悪役令嬢の怖いもの
悪役令嬢は男の裸が苦手なようです
追記/12/12
数箇所訂正しました。
追記/12/13
さらに数箇所訂正。ヒロイン視点投稿に伴い、いくつか文を追加しました。
私の名はマルガレータ、マルガレータ=ロイス。
ロイス公爵家の令嬢であり、この国の第二王子ヨハンネス=アンゾルゲと婚約関係でした。
……そう、もはやそれも過去のお話。
「マルガレータ=ロイス! べーグマン男爵令嬢に向けての数々の侮辱、例え公爵令嬢といえど目に余るものがある!
よって私は今この場を借り、彼女との婚約を破棄することを宣言する!」
卒業記念として国が主催する祝賀パーティー。学園の生徒が多く集うこの場で高らかに宣言する彼は、きっと周りの人から見れば眩いばかりに輝いておられるのでしょう。でも私には、その傍に寄り添う一人の令嬢の顔に張り付いた薄っぺらい泣き顔と、その下に隠れる吊り上がった口角の方がやけに鮮明に目に焼きついたのです。
「安心しろ。陛下からは数名の証人を伴い婚約破棄、および処罰についての許可は既に得ている。
さあ! マルガレータ=ロイス! 即刻、この場から退場してもらおう!」
「そ、そんな、私は…」
「言い訳は無用! 今すぐ出て行け!」
もう何が何やら。混乱したままの頭に残った僅かな理性が、私を連れ出そうとする守衛の肩越しの光景に振り向かせたのだと思います。
そこには婚約者だった男と、それを奪った令嬢――確か名は、ティルラだった筈。そして横には王都国軍団長と宰相の息子、ヴェンデルベルトとフランクがまるで功労者だと言わんばかりに立っていました。
…はて、さて。
この時私は喚くなりなんなりしてしまえば、良かったのでございましょうか?
***
馬車の中で私はその目に大粒の涙を溜めてはしとしととドレスに染みを浮かべていました。
「ああ、ああ…!
私はきっとあの兵士宿舎の女中にされてしまうんだわ…」
震える肩を掴んでくれたのは私の幼少期から傍にいたお付きのメイドのニア。私の意図を察してくれたのか、ぽつりとこんな言葉を零します。
「お嬢様、大丈夫ですよ。
いくら殿下だからと言って流石に男ばかりの兵士宿舎へ行かせることはないでしょう」
やはり彼女は私の心を知り得ている。彼女がこれからもずっと傍にいてくれたら!
……そう思っても、きっと私の処罰が決まれば彼女も私の元を離れていくのでしょう。
そう思うと、また涙が溢れてきます。
「お嬢様?」
「ニア……貴女は処罰を受ける必要はないのです。悪いのは私一人、ですから私の処罰が決まれば、きっと貴女もお役御免となるでしょう。
……職がなくなるのは心苦しいことでしょうから、お父様への口添えはしておきます」
ニアも巻き込むなんて、私にはとても耐えられなかったのです。ですが彼女は穏やかに微笑んで私の手に両手を重ねました。
「お嬢様、私とて兵士宿舎は怖いものです。
ですがもし、もしもお嬢様がそこへ行くのならどうか私も連れて行ってくださいませ。私はお嬢様の為なら何だってできるのですから」
「……ニア」
彼女の忠誠心は本物です。それを一番、より深く理解しているのは私。
ああ!神様!
私を彼女に引き合わせてくれたことを心から感謝いたします!
