3時限目 ゴブリン1
今日は、ちょっと近くの森まで出て、ゴブリンについての授業をしようと思う。
太郎くんは、ちゃんと体操着に着替えてきてくれたみたいだね。
……。
え?
女の子なのに太郎くんは止めてって?
でも、ウチの犬はメスだけど三郎って名前ついてるよ?
……。
犬と一緒にするな?
犬は古来より、人間とともに生きてきたパートナーみたいな存在じゃないか。
何が不満(ry
……。
……わかった。
これまでのことは謝るから、機嫌を直してよ。
せっかくのゴブリンなんだからさ?
……。
わかった。
じゃあこれから君のことは本名のリュカちゃんと呼んであげるよ。
……。
と、言うことで、ちょっと近くの森までやってきたけれどリュカちゃん。
ゴブリンの生態について、知っていることを教えてくれるかな?
……。
なるほど。
端的に言って性欲お化け。
繁殖力が強く、また知能もそこそこあり、独自の文明を築いており、主に湿地や洞窟、坑道、森、廃墟などに棲息すると。
まあ、確かにそうだね。
この世界においてゴブリンは、大体そんな感じだね。
繁殖力が強い理由としては、個体としての強さが低く、また寿命が短いためでもある。
ただ、彼らは弱いなりに知恵を絞っていて、常に数匹のグループで行動する性質を有している。
「だから、ブルマを履かせたのですか!?」
その通り。
女の子が肢体を曝け出せば、ゴブリンたちはその匂い、正確にはフェロモンに吊られて、ノコノコとここまでやってくる。
態々探す必要がなくなるのさ。
……。
そ、そんな怒らないでくれよ。
これも授業の一環なんだから。
……。
え、それなら私が脱げばいいじゃないかって?
バカを言え。
そんなことをしたら君のブルマ姿を拝めない――もとい、いざというとき、リュカちゃんを守れないじゃないか。
……。
お、早速ゴブリンが現れたようだね。
ナイスタイミング!
では、ゴブリンをじっくりと観察してみよう。
ゴブリンには基本的に三種類がいる。
緑色のゴブリン、赤色のゴブリン、青色のゴブリンだ。
これはそれぞれ、住む地域の空気中の魔素によって、大きく変化する。
それぞれ、緑はニュートレン(sy:Neu 24)、赤はアシッド(s:Aci 22)、青はアルカリン(u:Alk 23)と呼ばれる、大気中の魔素が、皮膚上のフィキシン(n:Fix 30)に反応している証拠で、ゴブリンの革はそれら三種類の魔素を見分けるために用いられる。
簡単に言うならば、リトマス試験紙の霊質バージョンのようなものだ。
……。
現れたゴブリンは、どうやら三匹のようだね。
一匹は、冒険者から剥ぎ取ったのだろうナイフ。もう一匹は盾。もう一匹は弓を持っているね。
これは、彼らが武器をちゃんと理解している証だ。
知能は猿より若干上といったところだろう。
おや、近くにもう一種類いるね。
あれはコボルトか。
コボルトは狼のような姿をした「有魔核生命体」だ。
コボルトの魔蔵には、ヴォイセン(sy:Voi 19)とフィキシン、縛素(ni:All 51)が貯蔵されている。
魔蔵というのは、術を発動する材料が保管されている部位で、いわば肝臓のような機能を有している。
魔蔵に魔素が蓄えられるプロセスとしては、簡単に言えば肺呼吸によって吸収された妖子が、魔蔵に送られ、分解機構と呼ばれる器官で、簡単な形、つまり魔素に分解されて、それが魔蔵に蓄積されるというものだ。
詳しい内容は、また後々授業で話すことだろう。
……。
そうだね。
どうやらあのゴブリンたちは、狩に訪れたようだ。
しばらくこのやり取りを観察しているとしよう。
ゴブリンたちは、前衛と後衛、そして盾役とバランスの取れた陣形を組んだ。
どうやら陣形を組むという知恵を持っているようだ。
ゴブリンは弱い魔物だが、知能はそこそこある。
オセロで遊ぶことができるくらいのものもいれば、全くできない個体もいる。
個体それぞれだけれど、平均して見れば、日本の公立小学生くらいと言われており、ゴブリンはその知性の高さから、学名では「Larva sapiens」と呼ばれているんだ。
日本語では、「賢い鬼」という意味だね。
ちなみに読みは「ラルウァ・サピエンス」という。
ゴブリンたちの戦闘は次のような内容だった。
まず、弓を持ったゴブリンが、遠距離からコボルトの眉間に狙い撃った。
矢は見事にコボルトの一匹の眉間に突き刺さったが、しかし彼らの反撃を止める一手には繋がらない。
コボルトが大きく息を吸って吠えると、ゴブリンたちは足を竦めてその場に崩れ落ちた。
コボルトの固有技能である「ヴォイス・バインド」と呼ばれる術だね。
細かい内容についてはまた後々話すが、簡単に仕組みを言うと、魔蔵に蓄えられた魔素が、経絡(channel)を通って魔核と呼ばれる臓器へ移動し、そこで術子(spell)となって体外へ放出され、空気中の与形子が反応して術を起こすのだ。
術は、使われる魔素の種類の組み合わせによって、効果が大きく異なる。
今回の場合だと、声を聞いた対象を金縛り状態にするというものだね。
お察しの通り、私たちはコボルトが出て来るだなんて微塵も思っていなかったわけだから、彼らの思う壺。
まんまと術にかかってしまった。
しばらくは全く身動きが取れない状態が続くので、けっこうピンチだね!
