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鬼神純情伝!  作者: めたるぞんび
第弐ノ災厄
14/43

第13話:狐火来たりなば・序

 深夜――丑三つ時を越えた頃。

 あやめは、夢に魘されていた。


 覚えがあるは、これは夢ぞと自覚があるから。

 だが、やけに明晰として気味が悪い。

 床に就いていた筈のここは、アパートの一室。

 貴之の家を出てより暮らし始めた新たな棲家だ。

 その夢の中の我が根城へ、無粋な来客が訪れていた。


 ゆぅらり、ゆぅら、ゆらぁり……


 あやめの周囲を飛び回る、それは狐火。

 蒼白く、時に橙の色を揺らめかせながら、戯れるが如し。

 あやめは枕元の愛刀を引っ掴み、即座に抜刀する。

 真一文字に斬り捨てども斬り捨てども、狐火は消えては現れ、現れては消える。


 さては妖の仕業であろう。あやめはすぐに気が付いた。


 よく見知った我が室内に、ユラユラと揺れる狐火とは。

 不愉快この上ない状況に、あやめが声を荒らげる。


其処(そこ)に或るは何者じゃ、出てこい!」


 あやめは気と云う気を読み取れる。それは夢の中でも変わらじ。

 糾す大喝に呼応して、一人の女が現れた。

 その女、ふわり、ふわりと身は軽く、重力などまるで感じぬ。

 その姿、真白き狩衣(かりごろも)市女笠(いちめがさ)

