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鬼神純情伝!  作者: めたるぞんび
第壱ノ災厄
3/43

第02話:悪鬼ノ序

 最初に貴之の目へ飛び込んできたのは、純和風な畳敷きの大広間だった。

 何百もの人数で大宴会が開けそうな大広間には、無機質な色をした畳と襖と障子がずらりと並ぶ。明かりの乏しい室内は、奥へ奥へと目をやるにつれ暗闇の中へ影を落とす。続いて左右へ目をやれば、坐して居並ぶ男たちの姿があった。


 これはまるで、時代劇は映画の舞台装置(セット)のようだ、と貴之は思った。


 夜目に慣らして居並ぶ男たちの出で立ちを見るに、(かみしも)を身に付けた侍方――ではなく、如何にもそのスジの稼業と思しき男衆といった風体である。

 こうなると時代劇から打って変わって、任侠映画は大立ち回りのシーンに使われそうな舞台装置に見えてくるから不思議なものだ。


 さてこの大広間。座敷の奥座は奥の奥、そのまた更にずっと奥――深い闇に包まれた向こう側に、黒い山のような塊が見えた。

 (ようよ)う闇に慣れた目で黒山の塊を眺むれば、ゆらりゆらりと左右に揺れているのが分かる。そのゆらりゆらりと揺れる黒山を、じっと目を凝らしてよくよく見やれば、黄色く濁って光る双眸(そうぼう)が、ぎょろりと動くではないか。


 黒い山のような塊と思しきそれは、黒い山のような大男であった。


 言葉にするに偉丈夫――などと、そんな生易しいものではない。それが人であると気付くまで、かなりの時間を要する程の巨体である。否、それを人と呼んでいいものか。


 今や目隠しをされていた理由がよく分かる。その容貌、実に怪異。


 丸太の様に太い手足に、天井に頭を擦り付けんばかりの巨躯。たっぷりの黒鬚を蓄えた下顎からは、突き出た二本の太い牙。ギョロリと剥き出た双眸はギラギラと輝き、明らかに人のそれとは異なる。何より厳つく張り出した額に備わる大きな瘤は、鬼の角を容易に連想させた。


 それほど容貌魁偉――否、容貌怪異(・・)な大男が、胡坐をかいて鎮座していた。


 普段ならこの容貌を見やるに、声を上げてひっくり返ってもおかしくはなかろう。

 だが『三つの掟』を胸にした、貴之の心は千々(ちぢ)と乱れることなく。不思議と恐怖に支配されぬ。その態度、まるで特撮か任侠映画でも眺むるかの如しである。事実、現実離れし過ぎたこの状況を、貴之はまるで映画(シネマ)のように感じていた。


 暫し待つと黒山の塊の様な大男は、巨躯をひとつ揺らして鷹揚に口を開いた。


「おう、儂が鬼島嶄九郎(きじまざんくろう)じゃ……」


 その声、果たして(くだん)の主の声である。

 鬼島嶄九郎と名乗るその大男――貴之との間合いは大広間を十間ほど。相当の距離を置き対峙しているが、()の声は支障なくよく聞こえ、よく響く。


「ほう、なんじゃ。儂を見ても声を上げんか」

「なに、どうということはない」

「ふん、そうか」


 貴之はやはりしれっと嘘をついた。すると嶄九郎は肝の座った貴之へ愈々(いよいよ)興味を惹かれた様で、顎髭をじょりじょりと大きな音を立てて撫で繰り回しつつ、目ン玉をギロリとひん剥いて睨め付ける。

 それでも開き直った貴之は、ますます肝が据わって何食わぬ顔で嶄九郎を見返した。


「ふぅむ……小僧の豪胆に免じて、ちと昔話をしてやろう」


 獣が低く呻り声を上げる様にそう告げると、自らについて滔々と語り出した。


「儂はな、(いにしえ)より生き続けた『鬼』じゃ」


 (かつ)て大悪党として京の都を荒らし尽くした『悪鬼』である――と彼は云う。

 飛鳥時代、平安時代、鎌倉時代。各々の時代で悪鬼は思う存分に暴れまくった。

 天を裂き、地を砕き、人を喰らう。その強大なる力を以てして、人は為す術なく蹂躙され、悪鬼は勝手気ままに跋扈(ばっこ)する。そんな時代を千年余り過したという。


「だが幾千年の時を経て、儂らの身体にも終ぞ限界が訪れた……これを(とく)と見ぃ」


 節くれ立った手足には、膨れ上がった巨大な瘤が幾つもこびり付く。分厚い皮膚は(ひび)割れて、身を(よじ)る度にギシギシと軋む。胴回りはひと数人が取り囲もうと、囲みきれぬ巨樹の幹が如しである。