……。
え?
笑ってる場合じゃない?
……。
そうだね、うん。
ピンチだ。
でもね、時にはそういうスリルを楽しむっていうのも、異世界での醍醐味なんじゃないかなって。
……。
……はい。
全く持ってその通りです。
死んだら元も子もありゃしませんよね……。
さて、反省はこれで終わりとして、観察を再開しよう。
「ヴォイス・バインド」を繰り出したコボルトの群れは、一気にゴブリンへと反撃を開始した。
ゴブリンはダメージを受けると、容易く首を噛み千切られて、体をその場に残した。
けれど侮ることなかれ。
「有魔核生命体」の最大の特徴とは、魔核を破壊されない限り、何度でも復活するというところである。
いくら魔核以外の全てが塵に帰ったとしても、時間があればそこを軸にもとの形へと復活していくのが「有魔核生命体」である。
ほら、よく見てご覧?
先程首を噛み千切られて、胴体だけを残してフラフラと倒れたゴブリンの首を。
噛み切られた傷口が、ブクブクと泡立っている様子が見えるだろう?
……。
なに、グロい?
まあ、確かにグロいね。
なぜ泡立つかと言うと、あれは体液が沸騰しているからだね。
「有魔核生命体」の体液は、ライフィリウム(u:Lif 38)を基本に、アインネクロチウムと呼ばれる霊質で構成されている。
人間で言うところのヘモグロビンの役割だね。
アインネクロチウムの、有機生命体の有する血液と違う点は、沸騰することで大気中の妖子を素子に強制的に分解する酵素を作り出し、細胞を活性化させて細胞分裂を促すという点にある。
もちろん、このプロセスはアインネクロチウムだけのものではないが、その要因を作るのは間違いなくそれだ。
「有魔核生命体」は、このアインネクロチウムが体内を巡っていることで、この再生能力を獲得しているんだ。
素晴らしいだろう?
これ、人体に入れると、精神異常を起こすんだよね。
なんでも、体内にある霊質がアインネクロチウムと反応して、精神に影響を与える毒素を作り出すから、らしいんだけど「有魔核生命体」以外はからっきしなので、それはいつか別のヒトに教えてもらってほしい。
……。
え?
再生スピードに差はあるのかって?
そりゃもちろんあるさ。
傷が小さければ、相対的に治るのは早いし、大きければ時間がかかる。
個体によっても、その反応速度が若干違うみたいだね。
種族別に見れば、術の行使に特化した生き物ほど、治るのが早いかな。
例えばドラゴンとか。
そうこうしている内に、どうやらゴブリンは全滅してしまったみたいだ。
流石に頭部をやられると治りが遅いみたいだね。
頭部には神経細胞が集まっている。
この治癒には、神経の多く通った場所ほど、治りが遅いという法則がある。
面白いよね。
ゴブリンは必死になって、魔核のある心臓あたりを守っていたけど、コボルトにはその防御もないに等しい。
彼らの顎の力は、地球で言うならばワニに匹敵するほどの力があるだろう。
おまけに連携して動く。
コボルトの群れに捕まったら、まずは耳栓で耳を塞ぐことをオススメするね。
……。
それからしばらく、コボルトのお食事シーンを観察した私達二人は、吐きそうになるのを必死に堪えながら、学舎へと戻るのだった。