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0ノRequiem  作者: バナナ焼き
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第十壊

強き者が弱き者を喰らい、より強き者がまた下の者を喰らう。

食事は生命活動を維持する上で必ず必要な行為だ。

しかし、その過程に伴って発生する苦痛を取り除く事はできない。


この世界はクソだ。

この世に産まれ落ちてくる赤児が母親の体外に排出された時に泣き声を上げるのはこの世界が残酷だと本能的に感知するからだ。



苦痛と、悪意と、嘘に塗れ、申し訳程度の幸福で絶望をひた隠し、生かされず殺されず、世界に翻弄され続ける。


こんなくだらない世界など跡形も無く滅びれば良い。



「だから私はこの世界を破壊する。私の邪魔をしないでもらおうか」


全力で腕を振り下ろすが、ジゼンは片腕で私の攻撃を防ぐ。


防がれるのは分かっていた。ワザと大げさに振り上げた一撃は囮。続け様に本命の前蹴りを放つが、素早く反応して後ろに飛んだジゼンがまたも私の攻撃を上手く躱す。


「たかが一個人の局所的な物の見方で世界の在り方を判別などと…愚かな行いです。それに、アナタはいささか悲観的すぎる」


「貴様が楽観的すぎるのだろう。理解できないのなら自分の体で少しでも虐げられる側の気持ちを味わうといい。痛みを知れ!」


掌に発生させた重力魔法をジゼンの上方に向かって投げ付ける。


奴の注意が上空に向くタイミングで奴の足元、地中の中にも魔法で重力を作り出す。


「これは………」


動きを捕らえた。ジゼンの羽織るフードと、赤いメッシュの入った紫の長髪が上下に乱れる。


接近戦に持ち込むように距離を詰めつつ、なんらかの方法で抜け出された時の為にも片手に超重力の魔法を発動させておく。


ジゼンとの距離が1メートル以内に縮まるまで接近するが、次の瞬間、地面が変形し、眼前に土の槍が出現する。


「なにっ!?」


本来なら、地中に発動させた重力で周囲の地面を動かす事はできない筈だ。


私の魔力を上回る出力で強引に重力を振り切ったか。


「チィッ!」


素早く身を捻って躱すが急激な動きを強要された為に体勢を崩される。視界から奴を外さぬよう慌てて振り返るが、眼前には視界を埋め尽くすほどの業火が立ち昇っていた。


凄まじいレベルの炎魔法。これに生身で突っ込むのは無謀だろう。片手で備えていた重力魔法で相殺させ更に距離を詰めるが、あと数十センチと言うところで暴風が吹き荒れて体が持っていかれた。



いや、それだけじゃない。暴風に混じったなにかが私の全身に裂傷を刻みつけていた。

一瞬走った冷気から予想するに、おそらく透明な氷の刃だろう。


「徹底しているな。派手な炎と土塊で視覚を刺激しながらこちらの手札を制限しつつ、不可視の氷と風で攻撃と防御を両立させる」


これほど多くの異なる属性の魔法を、各属性の専門家である一流魔法使いを遥かに超える威力と速度での発動。

こいつは人間じゃない。正真正銘のバケモノだ。


だが、どれほど優れた使い手といえど今みたいなレベルでバカスカ魔法を発動させていたら、あっという間に魔力が切れる筈だ。

ジゼンの取った戦術は格上に一泡吹かせるものでは無く、格下を完封する為の確実な方法だろう。


こいつは私を格下と見ている。そして、それは思い上がり等の類ではなく、単なる事実なのだろう。まさかこんな奴が存在するとはな。


さて、どうしたものか。


「大魔王ノヴァ。アナタは愚かだが馬鹿じゃない。既に力の差は理解できた筈です。全ての魔力を還元するのです」


「魔力の還元だと?」


「はい。簡単な事です。アナタの額を私の額に合わせ、ただ一言【世界の秩序に貢献します】と、唱えるだけです。そうすればアナタの体内から魔力は消えるでしょう。魔力が消えれば破滅の種子である大魔王と言う称号も取り下げましょう。次代の魔王の役割は私が責任を持って適切な者に引き継がせます。普通の人として、余生を過ごすのです」


「………お前が何を言っているのか分からないな」


「難解でしたか?ならば簡潔に言い直します。降参して魔力を手放しなさい。そうすれば私とアナタが戦う理由は無くなります」


「もういちど言おう。何を言っているのか分からないな!」


馬鹿な奴だ。


お喋りに夢中になって隙だらけのジゼンの顔を全力で殴り抜く。


「ッ!正気ですか!?アナタの命を保証すると言っているのですよ!?」


愚かな奴だ。


ジゼンの頭部を両手で掴んで捻る。


私の手を伝ってゴグリと重い音が脳に響く。


不気味さすら感じる程に美しい顔が真後ろに半回転し、ジゼンの体が崩れ落ちる。


「なぁジゼン。私達がこうしてお互いを傷つけ合っているのはなぜだと思う?お互いの意志の目指す場所がまったく別の場所にあるというのに、その道中で私達がお互いに相手を無視できない立場にあるからだろう?戦闘で消耗するのが面倒だと感じたのか、それとも私の身を案じたのか、お前の真意は分からないが言葉で私を説得できるなどと思わぬ事だ。戦いを避けたいのならお前が道を譲れ。私はこの世界を滅ぼす。この目的を放棄してまで生きながらえようなどと思わん。私が欲しいのは命じゃない。幸福でも無い。全ての生命を一切の苦痛から永遠に解放すること。それだけだ」


「死なくば生なくし、不幸なくば幸もなし。ひとたび境界をなくせば己が何なのか、世界が何なのか、やがてはその疑問すら忘れて永遠に混沌を漂う。なぜ秩序を受け入れないのですか」