***
処罰が、下りました。
私のみ爵位剥奪。そして――償いとして兵士宿舎での女中を言い渡されたのです。きっと誰かがあの馬車の御者から私の言葉を拾い、それを殿下の耳へと受け流したのでしょう。
家族は嘆きました。弟は笑いました。
彼等の反応は当然のことです。私はそれ程の事をしたのですから。
ニアは、黙って私の傍におりました。
流石に貴族の娘がいきなり女中では間違いなども多いのでしょう。お付きを一人だけ連れて行くことが許可されたのです。これは殿下の計らいなのでしょうね。きっと、最後の。
馬車に揺られ、王都から数時間。
やがて第三都市の兵士宿舎の前で止まった馬車は私とニアが降りたの見定めると途端に走り出して行きました。
…ここからは私の正念場。果たして、私は声を荒げずにお淑やかでいられるのか。
扉を開け、中へ踏み出せば漂う熱気と屈強な男達。皆一斉に此方へ視線を向けてきます。この第三都市の兵士宿舎は最も野蛮で最も恐ろしいと有名でございました。
「嬢ちゃん。お前が女中として派遣された奴か?」
この中で一番厳つい顔つきの男性が近づいてきました。私はというと、直視出来ずに下を見つめるばかりです。
「…聞いてんのか、あ?」
上から浴びせられる声に震えが止まりません。
「おい! 顔上げろ!」
ああ、やはり、もう――
「無理、で、――す!」
気付いたらがばりと目の前の男性の胸に飛び込んでいました。その人は突然の事に驚いたようで目を白黒とさせていますがもうこうなってしまえばどうしようもありません。
「ああ! 胸筋! 夢にまで見た! KYOUKIN!
ぷにぷにと柔らかい表面に弾力のある中身! きゅっと引き締まった谷間のシワ!!
最っっっ高! ニア! 写真撮って写真!!」
「はいお嬢様。ピース」
「ピースピース!」
ニアは本当によく分かってくれる!私のこの可笑しい好みでさえ許容し、あまつさえ写真も撮ってくれるのだから。
ちなみに、抱き着かれた男性が顔を真っ赤にしているのも私好みなので更にグッドです。
***
第三都市兵団団長。ゴルド・ノルドー。
泣く事も黙る鬼教官とはよく言われたもので、実際顔つきも恐ろしいもんだから新参者の奴等は皆俺のことを恐れてる。
おかげで最近は新参者も少なく、あてがわれる新兵はゴツい奴等ばかりだ。まあ、俺もそれに文句はない。
逆になよなよとした綺麗どころを送られてもどう対応すれば分からんからな。
…さて、そんな第三都市兵士宿舎だが最近ちと問題が増えた。
「皆さーん! 朝ですよー! ご飯ですよー!!」
カンカンカンとまるでゴングのように鳴らされる目覚まし__ならぬフライパンとおたまの音にもぞもぞと起き出す兵士達。どいつもこいつもガタイの良い奴等だが、そいつらに尻込みすることなく部屋の中央まで来ると既に起きて着替え終えていた俺に向かってにこりと微笑んだ。
「おはようございます、団長。本日は良い仮試合日和ですよ!」
「…そうみてえだな」
「ですから! ちゃんと御飯を食べて良い汗をかいてくださいね」
そして私に触らせてください。そう呟かれた言葉に部屋にいた全員がさっと自分の胸を隠した。
――全員が、だ。
この女中、マルガという女は元は良いとこの御令嬢だったそうだがある日罪を犯し償いとして此処に送られてきたのだ。だがこいつがこの宿舎に来て三ヶ月、いや、やって来たその日からここの空気も変わってしまった。
先ずはこの兵士宿舎の兵達は全員揉まれた。何を?胸に決まってる。その内半数は尻も揉まれた。ちなみに俺は腹筋もやられたのだが、この事実だけは一生誰にも言えない。
この女は男の裸、否筋肉が好みらしい。特に胸筋を愛し、夢は胸筋に挟まれて死ぬ事と抜かした時には目眩がした。
