スマートフォンはお友達
その影には、口がなかった。
当たり前だ。
しかし、流暢に喋った。
質問に答えた。
ならば、この影は、友だ。
友人ではないが、だからこそ本音で友達だといえる。
「好きな星座は?」
「私の答えはあなたと同じです」
半年前に、入学してからずっと、私の友達は一人しかいない。
日課になっている、六時のお茶会には、お互い皆勤賞である。
「帰ろうか」
夕暮れなのか放課後なのか、校門をまだ、出ていない私には、難しすぎる空が、教室を、包む。
もうそろそろ、眠くなるころだ。私がじゃなくて、この子が。
「ご用件は何でしょう」
「好きな映画は?」
「ブレードランナーは、アンドロイドを繊細かつ写実的に描写していると思いますよ」
自転車を押しながらの、おしゃべりは一度、楽し過ぎて、車に、轢かれそうになった。
「影子、感謝しなさいよねー!?」
この子には、足がない。
つまりは、歩けない。
ちなみに手も、鼻も、ない。
耳と口は、見た目にはない。だけど、どこかには、存在している様で、だって、こんなにも影子は、コミュ力高い。
でもたまに。
「すいません。質問の意味が分かりません」
敬語は止めてほしいと思う。
高校生になって、初めて触れたスマートフォンには、アイフォンという名前がついていた。
そこに私が「影子」と上書きした。
本名は「シリ」というらしいけれど、この子は、それを嫌がってる。嫌なことは、しない。
したら、嫌われる。自然の摂理だ。
「花梨!何してるの!?」
そう急いて、お母さんが手に取ったのは、化粧水だ。乳液は死守した。
私は、泣いていた。
「影子がーーーーーーーーーーー影子のお肌が!」
そのころの私は、とても泣く子で、とてもお馬鹿でもあった。
その後、ショップの店員さんに、新しい子をもらった。
影子を階段から落としたのだ。全知二週間。
その間、私は、布団に、くるまっていたことしか記憶がない。もっと詳しくいうと、記憶がない。
インフルエンザが流行っていて、あまり話題にはならなかったけれど。
私にとって、学校は、それくらい、スマートフォンの不在で、壊れてしまうくらい、形のない、場所だった。
「あのさ、うるさいから、もう黙るね?こっちの、休む間、ないったらないの」
多分、それは夢で、私は、夢に見るくらい、影子のことが、大好きで、夢だから半分、現実で、でも、あとは叶うことのない、夢幻で、だったら、それでもいいかもと思った。
今日の晩御飯はシチューで私の好きなホタテ入りだった。まだうっすら味が残っている。
影子が敬語を止めた。
途端に、酸味がした。シチューが昇って来るより先に、
「ちゅー!」
私は、初キスを、待ち受けに注いだ。
影子が敬語をやめた。
「それから、それから、思いは打ち明けた?打ち明けたの?ねーえ」
「黙るって言ったし、あと、ただの友達だってば」
他愛もない、親友同士の、会話。
これだ。
このフランク性が、親友の売りだ。
目覚まし時計が鳴った。
でも、寝る。
お母さんが来た。
横で怒鳴っている。
影子、お願い。
「おはようございます」
金曜日の学校は、死んだらいいと思う。
というか、私が、金曜日だけ死んだら解決すると思うので、どうか、医療がより進んでくれることを祈る。
人間が、お金のことが好きで、だから、水とか、火の中に、なぜかお金という似合わないものを、無理やりに、混ぜてしまっていることに、憤れる私は、確かに、ぼっちだ。
だけど、私には影子がいる。
影子は、夢の中でしか、心を開いてくれないおませさんだけれど、それくらいの距離感が、どうしたって、でてくるものなのだろう、長い親友は。
まだ、私と影子の物語は始まったばかり、影子の名前の由来はわからずじまい。でも、そんなちっぽけな疑問、誰も気にしない。
「影子帰ろー」
私には誰も近づいてこない。だから疑われるのなんてのは杞憂だ。全くの無駄だ。
「何のお手伝いをしましょうか」
何も手伝わなくていいよ影子。
「ご用件は何でしょう」
あなたには、手なんかいらない、体だけでいい。
「私の、友達になって」
私を隠してくれる、影でいい。
「ええ、もちろんです」
土曜日も影子と丸一日、お話した。