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鬼神純情伝!  作者: めたるぞんび
第参ノ災厄
36/43

第35話:鬼神ノ王・序 ★

 富士の麓は、幽世の。向こうへ渡りて人穴の洞窟、奥の更に奥。

 黄泉平坂(よもつひらさか)も斯くや況んや。(くだ)りに降りて最下層。


「覚悟は、いいかしら?」


 芙蓉は行き止まりの巨大な岩壁を前にして、皆に向かってそう問うた。

 鬼娘は元より貴之が頷くを見るや否や、何やら朗々と呪を唱え始める。機を見計らい、白く細い指を大岩の隙間へつうと差し入れると、絹を裂くが如く岩肌を切り裂いた。

 恐らく幻術により隠し路を塞いであったのであろう。芙蓉が切り裂いた隙間は、次第に人一人が通れる程度広がると、往く手にはより濃厚な闇がぽっかりと口を開けた。


「富士の龍脈に繋がる、隠された岩屋戸(いわやと)よ」

「なるほど、こりゃ地獄への入口によく似ておるな」


 そう呟いたあやめに、思い当たった貴之が応じる。


「地獄の入口……あやめのいう『天神様の細道』か」

「そうじゃ。例えば天岩戸(あまのいわと)も、また然りじゃ」


 あやめ曰く、太陽神・天照大神の岩戸隠れの伝説も、天神の細道に通ずる。光から闇へ。闇より光へ。相反し流転する相関を表す、と説く。


「天神と云やぁ、今じゃすっかり天神信仰の菅原道真公を指すがなぁ」

「そも元を遡れば、高天原(たかまがはら)に住まう天津神(あまつかみ)を指す言葉じゃの」


 あやめの解釈に思うところがあったか、芙蓉までも珍しく口を揃えた。

 地獄と同様、この岩屋戸より人穴は、外界即ち天神様へと通じている。千年の時を経た古妖が二人して、相通ずる感覚を持ち得た様だ。


「人は皆、神社で云う参道……即ち産道を通り、生まれ出ずる」

「子宮と云うお宮より、鳥居を抜け出た先は、光か、闇か」

「光の中へ蘇るのか、将又(はたまた)黄泉(よみ)(がえ)るのか」


 古来の鬼どもが、新たなる生を求めて引き籠った地獄。

 そして胎内に見立てたかの如き、人穴の伝説。

 共に転生、即ち生まれ変わりを主題として双方相交わる。


 とおりゃんせ、とおりゃんせ。

 行きはよいよい、帰りはこわい。


 唄にして音に聞く、出るに容易く、戻るに難しい。

 この人穴の終点も、そんな仕掛けと相成るか。


「まさにこれぞ、玉藻前が唄っておった意味の通り……か」

「えっ? 母さま、そんなことを云ってたの?」


 呟いたあやめに芙蓉は不思議がり、貴之は合わせて思わせ振りに頷く。すると狐娘(こむすめ)は見る間に頬を上気させ、畏敬を籠めた表情と相成った。


「やはり……流石あるじ様は、母さまが見込んだ術者さまと云う事ね!」

「あぁん、さて間違いなく彼奴(あやつ)の……悪路の術は、この先じゃなぁ!」


 歓ぶ芙蓉を邪魔するように、あやめはわざわざ大声で云い立てた。

 そうして鬱陶しげに睨み付けるとひとり、更に奥へと進み入る。貴之が何も云わずに後へ続くと、芙蓉は文句も云わずちょこちょこと小走りで付いて来た。

 三人で肩を並べて奥へと進むにつれ、洞穴の中の温度が上がりゆくを肌身に感ず。


「おう貴之よ、あれを見てみぃ!」


 黒々とした溶岩石の大地には、所々割れ目が生じたる。あやめが指差す先へ目を遣れば、そこ彼処(そこかしこ)に赫々と沸き立つ溶岩(マグマ)が垣間見えた。

 遥か深き地の底で沸々と煮え滾る溶岩は、今にも鳴動し大地を砕かん。まるで悪路王の堪え難き怒りを模したかの如し。その姿、猛り狂う業火の息吹を感じずに居られぬ。辺りには濃ゆい瘴気が立ち込めて、三人を覆い包まんとす。気を乱せば(たちま)ち意識を連れ去られ、現世の向こう側へと追い遣られてしまいそうな程であった。

