員で任務を果たした。しかし、任務を遂行する際に流れ弾に撃たれ2名が死亡し、4名が重症を負ってしまったが、彼らの苦難はそれだけで終わらない。
ダリア隊が派遣された地域は、ノヴァ達が住む魔王城より遠く離れた人間領だった。路銀の有る内はともかく、それさえも無くなれば、ダリア隊を…魔族らを客人扱いしてくれる町や村は道中に存在しない。そのため、任務を果たしたダリア隊は強引に行軍速度を早めて帰路に就いた。無理な行軍で疲労したところを野生の獣に襲われ2名が軽傷を負い、流れ弾で重症を負っていた内の1名が更なる深手を負ってしまった。
度重なる傷を受けた人物が命の危機に陥った為にダリア隊は限界まで帰還速度を速めたが、重傷を負った者は城に辿り着く寸前で息を引き取った。
27名となったダリア隊は現在、ノヴァの命令によって城内の広間に集合していた。
他に広間には、ノヴァと、幼い頃のノヴァを育てた執事、そして亡くなった者も含んだダリア隊隊員達の家族親族、又それら全てと関わりのある人々が集まっていた。
多少のざわめき、重い沈黙、亡くなった者の死を嘆く啜り泣き、広間には暗い空気が漂っている。
「まずは治療だ。怪我人は前に出ろ」
ノヴァは自身の言葉によって隊列から出て来た5名に順番に治療を行った。
ノヴァの治癒魔術を受けた者の傷は瞬く間に完治し、治療を受けた隊員が感謝を述べ、ノヴァもまた、一人一人に労いの言葉を掛けた。
この後に起こる出来事を知らぬ者が見ればノヴァの言動に心惹かれるものが有るだろうが、これから始まる悲劇を知る者は既に気が気でなかった。
実際に目にした訳でなく、あくまで噂程度にしか聞いていないが、隊長のダリアは、紛争地域に身を置いていた時以上に強くひりつく恐怖を感じていた。
恐怖心に一際鋭敏なノヴァはダリアの心情を瞬時に見抜き、自分自身の覚悟の為の呼吸が整っていないのにも関わらず、ダリアの精神的苦痛をいたずらに長引かせないようすぐさま本題に入った。
「皆の者、2年に及ぶ遠方での長期任務ご苦労だった。諸君らの活躍により、我々魔族はまた一歩前に進むことだろう。感謝する。そして、過酷な任務で命を落としたものの、最後まで自らの使命を果たした3名の隊員。レイ、ロンゴ、ジュダスに追悼の意を込めて黙祷を捧げる」
ノヴァの言葉により、広間の全員が目を瞑り祈りを捧げる数十秒の間に、隊員や親族達の最前列に立つダリアへ、ノヴァが囁く。
「ダリア、お前には随分助けられた。長年のあいだ本当にご苦労だった。いまから彼等と共に極楽へ送ってやる。最後に言い残す事はあるか」
自身の耳を疑いたくなる言葉だった。
頭の中でぐるぐると走馬灯の様に思考が渦巻く。あの噂は本当だった。1人でも死人が出れば、魔王ノヴァは死人と関わりを持つ全ての人間を殺すのだ。信じられない。普段はあんなにも優しいお方がなぜ。だが事実だ。どうすればいい?どうすれば惨劇を回避できる?動揺するダリアの腕が、腰に携えた剣に伸びる。
「やめておけ。万が一にもお前が私に勝てると思っているのか?彼等に不用意な動揺を与えてやるな」
ノヴァの言葉に、ダリアは伸ばした手を引っ込めた。
かに見えたが
「お許しを魔王様。隊長には隊員を守る義務がある」
野太い雄叫びと共に剣が突き出される。
異変を感じ取った周りの者が状況を把握するよりも早く、ノヴァの腕が自身と執事とダリアを除く広間全員の命を奪ったのとほぼ同時に、ノヴァの左胸に剣を突き立て周りの者を守ったとダリアが錯覚した瞬間、執事の拳がダリアを瞬時に絶命させた。
僅か1秒にも満たない時間の中で、ダリア隊に関連するコミュニティ全ての人間、344名の者が命を落とした。
「これでよかったのですな。魔王様」
「ああ…済まないな…お前にはいつも嫌な役目をさせている」
「私に悲しむ時があるとするなら、それは魔王様のお役に立てなかった時くらいのものです」
嘘だ。
ノヴァは知っている。本当は執事は虫を殺すのもためらうような男だと。
「なぁ爺や。今の私は何に見える」
「……救いの天使」
「バカ褒め過ぎだ。お世辞で褒められるよりは本音で貶された方が良いってくらい嘘が嫌いだと私は常に言っているだろう」
「魔王様、私はあなたにだけは嘘を付きません。彼等は苦しみの無い世界へと旅立ったのです」
偽らざる本音だった。彼もまた、ノヴァと同様に世界に絶望し、死に魅入られていた。
「そうか…そうだな…矢継ぎ早で悪いがダリア隊が持ち帰ってくれた情報の整理をメイド達に指示しといてくれ。後、バレルは門番から外してやれ、その後のケアも忘れるな。私は墓を作ってくる」
言い終えたノヴァは、フラフラと頼りない足取りで部屋の出口に向かって行く。
「お待ちを魔王様。差し出がましいですが、まず傷を治すべきかと」
「いらん。自然治癒で勝手に治る」