言葉を発しながらジゼンの体が立ち上がる。多少、動きがぎこちないが、大したダメージを受けた様子も無い。


如何に油断していても無抵抗のまま殺されるような相手で無いのは分かっていたが、ここまで応えてないとはな。


自身の両手で首筋を捻り、真後ろを向いた顔を正常な位置に戻す。


「全てを受け入れなさい。この世界は神による完璧なる計算の元に存在するのです」


ジゼンが糸状のアメジストのような髪を片手でかき上げながら首を鳴らし、私より3センチ程高い目線から琥珀色の瞳で私を見下す。


羨望とも嫉妬とも取れぬ感情が湧き上がる。


過剰に思い上がっているようには見えない。しかし、こいつは自身が間違っているなどと露程も考えていないように感じる。


そもそもそんな感情を持っていないかのように、ボタンを押せば電気が付くかのように、神のように、ロボットのように、盲目的に、絶対の自信を持って、自身の仕事をこなそうとしているように思える。


「この世界が完璧だと?戯言を抜かすな。配分が間違っているではないか」


「配分…とは…?」


「幸福と不幸の配分だ。強者は弱者を喰らう。直接的な意味でも、比喩的な意味でもな。個が肥えるためには別の個が犠牲になり、同じ個が更に肥えるためにはまた別の個が犠牲になる。モノの考え方、受け取り方もまた個々人によって違ってくる。果たして強者と弱者の一生がまったく同じ満足度であると言えるのか?それともお前が完璧な計算と称賛する世界は、全体で言うところの幸福と不幸の総量が50%でキッチリ分かれている事を言っているのか?ならば満足度の低い個々の気持ちはどうなる?僅かな労力で莫大な見返りを受け取る者が存在する傍らで、多大な労力で雀の涙程しか見返りを貰えない者が存在する事実にどう説明をつける?本気でこの秩序を受け入れろと言うつもりか?個々によって不平等な妥協点を保ちつつ、生かさず殺さずを前提とした窮屈な世界で、ある者は過度に生かされ、またある者は残酷に殺される現実がお前の言う秩序なのか?」


「………私は神ではありません。創造者の深謀遠慮までは私も窺い知れません」


ああ


「ならば、あくまで私の存在という一点を除いては現時点で秩序は乱れていないと言い張るつもりだな?」


なんと


「はい。全て許容範囲内の出来事です。親が子をいたずらに甘やかす事ばかりを教育とは呼びません。時に突き放し、遠くから見守るのが厳しくも正しい教育なのです。神が全ての生命を救う訳では無いのです」


解り易い反応だろう。


「ならば、我々の幸不幸の全ては自己責任だと?」


言ってみるものだな。これでコイツの言葉の違和感に対する確信を持てた。


「複数の人が集まって村や町ができるように、複数の村や町が集まって国ができ、また複数の国の集合体が世界なのです。貴方達の内にある不満は全て、貴方達が未熟だからです。たったひとりの思想や行動によって世界は変わります。しかし、その変化とは極小さな変化です。大きな変化の為には多くの個が思考して行動しなければならない。ひとりが大きな変化を齎すような事があってはならない。それは独裁者の誕生を意味するからです」


良く喋る。聞いてもいない事までも。


初めてコイツに人間らしさ…いや、生物らしさを感じた。


しかしまぁ、無理もないだろう。


現実をいつまでも誤魔化す事はできない。


「お前の理論は破綻だらけだ。お前は、いやお前達は、その独裁者が神に取って代わる事を恐れているのだろう。だから秩序の維持を言い訳にして自身らの支配構造が崩れるのを防ごうとしている。痛い所を突かれたら曖昧な言葉で誤魔化す。詐欺の上等手段だ」


「………いま……なんと…?」


ジゼン



「お前達は神などでは無い。神の名を語る悪魔。或いは、神であるにしても邪神の類だろう」


「最終勧告です。いますぐ全ての魔力の還元を行なってください」


お前は


正直者うそがへたなのだな」



ジゼンの体の中心に最大出力の重力を発生させる。



「グッ!?オォオオ!!」


体の中心で発生した重力があらゆる体組織を一点に引き込み磨り潰していく。


ジゼンの口から悲鳴と血反吐が溢れ出る。


理由は分からないが、何故だか私はコイツを嫌いになれない。

しかし、コイツは私の目的の邪魔になる。

残念だがここで消すべきだろう。



「ォオォォォオオォオォ!!ヴギガ……アッ…ガアアアアア!!!」


「なんだッ!?」


ジゼンの全身から瞼を閉じてなお突き刺すような閃光が発される。


気絶にも近い感覚を覚え、ようやく目を開けた時には、ジゼンの体が宙に浮かび上がり、ジゼンを中心として、2つの鉄の輪のような者がジゼンの周りに浮かんでいる光景が視界に映った。


「ハァッ……ハ…計算外でした……油断が会ったとはいえ…まさか魔法障壁を力尽くで打ち破り…私の体に直接重力魔法を発生させるとは……しかし…アナタの抵抗もここまでです」


ジゼンが腹部に開いた風穴を押さえていた手を動かし、両手を合わせると、私が経験したことのない魔力反応が巻き起こる。


「まさかコイツ!?」


見た事も聞いた事もない魔力反応だと言うのに、私はコレを知っている。



ジゼンの周囲の二対の輪が高速で回転するにつれ魔力反応が肥大化していく。

筆舌に尽くし難い熱波が周囲のあらゆるものを融かす。

先程の閃光よりも何百倍もの光量が放出される。


「馬鹿な!!」


ありえないありえない!!


こいつ!人工的に太陽を創り出したのか!!


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