 透かさずあやめが霊刀を一閃抜き放ち、周囲の瘴気を斬り払い清め祓う。それに併せて芙蓉があちこちへ向け「ひぃふっ」と矢を射掛ける素振りを見せれば、洞内の岩壁はそこここに様々な(しゅ)により光る赤き文字で刻まれた。彼の鬼神が千年の時を掛け練った仕掛けが奔ったのだ。洞内を燃ゆる炎にも似た文字が、ゆらりゆらりと浮かび上がる。

 やがてそれ等は見る見る内に、岩壁全てをびっしりと埋め尽くさんばかりと相成った。壁天井全ての面に及び居並ぶ紅の呪を目にして、あやめと芙蓉が叫ぶ。


「これは……なんと途方もないものを!」

「熾烈にして甚大な法陣と術式……こんなの尋常じゃないわ!」


 悪鬼と妖狐が声を揃えて叫べど、貴之に仙術はとんと分からぬ。だが二人の只ならぬ様子を見れば、計り知れぬ術が施されていると知れた。


「ここが第三の災厄、最後の舞台か……」


 そう貴之が呟くと、再び呪と共に煌々と溶岩が奔り、赫色(せきしょく)に輝く法陣が足元は大地へと刻まれゆく。如何(どう)やら何かの仕掛けが新たに働いたと見える。


「くふっ、これは高位の術式『転位遁甲の術』えぇ!」

「ふん……なるほど、策を施しておったか」


 芙蓉の云う『転位遁甲の術』とは、術者が如何に遥か彼方(かなた)に居ようとも、定めし前提条件を切っ掛けに、法陣を仕掛けた場所まで龍脈を介して一瞬で舞い戻る術である。

 大方此度(こたび)は侵入者を感知し次第、術が働く仕掛けと相成っていたのであろう。


「ふふん、留守を狙う当てが外れたな、貴之よ!」

「気にするな、あやめよ。それも計算の内だ」

「おうよ、貴之。兎にも角にも如何(いか)にもじゃ!」


 あやめは最早慣れっこと云わんばかりに、ニヤリと口角を上げた。

 悪鬼と阿吽の呼吸を合せる我が主を見て、新参の妖狐はちと妬ける。


「来るぞ!」


 あやめが叫ぶと、法陣の中央にゆっくりと人影が姿を現した。

 いわずもがな現れ出でたるは、昨晩出遭いし偉丈夫の鬼神。

 あやめ曰く、東北の英雄たる伝説の王・阿弖流為(アテルイ)である。



挿絵(By みてみん)