 笠より垂れ下がる白き薄布(ヴェール)は虫の垂衣。

 よって女の表情は、あやめから一切窺えぬ。

 窺えぬが、紛う事無き妙齢の美女である――と忽ち知れた。

 何故(なにゆえ)そうと知れたかは、げに不思議なことだった。


「夜更けぬ先に、帰らせおはしませ……」


 美女が、(かそけ)し声であやめにそう告げた。

 夜が更けない前に、お帰りあそばせ――

 如何にそう問われども、あやめにはとんと心当たりがない。


「夜更けぬ先に、帰らせおはしませ……」


 頸を捻っている間に、女は同じ言ノ葉を繰り返す。

 繰り返されてあやめは、ムキになって応答す。


何処(どこ)へ帰れと云うか、此処(ここ)こそが儂の棲家ぞ!」


 そう怒鳴って一太刀見舞う。

 すると周囲は、見る間に薄野原(すすきのはら)へと姿を変えた。

 荒涼と寂しげなこの景色。あやめの知るところではない。

 どうやら夢の中を支配されていると見える。

 夢の中は敵の掌が上。あやめは圧倒的不利な状況に居た。


「……くそっ!」


 まずは距離を取らねばと、あやめは荒野を疾りだす。


 ふわり、ふわり……


 空気の如く身軽な女は、()ぐさま手前へ回り込む。

 あやめは幾度となく踵を反せど、その度に()く手へ阻まれた。

 じわり、じわり。

 女と同様、狐火も踊るように距離を縮めて取り囲んだ。

 自慢の愛刀で狐火を斬り払い、往く手を拓くと再び疾る。

 だが疾れども疾れども追いつかれ、抵抗すれども悉く敵わじ。


「くそっ、止めんか……儂を誰だと思っておるか! 儂は千年悪鬼ぞ!!」

「くっくく、くふふぅ……」


 それ見た女は、虫の垂衣が向こう側で、うっすらと微笑みを浮かべた。

 短気なあやめの癪に障ること、この上ないことこの上ない。

 如何なる手を講じようと、抗えども、どうにもこうにも埒が開かぬ。

 やがてあやめは疲れ果て、狐火はその身の上へ群がる様に追い縋る。

 そうしてあやめを覆い尽くし、鬼気をねっとりと絡め取ろうとす。


「くっ、くそっ、不甲斐ない!」


 何しろ男の時とは勝手が違う。力だけでは到底振り払えぬ。

 げに恨めしきは、幼き女子(おなご)に変わりし身の上よ。

 体力乏しきこの身では、今までの様にはいかない。

 あやめは嫌と云う程に、改めて現実とやらを思い知らされた。


「嗚呼、口惜しや……」


 狐火はあやめの小さき身の上を、覆い尽くさんばかりに埋め尽くした。

 最早是迄(これまで)……そう諦めかけたその時である。


「……はっ!」


 あやめは不意に解き放たれて目が醒めた。

 そうして目醒めるや、思わず布団を蹴っ飛ばして跳ね起きる。

 はぁはぁと息荒く、汗は額よりだくだくと流れていた。

 窓の外を見やれば白々と、(ようよ)う地平線に陽が昇る頃合いであった。


「日の出が時刻に、助けられたか」


 あやめはカラカラに渇き切った喉でそう呟いた。

 冷や汗に濡れた寝巻は、この上なく居心地悪し。

 何より、寝覚めの悪さはとてつもない。


 夜更けぬ先に、帰らせおはしませ――


 幽玄へと誘うような不吉な声が、未だ脳裏より離れぬ。

 それにしても千年悪鬼とした者が、狐火如きに蹂躙されようとは。嘗て金剛力士が如き逞しき我が身を失い、げに頼りなき女の身となりし宿命を、自ら呪う他に手段なし。

 永代生きし世の狭間にて、独りぽつんと取り残された、心細さが我が身を襲う。


「ええい、なんと不自由な身体か……夢見の悪い!」


 あやめはそう吐き捨てると、手近の手拭いを引っ掴んで風呂場へと消えた。


 ◆ ◆ ◆


 朝の登校時、あやめはいつも通りに貴之を迎えに行った。

 (くだん)の悪夢はだんまりと、知らぬ顔を決め込んだ。悪夢に魘され音を上げた。そうと知れるは末期までの恥晒しよと、そんな気持ちが働いたのだ。

 普段通りな通学路上、貴之との会話の中で、あやめは素っ頓狂な声を上げる。


「なんじゃと!? アレは災厄のひとつではないじゃと?!」

「そうだ。あれは災厄などではない」


 アレとは、ショッピングモールに於ける狐火とのひと悶着の事である。

 かの闘いは、老人から貰った力を使うまでもなかった。ということは、三つの災厄がひとつではない――と貴之は考えた。そうと聞かされ納得がいかぬは、あやめである。


「張り切って遣り合った儂が、まるで莫迦みたいではないか!」

「まぁ、そう云うな」

「これでは骨折り損の草臥(くたび)れ儲けじゃ!」


 憤慨して頬をぷぅと膨らまし、(へそ)を曲げて拗ねている。

 その姿、まさに駄々をこねた幼子の様で、見るからにいと愛らし。

 対して貴之は落ち着き払い、わざとらしく目を細めてこう説いた。


「ほう、そうか……あやめは慎み深いのだな」

「な、なんだ急に、藪から棒に……」

「第一の災厄が、如何なるものであったか思い出せ」

「んんっ?」


 あやめは小さな顎を摘んで小頸を捻った。第一の災厄と云えば、貴島あやめこと鬼島嶄九郎による鬼島組一家惨殺事件である。凄惨な悲鳴と真っ赤な血飛沫飛び交う一夜の惨劇に、いったい幾つの命が徒花を散らせたことやら。


「むむっ……」

「昨夜の狐火騒動が、千年悪鬼の千人殺しと同等とでも?」

「おおっ! それはそうだ。うむ、それはそうだな!」


 そうと告げると、あやめはあっさりと機嫌を直した。

 何しろあやめは貴之のことを、稀代の仙術使いであるとすっかり信じ込んでいる。その導師があやめの前身・嶄九郎であったと云えど高く評価していると知って、機嫌を好くせぬ謂れはない。時折「そうかそうかー」などと口にし、ニヤニヤと相好を崩して居る。何事にもチョロさとは、あらまほしき事なり。


 機嫌を好くしたところで、あやめは突然目をすうっと細め、小声で貴之に訊ねた。


「おい、ところで如何にせん」

「なんだ?」

「なに、貴様も気付いているだろう?」

「何をだ?」

(とぼ)けるな。貴様ほどの術士が気付かん訳があるまい」

「だから何をだ?」


 平気の平左とした表情(かお)で返す貴之に、あやめはカリカリと焦れ始めた。


「尾行じゃ……! 入れ替わり立ち代りで数十人は居るぞ」


 今朝方から何者かが尾行をしている――あやめはそう耳打ちした。

 周囲の気配をよく読むあやめは、その男らから微かな妖気を感じ取っている。どうやらあのショッピングモールでの事件と同様、操られた者たちの仕業らしい。

 当然、貴之はそんなものに気づいてはいない。

 妖気を感じて尾行を知るなど、極普通の人間には到底できぬ芸当である。


彼奴(あやつ)らは大掛かりな組織か、かなりの手練だ」

「そうか」


 それが分かったところで、貴之には何もできぬ。

 ならばと『三つの掟』を思い出すこととした。

 恐怖に呑まれてはならぬ――常に平静を保つべし。


「どうする?」

「どうもこうもない」


 尾行の事実を受けて尚、貴之は落ち着き払って応じた。

 否、落ち着き払っているように見せた。


「どういう意味じゃ?」

「何も案ずることはない、と云うことだ」

「ああん?」

「隙を見せなければいい」


 貴之は、事も無げに言い放つ。

 隙を見せぬなどと口では易々と候えど、そう容易いことではない。だがこの男の飄々とした態度。見ていると何故か案ずる事無く覚しけるは、いと(あや)し。


「ううむ、では彼奴らが襲ってきたらどうする」

「それを逆手に取ればいい」


 それを聞いたあやめは一瞬、ぽかんという顔をした。

 だがすぐに愛らしい口元を、真一文字に引き締めた。

 貴之に何か策がある――そう察したのである。


「ムムム……」


 あやめは貴之の豪胆な様に呻った。

 だが実際は、貴之に策など何もない。

 これぞ『三つの掟』が一つ。

 真実(まこと)を示してはならぬ――全てを偽り騙すべし。


「分かってはいた。分かってはいたが大胆不敵なヤツだ……!」


 あやめは悔しげに歯を噛んだ。


「くそっ、食えん。まったく食えん!」


 苦々しげに、あやめは愚痴を吐き捨てる。

 しかしその表情は、どことなく愉快気である。

 少なくとも貴之には、そう見えた。

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