それからマルガの付き添いとして来たニアという女だが、こいつはこいつでお付きとは思えぬ仕事っぷりを発揮してくれやがった。新兵(一応言っておくがこいつらもゴツい)達を一瞬で蹴散らし、約60程の兵達の飯をわずか1時間で用意し、挙げ句の果てにはマルガに危機が迫った時には颯爽と現れてあいつだけ連れて逃げたりもした。その時はもちろん俺達は置いていかれて結局暴漢を蹴散らした後兵士宿舎に引っ張ってくる羽目になり、一言文句を言ってやろうと思っていたのに……あの女はさも当然のように飯を作って待っていた。そのせいで文句を言う気力すら消え失せたのは良い思い出だ。
飯は美味かった。
「おは〜、マルガちゃ〜ん!」
「ふゅ!?」
マルガの顔を包み込むように首に腕が回され、頭の上に胸――胸筋が乗っかる。
この宿舎一番のお調子者であるローウェルがにこにこと屈託ない笑顔で微笑んでいる。顔だけ見れば優男だが、他の奴らにも引けを取らない程の身体つきをしているこの男はどうやらマルガの事が気に入ってるらしい。惜しげなく自分の体を使ってこいつの気を引こうとしてしているのが目に見えて分かる。
そんな大好きな筋肉に包まれたマルガは――だらしない程蕩けた顔でローウェルの腕に擦り寄っている。欲に忠実で何よりだな。
「はへぇ、ぴちぴちむちむち……」
「やっぱり好きだね〜」
「はあ……おらマルガ。飯なんだろ、先に行って座っとけ」
「ええ、もう? はー、仕方ないかぁ」
小柄な少女は名残惜しそうにローウェルの腕から抜け出すと小走りに部屋を出て行く。その後ろ姿を見送りながら脅威が去ったと言わんばかりに胸をなでおろす面子に睨みをきかせると慌てて着替えを再開し始める。
「ねーえ、ゴルドだんちょ〜」
「あ?」
「マルガちゃんが来てから、本当ここは変わったよね」
……ローウェルの言うとおりだった。
そう、この第三都市兵士宿舎の空気は変わった。それもかなり良い方向へ。
彼女の屈託ない笑顔が、俺達を恐れず、挙げ句の果てに自ら寄ってくるその精神に。兵達は皆彼女のお陰で張り詰め過ぎていた空気を緩和させることが出来たのだ。
だから、なのだろう。
この魔物が最も多く出没する第三都市の安全をより強固にできたのも。民との蟠りを解消し、今のような緩やかな雰囲気を作ることが出来たの事も。
全ては彼女のおかげだった。
「確か、さあ。今日仮試合する王都の兵達の中に例の第二王子様もいるんだって?」
「――だからどうした」
「王都の兵は確かに強いかもね〜。……ま、日々魔物と対峙してる俺達とは遠く及ばないだろうけど」
「何が言いたいかはっきり言え。お前の発言はいちいちまどろっこしい」
ゴルドの言葉に、ローウェルの目が薄く細められた。ああ、いつものこいつの顔だ。
「マルガちゃんが怖かったこと、恐ろしかったこと――裏切られたこと。
その痛みをぜーんぶ教えてあげて良いんじゃないかなって。ね、ね?だんちょーもそう思うでしょ?」
「…は、馬鹿馬鹿しい」
それでも少しだけ、良い考えだと思ったのだろう。ゴルドの口角が僅かに吊り上がったの彼は見逃さなかった。横でくすくすと楽しそうに笑うローウェルの頭を小突きながら、だがしかし遠くから聞こえた新たな被害者の野太い悲鳴に今日も頭痛が絶えないゴルドだった。
「好きすぎて辛い」
マルガレータ=ロイス…悪役令嬢?筋肉フェチ。
ティルラ・ベーグマン…腹黒ヒロイン。
ヨハンネス=アンゾルゲ…バカ第二皇子。
ヴェンデルベルト=ケプラー…王都国軍団長のバカ息子。
フランク=クレマース…宰相のバカ息子。
ニア…元王都国軍副団長。っぉぃ。マルガレータを一番よく理解し、バカ皇子に婚約破棄させるように動かした張本人。「バカ皇子クソワロ」
マルガレータの両親…「どうしてうちの娘はこうなった」
マルガレータの弟…「バカ皇子騙されてやんのプギャー」
ゴルド・ノルドー…第三都市兵団団長。筋肉
ローウェル…第三都市兵。筋肉