「我を、呼び戻せし不埒な輩は()ぞ」


 鬼神が、閉じている瞳をゆっくりと見開いた。

 刹那、切れ長の瞳の奥に、青白い奇妙な光が揺れ動く。

 気を失いそうな程に、濃い瘴気を纏いし巨大な体躯。

 悪路と呼ばれし鬼王が、伝説そのままにここに居た。

 阿弖流為が、霊気と共に(こえ)を零す。


「ほぅ……これは、驚いた」


 あやめと芙蓉の姿を見つけ、鬼神はひと睨みす。

 ひとつ息を吐くだけで、強烈な鬼気が漏れて風が逆巻く。

 眉目秀麗な顔は口元から、鬼の牙が垣間見えた。


「よくぞ此処(ここ)まで辿り着いたな」


 威圧的な聲に、つい膝を突きそうになる。堂々たる貫録と重圧。

 だが悪鬼と妖狐は、たじろぐ素振りを一瞬たりとも見せず。


「なに、どうという事はない」


 悪鬼と妖狐が声を揃え、泰然として騒がず云い返す。

 しかし二人は貴之の様に(うそぶ)いた訳ではない。


 鬼のあらゆる手口を知り尽くした悪鬼・あやめ

 富嶽の地理、全てを知り尽くした妖狐・芙蓉


 世にも珍しき千年の妖が揃うたからこそ、成せし奇跡的な業である。

 これも老人の云う縁であろうか――貴之は運命の導きを感じずに居られぬ。


「よもや汝らから、我が許へと参ろうとは――」

「否ッ! 儂らは鬼の盃を叩き返しに参った!」


 あやめらしい返答で、真っ向からきっぱりと招集を拒んだ。

 鬼娘の返答に鬼王は動じる素振りも見せず、視線のみを緩やかに動かした。


「そうか、我が(もと)へ降る気はないと云うのだな?」

「無論、云うに及ばずじゃ!」


 鬼王に怯まず対抗するあやめに呼応し、芙蓉が叫ぶ。


「貴様の目論みは決して赦さぬ。必ずや阻んでやりんすぇ……!」


 あやめが大喝し、芙蓉が決死の形相で睨め付けれど、鬼神は動じず。意に介さぬかの如く、目をくれることはなし。ただ――その後ろに腕を組んで立つ貴之からは、片時も目を離さない。悪鬼と妖狐の頭越しに、鬼王は貴之へ問答を仕掛けた。


「少年よ……この(しき)どもは、(うぬ)の術か?」

「そうだ」

「これが汝の当ての全てか」

「そうだ」

「そうか……」


 阿弖流為は、引き連れた二人を見て『式神』と呼んだ。

 どうやら貴之を、思惑通りに術者と見込んだようだ。


「ならば、残念至極」

「何だとッ!」


 悪し様に云われた悪鬼と妖狐がいきり立つを、貴之が腕を上げて制す。

 制したところで当てなどはない。当てはないが、敢て仕掛ける。


「鬼王よ。貴殿の見立てでは、そう思うか」

「思う。げに小さき鬼の娘と尾も生え揃わぬ妖狐とは……如何にも無様」


 見て呉れは確かに。だが二人は千年を生きる(あやかし)である。鬼神が二人を過小評価をするならば、貴之にもやり様がある。

 この(じつ)を云えば、貴之は奥の手『三つの力』を隠し持つ。全てを偽るべしの『三つの掟』を守って決して明かさぬ。隠し玉としてそう有りかしと考えていた。しかし――


「だが、面白い」


 貴之の思惑は外れ、鬼神は好戦的な瞳を煌々と光らせた。

 鬼王は無駄な動き無く、腰の鞘を手に持ちてゆるりと抜刀す。

 名を馳せた英雄に、一切の油断や慢心はなかった。


「奇妙で在り得ぬ組み合わせ……実に面白い」


 然もすれば隙が突けるやも知れぬ、との勘定は脆くも崩れ去った。これがどう出る、鬼が出るか(じゃ)が出るか。全ては剣を交えてみねば分からない。


「来い……千年振りに死合おうぞ。」


 何という威風堂々。鬼王たる風格。これぞ、鬼の中の鬼――鬼神。

 その堂々たる態度を目の当たりにし、あやめはついほくそ笑む。


「くくっ……!」

「鬼娘よ、何が可笑しいのじゃ?」


 大きな瞳を爛々と光らせるあやめを、芙蓉が見咎めた。


「いや、なに……まさかと思うてな」


 まさか『吾妻鏡』にも描かれし、伝説の鬼神と殺り遭う事に為ろうとは。

 力と力、技と技――純粋な鬼力(きりょく)同士のぶつかり合いが勝負の明暗を分ける。これは真っ向勝負と相成るな――と、あやめの持つ鬼の直感がそう告げていた。


「やれ、長生きはするもんじゃ」


 なぁに、貴之の破天荒に比ぶれば、自らの行動など児戯が如し。高が知れるを覚えたり。ここにそう思い至りて、愉快そうに喉を鳴らすと、あやめは改めて悪路を睨め付けた。


「さぁて――訳遭って、五尺に足らん我が身成れど、いざ侮るなかれ!!」


 今や小柄にして絶世の、美少女が姿と相成ろうとも。

 その口上は、相も変わらず威風堂々。


 千年悪鬼・鬼島嶄九郎――

 否、女子高生・貴島あやめ――いざ、参る!

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