 こうなるともう簡単な身動きすらもままなるまい。だが鬼には、力を取り戻す術があると云う。それも実に単純明快な術で。


「人を喰らうが鬼の常ならば、道理に従い人の血肉を喰らわばよい」


 人の血肉を千人(すす)れ。

 さすれば鬼の力は蘇る――そう、鬼の口伝にあるのだと云う。


「つまり、千人殺し……」

「そうじゃ。そうして儂は、力を取り戻す」


 鬼の力と戦後の混乱期を利して血肉を啜り、嶄九郎はのし上がる。ヤクザ家業でその身を立てて、人の血肉を次々と餌に変えて。

 これまでに喰らった人数は、喰らいも喰ったり、やれ九百と七十五人。

 今や手足と従える子分どもは、鬼の眷属に負けず劣らぬ小鬼(しょうき)となった。この者どもは、如何なる悪事をも意と解さぬ、悪虐非道の猛者揃い。


「あと二十五人殺せば、儂の力は蘇る。力が蘇らば、生温い世など思うがままぞ。儂と子分どもでこの世の、日の本全てを再び荒し尽くしてくれようぞ……!」


 そんな親分の言葉を聞いて悦んだのが、居並ぶ子分どもである。にたりにたりと嘲笑しては、我先にと自らの悪事自慢をし始めた。

 やれ何人騙した、やれ何人貶めた、やれ何人脅した、やれ何人殺しただの。

 いずれの者も非道極まりない悪行の数々を、やいのやいのと騒ぎ立てる。どいつもこいつも、人の所業とは到底思えぬ悪行三昧のようである。

 ここに居並ぶ者どもは、正真正銘の、決して赦されざる悪党揃いであった。


「いいか小僧。偶然にして不幸な縁を呪いつつ、命を以て復活の礎となれい!」


 嶄九郎は、地獄の底から響くかの恫喝で、貴之を脅しつけた。

 そんな中、貴之は聞いているのかいないのか。まるで表情を崩さず、げに涼しげな澄まし顔で平然と佇むこの不思議な少年に、嶄九郎は訝しげな顔をした。


「おい小僧、どうした。恐ろしくて声も出ないか!」


 すると貴之は、何を思ったか唐突に「ハハハ!」と声を上げて高笑いした。この天にも届かんばかりの大笑いには、悪党どもの方がぎょっとする程である。


「ハハハ! なんと可笑しい! これは笑わずにいられない!」


 などと大笑いしながら(のたま)った。これには悪党どもも堪らず呻く。何しろ居並んだ悪逆非道の徒を前にして、こんな反応を見せた人間は未だ嘗て居ない。

 大見得を切って脅し掛けた嶄九郎も、これには堪らず声を荒らげた。


「なッ……何が可笑しいか、小僧!」

「これは失敬。随分と矛盾したことを言うもので、つい」


 貴之はここぞ正念場と、肺腑の底から吐き出すよう尚以て声を張りて問うた。

 曰く「()らば何故、すぐにでも力を取り戻さない」と。


 さてもさても、この日この時、この場所で。

 従える手下どもは、ざっと数えて二十数余人。

 人を喰らって力が戻るならば、そこに居並ぶ手下どもを迷わず喰らえばよい。

 さすれば、今すぐにでも力は取り戻せよう。

 さすれば、この世は思いのままと相成ろう。

 はてさてどうしてそれなのに。何故(なにゆえ)どうもしないのか。

 貴殿が人を喰らう鬼であると云うなれば、しかと証拠を見せてみよ。

 もしも居並ぶ手下どもを喰らい尽くし、その数が見事、九百九十九人とならば――


「自分は喜んで千人目の餌食となりましょうや」


 貴之の堂々たる口上にその理屈、至極尤もである。

 すると嶄九郎の親分は、手下の数を指差して数え始めた。


「ひぃふぅみぃ……ふぅむ、(しか)と丁度二十四人か」


 その場の誰もがそう思った。よって手下どもは目に見えて動揺す。

 或る者はその身をかちかちに硬直させ、また或る者はぶるぶると震え出す。

 或る者はダラダラと脂汗を流し、また或る者はそわそわと落ち着きを無くす。


 当の嶄九郎といえば「ムムム……」と唸り声を上げると急に黙り込んだ。

 大きな目玉を更に引ん剥いて、ギョロギョロと周囲を睨め回す。

 その眼力、金剛力士も斯や。

 圧倒的な迫力に、悪党どもはますます怯え、縮こまる。


「やれやれ小僧、全く無茶苦茶な事を云いよる」


 流石の千年悪鬼ですら、それは無理な話だと思ったようである。

 周囲に控える手下どもから、気の抜けた笑いと安堵の溜息が漏れた。

 そうして、場の空気が緩んだ――かに見えた、その瞬間である。


「だが、貴様の云い分も一理ある」


 そう云うが早いか、嶄九郎の横に控える側近二人の上半身が消し飛んだ。

 あっという間に、嶄九郎の半身が血飛沫の(あけ)に染まった。

 悪鬼は驚くべき瞬速で両手を広げ、人の上半身を一握りしただけである。

 手の内に残った肉塊を、くっちゃくっちゃと咀嚼して、嶄九郎はほくそ笑む。


「儂ゃあ、()うに待ち草臥(くたび)れておった(ところ)じゃ」

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